プリティサミー・ストーリー


 戦いは終わりをむかえ、プリティサミーが勝者として立って
いた。
 ピクシィミサは戦場からほど近い上空に浮かび、それを見つ
めていた。

 プリティサミーは、いったい何者?

 自分自身の実体すらわからないミサだったが、それでもせめ
て、自分の宿敵のことは知りたかった。おそらくは、もしもミ
サが変身を解く前にそれを知ったら、誰ががサミーなのか覚え
ているだろうに。
 サミーが元の姿に戻ると同時に、ミサも元に戻ってしまうの
だ。

 ピクシィミサがまばゆい白い光に包み込まれると、その服が
消え、中空に浮いたまま白く輝く裸身となる。髪はブロンドか
ら黒に戻り、そして制服が元通りに現れた。
 美紗緒は地面から立ち上がった。頭痛も消えていた。あたり
を歩き回りながら、なぜ自分はこんな裏道にいたのか、いぶか
しく思った。

 角をまわった美紗緒に、誰かがぶつかった。転んだ美紗緒に
立ち止まったその人は、砂沙美だった。

「ごめんね、美紗緒ちゃん!」
 砂沙美が謝る。
「美紗緒ちゃんを捜してたんだよ。このあたりで戦いがあった
って聞いたから、心配になって…」

「ありがとう、砂沙美ちゃん。私は大丈夫よ。どうしてここに
いたのか覚えてないけど。でも、きっと思い出せるから」


 一方…

「おのれ、プリティサミーめ!いつも私の邪魔を!」
 怒りに満ちた人影が叫んだ。
「だがそれはもう、どうでもいい。貴様の運命もこれまでだ。
覚悟するがいい、プリティサミー!もはや我が道を阻むことは
できんぞ。待っているがいい!」

「マスター」
 裸魅亜が言った。

「何事だ、ウジ虫め!」

「私の使者にあと少しの間、変身させたままにしておけば、サ
ミーの正体を突き止められるでしょう。そうすれば、プリティ
サミーに変身する前に始末できます」

「お前の『使者』もピクシィミサに変身できる優れ者のはずだ
がな。お前と、お前の使者にもう一度チャンスをやろう。だが
忘れるな。もし今回も失敗したら、もはやかける情けはないぞ!」

「はい、マスター。ありがたきしあわ…」

「とっとと行け!!!!!」

 その言葉に、ミサがまた失敗したら自分がどうなるか、恐怖
にとらわれて裸魅亜は姿を消した。

***

 数日後の、午後のニュース。

『モンスターが立て続けに町で暴れるようになって、三日目に
なります。しかし、噂の魔法少女プリティサミーが全ての襲撃
を阻止しています。警察は、襲撃された場所の関連性がつかめ
ず、困惑しています。この連続襲撃がこのまま続いた場合、は
たしてプリティサミーがこのまま町を守りきれるかどうか、危
惧する声も出てきました。午後1時のWKBMニュース、サラ・
ウルリッチがお伝えしました』

『ああ…、このまま町を守れるかって?もう無理、わかってる
よお。夜もちゃんと眠れないんだから』
 砂沙美は思った。まるっきり眠れない日が三日も続いていた。
その時、小さな灰色のネコウサギが校庭を駆けてきた。

「砂沙美ちゃん!またラブラブモンスターが現れた!急ごう!」

「もうこれ以上無理だよお、りょうちゃん。あたし、もう倒れ
ちゃう…」

***

 一方…。

『計画通りだわ。プリティサミーを消耗させて、これ以上戦え
ない状態にするのよ。あと、もう一息ね』

「姉さん、マスターがすぐに会いたいそうだよ」

「ありがと、留魅耶。先に行ってちょうだい」

 その言葉に、留魅耶は鳥に変身して飛び立った。

***

 場面は日本に戻って…。

 戦いは佳境を迎え、わずかではあるが、ラブラブモンスター
がプリティサミーを崖っぷちに追い込んだように見えた。
 最後に残ったエネルギーを振り絞って、サミーは最強の攻撃
「マジカル・レゾリューション」を放ち、ラブラブモンスター
をその内部から浄化した。

「…やった!」

「すごいや、サミー。まだ戦えて、よかったよ」

「りょうちゃん!疑ってたの?」

「え、その…、そうじゃないけど、すごく疲れてたみたいだか
ら…」

「すっっっごくっ疲れてる!りょうちゃんたら、とんでもない
嘘つきね。あたしだって疑ってたくらいなんだから。でも、あ
たしがやらなきゃならないんだもん」


「ボンジュール、プリティサミー!ずいぶんお疲れのようね。
ミーと戦うだけの力は残っているのかしら?」

「…ピクシィミサ!力が残っていようがいまいが、あんたなん
かに負けない!」

「じゃあ、かかってらっしゃいな。そんなに弱った状態で、ミ
ーを倒せやしないわ。でも、ユーが簡単にギブアップしちゃっ
たら面白くないかもね。さ、覚悟なさい、プリティサミー!」

 サミーに突進したミサは、信じられないパワーで攻撃してき
た。今の自分ではミサにかなわないとわかっていたサミーだっ
たが、ギブアップはできなかった。

 いや!負けたくない!

 ミサがとどめの一撃を放とうとした瞬間、サミーの全身をま
ばゆい魔法の光が包んだ。

「だめ、まだだめ…、あたし…まだ元の姿には!」
 サミーはパニックに陥った。

 同じ瞬間、ミサも混乱して目がくらんでいた。それを見て魎
皇鬼は、この場をのがれるようサミーに言ったが、サミー自身
はもう動くこともできないほど弱っていた。
 光が消え、プリティサミーがいた場所に横たわっていたのは、
全裸の砂沙美だった。すぐにサミーの服装の代わりに砂沙美の
服が物質化した。

 視力を取り戻したミサは、つい今しがたまでプリティサミー
のいたところに砂沙美がいるのを見た。

「なるほど、正体がわかったわ。それじゃ、死になさい、サミ
ー!…ピクシィ・ブレード!」

 一瞬にしてミサの手に短剣が出現した。そして、振り下ろす…。

「いやあああ!だめ、こんなこと、あたしにはできないっ!」

 剣が消えた。立ち上がって振り向いたピクシィミサの目に、
涙があふれていた。そしてミサも、まばゆい閃光に包まれて美
沙緒の姿に戻ろうとした。

 その時、裸魅亜が現れた。

「自分が何をしているのか、わかっているの!?この邪魔者を
殺すのよ!」

「だめぇ!一番のお友だちに、そんなことできない!…お姉さ
まは、最初から知っていたのね!プリティサミーがあたしの親
友だって、知っていたのね!」

 変身解除が中断し、美紗緒は再びミサの姿に戻る。

「そして、サミーはやがてお前の友情を裏切ることになったで
しょうね。それなら、今、彼女を殺すことよ!つまり、お前が
サミーを殺すの。彼女がお前を傷つける前に殺すのが最善の方
法よ」

「そんなこと!」
 そう言って、ミサは砂沙美を抱いて去った。

***

 二時間後…。

「ううん…、何が、あったの…?」
 そう言いながら、砂沙美はまだ半分眠った状態で、辺りを見
回した。

「だいじょうぶ、ここは安全よ」
 砂沙美はその声を知っていた。だが、ありえないことだった。
 ぼやけた視界がだんだんはっきりしてきて、砂沙美は自分を
救ってくれた人の姿を探した。そして、それが誰かを確かめた
時、砂沙美は跳び上がって戦いに備えた。

「プリティ・ミューテーション!マジカル・リコ…」

「変身する必要はないわ、サミー。ここには他に誰もいない。
ミーが、ユーを助けたの」

 そして突然、ミサが光の輝きに包まれた。光が消えた時、ミ
サのいたところには美紗緒が立っていた。

 砂沙美の瞳に涙があふれ、そして、泣き出した。親友のため
に、そして自分のために、砂沙美は泣いた。

 親友と楽しく過ごしたのと同じくらいの時間、砂沙美はその
親友と戦っていたのだ。
 相手の命を奪おうとする戦いを。
 美紗緒を傷つけようとする戦いを。
 美紗緒を殺そうとする戦いを。
 そして美紗緒も同じように、自分を殺そうとする戦いをして
きたのだ。

 自分自身の心をズタズタにするような思いに、砂沙美は立っ
ていられなかった。

「砂沙美ちゃん、どうしたの?」
 美紗緒が心配そうに訊いてきた。何度か目をパチクリさせて、
何が起きたのか混乱した様子の美紗緒。覚えているのは、また
あの頭痛がおきたことだけで、その後はわけがわからなかった。
 そして今、目の前には取り乱した砂沙美がいた。すぐにここ
が自分の部屋だと気づいたが、どうやってここに戻ってきたの
か、砂沙美がいつやって来たのか、美紗緒にはわからなかった。

 黒髪の少女に、砂沙美は両手を伸ばして抱きしめた。バラン
スを崩してよろけた美紗緒は、ベッドに倒れ込んでしまったが、
砂沙美はずっとしがみついたままだった。

「ああ、美紗緒ちゃん…、ごめんなさい…、ごめんなさい…」
 すすり泣く砂沙美。
「もっと早く気が付かなきゃならなかったのに。なんとかしな
きゃならなかったのに。ごめんなさい」

 美紗緒は砂沙美を抱いて、落ち着かせようとした。どうした
らいいのかわからなかった。
 いやなことがあった時にも、砂沙美がいれば美紗緒はいつも
嬉しくなれた。その親友をどうやって慰めたらいいのか、美沙
緒にはわからなかった。

「砂沙美ちゃん、だいじょうぶよ。何のことを謝ってるのかわ
からないんだけど、そんな必要ないわ。私は平気。何の問題も
ないわ」

 耳をくすぐる美紗緒の声が、砂沙美の背筋に電流を走らせた。
黒髪の少女と抱き合う砂沙美に、美紗緒はなだめるように囁い
ていた。砂沙美は頬を真っ赤に染めて、親友から身を離そうと
した。腰を下ろしながら、砂沙美は自分の感情が溢れだすのを
押さえられなかった。
 親友に対して自分がしてきたことへの恐ろしさ。
 親友をずっと傷つけてきたことへの悲しさ。
 そして、もうこれ以上戦わなくてもいいんだ、という安心。
 そして、もう一つ。
 そのもう一つの感情が、砂沙美の中に湧きだしていた。まる
で柔らかな布団にくるまれるように、深く、熱く、砂沙美を包
み込んでいた。

『どうしちゃったんだろう?』

 砂沙美はとまどった。熱い想いが砂沙美の心の壁を切り裂き、
自分自身も気づかなかった隠されていた想いが溢れだしてきた。
 気づかないふりをしてきた、気にしないふりをしてきたもの
が。

 起き直った砂沙美は、美紗緒の部屋の壁を見つめた。

『人を好きになることに、違いなんかないよね」
 砂沙美は自分に腹を立てた。
『でも、美紗緒ちゃんを?あたしは、美紗緒ちゃんが好き?』
 美紗緒がとまどったように見つめる中、砂沙美は深呼吸した。

『あたし、自分の気持ちに正直になる。睡眠不足だけど、あた
し、美紗緒ちゃんが無事で嬉しい』

 砂沙美は黒髪の少女に向き直った。美紗緒は優しい潤んだ瞳
で、心配そうに見つめている。砂沙美は再び壁に視線を逸らし
た。

「砂沙美ちゃん?だいじょうぶ?」
 不安げに美紗緒が訊いた。
「どうしちゃったの?」

 青い髪の少女は優しく親友に微笑みかけた。
「だいじょうぶだよ。全部解決して、あたし、嬉しかったの。
ごめんね、今は詳しく説明できないんだけど、いつかきっとね。
必ず話すから。約束するよ」

 美紗緒はそっとうなずく。

「さ、あたしもう帰るね。今晩、電話するから。お大事にね、
美紗緒ちゃん」

 砂沙美は美紗緒を固く抱きしめると、にっこり笑って部屋の
扉から出ていこうとした。

 美紗緒はまだ心配げに砂沙美の手を握りしめ続けた。
「そうしてね、砂沙美ちゃん。早く元気になってね」

「とにかく、今はぐっすり寝たいよ。そうしたら元通りになる
と思うから」

 砂沙美はそう言って、美紗緒に手を振ると、階段を下りてい
った。外に出て、砂沙美は深いため息をついた。太陽のまぶし
さに、砂沙美は薄目になった。
 回れ右してまた美紗緒の顔を見たかったが、砂沙美はとにか
く眠りたかった。眠気にぼんやりした頭に沸いてくる思いを、
砂沙美は何とかして無視しようとした。
 永遠にすら思えるような帰り道の果てに、砂沙美はようやく
母と兄が待つ家にたどり着いた。よろめくように階段を上がっ
て自分の部屋に入る。びっくりした魎皇鬼が見上げる中、砂沙
美は崩れるようにベッドに倒れ込んだ。

「砂沙美ちゃん、無事だったの?」
 魎皇鬼が嬉しそうに飛び跳ねて砂沙美の側にやってきた。
「心配してたんだよ!」

「ありがと」
 半分まぶたが閉じた状態で、砂沙美がつぶやいた。

「どこにいたの?ピクシィミサが君を連れて行くのを見たんだ
けど、追いつけなかったんだ。どうやって脱出したの?」

 砂沙美はあくびをしながら、魎皇鬼が何を言っているのか理
解しようとした。
「ああ、ううん、あたしは平気。ミサはあたしを傷つけたりし
たかった。あたしを助けてくれたの」
 のろのろとシャツのボタンを外してわきに放ると、砂沙美は
毛布を手にしてくるまろうとした。

「ミサが君を助けたって?」
 信じられないという声で、魎皇鬼が訊き返した。砂沙美はう
なずいただけで、そのままベッドに転がり込んだ。
「砂沙美ちゃん…」
 魎皇鬼は青い髪の少女を鼻先でつつき、答えを待った。

「ごめんね、りょうちゃん。でもあたし、もうくたくたで、頭
ぐちゃぐちゃなの。今はとにかく寝たいの。話はその後でいい
でしょ?」

 疲れ果てた顔で、それでも目を開けようとしながら、砂沙美
はネコウサギに微笑みかけた。

 魎皇鬼はため息をついた。
「わかったよ。あれだけのラブラブモンスターをやっつけたん
だ、眠るだけのことを十分したよ。おやすみ、砂沙美ちゃん」

 魎皇鬼は返事を待ったが、砂沙美はすでにもう眠り込んでい
た。

***

 あくびをして身体を伸ばしながら、砂沙美は目を覚ました。
ここ二、三日ずっと戦い通しだった、その後の寝覚めは最高だ
った。外はもう暗くなっていた。何が夢で、何が現実だったの
か、砂沙美には思い出すのもつらかった。だが、全てにおいて
たった一つだけ、浮かび上がってくるものがあった。

 美紗緒。

 砂沙美の心は、あの黒髪の親友への想いに占められていた。
心の中で、砂沙美に微笑みかける美紗緒。突然、その姿が変異
し、黒髪がブロンドになっていた。美しい水色の瞳は、ピンク
色だった。
 砂沙美はそっとため息をつきながら、一番の親友が最悪の敵
であったことを思い出していた。

 でも、本当に?ミサは自分を助けてくれた。
 きっとそれは、互いを想う気持ちの深さが、美紗緒をピクシ
ィミサに変身させる魔法を打ち破る十分な力になったのだろう、
そう思えた。

 青い髪の少女は、ほおを真っ赤に染めた。
 何を考えてるんだろう?美紗緒ちゃんのことを想うと、心臓
の鼓動が早くなる。あたし、どうしちゃったんだろう?

 背筋を伸ばして立ち上がり、砂沙美はベッドから飛び降りた。
魎皇鬼の姿を捜したが、ネコウサギの姿は見えなかった。裸の
肩をすくめて、砂沙美は部屋を横切ってタンスに近づく。パジ
ャマを着込みながらも、砂沙美は親友に何か起きていないか、
刺すような不安にとらわれずにはいられなかった。

 美紗緒ちゃん、だいじょうぶかな…?ミサが仕えてたあの奇
妙な女の人を裏切ったんだもの、美紗緒ちゃんに何かあった
ら…?

 砂沙美は弾けるように立ち上がって、電話機をとった。砂沙
美は短縮ダイアルを押し、いらいらと歩き回りながら、応答を
待った。

『はい、もしもし?』
 優しい声が答えてきた。

 美紗緒の声に、砂沙美は微笑んだ。いつでもすてきな、最高
の友だちだった美紗緒。その無事を知って、砂沙美はほっとし
た。

『えっと、もしもし?』
 美紗緒が繰り返す。

「ああっ!もしもし、美紗緒ちゃん?」
 口早に砂沙美が言った。かがみ込んで、床に放り出していた
ブラウスをひろう。

『砂沙美ちゃん?具合はどう?心配してたのよ…』
 美紗緒が優しく言った。

 砂沙美はベッドに横たわり、頬を紅く染め、口元に笑みを浮
かべた。

「ありがとう、美紗緒ちゃん。あたしはもうだいじょうぶ。そ
れより、あたし、美紗緒ちゃんが心配だったの」

『私が?』
 紫の髪の少女はびっくりして訊き返した。

 砂沙美がクスクス笑った。
「ううん、気にしないで。とにかく、何があったって、あたし
が美紗緒ちゃんを守るからね」

 そう言った砂沙美の声は、がらりと質が変わって、大まじめ
だった。親友に指一本触れさせはしない、と砂沙美は自らに誓
った。もし自分がプリティサミーになれなくったって、あんな
危険に親友を巻き込ませたりはしない。美紗緒をもうピクシィ
ミサにさせたりはしない。
 あたしを監視するために、ミサは美紗緒ちゃんの身体を借り
ているんだ。そして、美紗緒ちゃんに何かあっても、ミサは美
沙緒ちゃんと同時にはいられないんだ…。

『ありがとう、砂沙美ちゃん』
 ちょっと沈黙した後、美紗緒は言った。
『ほんとうに、早く元気になってね』

「うん、うちに帰って少し寝たの。さっきよりずっとよくなっ
たから」
 砂沙美が答える。

『よかった。さっき、何だか砂沙美ちゃん様子が変だったから』
 美紗緒は心配そうだった。

 砂沙美はベッドの上に起きなおって、あぐらをかいた。
「様子が変だった?」
 不安そうに訊き返す。
(あたし、美紗緒ちゃんの前で?まさか、あたしの正体を…?)

『たぶん、砂沙美ちゃん、疲れてたからよね』
 砂沙美を思いやって、美紗緒が言う。

「あ、そうね、そうだよ」
 慌てて砂沙美が同意した。
(それだけのことだよね、きっと)

『ごめんなさい、砂沙美ちゃん。私、出かけなきゃならないの』

 青い髪の少女は、残念そうな美紗緒の声を聞いた。

「気にしないで。また、明日ね、美紗緒ちゃん。放課後、二人
でどこかに行こうよ」
 期待を込めて、砂沙美が言った。

『そうしたいわ』
 美紗緒も嬉しそうに答えた。

「じゃあ、二人でデートだね」
 自分で言ったことが耳に届く。砂沙美はその言葉が自分の口
から出たとたん、真っ赤になった。

『そうね。じゃあね、砂沙美ちゃん!』
 美紗緒の言葉には、親友の奇妙な様子に気づいた響きはなか
った。

「おやすみ、美紗緒ちゃん」
 青い髪の少女は、仕方なくそう言った。

「大好きだよ」
 無意識に砂沙美はそう言ってしまった。

『え、なんて言ったの?』

「な、なんでもない、なんでもない!ええと…おやすみ、美沙
緒ちゃん!」

 美紗緒が何か言う前に、砂沙美は慌てて受話器を置いた。電
話機を一瞥して、砂沙美は電話を、まるでばい菌のようにわき
へ押しやった。

「何なのよ、もう!?」
 砂沙美は大声で言った。

***

 翌日…。

「何か訊きたいことがあるの、砂沙美ちゃん?」

「ありがとう、美星おねえちゃん。あのね、誰かを好きになっ
て、でもその人が同じように自分のことを好きかどうかよくわ
からない時に、美星おねえちゃんならどうする?」

「好き?うわあ、砂沙美ちゃん、おめでとう!相手は誰?何て
言われたの?もう二人っきりのデートはした?」

「あたし、誰がとか何がとか、何にも言ってないんだけど。そ
れより、質問にちゃんと答えて」

「質問って、何だっけ?」

「誰かを好きになって、でもその人が同じように自分のことを
好きかどうかよくわからない時に、美星おねえちゃんならどう
する?」

「ふうん、あたしはちょっと…」
 そう言いかけて、美星は口を閉じた。ドアのノブが回って、
ドアが開き出す音を聞いたせいだった。はじかれたように、美
星は銃に手を伸ばして構え、ドアのそばに狙いを定めた。

「動かないで!」
 美星と清音は先日、就寝中に泥棒に入られてしまった。それ
で美星は、激しい訓練をして感覚をとぎすませていたのだ。

「美星、私よ、清音よ。銃をおろしてちょうだい」

「あ、ごめんね清音。何かいい知らせは?」

「ダメね。私も警察も、盗品については何の情報もなし。正直
言って、盗まれたものはもう返ってこないと思うわ」

「せめてお店の品物は絶対盗まれないようにしないとね」
 そうして美星は、再び砂沙美に目を向けた。
「さっきの答えだけど、あたしはどうしたらいいかよくわから
ないなあ。自分の想いを口に出して伝えて、それから何か特別
な、行動で示す、かな」

「二人とも、何の話をしてるの?」
 清音が尋ねた。

「砂沙美ちゃんがね、好きな人ができたんだって。で、どうし
たらいいのか知りたくて、アドバイスが欲しくてここに来たの
よ。清音はどう思う?」

「砂沙美ちゃん。私も、他の人も、そういうことに関して言え
るのは一つだけね。自分の心に正直になることよ。私たちがア
ドバイスできるのは、その一つだけだわ」

「ありがとう、美星おねえちゃん、清音おねえちゃん。どうな
ったか、必ず教えるね」
 その場を去っていきながらも、砂沙美は相変わらずとまどっ
ていた。

 道を歩いていると、左の方からすさまじい爆発音が聞こえた。
砂沙美は全速力で次の四つ角に駆けていって、左側を見た。炎
と黒煙が立ちこめていた。

 砂沙美はあたりを見回したが、誰の姿もなかった。
「プリティ・ミューテーション!マジカル・リコール!!」
 まばゆい光の輝きが砂沙美を包み込み、プリティサミーの姿
が現れた。

 爆発の光景の中…

「どこにいるの、プリティサミー!」
 裸魅亜が叫んだ。

「何をするつもり、裸魅亜!」

「そこにいたのね、プリティサミー!私の望みは、あなたの死
よ!」

 砂沙美は冷や汗を流した。そんなことはまっぴらごめんだっ
た。ましてや、今は。自分を殺そうとする、こんなイカレた魔
法の国の連中に、自分の恋を邪魔されるなんて、もうじゅうぶ
んだった。

「そういうのって、また今度にしませんか、あはは」
 青い髪の少女は訴えかけるように言った。

 柳眉を逆立てて裸魅亜が怒りに叫ぶ。
「よくも私をバカにしたわね、プリティサミー!あなたの死が
確実なものであることを、きっちりわからせてあげるわ!そし
て、苦痛をね!」

 魔法少女はため息をついた。
 この人、どうにもすんなりとはいかないみたい。

 砂沙美は魔法のバトンを構え、攻撃に備えた。裸魅亜の手に
光が走り、すさまじいスピードで発射された。  

 青い髪の魔法少女は、バトンを天にかざした。
「プリティ・コケティッシュ・ボンバー!!」

 砂沙美の周りをエネルギーが取り巻き、最強の攻撃にしよう
と、さっきまで心の中を占めていた黒髪の少女のこと以上に、
精神を集中させようとした。
 攻撃が、赤い髪の女性に向かってまっすぐ延びていった。勝
利を確信して、砂沙美は微笑んだが、その勝利の寿命は短かっ
た。
 砂沙美の笑顔が消えた。確かに攻撃があの魔法の国の女性を
とらえたはずなのに。真っ正面から命中したはずなのに。
 いやな予感に、砂沙美は頭が混乱した。

「まさか、幻?」

 振り向いた砂沙美は、恐怖に目を見開いた。だが、遅すぎた。

「死ね」

 ニヤリと笑った裸魅亜が発射したエネルギーが、おのれの存
在を脅かす少女に向かって襲いかかった。
 ついに裸魅亜は、望むものを手に入れたかに思えた。
 プリティサミーの最期を。

 ヘッドライトに照らされた子鹿のように、砂沙美は立ちすく
んだ。エネルギーが迫ってくるのが、まるでスローモーション
のように見えた。
 ギュッと目を閉じ、さえぎるように両手を前に出す。そんな
ことが何の役にも立たないことはわかっていたが、他にどうし
ようもなかったのも確かだった。

 ブラストが命中する寸前、二本の腕が砂沙美の腰を抱きしめ、
一緒にジャンプした。エネルギーは正確に砂沙美の立っていた
場所を直撃した。
 ゆっくり目を開いた砂沙美は、ようやく自分がまだ生きてい
ることに気がついた。大きく安堵の息をつきながら、砂沙美は
自分の体中を触って、無事を確認した。自分を助けてくれたの
は誰だったのかと顔を見上げた瞬間、砂沙美はその姿に驚愕し
た。

 自分よりちょっと背が高く、ふわふわのブロンドのロングヘ
アを肩まで伸ばした少女。漆黒に近い暗紫色のレザー・コスチ
ュームの肌触りが、じかに砂沙美に伝わってきた。少女は腕を
砂沙美の腰に回したまま、しっかり抱きしめたままだった。周
囲の風景が砂沙美の視界からぼやけ、自分を救ってくれた少女
の姿以外の全てが消えていった。

『美紗緒ちゃんとピクシィミサは同一人物だもの。だから、あ
たしを助けてくれたんだ』

 美紗緒が自分を救ってくれた、その思いがなぜか砂沙美の背
筋にゾクゾクするような感覚を走らせた。
 自分が何をしているのか自覚もないまま、青い髪の魔法少女
は身を起こすと、自分を救ってくれた少女の唇に、自分の柔ら
かな唇を重ねた。

 その刹那、二人の唇が触れあった、その瞬間全てが、真実、
最高の時間に感じた。
 自分がプリティサミーとして使ってきたどんな魔法よりも、
ずっとマジカルな時間。

 ピクシィミサは、目をお皿のように大きく見開きながら、プ
リティサミーの口づけを感じていた。
 固まってしまったミサは、美紗緒の別人格としての自分も初
めての体験に、どうしたらいいかわからなかった。ミサの手は
サミーの脇腹にぐっと食い込んだままになってしまったが、そ
れがかえって青い髪の少女を刺激してしまい、ブロンドの少女
へのキスをますます深くしていった。

 こんなこと、やってる場合じゃ…!
 ミサはようやく夢うつつの状態から抜け出そうともがき、砂
沙美を引き離して新たな攻撃に備えようとした。ブロンドの少
女は、今の出来事にどうしたらいいのかわからなくて困惑しつ
つも、怒ったふりをして青い髪の少女に向きなおった。

「なんのつもりなの、サミー!?死ぬ気なの?キスしたければ、
命の危険が無くなってからにしてよね。ユーのおかげで予定が
メチャメチャよ、ドゥユーアンダスタン?」

 砂沙美はうつむいて、これ以上はないほどに顔を真っ赤に染
めた。

 あたし、何をしちゃったんだろう?自分を押さえることがで
きなかった。とってもいい気持ち。これでよかったんだわ。ミ
サが今までライバルだったとしても、今は美紗緒ちゃんと同じ
だけ、大好き。だって二人は同一人物だもの。たとえまるっき
り性格が違っていたって。

「ごめんね…」
 サミーはしょげかえってつぶやいた。

 ブロンドの少女は、安心させるような微笑を見せた。
「気にするのはあとよ、サミー。もし生き残れたら、その後で
ワンスモア、させてあげるから」
 そう言いながら投げかけたウィンクに、青い髪の少女はまた
赤面した。

 ミサは笑いながら裸魅亜に対峙した。

 あたしはいつもサミーをからかうのが楽しかったじゃない。
キスの意味だって、深く意味なんか無いわよ。実際、悪いこと
でも、いいことでもないんだから…。

 ミサは心を揺らしたが、すぐにかつてのあるじに狙いを定め
た。

「ピクシィ・セクシー・ファイヤー!!」
 ミサの叫びに、ブラストが裸魅亜に向かって放たれた。

 光線が命中するその瞬間、裸魅亜の姿が消えた。ずっと離れ
た場所に再び現れた裸魅亜が睨みつけた。

「裏切り者め!次に会ったら」
 間をおいて、裸魅亜が言い添えた。
「二人とも一緒に始末してやるわ!」

 身を翻した裸魅亜が、再び姿を消した。

 二人の魔法少女は押し黙ったままずっと立ちつくしていた。
戦いは終わった。二人の心の上に、さっきのサミーの可愛いキ
スが浮かび上がった。プリティサミーは、ピクシィミサがいま
何を考えているのか知りたくて、ブロンドの少女に視線を移し
た。
 だがミサは手にしたトランプを玩ぶだけだった。自分とは関
係ないかのような風情。さばさばした顔つき。全ては自分のも
う一つの顔に(おぼえていなくっても)まかせた、とでも言う
かのようだった。

 後ろに倒れながら、レザーファッションの魔法少女は気を失
った。

 プリティサミーから元の姿に戻った砂沙美は、悲しげにため
息をついた。

 こうなることは、わかっていたのに。うまくいかないよね。
そりゃあ、津名魅さんだってあたしを信じてくれたから地球の
守護者に選んでくれたんだろうけど。でも、こんなシナリオな
んて、ひどいよ。

「美紗緒ちゃん?美紗緒ちゃん、だいじょうぶ?」
 砂沙美は親友をそっと揺り起こしながら呼びかけた。

「ううん…?」
 美紗緒はアクアマリンの目を物憂げにまたたかせて、焦点を
合わせようとした。しばらくしてやっと砂沙美の不安げな顔が
自分を見下ろしていることに、美紗緒は気が付いた。

「砂沙美ちゃん?っああ…」
 痛む頭を押さえながら、美紗緒は起きあがろうとした。が、
砂沙美がそれをおさえる。

「気分が良くなるまで待って。これ以上美紗緒ちゃんが苦しむ
のを見たくないよ。美紗緒ちゃんがどれだけつらいか、わかる
もの」

 砂沙美は唇をかみながら、顔に苦痛を浮かべて地面に横たわ
っている黒髪の親友を見つめていた。体の弱い美紗緒のためな
ら何でもしてあげたい、と砂沙美は心から願っていた。

 二人が初めて出会ったのは、病院のナースステーションに行
こうとしていた美紗緒を砂沙美が手助けした時だった。それ以
来ずっと、こんなふうに苦しむ少女の姿を見ることがつらくて
たまらない砂沙美だった。

「私も大好き」

「え?」
 今のは気のせい?でも、たしかに美紗緒ちゃん、何か言った
よね?
 さっき走り回ったせいで、またひどく眠くなっていた。精神
の疲労が本当にしんどかった。すぐにも身体が壊れてしまいそ
うだった。
「今、なんて言ったの?」

 あわてて美紗緒は首を振って、顔を背けた。目をそらした美
沙緒の青白い頬が、見る間に真っ赤に染まった。

「ううん、何も言ってないわ、砂沙美ちゃん。私、なんにも言
ってないの」

 心臓の鼓動が激しくなって、美紗緒は、また病気が悪化した
のかと思った。日差しの眩しさに、目を閉じた。早く砂沙美に
家に連れ帰ってもらいたかった。そうしたら全てはまた元の通
りのつまらない日常に戻るだろう。こんな小さなことに心を砕
く必要もなく、気分が悪いのも治ってくれるだろう…。

 再び目を開くと、親友は両腕を自分の腰に回して抱き起こし
てくれていた。つぶらなピンクの瞳と愛くるしいソバカスが、
ライトブルーの髪とともに、視界に入って美紗緒を迎えていた。
熱い視線で見つめる砂沙美の視線に、美紗緒はますます赤くな
った。

『いい匂い…。砂沙美ちゃんの腕の中って、あったかくて、落
ち着く…。ううん、いつもそうだった。砂沙美ちゃん、ずっと
そばにいてほしい』

 そんな想いを心の中から追い出そうと、美紗緒は考え続けた。
『砂沙美ちゃん、もう行ってちょうだい。でないと私、今まで
どおりにやっていけなくなってしまいそうだもの。これ以上、
自分の変化を押さえきれなくなっちゃう…』

 抱きしめた腕の中の美紗緒が身を硬くしていることに、砂沙
美は気が付いた。

『美紗緒ちゃん、どうしていきなりこんなにビクビクしてるん
だろう?さっきはホッとして楽になりだしたばかりだったのに。
あたしのせいなのかな?』

 首を振った砂沙美だったが、大きく見開かれた美紗緒のおび
えたようなアクアマリンの瞳からは、目を離すことができなか
った。
 美紗緒は身体を動かすこともできず、砂沙美の腕の中、おび
える小動物のように震えていた。美紗緒はまるで自分の気配を
消そうとするかのように息を殺していた。

『いま聞いたのが本当なら、きっと美紗緒ちゃんは全てに怖が
ってるんだ。美紗緒ちゃんはいつも寂しかった。だからこんな
ことでも、友達をなくすかもしれないって思うんだ。なのにあ
たしはそんなふうに感じたことない。美紗緒ちゃんはわかって
くれるって思ってたから。ずっとあたしの友達でいてくれるっ
て…。あたしは…。あたし、何を悩んでたんだろう?』
 青い髪の少女は、そう思った。

「美紗緒ちゃん?」
 片手を上にずらして美紗緒の背中を支えながら、砂沙美は美
沙緒を座らせた。

 ハッと息をのんだ美紗緒だったが、何かに気づいたようにう
なずいた。
「ねえ、砂沙美ちゃん?」

 乾いた唇をしめらせて、砂沙美は心の中を言葉にしようとし
た。

「美紗緒ちゃん、美紗緒ちゃんはあたしの親友だよ。いつもそ
ばにいてくれて、あたし、美紗緒ちゃんと一緒の時がいちばん
幸せ。美紗緒ちゃんが大事だもん、あたし、美紗緒ちゃんと戦
うなんてもういや。美紗緒ちゃんはあたしの大切な人。あたし、
いつも美紗緒ちゃんと一緒にいたい。美紗緒ちゃん、大好き」

 美紗緒の頬に深紅の翳りが深く差し、のどの奥で言葉が詰ま
った。
 美紗緒は、いつもひとりぼっちだった。おどおどした少女は、
闇の中で一人っきりだった。だが、砂沙美がいつもその暗闇を
埋めてくれた。底なしの孤独を取り去ってくれた。美紗緒の人
生で唯一の、リアルな存在だった。美紗緒にとっての存在理由
であり、全てを失ったように思える時を救う希望であり、母親
が家に帰ってこないのに学校に行かなきゃならない時にも、明
日という日に向かっていける理由でもあった。
 だが、その口からでてきたのは、弱々しげなこの言葉だけだ
った。

「私も、大好き」
 それで充分だった。

 砂沙美の顔がぱっと明るくなって、美紗緒を固く抱きしめた。
「ああ、美紗緒ちゃん!」

 暖かなものが、少女の心にあったピリピリした気持ちにとっ
てかわった瞬間、腕の中の少女が自分を抱きしめ返してきた。
なぜだかわからなかった不安も悩みも、美しい黒髪の少女の手
の中で、全てが消え去っていった。首元に埋まる美紗緒の頭の
感触が、たまらなく気持ちよかった。
 砂沙美は美紗緒を膝の上に乗せたまま、しっかりと抱きしめ
た。

 涙があふれそうになって、美紗緒はまるで洪水の中で救助隊
員にしがみつく罹災者のように、砂沙美をギュッと抱きしめた。
だが今は、確実に信じられるものが戻ってきたことを、美紗緒
ははっきり感じ取っていた。

 みんな、うまくいくわ。だって何があったって、私は砂沙美
ちゃんと一緒だもの。どんなものが立ちふさがってきたって、
砂沙美ちゃんの腕の中にいればなんてことないわ。

「ありがとう、砂沙美ちゃん。私、こんなこと…」

 美紗緒の言葉を、砂沙美は優しいキスでさえぎった。美紗緒
の唇の柔らかな感触を自分の唇で味わいながら、砂沙美は目を
閉じた。黒髪の少女はしばらくショックで座り込んだままだっ
た。きまりの悪さに、砂沙美の頬はますます紅く染まった。

 もはや冷静に物事を考えられなくなり、感情の海に溺れなが
ら、美紗緒は砂沙美にキスを返した。





大好き、砂沙美ちゃん…
Illustrated by IZUMI Kanesada



 そう、全てはこの瞬間から始まるの。 『私を一人にしないでね。ずっとそばにいさせてね』 完

 

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