忘れられた時の彼方に

 

『この扉を開けると、たいへんなことが起こる』

 葉月は、まだうら若き人生の中ですらすっかり見なれたひと
つの扉の前に立っていた。その扉に掛かっている「HATSUMI」
という名前だけが書かれたプレートが、その部屋の主を示して
いるが、この家にたった二人で住んでいる葉月にとって、それ
はどうでもいいことだった。

 ドアノブに手をかけたまま、葉月は思い悩んでいた。
 なぜ、ボクはあの痛々しい時間をまた経験させられているん
だろう、と。

 ボクにとって人生の全てだったものを全て失ってしまった、
あの時を。

 次に考えるのは、こうだっけ。
『どういうわけか、ボクはそれを知っている』

 葉月は苦笑さえ浮かべながら、自分の記憶を思い出していた。

 禁断の、そして決して答えてはくれない愛しい女性の部屋に
入り、眠っている隙にキスしようとして…、そしてボクが心か
ら取り戻そうと全てを賭けてきた存在から、永遠に拒まれてし
まうことも…。
 ボクは初美を探し求めて、身体も心も永遠のような戦いに耐
えて、いくつもの世界を旅してきた。そして今、どういうわけ
か、時がまた繰り返されようとしている。

 そしてまた、初美は消えて…。

 葉月はかすかに首を振って、一瞬でも疑いを抱いた自分をた
しなめた。
『…いや、もし初美がまた消えてしまったって、ボクは、絶対
に初美を見つけ出すんだっ。そして初美を連れ戻すんだ…ボク
の元にっ』

 葉月は大きく息を吸って、そして息を詰めたまま、ドアノブ
を回し、静かに扉を開けて室内に足を踏み入れた。ほっと息を
吐いて扉を閉めると、葉月の視線は初美の寝姿に釘付けになっ
た。全ては記憶通りに、葉月は立ちつくしたまま、眼前の小柄
な少女を見つめた。…掛け布団は足元に押しのけられてめくれ、
少し両脚を屈めた初美の胸が上下し、そのブロンドの髪が絡み
つくように枕の上に広がり、その頬は少し紅潮している。
 これから何が起こるのかすら忘れてしまったかのように、葉
月は初美の姿を、これほど美しいものを見たのは生まれて初め
て、とすら思ってしまっていた。

『…でも、ボクは知っているんだ』

 葉月はそう思いながら、ベッドに腰を下ろした。その目は、
自分が初美に負わせてしまった傷に巻かれた包帯に視線を落と
した。怒りと、嫉妬に駆られて…しかし、今は「後悔」でいっ
ぱいだった。
 葉月の視線はさらに上に移り、初美の穏やかな寝顔から、ほ
つれた髪をかき上げた。
『…後悔、ああ、それだけだ。ちゃんと言葉や行動で、初美に
伝えてさえいたら。はっきりと、確実に、初美に抱いていたボ
クの気持ちを…。もしそうしていたら、こんな事にはならなか
ったんだ。ボクは、初美を男になんか渡したくなかった。そし
て、初美を失いたくなかったんだ…』

 瞳が潤み、涙が溢れそうになりながら、葉月は囁いた。
「ごめんね、初美…」
 その時、決して自らの声を発することの無いはずの柔らかな
唇を見つめる葉月の心臓の鼓動が、一瞬停まった。そして大き
く響く鼓動と共に、葉月はゆっくりと屈み込みだした。葉月の
顔が初美の顔に引き寄せられるように近づく。
 もしかしたらこの時を、どんな神様でもいい、このほんの僅
かな至福のひとときに浸ることを許してくれることを、まだ願
い続けながら。

 ベッド脇の時計の黄色い発光数字が11:59から12:00に変わっ
たと同時に、微かな電子音が鳴った。そして、小さな声が聞こ
えた。

「葉月ちゃん…」

 眼前の少女から発せられた言葉を耳にして、驚愕に身をのけ
ぞらせた葉月はばっと立ち上がって叫んでいた。

「初美、しゃべれるのか!?初美!?」

 少女の目がぱちっと開き、そこに顕れた穏やかな赤い泉が、
葉月をじっと見つめている。身を起こした初美は、再び自分の
名を呼ぶ葉月の声を耳にすると、微かに顔をコクンとさせて応
えた。

 それはほんの数秒のことだったが、その短い時間で、葉月は
気づいた。
 今度は、違う。初美は緑色の光に包まれたはずなのに。いっ
たい何がどうなってるんだ!?
 葉月の困惑は、初美が手を伸ばして差し出してきたと同時に
消え去ってしまった。葉月は落ち着こうと深呼吸して、これが
本当に現実なのかを確かめようとした。まだ、信じられなかっ
た。だが、確かに、初美はそのかいなを葉月に差し伸べ続け、
そして瞳を和らげてにっこり微笑みかけたその顔は、こう言っ
たかのようだった。

『だいじょうぶよ、私はここにいるわ。本物の私よ』


『来て…』


 まだ戸惑いを隠せないまま、葉月はおずおずと初美に手を伸
ばし、これは夢か幻だったら目を覚まさなくては、心と気力を
振りしぼった。しかし、肌と肌が触れ、初美の指が葉月の手に
絡みついた瞬間、葉月はたちまち泣き出しそうになった自分を
こらえなくてはならなかった。

『ほんものだ、ほんとうの初美なんだ…。初美が、ボクの前に
まだいてくれている…。初美…!』

 初美がそっと引き寄せると、葉月は再びベッドに腰を下ろし、
初美と並んで座った。葉月の深く青い瞳と、対照的に初美のし
なやかな紅い瞳とが、同じ視線の高さで見つめ合う。葉月の心
には無数の思いが溢れ、何もできないまま、ただ愛しい姉を見
上げるばかりだった。

『わからない、前はこんなふうにはならなかったのに。文句な
んかあるはず無いけど、でも今回は何が?これからどうなるん
だ?今の初美は、あの時のことを憶えているんだろうか?それ
とも、…ボクのために、初美が世界を変えてくれたの?そうだ
としたら、ボクたち、どうなっちゃうんだろう?』

 ブロンドの髪の少女がほんのちょっと小首を傾げると、混乱
しきった葉月の心に柔らかな声が響いた。

『これは前にも起こるはずだった事なのよ、葉月ちゃん』

 初美は再び年下の少女に手を伸ばしたが、今度はそっと葉月
の頬を包み、そして絹のような黒髪に手を滑らせて、そして葉
月の腕に触れると、自分の望みをはっきりわからせるかのよう
にぐっと力を込め、自分に引き寄せた。

 ハッと息を呑む声を唇から漏らした葉月は、これから何が起
こるのかをはっきりと悟った。葉月の心臓の鼓動が早まってい
くのに合わせるかのように、初美はますます葉月を抱き寄せて
くる。
 同じように葉月も手を伸ばして初美を抱きしめたいと思った
が、突然この瞬間から目を覚ましてしまうのではないかという
恐怖にとらわれてしまった。

 結局、イヴの化身でしかない初美が、ボクと一緒に元の世界
に戻りたいと言ったとしても、そんなのは決して実現すること
のない、ただの夢に過ぎないんだ。

 だが、肌にかかる初美の熱い吐息を感じると、なぜか葉月は
もう疑わなくていいんだとも思っていた。今はただ身を任せ、
葉月は目を閉じた途端、葉月の唇に、熱い唇が押し当てられて
甘いキスになった。

『やわらかい…』

 葉月が心に思ったのは、ただその言葉だけだった。たった一
つのキスだけで、葉月の全身のすみずみにまで想像もできない
ほどの悦びが満ちていったせいだった。もはや何の恐れもため
らいもなく、葉月はついに手を伸ばして、愛しい女性を抱き、
ぐっと引き寄せていた。
 もっともっと、初美をもっとこの瞬間に感じたい、と思いな
がら。

 微笑を浮かべ、内心ほっと息をつく葉月に、初美は細く目を
開けて、自分を抱きしめている少女を見上げた。

『私ね、葉月ちゃんのこと、いつも気づいてたんだよ。葉月ち
ゃんが抱いていた、私への気持ち。でも、私は怖かったの。う
うん、二人とも。でも、もう気になんかしないよ。例えこのせ
いでアダムが、ヤミヤーマが私に罰を下したとしても、私はこ
の最後の夜を葉月ちゃんと分かち合いたいの。たとえ再び離れ
ばなれになってしまうとしても…』

 単調な、しかし甘いキスと共に、時間はあまりにゆっくりと
過ぎた。二人の顔が離れても、細い鳴弦のような蜜液が、切れ
て落ちてしまうまで二人を繋ぎ続けた。身体の中に湧き上がっ
た愛情と感情に圧倒されて、葉月は初美の乳房を支えるように
顔を埋めた。するといつもそうだったように、

「しばらく、こうしてていい?」

 初美はただ目を閉じて、葉月をさらに抱き寄せた。

『葉月ちゃんを拒んだりしないわ。今夜は、葉月ちゃんのため
に…。葉月ちゃんに、贈るね。私の葉月ちゃんへの想いを…。
葉月ちゃんだけへの想いを…。誰よりも、何よりも、私のこと
を想い、愛してくれた、葉月ちゃんに…』

 その言葉も終わらぬうちに、初美がそっと指を滑らかなイン
ディゴブルーの髪に滑らせ、そして葉月の首筋に沿って撫で上
げると、葉月はあの一人遊びの時と同じものを感じて、ビクン
と身を震わせた。

 葉月の頬を初美がそっと手で包む。

『…そして今夜、葉月ちゃんは知るの。葉月ちゃんが私に抱い
た想いが何だったのか。そして、私が葉月ちゃんのことをどれ
ほど深く愛していたのかを…。さあ、葉月ちゃん…』

 再び初美の唇は、何よりも求めていたものを奪い取った。そ
の口づけはさっき以上に欲情と熱情に満ち、その激しさで初美
がのしかかったために、葉月はベッドの上に仰向けに押し倒さ
れてしまった。

 葉月の後頭部が枕に当たったはずみで唇が離れたせいで隙が
でき、葉月は慌てて口ごもりながら叫んだ。

「は、初美、待ってよ、な、何を…」

 だがすぐに、甘く熱い唇が再び、今すべき務めを果たしに戻
ってきた。
 葉月は今までに感じたことのないほどの幸福を感じていたが、
その一方、心のどこかでは初美がこんなことを使用とすること
に違和感を覚えていた。
 それに、その理由も。

 あの宇宙庭園で、確かに葉月はボクを愛していると言ってく
れた。でも、それはこういう意味だったの?
『ウソだ…こんなの、おかしい。ボクがどれほどこうなりたい
って望んでいたことだとしても、初美までが同じようにボクを
求めるはずなんて…そんなの、あるはずないんだから!』

「初美、ダメだ!」

 またも唇が離れたが、今度は葉月の方が初美を押しのけたせ
いだった。ぎゅっと両手で身をかかえた葉月の手は、震えてい
た。
「こんなこと、ダメだ!ボクには、わかってるんだ。初美が、
ボクのことを想ってこんなことしようとしてるんじゃないって。
だったら、もういいよ。初美は、じゅうぶんボクのためにして
くれたよ。こんなふうに二度目のチャンスまでくれたんだ。そ
れでいいよ、きっとそれでじゅうぶんなんだよ、そうでしょ?」

 信じられないといった顔で葉月を見つめていた初美だったが、
すぐにまた表情を和らげると、葉月の手をとって自分の胸元に
抱きしめ、そして葉月の手のひらに口づけした。その瞳を涙で
いっぱいに潤ませて、初美は葉月の手を頬に押し当てると、い
っぱいの愛情を込めて言った。

「葉月ちゃんって…時々ひどく悲観的になるのね…。でも、私
も葉月ちゃんと同じように、これを望んでいるのよ。こうして、
葉月ちゃんといっしょにいるじゃないの。でも、どうしても信
じられなくても、お願い、これだけは信じて…」

 初美は頬に押し当てていた葉月の手を、自分の心臓の上に押
し当てると、葉月と唇が触れ合いそうになるほどに上からのし
かかって、囁いた。

「私はイヴではあるけれど、私の心は『初美』のままよ。名前
は初美であろうとイヴであろうと、他の名前であっても、私の
心はいつも葉月ちゃんを一番愛しているの。どんな世界の誰よ
りもずっと」

 こらえていた初美の涙がとうとうこぼれ落ちて葉月の頬の上
に落ち、そしてゆっくりと葉月の中に染み込んでいった。それ
が、今の初美の言葉が心からのものである証しを立てていた。
 葉月が、ずっと聞きたかった言葉。それが葉月の中で反響し、
あらがえないほどの喜びで満たしていく。
 あふれ出した涙で視界がぼやけつつも、葉月は上からのしか
かっている少女を抱きしめていた。

「ごめんね、初美っ。信じるよ。一瞬でも初美を疑った、ボク
がバカだった。ごめん、ごめんねっ」

 葉月は涙を拭って、愛しい女性ににっこりと微笑みかけた。

「ボクも、初美を愛してるっ」
 そして初美を抱き寄せ、また唇を重ねた。

***

 重力に従ってふわりと床に落ちていく服。
 ベッドに座る少女たちが今や身につけているものは、互いに
一つだけだった。

 初美の手に巻かれた包帯。
 葉月がいつもくるぶしに巻いている包帯。

 葉月は、初美の手首の包帯をほどいたが、そこには何の傷も
残ってはいなかった。

 初美がくすっと笑った。
「だってあれは、私の『お話』だから」

 葉月は今度は自分の包帯を解こうと手を伸ばした。初美がそ
の包帯を丁寧にくるくると巻いていくのを見て、葉月はちょっ
と小首を傾げた。
「あのね、よく考えてみると、ボク、憶えてないんだ。どうし
てこうして自分で包帯を巻くようになったのか」

「それはね、その包帯が、葉月ちゃんと私を繋ぐものだったか
らよ」

「ホントに?」

 初美はクスクス笑いながら頷いた。
「そうよ、これはね、葉月ちゃんが私をいじめた男の子たちと
闘って追い払ってくれた時に、私が巻いてあげたの」

 頬がカッと熱くなるのを感じた葉月が、ちょっとふくれる。
「だったら、他の人にまで甘い顔を見せて、ボクがハラハラす
るようなことはしないでほしかったなっ」

「うふふ、赤くなった葉月ちゃんって、かわいい!」
 初美はまだ笑っていたが、やがて葉月の包帯をそっと指先で
撫でていた。
「でも、葉月ちゃん、今夜からはもう、これは要らないね」
 巻き上げた包帯を棚に置くと、初美は葉月の手をとって、指
を絡ませた。
「これから私たちは、あの包帯よりもずっと強いもので結ばれ
るんだもの。だから、少し時間がかかるかも知れないけれど、
私は絶対に葉月ちゃんの元に戻ってくるわ。約束する」

 葉月はただ頷くと、微笑みを浮かべながら初美を抱き寄せた。
「そんなの『これから』のこと。今は『今」さ。来て、初美…」


 それは、葉月が今まで経験したことのない、そして二度と味
わえないと思えるほどだった。
 風呂上がりの初美の姿を見てしまった後とかに一人遊びに耽
ってしまったことは何度かあったが、現実に初美の愛撫を受け
て全身の感覚を解き放たれてしまった葉月の乱れようは、そん
なものとは比べ物にならないほどに凄まじかった。

 初美は葉月の上になって、葉月の手に頬を擦りつけ、さらに
その指にキスして、そしてしゃぶっていく。そのまま初美の唇
は葉月の手首、そして二の腕と移動し、最後に首筋に達すると、
鎖骨のあたりや耳たぶといった敏感なところに奉仕していった。

 胎内にぎゅっと締めつけられるものが生じ、それがどんどん
と膨らんでいくのを感じだしていた葉月に、ブロンドの髪の少
女はそれまでにないほどの情熱的なキスをすると、さらに顔を
ずらして葉月の胸に移動し、その柔らかな二つの巨乳をそっと
揉みしだき、そして頬ずりして、ついには口に含んで弄び始め
た。
 初美のキスや愛撫を乳房で感じて、葉月は背筋をのけぞらせ
ながら絶叫した。この快感に溺れてしまいそうな自分を何とか
繋ぎ止めようと、葉月は必死でシーツを握りしめていた。

 絶叫し、喘ぐ葉月の嬌声の甘い響きを耳にして、初美の顔に
笑顔が浮かぶ。

『もっともっと、いっしょにね』

 そう思いながら、初美は身を起こして顔を上げると、再び愛
しい妹に口づけし、互いに舌を絡め合わせた。
 その時、初美は二つの手が背中を撫でさすってくるのを感じ
た。その手はさらに下りてきてお尻の双丘にたどり着くと、ぎ
ゅっと掴んできたので、初美はキスしながら喘ぎ声を漏らした。
 その直後、唇が離れた途端、葉月の脚が初美の脚の間に入り
込んできて、昂奮ですっかり濡れそぼっていた敏感な秘肉が押
しつけられてきたせいで、初美は悲鳴をあげながら身を起こし
た。
 初美の悲鳴はすぐに甘い喘ぎ声に変わったので、葉月は機会
を逃さずに初美の乳房に、そして首筋にと、キスの雨を降らせ
た。

 絶頂を間近にして、初美がまた葉月の片手をとって指を絡ま
せ、もう片方の手で葉月の乳房を滑り、お腹を撫で、そして熱
い秘肉に触れると、葉月は再び絶叫し、背中をえび反らせた瞬
間、胎内に湧き上がった苦痛にも似た絶頂の疼きを、葉月は夢
中で求め、ひたすら味わっていた。

 妹が落ち着くのを待って、初美が上からのしかかると、その
ブロンドの髪が初美自身を包み、さらに葉月の深青の髪と絡み
あってベッドの上に広がった。
 再び交わしたキスは、今回はゆっくりとしたものだったが、
しかしそれは互いの恋人に対しての愛と熱情と情欲の世界を無
言で語っていた。

『もっと…もっと一緒に…』

 唇が離れても、二人の視線は重なったままだった。
 初美が葉月の秘肉に入れたままだった指を動かしながら、さ
らにゆっくりと自分自身を葉月の脚にこすりつけていくと、二
人とも快感に息が荒くなっていった。互いの目を見つめ合い、
そして指をしっかりと握りしめあったまま、二人の間にはこみ
あげるものが湧き上がった。叫び、喘ぎ、悶える声と共に、二
人は互いの名を呼び合い、そして…ついに同時に絶頂に達した。
 その時、神々しい緑色の光が二人の身体を包み込んだ。
 そして悦楽の波が二人を止めどもなく洗い流していった。

 互いの腕の中に抱かれながら、二人は大きく胸を上下させ、
呼吸を整えようとしていた。緑の光はゆっくりと小さくなって
消えていった。
 葉月はそっと初美の髪を撫でながら、自分の乳房に埋まる初
美の顔の感触にただうっとりしていた。


 しばらくして、葉月がまだ初美の手を握ったままだった自分
の手を視界に入るまで持ち上げると、まだ緑の光が残っていた。
 その意味を悟って…いや、わかっていた葉月の心は沈んでい
った。

 ため息をつく葉月。
「これで、終わりなんだね」

 手を握ってくる力がぐっと強くなったのを感じた葉月に、初
美が身を起こして葉月の目を見つめた。

「そうでもあるし、そうでもないとも言えるわ。今夜は、こう
して私たちが一つになれた最初で最後の夜になるかもしれない」
 初美は顔を葉月の胸に埋めて、必死で涙をこらえた。
「…でも、私はきっと戻ってくる。だから、忘れないでね。ど
れだけ長くかかっても、私を憶えていてね、葉月ちゃん」

 ごろりと転がるように身体を入れ替えた葉月が、愛しい女性
の震える紅い瞳を見下ろした。

「…忘れないよ。たとえ神様がボクの記憶を消そうとしたとし
ても、そうなったってボクは絶対に思い出すんだ。約束するよ」

 互いに涙を流しつつも、そっと微笑みあった少女たちは、最
後の口づけを交わした…。 

***

 とっくに朝日が射し込み、朝の鳥たちも囀り、大きなガラス
窓の部屋には光が満ち、眠っている少女を照らしていた。
 ようやく目をしばたたかせた葉月が、ごろりと仰向けになっ
た。
 どういうわけか硬い床の上で横たわっていることに気づいて、
葉月は起きあがって辺りを見回した。

「空き部屋で寝ちゃった…」

『…変だな。ずいぶんリアルな夢だった感じ…。ひどく悲しく
てしょうがない…。何だかとっても大切なものをなくしてしま
って、戻ってくるのを待っているみたいな…。ああ、もう、ボ
クって夢の中味をすぐに忘れちゃうんだよなあ。…でも、何か
をなくして悲しいんだけど、それがいつか絶対に戻ってくるん
だってわかっているみたいなんだ…』

***

 リリスがふと見ると、妹が本棚に本を戻してから、ポケット
から小さく巻いた包帯を取りだしていた。どこかで見覚えがあ
ったが、思い出すことができなかった。

「ねえ、イヴ、それなあに?」

「思い出の品なの」

「思い出?何の?」

「…忘れられた時の、思い出」
 
  
完
 
 
*mountさんからのご指摘に基づき、訳文を修訂いたしました。
 ありがとうございます。(Feb.17.2008)

 

 

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