黄薔薇の抜け穴

 

 見てよ、どうしたらいいのかオロオロしてるあの姿。大声で
喚いてやろうか、引っぱたいてやろうか。それとも、出て行っ
て!二度と来ないでっ、って言ってやろうか。私が絶対に許し
てくれないって思っているのがありあり。私はどうしようかま
だ決めてないのに。

 でも、そんなことはどうでもいい。だって今の私は起きあが
る気力もないんだから。

 来年になれば、ってみんなは言った。来年になれば、私は手
術を受けることになる。そうすれば完全に回復できて、運動す
ることもできるって、みんなは言った。

 それはまあ、最高にありがたいことには違いないけど、でも
今の私には何の助けにもならない。今の私はショック状態で、
こうしてじっとしているしかないんだから。大声出したり手当
たり次第に蹴飛ばしてやりたいけど、ただ虚ろに天井を見上げ
ているしかできない。

 誘惑されたんだ。私の令ちゃんが、こともあろうに他の女に。

 一ヶ月前、令ちゃんはリリアンの高等部に進学した。自分も
進学する一年後まで、令ちゃんが離れていっちゃうのが怖かっ
た。でも令ちゃんは、ちゃんと待ってるからって言ってくれた。
私を自分の「妹(プティ・スール)」にしてくれるって。そう
すればまたいつも一緒だって。

 でも、当たり前のことだけど、令ちゃん自身も「妹」になっ
た。「黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)」
の妹に。洗練された生徒会役員。お金持ちで、しかも完璧な家
柄。おまけに超美人。ただ、変わり物好きって噂の。

 当然のように、黄薔薇のつぼみは私の令ちゃんに狙いを定め
た。背が高くてボーイッシュで、剣道の達人でありながら、料
理の腕前は抜群の、完全無欠の美少女だもの。天は二物を与え
ず、なんて令ちゃんには通用しないんだから。

 そんな令ちゃんに、あの女は忍び寄って、そして行動に出た。
 二週間前に一度、自分に興味を持っている上級生に会ったっ
て、令ちゃんが言った。でも、私はその時は大したことだとは
考えもしなかった。「姉妹(スール)」のシステムは有名だっ
たし、プラス、令ちゃんもその時にはそれが誰かなんて知らな
かったから。

 その後に、令ちゃんがここに来た時には、今と同じような顔
だった。まるでテーブルの下に潜り込んでしまいたい、みたい
におどおど…。ただ一つ違ったのは、頬を紅く染めていたこと。
 それは恥ずかしさじゃなくて、照れくささだったんだ。

 令ちゃんは口を割った。学校で何があったか、まるで大好き
な小説を朗読するかのように話した。
 鳥居江利子という人のロザリオを受け取ったこと、山百合会
のメンバーに会わせてもらったこと。そして、二人で別室に行
って、そっと鳥居江利子の身体に触れたこと。
 優しいくちづけ、囁かれる愛の言葉。たくし上げられたスカ
ートのプリーツの乱れ。
 マリア様も見ていない、そのひとときを…。

 令ちゃんを責めたりはしない。…本音じゃないけど。
 この手の少女向け耽美小説を読んだだけで、のぼせ上がって
ひどくオドオドしちゃう令ちゃんだもの。心から愛していない
相手とえっちできるなんて、令ちゃんが思うはずなんかない。
出会ったばかりの相手と時が停まるほどのキスするなんて。あ
まつさえ服を脱いで、互いの身体の隅々まで舌を這わせるなん
て。心臓の鼓動が乱れて気を失うくらいに激しく求め合うほど
に、欲望をふくらませるなんて。

 そんなこと、私だってみんなわかってる。…最後のことなん
かは特にね。

 事の終わった後で、ほとんどの「妹」はお姉さまからこうし
て「洗礼」を受けるものだって、令ちゃんは知ったそうだ。こ
んなシステムがある男子禁制の女学校では、それも驚くほどの
事じゃない。

 でも…でも、コンチクショー!
 それはっ、私の権利だったのにっ。
 令ちゃんの「初めて」は私のものだったのに!
 令ちゃんに、えっちするって本当にどんなものなのか…それ
を教えてあげるのは私だったのに。 令ちゃんを「変わり種」
程度にしか思っていない相手なんかと行きずりに交わすような
ものじゃないのにっ。

 私は、令ちゃんに私の心の底からの本当の気持ちを伝えたか
った、そして、エクスタシーの中で私の名前を叫ばせたかった
のにっ。

 私は、手術を受ける。全て、予定通り。何もかも、予定通り。

 令ちゃんは、私に怒ってほしかったんだ。でも、私は怒らな
かった。だって、疲れていたから。令ちゃんを怒鳴りつけるほ
ど私の身体はまだアドレナリンが働いていなかった。
 だから、私は令ちゃんを許した。そのことであれこれうるさ
いことは一言も言わなかった。令ちゃんの心を痛めるようなこ
とは何も。
 令ちゃんは微笑して、そして、愛してるって私に言おうとし
た。でも口には出せなかった。令ちゃんは口べただから。でも
令ちゃんの目でわかる。それは言葉なんかよりもずっと価値が
ある。

 だから、私は令ちゃんを許した。

 でも、鳥居江利子…、あんたは話が別。
 待っていなさい、私が元気になるのを。その時こそ、私の復
讐がどれほどのものか、味わわせてあげるんだから…。

***

 一年後。

 令ちゃんはあの時のことをすっかり忘れてしまっているよう
だった。令ちゃんは私を「妹」に選び、そして私は手術を受け
たことで、それを受け入れた。

 今や、令ちゃんは私のもの。お医者さまが全快って言ってく
れたその1週間後(もちろん、お医者さまに激しく狂おしいほ
どのセックスにも耐えられますか、なんて訊くはずないけど)、
私は令ちゃんを自分のベッドに招き入れて、そして自分がどれ
だけ「健康」になったかを身をもって示した。
 それは、最高のひとときだった。そして私の名前を叫ぶ令ち
ゃんの声を聞き、その声に自分の胸の奥で心臓の鼓動が激しく
鳴るのを感じた。これは現実。令ちゃんがここにいる。そのこ
とに、私の指が震えた。

 でもっ…令ちゃんの「初めて」は、私じゃなかった。
 黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)、私のグラン・スール。
 その代価は、払ってもらわなくてはならない。

 みんなが私のことを寡黙で内気な女の子だって思いこんでい
る、今がチャンス。私の本性は令ちゃんしか知らない。みんな
は今までの私からは想像もしてないだろう。少なくとも、あの
江利子さまは。

 もちろん、私も江利子さまのことを前よりもっとよくわかっ
ている。想像してたみたいな、100%悪女じゃない。実際、
私たちはいろんな面で似た者同士だった。私が令ちゃんの一番
好きなところに、江利子さまも同じように惹かれている。趣味
だって、悪いわけじゃない。
 それに、あのこと以来、二人には何も無かった。江利子さま
が誘っても、令ちゃんが時間がないと言って断り、それを江利
子さまも受け入れている。

 でも、それとこれとは話が別。江利子さまは自分のプティ・
スールから思い知ることになる。
 令ちゃんは、私のものってことを!

 復讐するは我にあり。準備は万端。
 ロープに、猿ぐつわに、目隠し。
 江利子さまは私より少し大柄だけど、不意打ちすれば何とか
なる。この島津由乃をコケにした報い、すぐに思い知ることに
なるんだから。

 私は薔薇の館に入った。
 祥子さまは何か古い本を読んでいる。志摩子さんはお茶を淹
れている。
 でも、江利子さまはテーブルに突っ伏して居眠りしていた。
私の小鼻がピクピクした。

「あの、黄薔薇さま?」

「ん、由乃ちゃん、何?」

「ちょっと一緒に来ていただけます?見せたい物がありますの。
その、令ちゃんのことで」

「あっそ、いいわよ」
 江利子さまは立ち上がって、ずるずる足を引きずるようにし
て私についてきた。

 私たちは一番離れた奥の部屋に向かった。扉を開けて、先に
江利子さまを中に入れる。扉を閉めて鍵をかけると、私は令ち
ゃんがよく言う「由乃顔」を浮かべた。
「ちょっと話があるんです、黄薔薇さま」
 私はニッコリ満面の笑みを浮かべた。もちろんそれは、嬉し
い笑顔なんかじゃない。

 振り向いた江利子さまは、同じように笑みを浮かべていた。
笑っているなんて思いも寄らなかった。実際、その笑みたるや…。

「なあんだ、由乃ちゃん、どうしてハッキリ言わなかったの?
私と遊びたいって。お願いすればいつだって…」

 いきなり江利子さまが私を壁にまで押しつけて、私の全身を、
まるで服の下を見透かすようにして舐めるように見つめた。
 いったい、どうしてこんな目ができるのこの人!?
 どこで目算が狂ったの?

「これじゃ、あべこべ…」
 思わず呟いた私。

 首をかしげた江利子さまがニヤッとして見せた歯の輝きに、
私は叫んだ。
「こんなはずじゃ〜っ」

 そして、江利子さまが私にキスしてきた。それが…腹が立つ
ったらっ、すごく上手いの(汗)。令ちゃんがしてくれるみた
いな、恥じらいがあって優しいキスなんかじゃ全然ないのに。
羽毛みたいなふんわりキスなんかじゃないのに。私ったら、う
っとりしちゃったの。

 そのまま長椅子に移動すると、江利子さまは手を伸ばしてロ
ープをつかんだ。
 もう、じゅうぶんよっ、これ以上やられっぱなしなんて冗談
じゃないっ。私は自分で用意しておいたそのロープをひったく
ると、江利子さまの手首をつかんで、また威嚇する表情を顔に
浮かべてやった。

 それなのに、何なのよっ!江利子さまはまたニヤニヤ。
「ああ、だいじょうぶよ、それは由乃ちゃんに返すつもりだっ
たんだから。私ね、今まで縛られたままっていうの、したこと
ないの。それって、すごく面白そう…」

 江利子さまの口から流れた「面白そう」という言葉の響きが、
まるで恋人の名前のように私には聞こえた。

 私は手にしたロープに目を落とし、そしてキッと黄薔薇さま
を睨み返した。こんなの、私の計画と違う!私は、江利子さま
を楽しませるつもりなんか無いんだから!もし江利子さまがそ
ういうのが好みだったんなら、全部放り出してやれば…。

 もう、何でこうなるのよっ!?

 その時、扉をノックする音がした。私はパニクって、ロープ
を取り落として窓の方を見たりした。誰もここに来るはずない
のに。

 江利子さまが振り返った。
「だ〜れ?」

「私です、お姉さま」

 令ちゃん。
 手術以来、気を失うことなんか無くなった私が、また危うく
卒倒しかけた。頭から血がすーっと引いていくのが自分でもわ
かったけど、私は何とか長椅子に寄りかかって、気絶せずにす
んだ。

 江利子さまが事態をますます悪化させ、ひょこひょこ扉に寄
って、令ちゃんを中に入れた。

 中に入ってきた令ちゃんの足が停まった。令ちゃんの目に入
ってきた私は、ロープで縛り上げられて、長椅子に付いていた
手枷を嵌められて転がされていた。
 目隠しと猿ぐつわを手にとって使い方を確認していた江利子
さまに、令ちゃんが顔を向ける。

「これって、口のところにボールが付いてるんじゃなかったっ
け?」
 江利子さまがのんきに訊いた。

「これは、オトナのオモチャじゃないもんっ」
 思わず呟いた私は、はっと口を閉じて赤面してしまった。頭
に血が昇ったおかげで、今度はめまいを起こして、私はまた長
椅子に伸びてしまった。

 令ちゃんがまた私に顔を向けたので、私はぷいっとそっぽを
向いた。令ちゃんが私を見てどう思っているかなんて、想像で
きなかった。

 その途端、令ちゃんがひきつったように笑い出した。

 ひどい、こんなのってやりすぎよっ。
 笑いを止められずに壁にもたれこむなんて、そんな姿めった
に見せない令ちゃんを、私は睨んだ。

 やっと顔を上げた令ちゃんが、私に顔を向けた。
「これって、たしか去年だったよね」

 信じられない。令ちゃん気づいてたんだ。どうやって?そん
な素振りを私、見せたおぼえなんか…。

 歩み寄ってきた令ちゃんが、私を抱いた。令ちゃんの腕の中
でとろけそうになってしまう自分に、私は必死で抵抗した。
 全部、おかしい。どういう事なのか、さっぱりわからない。
令ちゃんもグルだったの?江利子さまと示し合わせていたって
いうの?うそっ!これは私の作戦だったはずなのに!

「由乃はいつも私の心をお見通し。それは認めるけど、この何
年かで私もちょっとは身につけたんだよ。由乃の心を読む方法
をね」
 ニヤッと笑った令ちゃんに、私はまためまいを覚えたけど、
今度は少しも血は頭に昇らなかった。そう、少しも。

「こんなのって、ありえない」
 私は令ちゃんの胸に顔を埋ずめながら、抵抗した。
「令ちゃんは、私を愛してるんだもの」

 その時いきなり江利子さまが私たちのそばに近づいて、私の
首筋を撫で始めた。すごくしなやかな指だなって、私はぼんや
り思った。

「でも、令の『初めて』を私がもらっちゃったのは、確かよ、
由乃ちゃん。だから、私を許せないのね?」

 そのまま江利子さまに撫でられていても、私はかまわなくな
っていた。その問いかけの返事代わりに、私はう〜っと呻いて
いた。

 すると江利子さまは令ちゃんの耳元に顔を寄せて、聞こえよ
がしに囁いた。
「この子ったら、私をここで誘惑しようとしたんだけど、逆襲
されるとは思ってもみなかったみたい。せっかくこんなにえっ
ちなものを取りそろえてくれたのに、ムダになっちゃったわ」

 令ちゃんが身をよじらせるのが、私にも伝わってきた。おま
けにその時には、江利子さまが撫でているのはもう首筋だけじ
ゃなくなっていた。

「お姉さまったら…」
 令ちゃんが囁いた。

「言ったとおりでしょ、由乃ちゃん。力ずくなんて必要なかっ
たのに。でも、お望みならそういう風にお相手してあげてもい
いわよ」
 江利子さまがのしかかってきて、私の耳たぶに唇が触れるか
触れないかギリギリのキスをした。
「由乃ちゃん、もう私も許してよ」

 この女性に誘惑された令ちゃんが身を許してしまったことに、
私はもう腹を立てることはできなくなっていた。むしろ、その
後は二度と身を許さなかった令ちゃんが、かえって誇らしいく
らいだった。

 でも、それとこれとは話が別…。ふと、私は黄薔薇さまの望
みに「ノー」を言えなくなっている自分に気づいていた。

「令ちゃんさえよければ…」
 途切れ途切れに私は言った。こんなふうに令ちゃんまかせに
するなんて、また令ちゃんに守ってもらうなんて、恥ずかしい。
もう、そんなことしなくっていいのに。私は何でも自分ででき
るようになったと思ってたのに。

 顔を上げると、江利子さまは令ちゃんを見つめていた。いつ
の間にかあの誘惑するような顔つきは消えていた。令ちゃんに
「ノー」を言うチャンスを与えているんだ、って私にはわかっ
た。もし令ちゃんが許さなければ、江利子さまはそのまま立ち
去って、二度と触れることはないだろう、とも思った。

 でも令ちゃんは、私を腕の中に抱きしめて、私の身体が求め
ているとおりの答えを感じとった。令ちゃんはまた、もの憂い、
でも幸せそうな微笑を浮かべた。令ちゃんは、私の代わりに答
えを出してくれた。

 物事は、予定通りには行かない。今回もまた。でも、私は気
にしない。全身にまた力が入るようになって、私は手を伸ばす
と、そこにロープがあった。

 江利子さまは、まだこの島津由乃の真の姿を知らない。今度
こそ、私の本性を見せてやるわっ。

 江利子さまは微笑みながら、猿ぐつわを手にとった。
「じゃ、手始めにこれを使ってもらおうかしら。私が悲鳴をあ
げたら、みんなに気づかれちゃうもんね」

 こ、この女は…(汗) 
 

 

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