ヌ・ク・モ・リ
第4話
私の言葉に、KOS-MOSはひどく緊張した。 「私を愛して」という言葉に、KOS-MOSはもう5分ほども固 まったまま。何かを答えるよりも先に躊躇してしまって、どこ か何かを恐れているようにも見えた。 KOS-MOSの気持ちは、私にも理解できる。こういう場合にど うしたらいいか私もよくわかってはいないけれど、とにかく KOS-MOSに判断をゆだねようと思った。 「KOS-MOS」 名前を呼びかけてみる。 KOS-MOSはベッドのシーツを指で掴み、両膝を緊張させなが ら、恥ずかしそうに私を見つめた。私がKOS-MOSの肩に手をか けると、KOS-MOSは思わず肩を引いて逃れようとした。 怖がっているKOS-MOSに、私も納得した。 私の願いは、性急すぎたのね…。 「KOS-MOS」 少しKOS-MOSから身を離した。 「KOS-MOSがイヤならかまわないの。これは完全にKOS-MOSの気 持ち次第だし、それに…」 「いいえ、大丈夫です」 KOS-MOSが私の言葉をさえぎる。 「ただ…わ…私は、どうしたらいいのかわからないのです。シ オンをこれ以上困らせたくありません。シオンに…」 「心配しないで、KOS-MOS」 安心させようと声をかける。 「誰だって最初は何もわからないわ。さっき言ったとおり、何 もかもKOS-MOS次第だから、無理しなくても…」 「教えてください」 私の言葉をまたさえぎった。 「な、何を?」 「シオン、教えてください」 両手を伸ばし、膝を進め、KOS-MOSが繰り返す。 「…愛し合う方法を、教えてください」 「…本気なの?」 私は問いただす。 「KOS-MOS、もしそう言った自分の言葉にプレッシャーを感じ ているんなら、私はあなたに取り返しのつかない過ちを犯させ たくはないのよ」 「過ちを犯すはずがありません」 ハッキリとそう言って、KOS-MOSは私の手を握った。 「だって、愛する人と初体験を迎えられるのですから」 KOS-MOSは私の手のひらを自分の頬に押し当て、ミルク色の 肌に私の指を滑らせた。再び目を閉じたKOS-MOSは、私の指を そのまま自分のあご先に導く。自分の意志で私が手をもっと上 に動かしていき、空色の髪に指をさらさらと通していくと、 KOS-MOSの唇から吐息がかすかに漏れる。そのまま手を下に撫 でていき、再びKOS-MOSの頬に戻る。そのまま頬にじっと触れ ていた手を、もっと下に…という声が私の中から聞こえた。自 分の心に逆らえず、そして逆らう気も無いまま、私は手を KOS-MOSの首筋にずらしていった。 「シオン…」 青い髪の天使がかろうじて私の名前を呼んだ。 私の指はKOS-MOSの襟元に止まり、ムズムズしながらKOS-MOS の身体の禁じられた領域を開く鍵としての役目を果たす金色の 金具に触れた。一瞬のためらいはあったものの、私は再び誘惑 に抗えなかった。宝物の鍵を開けるようにゆっくりと指を動か し、そして下に引き下ろしていく。 少しずつ少しずつ、私が小さなタグを降ろしていく1インチ ごとに、KOS-MOSのアイボリーホワイトな肌が露わになってい く。さらにタグを降ろしていくと、私の天使の肌を包んでいた 銀色のユニフォームが剥がれはじめる。 でも、ジッパーを一番下まで降ろしたものの、KOS-MOSのユ ニフォームはまだその肌に残ったままだった。顔を上げて見る と、KOS-MOSはまだその手で銀のユニフォームを掴み、胸より 下に脱げ落ちてしまうのを押さえていた。 「KOS-MOS?」 KOS-MOSの頬に微かに赤みが差し、再び固く目を閉じた。襟 元をぎゅっと掴んでいるKOS-MOSは、どうしても身を許しそう になかった。 「申し訳ありません」 謝罪するKOS-MOS。 「私を洗浄する時には全て見られているとわかっているのです が、こういう状況の下では、私は…」 「力を抜いて、KOS-MOS」 私はKOS-MOSの手の上に、そっと自分の手を置いた。 指を絡めてKOS-MOSの右手を襟から外したけれども、KOS-MOS の左手はまだぎゅっと襟を握ったままだった。自分の欲望をか きたてるように、私はKOS-MOSの右腕にはめたものをぐっと引 き下ろした。たいした苦労もなく、私はKOS-MOSの手袋を外し、 そして反対の手にも手を伸ばした。KOS-MOSはまたその手を金 属質の服にしがみつかせたが、私はもうKOS-MOSの腕にがっし りはまっていた白と黒の革手袋を外せていた。 「KOS-MOS、お願い、手を放してね」 囁くように私は言った。 コクンと頷いたKOS-MOSの腕から力が抜けた。ユニフォーム が落ちかけたが、またもやKOS-MOSが曲げた肘で服を押さえる。 今度はその手首をとって、私は腕をゆっくり伸ばさせた。 KOS-MOSの服が一気に滑り落ち、さっと腕をかすめて、あっ という間に床にまで落ちた。完璧なミルクの肌を一インチ刻み で舐めるように鑑賞しながら、私は目の前の天使をじっくりと 見つめた。 何も言わずに横たわるKOS-MOSを凝視する私に、KOS-MOSの瞳 も私をじっと見つめる。私の目を覗き込むKOS-MOSに、私が思 わず口元をほころばせると、KOS-MOSも同じように微笑む。 唇の間からちょっと舌をはみ出させて唇を舐め、私はKOS-MOS の薔薇色の乳首に視線を移した。手のひらをKOS-MOSの身体の 左側のラインに沿って滑らせ、その手をKOS-MOSの乳房の先に 当てる。そして親指と人差し指の間でその先端を挟みこむと、 私はゆっくりとそのふくらみをこね回し始めた。 繊細な肌を撫でる私の指に、私の天使は一瞬喘ぎ、その瞬間 ぎゅっと目を閉じた。 「シオン…」 KOS-MOSの唇から、微かに私の名前が漏れる。 「KOS-MOS」 私はKOS-MOSの胸から手を放したものの、もっと激しくしち ゃってもいいかな、と思っていた。 「続けてください」 呟くようなKOS-MOSの言葉。 「いいわ」 頷く私。 再び乳房を指で包んだが、今回は左手も使って両方触れる。 そして乳房を両側から内側に押し合わせると、KOS-MOSの唇か ら微かな喘ぎが漏れた。もっと続けてとせがんでいるのが、 KOS-MOSの顔の表情からわかった。何度も何度も双丘を揉みし だき、時折その手を止めて指で乳首をつまんだりする。 しばらく乳房を揉んでいた私だったが、やがてもっと激しく したくなって、両手をさらにKOS-MOSの乳首に寄せた。そして また指で優しく挟んでやると、乳首が硬くしこってくる。私の 指の動きが加わるごとにぷっくりと腫れあがり、さっきよりも ますます立ってくるKOS-MOSの乳首…。 今はまだ押さえなきゃならないと思って、私は熱を冷まそう とした。KOS-MOSの左の房に向かって私は舌を突き出し、その ままその先端を舌先でつついた。私の天使の唇から再び微かな 喘ぎ声が漏れ、上半身が一瞬ビクンと跳ね上がった。KOS-MOS が落ち着くのを待ってから、私はまた舌を使い続けた。今回は さっきよりも長かったので、KOS-MOSの身体は倍跳ね上がった。 三回目、さらに四回目と、毎回KOS-MOSは身体をビクビクさせ る。五回目の後には、私は唇を寄せる必要もなく、間髪入れず にKOS-MOSのピンク色の乳首をくわえ込んだ。そしてきゅっと 引っぱりあげると、今度は今までとは比べ物にならないほどに 大きな声の喘ぎが唇から発せられた。KOS-MOSの悲鳴に、くわ えた乳首を慌てて放してしまった私だったが、KOS-MOSはもう 詰まらせた呼吸を回復させていた。 「だいじょうぶ?」 KOS-MOSに訊いてみる私。 「…はい」 一瞬置いて、KOS-MOSが頷く。 「お願いです、続けてください」 それ以上くどくど訊き直すこともせず、私は再び乳首をくわ えこみ、さっきのように優しく引っぱった。ますます叫ぶ KOS-MOSの声が、だんだん大きくなっていく。 乳首を口で引っぱるたびに、KOS-MOSの乳首がどんどん固く しこってきて、私の口の中に突き刺さるようだった。KOS-MOS の両腕が少しずつ私の頭に回り、ぐいぐいと私の頭を抱きしめ たので、私はKOS-MOSの乳首を口いっぱいに頬張ってしまった。 「…待ってっ」 いきなりKOS-MOSが、悲鳴交じりに言った。 「どうしたの?」 不安になった私。 「私、乱暴すぎた?」 「シオン、お願いです…、わ、私にも、させてください」 KOS-MOSが答えた。 「もちろんよっ」 私は頷いた。 KOS-MOSが私の肩をつかんで、あっという間に体勢を入れ替 えられてしまった。私はパートナーを下から見上げる状態にな った。KOS-MOSがニッコリと私に微笑みかけると、両手を私の ジャケットの襟にかけてきた。そして胸元にさっと差し入れら れた手が、ちょっと手間取りつつも、私の服を肩脱ぎにさせた。 ジャケットは私の腕から抜けて、瞬きする間に床に落ち、部屋 の冷気が私の身にしみた。 私が少し寒そうな顔をしたのを見て、KOS-MOSは顔を寄せて 唇を重ねてきた。私の口の中を吸い尽くそうとするKOS-MOSに、 私は舌を使って抗った。互いの神饌を交換しあって争う私たち の唇は、まるで互いの手に持ったボールを奪い合う二人の子供 のようだった。 甘美な争いに夢中になってふけっていた私は、KOS-MOSが二 人の唇の封印を解いたことで、改めてKOS-MOSのキスの味を存 分に味わうことが出来た。私たちの唇の空隙に神饌が一瞬糸を 引き、切れて自分の唇の中に戻る。 このキスのおかげで身体が火照った私に、天使は行動を再開 した。 KOS-MOSの指が私の制服の背中のジッパーをとり、じわじわ と引き下ろしていく。また肌寒さが、今度は背筋から走ってき た。またそれに気づいたKOS-MOSだったけれど、今度は両手で 肩を押さえつけて私の制服に手をかける。 かすかに戸惑いの色を見せながら、KOS-MOSは指を滑らせて いろんな装着品と共に私の服を引き下ろしていった。まるで胸 にもお腹にも、アソコにも、そして脚にもキスされたかのよう に冷気が全身を刺したが、すぐさま熱いものが私の全身に触れ てきた。 全身をぐっと押し倒された私は、天使と一つに絡まりあって いたのだった。 「こんなやり方でいいのでしょうか?」 囁くようにKOS-MOSがやっとそう訊いた。 「上手よ」 答える私。 KOS-MOSの唇が私の頬を上からなぞっていき、時おり頬の肌 がきゅっと引っぱられる感じがする。私の身体にKOS-MOSの裸 身が上から密着する感触に、私はせつなくもこの上もない心地 よさに浸っていた。私の顔にKOS-MOSが口づけするたびに、私 の唇はKOS-MOSの名前を呟くだけだったが、すぐにそれすらも 遮られてしまった。KOS-MOSの唇が再び私の口を塞いだからだ ったが、でもそれは一瞬のことで、瞬きする間に啄むようにキ スしてきたと思うと、私が瞬きした目を開く前にもう引っ込め られてしまう。そんなキスを繰り返すKOS-MOSに、私はKOS-MOS の唇の甘さを味わう余裕すらなかった。 「KOS-MOS…」 最後の口づけに、私の口からその名が漏れた。 KOS-MOSのキスが下に向かって移動し、そのキスの合間に這 わせた舌が私の首筋に至った。KOS-MOSのキスがほんの一瞬触 れるごとに、私の肌がきゅっと吸われる感触がしたが、私の心 臓のほんの下まで来たところでキスが終わってしまった。 KOS-MOSの舌先がちょんと私の乳首の先をつつき、そしてほ んの一瞬で引っ込められてしまった。そんな舌の愛撫を何度も 繰り返され、私はどうしようもなくなって喘ぐだけだった。 「KOS-MOSうぅっ…!」 私は叫びださんばかりにKOS-MOSの名を呼んだ。 KOS-MOSの手が私の身体を上からなぞっていき、指先が私の お腹を滑る。KOS-MOSの口唇愛撫と私の嬌声が入り混じる中、 KOS-MOSの指が1インチ刻みで進んでいく。そして間もなく、 下腹部の中央に停まったKOS-MOSの指は、かつて私が胎児だっ た頃の命の綱だった小さな凹みの周囲を円を描いてなぞりだし た。そしてKOS-MOSは舌を舐らせたあとを指でも愛撫しだした ので、私はどうしようもなく、ただKOS-MOSがもたらしてくれ る快楽をむさぼるばかりだった。 「気持ちいいのですか?」 私の乳房にKOS-MOSの吐息。 「うん」 息を詰めて答える私。 「このまま、して…!」 私の返事が終わらないうちに、KOS-MOSの指が再び下に向か って動き始め、下腹部を越えて這っていった。さらに移動して いく指の動きに、私は両脚を閉じて、誰にも触らせたことのな い繊細な場所を守ろうとした。 KOS-MOSの手は両脚の間に挟まれて、敏感な部分の寸前で止 まっていた。KOS-MOSはその理由を問いただすようなこともせ ずに、脚の間から手を離したが、そのままその手を私の膝に伸 ばしていく。そして天使の舌触りが下に向かっていくのに合わ せ、KOS-MOSは反対の手で私の脚を持ち上げて、力ずくで私の 両脚を広げようとした。 「KOS-MOSっ!」 私は本気でKOS-MOSを叱りつけていた。 その声に、KOS-MOSがハッとして動きを停めた。KOS-MOSの舌 も私の秘所に触れる寸前で止まっていた。KOS-MOSは瞳に淋し そうな影をよぎらせて私の顔を見上げながら、両脚からも手を 離してしまった。 KOS-MOSの悲しげな顔を目にして、私の怒りはあっという間 に消えてしまい、逆に謝らなきゃと思ってしまった。 「ごめんね、その、あそこは他の誰にも触られたことがなかっ たから…」 言い訳する私。 「わかりました」 声にも淋しさを漂わせてKOS-MOSが言う。 「シオンがイヤなら、私は…」 「ね、他のことしてみようよ」 慌てて私はKOS-MOSを誘ってみた。 私はまたKOS-MOSの腰に両手を回し、KOS-MOSの身体を引き寄 せて自分の身体と密着させた。私たちの乳房が重なり、互いの 乳首が触れ合って、そのまま相手のふくらみの中に沈んでいく。 ぐぐっと乳房がさらに沈んでいくごとに、私の身体の奥底で火 がつき、そしてKOS-MOSの乳房以外のところまでも私と密着す ると、さらに炎が燃えさかっていった。 全てが互いの身体に沈んでいき、そして最後に沈み合ったの が互いの秘部だった。その陰唇からわき出す熱い流れが混じり 合い、それが一瞬堰き止められたと思った次の瞬間、どっと洪 水になって溢れだしてきた。 互いの秘所を重ね合わせながら、私は天使の瞳をじっと見つ めていた。そして、天使は再び笑顔を見せてくれた。KOS-MOS の微笑に、私も思わず口元がほころんだが、私はその笑顔をも っと大きくしたいと思った。 「ねえKOS-MOS、もっと身体をこすりつけてちょうだい」 そう頼む私。 KOS-MOSは返事はしなかったけれど、顔をほんのり赤く染め た。 身体を押しつけ合った瞬間、互いの肌がこすれ合う感触に、 私たちは喘いだ。身体の中からまた熱いものがほとばしりだし て、KOS-MOSが身体を離すまではおさまりそうもなかった。 KOS-MOSの紅潮した顔とともにますます激しく燃え上がる炎は、 KOS-MOSの動きが停まるまで静まりそうになかった。 「これでどうでしょうか?」 激しい息づかいの中で、KOS-MOSが訊いてくる。 「完璧だわ」 そう答えた私。 「そのまま続けて」 再び私たちは愛液とともに息を吐いた。擦りつけてくる KOS-MOSの身体の動きはますます荒々しく、そして同時に激し くなっていく。動きが早くなるに連れて、KOS-MOSの声が大き くなっていくことにも気づかされた。二度目の悦声はすぐに、 そして三回目はさらに大きな声で、私たちの唇から放たれた。 次から次に繰り返されるKOS-MOSの身体の動きに、もはや休む 暇すらない。息もつけないほどに、私たちはイキ続けた。漏れ 滴る愛液はますます溢れだし、私はもうその洪水を抑えること などできなくなってしまっていた。 私の嬌声もますます大きくなっていて、あっさりKOS-MOSの 声の大きさを抜いてしまっていた。 KOS-MOSの身体が起きあがりだし、それにつられて私も身を 起こしていた。気がつくと私はベッドの上に脚を大股開きで投 げ出した姿勢で座り、その上にKOS-MOSが重なって座るように なっていた。横たわっていなかったものの、私たちはずっと互 いの身体をすり合わせ続けていた。私のちょうど目の前で KOS-MOSの乳房が踊るように上下に揺れるのを見て、私は思わ ずまたも乳首にむしゃぶりついていた。乳首をくわえたままの 口で喘ぎ声をこもらせながら、私はアソコの中に満ちる甘い蜜 の中に、白濁の大河の中に溺れていく自分を思い描いていた。 「シオン…っ」 荒い息づかいの中、KOS-MOSが叫ぶ。 「私、爆発してしまいそうですっ。もう、これ以上我慢できま せんっ…!」 「私も、もうダメぇっ!」 KOS-MOSの乳房から一瞬顔を離し、私も叫んだ。 「イクっ、KOS-MOSっ、イッちゃうっ……!」 「シオンんんっ!!!!」 「KOS-MOSぅぅっ!!!!」 私の中から熱い奔流がほとばしり出たのと同時に、KOS-MOS からも同じものが私の脚に注ぎかかってきた。最後の一滴まで も私たちの中から絞り出るとともに、身体の動きもおさまって いった。 たった今の出来事が私たちをすっかり消耗させていくのと同 時に、私も薔薇色の乳首から口をぽんっと離した。 またベッドの上に仰向けに押し倒された私の身体の上に、青 い髪の天使が再びのしかかってきて、私の肩と腰にすがりつい た。 「シオン…」 私の胸に頬ずりしながら、KOS-MOSが微笑む。 「KOS-MOS…」 私はしばらくKOS-MOSの髪に何度も指を滑らせていた。 「…ごめんね」 神様の造った最も美しい存在の純潔を自分が奪ってしまった ことに気づき、私は息の下で謝っていた。 *** 私は、身体に重みと温もりとを感じて目を覚ました。 部屋の中を見回していたが、誰の姿も目には入らなかった。 「う、ううん…」 シーツの下から声が聞こえた。 訝しく思ってブランケットをつまみ上げ、自分の上半身を覗 き込んでみると、その重みの原因が私の身体をベッドに沈み込 ませているのを見つけた。私の腕の中、胸に頬を寄せていたの は、昨夜を共にした青い髪の天使だった。 横たわるKOS-MOSは顔に微笑みを浮かべながら、私の乳房に 手を這わせていた。KOS-MOSの身体は温かくて、いつも目覚め た時に私を取り巻いていた寒々しさなど、今はどこにもない。 私の天使の髪に手を滑らせ、そして顔に触れてみる。ミルクの ように白い肌は、いつもと同じように柔らかく、シルクのよう に滑らかだった。 こんなに穏やかに眠っているKOS-MOSの姿に、思わず微笑み がこぼれた。そしてほんの少しでもKOS-MOSにキスしないでい ることなどできなかった。 私たちの唇が触れると、KOS-MOSはビクンと動き、そしてば っと身を起こした。 「おはよう、KOS-MOS」 微笑みを浮かべ、私は朝の挨拶をした。 「おはようございます、シオン」 いつもと同じ抑揚のない声の返事。 その返事を耳にして、私の微笑みはたちまち雪のように消え てしまった。すぐさまベッドから身体を起こしたKOS-MOSの顔 には、微笑みも、何の表情も浮かんでいなかった。私のことを 一瞥すらせず、KOS-MOSはその真の姿を世界から遮るコスチュ ームをまといはじめてしまった。 膝を抱えて顔を埋めてしまった私の目が、じわーっと熱くな った。私はシーツを握りしめ、歯がみするしかなかった。 『…どうしてそんな態度をとるの!』 私は心の中で叫んでいた。 『あんな昨日の夜の後なのに、KOS-MOSは…』 その時、私の頬に温かいものが触れてきて、髪を撫でるのを 感じた。全身から力が抜けた私が目を上げると、青い髪の天使 が顔に微笑を浮かべていた。 「昨夜に私たちが体験したことは」 KOS-MOSが口を開いた。 「私にとって大きな意味を持ちました、シオン」 「ホントに?」 その言葉に私の怒りは消え去ってしまった。 「…うれしいわ」 「私も、初体験をあなたと過ごせたのがうれしいです、シオン」 KOS-MOSが続ける。 「私たちの間には何かを感じます。私のデータバンクの中にあ るどんな情報よりも重要な『絆』を。シオン・ウズキ、昨夜申 し上げたとおり、私は貴女を愛しています。何が起ころうとも、 私がどんな行動をとることになろうとも、私は常に貴女を愛し ています」 「私も、愛してるわ、KOS-MOS」 私は目を閉じ、KOS-MOSの手触りに浸った。 私もKOS-MOSの頬に手を伸ばし、そして頬を包んだ両の掌を 引き寄せた。昨夜と同じように、再び重なり合った私たちの唇。 そしてやはり昨夜と同じように私の口から全てを吸い尽くす勢 いのKOS-MOSを、私の唇も押しかえようとした。でもどれほど 力を込めてKOS-MOSを攻めようとしても、KOS-MOSはそれ以上の 力で迫ってくる。でもそのおかげで舌でKOS-MOSの唇を押しの けなくても、私は口の中でKOS-MOSの甘い神饌を堪能すること が出来た。 永遠に続くような口づけがようやく終わって唇を離すと、 KOS-MOSの微笑みはさっきよりも大きく広がっていた。 KOS-MOSは左手に抱えていたコスチュームを見やって、それ を身体にまとい始めた。銀色の素材の服が、KOS-MOSの真の姿 を再び世界から隠してしまった。歩き出しかけたKOS-MOSが、 その顔に微笑みを浮かべながらもう一度振り向いた。 「食堂でお待ちしています」 そう言って、KOS-MOSは出て行った。 扉が閉まる音を耳にして、私は昨晩に起こった出来事を思い 出していた。私の身体に触れるKOS-MOSの素肌の感触を、 KOS-MOSの手触りの一つ一つがどれほど繊細だったかを、そし て最後に迎えた絶頂を。 KOS-MOSのどこにもあれほど繊細なものをプログラムした覚 えなどなかったのに。ましてや、絶頂を感じる能力なんて…。 初めて出会った時からKOS-MOSが普通の人間のように見えた、 ってケイオスは言ったっけ。その言葉に真実があったことが今 ではよくわかるけれど、なにせ私はKOS-MOSを造った当事者だ った。きっとKOS-MOSは、ケビン先輩がオリジナルのKOS-MOSに ついて言っていたように「心」を得たのだろう。そして、それ こそがケビン先輩が本当に生み出したかったKOS-MOSなのだろ う。ケビン先輩が死んでしまった後の私の空白を埋めてくれる 存在に。 「…あ、いけないっ!」 突然の不安が私の心に浮かんだ。 「昨夜のこと、モモちゃんに見られていたんじゃ…!?」 慌てて私は向こうのベッドに目を向け、あの幼いレアリエン の少女がシーツに痕跡を残していないことを確かめた。だが、 ホッとしたのもつかの間のことだった。 「でも、見られたかもしれない。ドアに鍵をかけてなかったも の…」 記憶を呼び起こした私。 「ああ、大変…」 私は顔を両手で覆った。私たちの姿を目にした幼いレアリエ ンの少女がどんな顔をしたか、ありありと想像できた。裸身を 重ね合わせた私たちの姿に唖然として目を丸くし、私たちの嬌 声に耳を疑うモモの姿が…。KOS-MOSと私が愛し合う姿に、踵 を返して駆け出していく姿が…。 そうよ、絶対に昨夜のことをモモは見てしまったに違いない。 モモがここ以外で寝る場所は無いんだもの…! いきなり、部屋の扉がシュッと開いた。その向こうから、い ま私が考えていた当のピンクの髪の少女が、あくびをしながら 入ってきた。 「おはようございます、シオンさん」 挨拶するモモ。 「お、おはよう、モモちゃん…」 裸身をシーツで隠しながら、私も挨拶を返した。 「昨日の夜は戻ってこなくてすみませんでした」 急にモモが謝った。 「Jr.さんと下層室でお話をしているうちに、そのまま二人と も寝込んじゃったんです。あ、心配しないでくださいね」 慌てて手を振るモモ。 「一緒に寝ちゃっただけで、何もなかったんです。全然ヘンな ことなんか…」 「そ、そうだったの」 私は安堵の息をついた。 「大丈夫よ、信じるわ」 ホッとしながら、私はモモに見られたかどうかを考えた自分 を恥じた。 「シオンさん?」 「え?」 「どうして床に服を脱ぎ捨ててあるんですか?」 床に落ちていた私の制服を指差すモモ。 「あ、いや、これは…」 気まずさに顔が真っ赤になる。 「ちょ、ちょっと夜中、暑かったから、それで、その…」 「そうですか」 ニッコリ微笑むモモ。 「それはわかりましたけど、わたし的には、暑い時にはブラン ケットを掛けない方がいいと思いますよ。次はそうしてくださ いね、シオンさん」 「そ、そうね、そうするわ」 返事する私。 「さ、もう朝食の用意に行きましょう。寝起きの船長はご機嫌 斜めですけど、食事が美味しいとすぐに上機嫌ですから」 モモが話題を変えた。 服を着て、私はモモと一緒に厨房に向かった。まず私がフラ イパンをレンジにかけると、モモが冷蔵庫から卵を取り出す。 次に、フライパンに割り落とされた卵黄がジューッと音を立て る。卵を見ていてとレアリエンの少女に頼んでから、私は冷蔵 庫からベーコンを用意する。別のフライパンが幸いすでにレン ジにかかっていたので、私はそこに豚肉のスライスを敷いた。 肉を炒める音が室内に響く中、厨房の扉がシュッと開いた音 が耳に入った。振り向くと、私の青い髪の恋人が入ってくると ころだった。歩み寄ってきたKOS-MOSに笑いかけようとした私 だったけれど、突然手に痛みを感じて歯を食いしばってしまっ た。慌てて手元を見ると、跳ねた油が手の甲に当たってしまっ ていたのだった。 口元に手を引っ込め、息を吹きかけて冷まそうとしたところ に、私に身を寄せてきた存在が、その黒い手袋をはめた手に濡 れタオルを持って差し出してくれた。 「大丈夫ですか、シオン?」 やけどに濡れタオルを当てながら、KOS-MOSが訊いた。 「ええ、ありがとう」 私は微笑んだ。 「どういたしまして」 例の抑揚のない声で答えるKOS-MOS。 「次はもっと気をつけてください」 「うん、気をつけるわ」 私は頷いた。 「モモちゃん、みんなのところに行って、もうすぐ朝食の用意 が出来るって言ってきてくれる?」 幼いレアリエンの少女に向かって私は言う。 「わかりました」 頷いたモモが急いで出て行った。 モモが出て行った途端、再び青い髪の天使が身を寄せてきて 密着してきた。目の前の料理に集中しようとする私の首筋に、 KOS-MOSの唇がまた埋まった。そのキスの感触に溺れてしまわ ないようにと思った私だったけれど、でも…。 「みんなもうすぐ来ます!」 レアリエンの少女の声が、いきなり耳に入ってきた。 『ま、まずいわ、見られちゃった!』 KOS-MOSの唇が肌に触れるのを感じながら、私は咄嗟に思っ た。 『こんなところでモモちゃんには知られたくなかったのに…』 「足元に気をつけてください」 青い髪のアンドロイドが、私をちょっと押しのけた。 「よろけるのは健康に問題がある可能性があります」 「え、ええ、気をつけるわ」 再び私は頷いた。 「モモちゃん、テーブルの用意をしてくれる?」 再び少女に目を向ける私。 「わかりました」 また頷いて、モモが食堂に駆けていく。 少女が出て行くと、私はまたホッと息を吐いて、私の青い髪 の天使に振り向いた。 私たちが愛し合っているのは真実だけれども、今それを皆に 知られるのはまずいと思っていた。私たちが互いに抱いている 気持ちを、皆が理解してくれるとは思えなかった。 でもKOS-MOSからすれば、私たちが一緒にいれば人前であっ ても積極的に迫ろうとするだろう。 「KOS-MOS」 料理を注視しつつ、私はちらっとKOS-MOSに顔を向けた。 「話しておきたいことがあるの」 「何でしょう?」 「貴女が私を愛してくれているのは痛いほどわかるけど、それ を人前で行動に移すのは良くないと思うのよ」 KOS-MOSに言う私。 「どういう意味でしょうか?」 困惑しながら訊き返すKOS-MOS。 「つまりね、今みたいに私に迫ってきたりとかね」 私は懸命に説明する。 「私だってKOS-MOSのことを何よりも愛しているわ。でも時と 場所をわきまえずにこういう行動にふけっちゃうのはまずいの よ。今KOS-MOSがキスしようとしたけど、もしモモちゃんがも うちょっと遅く入ってきていたら、きっと見つかっちゃったは ずだもの」 「つまり、現在のような環境の元で愛情表現を示す行動をとる べきではない、ということですね?」 「そういうこと」 答える私。 「それと、みんなにはまだ私たちの関係を知られない方がいい と思うの。今はまだ私たち二人のことは控えめにして、ゆっく りとみんなに理解してもらえるようにしたいの」 「了解しました」 KOS-MOSは頷いた。 「現行ではもっとさりげなく、周囲に配慮して、シオンに迫る ようにします」 「おおい、ヴェクターの姐ちゃん、朝メシはまだか?」 マシューズ船長の声が向こうから聞こえてきた。 「今できます」 声をかける私。 「すぐ持っていきますから」 フライパンを手にとって、お皿に料理を分けていく。そして 私は右手にベーコンの、左手に卵の皿を抱えた。 食堂に向かおうとした私は、扉の前で立ち止まり、私の青い 髪の恋人に振り返った。 「でもね、KOS-MOS、本気で私とエッチしたくなったら、夜ま で待ってくれればいいのよ」 私はウィンクした。 *** 「なんでぇ、ひでえメシだぜ」 船長は彼一流の誉め言葉とともに、ベーコンエッグを口に詰 め込んでいた。 「水くれっ」 ドンッとテーブルにコップを置く。 「はいはい」 私は水差しから水を注ぐ。 「いつも通り、完璧な加減だよ」 ケイオスが目玉焼きをフォークにとって、誉めてくれた。 「ありがとう、ケイオス君」 私も微笑む。 「前にも言ったはずだが、くどくても言わせてもらうぞ。この 姐ちゃんの料理のどこがいい腕前だって?」 相変わらず自己流の誉め方を続けるマシューズ船長。 「気にすんなよ、シオン」 バーテーブルの方からトニーが声をかけてきた。 「誰も聞いちゃいないってわかれば黙るからさ」 「何だと、この野郎!」 「やれやれ、デュランダルの攻撃の時に一緒じゃなくてよかっ たぜ」 Jr.のぼやきが耳に入る。 「もっと水要ります?」 モモがピッチャーをJr.に差し出す。 「ああ、頼むよ」 「…うぐっ…!!」 船長の声がいきなり詰まった。 「やべっ、またやっちまったぜっ!」 ハマーがため息をついた。 「誰か水を!」 アレンが部屋の皆に呼びかける。 「私が」 青い髪の天使の声が私の傍らから聞こえた。 「ええ、お願いね」 そう言って私は椅子から立ち上がった。 すぐさまKOS-MOSは私の席に移り、大きく手を振り上げた。 そしてすばやい動きで、KOS-MOSがまたも船長の背中を一撃す ると、食べ物のかけらが食堂の向こうまで吹っ飛んでいった。 何も言わず、KOS-MOSは私の席から立ち上がり、出口に向か って歩き出した。 「船長がまた喉を詰まらせる前に、ピッチャーに水を補給して おくことをお勧めします」 出て行く前にKOS-MOSが私たちに忠告する。 「この次船長を救えなかったならどうなってしまうか、みなさ んおわかりでしょうから」 「そうしておくわね」 私は空のピッチャーを手にとった。 「シオン」 出て行こうとしたKOS-MOSが、私に声をかけた。 「ん?」 「お食事を終えられたら、第1層の営倉でお会いしたいのです が」 いきなりKOS-MOSが頼んできた。 「え……うん、いいわよ」 答える私。 「ありがとうございます。感謝します」 「ずいぶん唐突だな」 KOS-MOSが出て行くと、Jr.が言った。 「シオンにどこか改良してもらいたいだけだろう」 ジギーが言い添えるのが聞こえた。 KOS-MOS、私にいったい何の…? まもなく食事も終わり、幸い後かたづけはアレンとケイオス の当番だったので、私はすぐにKOS-MOSのところに行くことが できた。KOS-MOSが私に何の用があるのか、考えこまずにはい られなかった。 もしかして今すぐにえっちしたいとか…?ま、まさか、 KOS-MOSは強情だけど、私の言うことには素直だもの。きっと 私たちの関係に関わることだわ。KOS-MOSはもう私と離れられ なくなっているんだもの。何であっても、あまりいい話じゃな いような気がする。こんな気持ちって…。 「来ていただいてありがとうございます、シオン」 KOS-MOSはエレベーターの近くで待っていた。 「私を呼んだのはなんのため?」 「私の後についてきて、貨物用エレベーターに一緒に乗ってく ださい」 KOS-MOSが頼んだ。 「わかったわ」 KOS-MOSは通路を歩いて目的の場所に向かった。私は何も言 わずに後をついていく。エレベーターに近づくごとに、心臓が ドキドキしてしかたがない。 「乗ってください」 リフトの入り口を指差すKOS-MOS。 「でも、KOS-MOS……」 「この船のエンジンは現在待機中です」 KOS-MOSが説明してくれる。 「ここから転落する可能性は0.00005%しかありません から、ご心配なく」 何も言わず、私はKOS-MOSの言葉に従った。いつもと同じ抑 揚のない声だったけれど、KOS-MOSが私に危害を加えるはずが ないことを私はわかっていた。私が中に乗ると、すぐにKOS-MOS も中に入ってきてボタンを押し、上に向かって昇っていった。 上に昇る間も、KOS-MOSは口を開かなかった。 やがてエレベーターが停止し、私の視界に海の向こうから朝 日が昇ってきた。海風のそよぎが私の髪を抜け、私の心臓の鼓 動を沈めてくれた。海鳥のさえずりが耳に届き、私はひととき 自然の交響楽を楽しんだ。もっと近くで聞きたくて、私は船の 舷側に歩み寄っていた。第2ミルチアの自然を満喫して以来、 こんな気分になれたのは久しぶりだった。 その時、微かな、本当に微かな歌声が、ブーツの足音が近づ くとともに聞こえてきた。振り向いた私は、傍に立っていた恋 人を見やった。KOS-MOSはしばらく景色を見つめていたが、す ぐに関心を無くしたように船の上に腰を下ろした。私もその横 に座ると、KOS-MOSの様子を窺った。KOS-MOSのセルリアンブル ーの髪が一筋一筋まで微風にふわりとなびくのを、KOS-MOSの 目が瞬きするのを、そして果てしない海を見つめる姿を、私は じっと見つめていた。 「話しておかなくてはならないことがあります、シオン」 いきなりKOS-MOSが口を開いた。 「こうして第2ミルチアに到着した上は、私は自分の任務を完 了させなくてはなりません」 KOS-MOSの任務のことを、私は第2ミルチアに来てからすっ かり忘れていた。ヴェクターも私にKOS-MOSをここに送り届け て第2政府に向かわせようとしていたけれど、KOS-MOSが独立 して活動した理由もそれだった。でも、ここ数日のことで、私 はそのことに目をふさぎ、ただ、KOS-MOSと永遠に一緒にいた いと思っていた。KOS-MOSの傍で目を覚まし、私の身体に触れ るKOS-MOSの身体の温もりを感じ、毎朝目覚めてKOS-MOSの声を 聞きたい…それだけだった。私はKOS-MOSと一緒にいたいだけ だった。 「シオン、この数日間は私にとって大きな意味がありました」 KOS-MOSの言葉が続く。 「本当に…。私はシオンと別れたくありません。私は貴女と一 緒にいたい。他のことなどどうでもいい。私たち二人だけでこ こにいたい。他には誰もいない、ただ二人だけで。貴女と並ん でここに座り、海を眺め、日の出を、日の入りを見つめ、海風 の香りを感じ、そよぐ風を感じたい。貴女とだけで。他には何 も要らない。…これはおかしなことでしょうか?」 「ううん、あなたの気持ち、よくわかるわ、KOS-MOS」 KOS-MOSを励ます私。 「私もあなた以外は何も要らないわ、KOS-MOS。私もあなたと 一緒にいたい、ただそれだけ。でも、あらゆるものが私たちを 引き離そうとしている。ヴェクターも、連邦政府も、アルベド も…何もかもが、私たちをこのままそっとしておいてはくれな いでしょう」 私は言った。 「逃げよう、KOS-MOS。全て捨てて。ここで新たな生活を始め ましょう、KOS-MOS、あなたと二人だけで。どこかの山奥で、 人が来ないようなところで。ねえ、どうかしら?」 「はい、そうしたい…」 そう言ったKOS-MOSだったが、私の胸に顔を寄せる。 「でも、それは無理です。いずれはきっと見つけられてしまう でしょう。最後には、ヴェクターはシオンを拘束し、私は連れ 戻されてしまうでしょう」 「そうなったら、私も戦うわ」 きっぱり言い切る私。 「誰もKOS-MOSに指一本触らせやしない。たとえ私の命を引き 替えにしたって」 「シオンのいない世界など、生きる価値はありません」 KOS-MOSが言った。 「シオン、貴女がどう思おうと、私はヴェクターに連れ戻され てしまうでしょう」 「…うん」 私はKOS-MOSの頬を指でなぞりながらも、認めざるを得ない。 「貴女が私に与えてくれた『幸せ』に感謝します、シオン」 そう言ったKOS-MOSの声がいきなりくぐもった。 「私たちがどんな行動をとろうと、どんなことが起ころうとも、 私は貴女が与えてくれた『笑顔』を決して忘れることはないで しょう」 「あなたが笑えるようになって、嬉しいわ、KOS-MOS」 私はKOS-MOSの耳元でやっとのことでそう言った。 「いったい私たちはいつまでここでこうしていられるのでしょ うか?いつまでこうして抱き合っていられるのでしょうか?」 KOS-MOSが尋ねる。 「…永遠に」 そう、答える私。 「たとえ私たちの肉体がこの場を離れ、私たちの命がこの世を 去ったとしても、私たちの魂はずっとここにあるのよ」 「永遠に…」 KOS-MOSはそっと青い瞳を閉じた。 「シオン、貴女と私は永遠にここにいられるのですね…」 「ううん、永遠よりももっと長くよ、KOS-MOS」 私はKOS-MOSの額に口づけした。 「永遠よりももっと…」 私の胸に顔を埋めていくKOS-MOSに、私は両腕で包んだ。 私の心臓に頬ずりするKOS-MOSを、私はさらにギュッと抱き しめ、腕の中で揺らした。私は固く、固くKOS-MOSを抱きしめ た。誰もKOS-MOSを私から引き離すことなんかできないように。 私の服の袖を握りしめるKOS-MOSに、私はにっこり微笑みか けて、その身体をもっと抱き寄せた。再び口元に微笑を浮かべ たKOS-MOSの額に、私の顎が触れる。 時が刻一刻と過ぎ、空がだんだんと暗くなっていくにつれて、 座り続けていた私たちに吹き寄せる風が冷たくなってきた。太陽 が水平線に沈んで見えるようになった星明かりのきらめきが、月 の光が、私たちに降りそそぐにつれ、空気はさらに冷たくなった。 私たちは抱擁しながら座っていた。 でも二人とも、寒さも感じないし、震えもしなかった。 だって、KOS-MOSは温かいもの…。こんなに温かいんだもの……。
完
*匿名の来館者さまのメールによるご指摘により、登場人物の口調 (シオン、モモ)のセリフ部分を訂正いたしました。ご指正に感 謝いたします。(Feb.09.2007) *同じく追加のご指摘を頂き、第3話の一部を訂正いたしました。 (Feb.23.2007)
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