輝く すごい わたしの星

 

第1話

 

 そらは凍えた両手でティーカップを捧げ持った。全身のアド
レナインはすでにおさまり、トレーニング中の興奮の波は、も
う四肢を暖めてはくれなかった。
 右に視線を送ると、あれほど激しい訓練の後も平静そのもの
といった風情のレイラの姿があった。

『レイラさん、タフだなあ。ぜんぜん疲れてるそぶりも無いや』

「もう眠くなった?」
 レイラの問いかけに、そらはハッとして立ち上がった。

「あ、いえ…だいじょうぶです…」
 ビックリしたのを取り繕って作り笑いを浮かべ、そらは手を
伸ばして三杯目のお茶を注いだ。ティーポットはカップ半分ま
で注いだところでごぼごぼっと音を立て、後は数滴こぼれただ
けだった。

 そらは慌てて話題を逸らした。
「あのですね、レイラさんは、泥棒と海賊とではどっちの方が
悪い奴だと思います?」

 レイラはきょとんとした顔でそらを見つめた。そして少し考
えてから言った。
「海賊の方かしら…。海賊は略奪して荒らし回ったあげく、何
もかも奪い去っていくから」

 なるほどと頷いて、そらはお茶を一口飲んだ。
「じゃ、海賊を演じるのはお手の物ですね?」

「あら、それって私が悪い奴だってこと?」

「そ、そ、そうじゃなくて…。つまり、ステージの上のレイラ
さんはいつだって自分が全部独り占めって感じだから」

 レイラはニッコリ笑った。
「だったら願ったりよ!客に自分を認めてもらえないなら海賊
以下だもの!」

「さすが〜!」
 くすくす笑うそら。

 レイラも同じように笑う。
「じゃ、私が海賊なら、そらが泥棒?」
 冗談めかして言うレイラ。

「う…んと、そうかもなあ…でも、レイラさんにはかないませ
ん。わたし、泥棒としても大したことないもんな…」
 そらはしょげかえった。

「どうして?」
 レイラが訊く。

「だって、わたし今まで、レイラさんから一つも盗めずにいる
んですから!」
 そらはにっこり笑った。

 レイラも、そんなつもりはなかったのに思わず笑い出してし
まった。のけぞったレイラだったが、時計をちらりと見てため
息をついた。
「さてと。そろそろそらは寝たほうがいい時間ね」
 残念そうにレイラが言った。二人での会話は飽きないし、一
緒に腰を下ろしてお茶を飲む
のも楽しかったから。

「あの…レイラさん、もっとトレーニングするんなら、わたし
もやります」
 陽気にそらが言った。レイラさんが訓練を続けるなら、自分
だって。

 そらの言葉に眉を吊り上げたレイラだが、内心ではそらの熱
意が嬉しかった。
「今日はもうじゅうぶんよ」
 レイラが立ち上がった。
「睡眠もパフォーマンスには欠かせないことだから、少し寝た
方が良いのよ」

 お茶を慌てて飲み干したそらが、舌をやけどして喉を詰まら
せた。
「あちちっ!」
 そらはパッと立ち上がって気をつけする。
「わ、わかりました!」

 ポカンと見つめたレイラだったが、そらの様子に思わず吹き
出してしまいそうなのをこらえた。
「下のデッキに行きましょう。ちゃんとベッドがふたつあるか
ら」

 船が時々左右に揺れるので、レイラとそらはカップを片付け
た。そして二人は下のデッキに降りていった。

「船室は船尾に一つ、船首に一つあるわ。顔を洗いたければ、
バスルームはあっちよ」
 レイラが船内設備をそれぞれ指し示した。頷いて、そらはそ
れぞれの部屋のベッドの大きさをすばやく確認した。

「ええと…じゃ、わたしはあっちで寝ます」
 自分のダッフルのバッグを持ち上げて、そらは船首の方に向
かった。

 レイラは頷き、船尾の船室に入った。テーブルの上でスーツ
ケースを開けた時、そらが貸してくれたパジャマの包みを忘れ
てしまったことに気づいた。どうしたらいいか困って、レイラ
はしばらく考えこんでしまったが、今夜は別にそらと同室では
ないことを思いだした。
 そこでネグリジェを引っぱり出した。高級なシルクの肌触り
が両手に伝わる。

「お父さまったら、こうして娘を過保護でダメにするのよね…」
 そう思いながらレイラはネグリジェを着ると、そらの様子を
見に行った。
「そら…?何か困ったことは無い?」
 レイラはそらの船室の入口に立った。。

「あ、あの…だいじょうぶです、ほんとに、あ、あははは…」
 シャツのボタンをかけながら、そらはドキドキしていた。ネ
グリジェ姿のレイラを目の前にして、そらは声を詰まらせてし
まった。レイラの存在を意識してしまうのと正比例して、部屋
がさっきよりどんどん狭くなってしまうように、そらには思え
た。

 そらの声がうわずっているので、具合でも悪いのかとレイラ
は思った。船室に一歩足を踏み入れたとたん、レイラは足が滑
るのを感じて、下を見おろした。

『え?床が濡れてる?』
 部屋を見回してみると、乗降口のハッチが半開きになってい
たことに気がついた。レイラはベッドに歩み寄って、シーツに
触ってみた。

「びしょ濡れじゃないの」
 後で船員を叱りつけなきゃ、とレイラは思った。ハッチを引
っぱってみたが、どうしても完全に閉まりきらない。
「ここじゃ寝るのは無理ね。そらが風邪をひいちゃうわ」

「あ、いえ…だ、だいじょうぶですよ。ベッドの上に寝袋を置
いて寝ればいいですから」
 そう言ったそらだったが、レイラはそらをさんざんトレーニ
ングでしぼったわけだし、それ以上につらい思いをさせたくは
なかった。

「だめよ、そんなの」
 きっぱりと言い切るレイラ。

 ぽっと頬が熱くなるのを、そらは感じた。それでもそらは言
い張った。
「でも、ほんとに…かまいませんから…」

 レイラがそらの手をとった。
『すごく冷たいわ。あのお茶だけじゃ足りなかったのね』
 きびすを返して船尾の方に顔を向けると、レイラはそのまま
そらの手を頑固に引っぱった。
「来なさいな。別のベッドでやすみなさい」

 そらの心臓の鼓動がドキドキと高まった。期待しちゃダメ、
と思った。
「で、でも…レイラさんはどこで寝るんですか?」
 そう訊きながらそらは、レイラの後から船室に入った。

 やっと扉をガシャッと閉めたその途端に、そらは膝がガクガ
クして身体がカッと熱くなってしまった。少し、クラクラする。
 そらの目の前で、レイラがシーツをめくってベッドの片側に
横になった。ベッドに上がったレイラのネグリジェのスリット
から、滑らかな脚線美が露わに見えた。
 レオタードとタイツ姿のレイラならすっかり見慣れているそ
らだったが、どういうわけか、ネグリジェ姿のレイラはずっと
女性らしくて…ずっと、魅惑的だった。

 そらはぶんぶんと頭を振った。そして慌てて辺りを見回した。
『フールがいなきゃいいけど…』

 レイラはベッドの片側でシーツの下に身を滑り込ませた。そ
して、そらに目を向けた。
「そらは、こっち側で寝なさい」
 そう言ってレイラが、自分の右側をぽんぽんと叩いた。
「電気のスイッチが後ろにあるから、灯りを消してね」

 電気を切って、そらはごくっと息を呑んだ。
「失礼します…」
 両手を前にかざし、そらは手探りで闇の中のベッドに向かっ
ていった。

 突然、船がグラッと揺れて、そらは前につんのめった。
「きゃああっ」

 顔面からベッドに突っ伏したそらは、何か柔らかくて温かい
ものの存在を感じた。コロンの香りが鼻をくすぐった。頭に何
かが触れてきた。

 レイラは、胸の上に何か落ちてきたのを感じた。手で触って
みると、髪の毛の手触り。それがそらの頭だとすぐにわかった。
「そら、大丈夫?」
 そう言ってレイラは、そらの肩に両手をやった。

 自分がどこに突っ伏したのか気づいて、そらは決まり悪さに
赤面した。これ以上レイラに迷惑をかけるわけにはいかなかっ
た。レイラの胸の上からそらは慌てて起きあがった。
「だ、だいじょうぶです」
 そしてそこを離れようとする。

「お待ちなさい」
 レイラがそらの肩をつかんだ。
「せっかくだから、もう一つ練習しましょう」

「な、何をです?」
 そらは闇の中でレイラがどこにいるのか推測して、目を凝ら
した。

「二人の呼吸を合わせる練習よ」
 レイラは身体の向きを右にして、そらと向かい合った。
「そら、私の横に寝なさい」

 言われたとおりにそらは、レイラの左に身を横たえた。前に、
レイラの長身の身体があるのがわかった。目と鼻の先に微かな
風を感じる。…いや、それは風じゃなくてレイラの息づかいだ
った。
 肩に触れていたレイラの手が、ゆっくりと下に降りていって、
ウエストに触れる。レイラが前に重みをかけてきて、目の前か
ら伝わってくる体温が微妙に増したように、そらには思えた。

「私の呼吸に合わせてみて」
 レイラが命じる。

 そらは目を閉じて、目の前の息づかいに意識を集中させた。
穏やかで、癒される息。それに合わせようと、そらは身体の力
を抜いた。

「そこじゃまだダメね…もっとそばに寄って」

 そらが身体を前に寄せる。

「もっとよ」
 レイラはそらの背中に手を回し、自分の身体にぐっと引き寄
せた。そらの前髪が顔に触れるのをレイラは感じた。嬉しくな
って、レイラは顔を寄せてそらのおでこに額を押しつけた。
『そらったら、すごく熱くなってる』

 そらは茫然自失だった。凄まじい感情の大波が全身を呑み込
んでいた。
 柔らかな息づかい、自分のパジャマに当たるレイラのネグリ
ジェの衣擦れの音、コロンの香り、そして自分の身体にじかに
伝わってくるレイラの動き…それらが全て一斉にそらに襲いか
かってくる。
 お腹の中味が何度も宙返りをした感じ。相変わらず高鳴る胸
の鼓動をそらは必死で抑える。レイラのシルクのネグリジェが
微妙にかするたびに、肌がゾクゾクする。レイラが額を当てて
きたとたん、頬が真っ赤に火照った。

『こ、こんなの、辛抱たまらない〜(汗)』
 そう思いながら、そらはまたゴクッと息を呑んだ。

「力を抜いて、リラックスして」
 レイラが言った。と言うより自分自身をなだめるためにも、
そう言わないわけにいかなかったのだった。
 実際にそらを抱き寄せてみると、想像してたのとはまるで違
った。とうとうそらを腕の中に抱きしめると、まともじゃない
くらいに嬉しくてたまらず、頭がぼうっとなってしまった。
『…「とうとう」?私ったらどうしてそんなことを願ってたの
かしら?…どうしてそんなにそらが気になるのかしら…?』

 レイラはあれこれ悩むのを脇に押しのけて、そらと呼吸を合
わせることに神経を集中させた。無意識のうちに、レイラはそ
らをますます抱き寄せていた。背筋にゾクゾクッと電気が走っ
た。そらの胸に押しつけられた自分の乳首がジンジン疼いた。
『こんな気持ちになったの、初めて…。私、どうしちゃったの
かしら?』

 レイラの言葉になだめられ、そらは何回も深呼吸して、レイ
ラの呼吸にだけ意識を集中させようと努めた。
 もう一度深く息を吸って、ゆっくりと吐いていく。そらはや
っと身体の力が抜け、レイラの呼吸を感じとることができるよ
うになった。レイラが息を吸うと胸が上がり、吐くと下がるの
が肌を通じてわかる。その動きに合わせて、そらは全神経をフ
ルに使って息をした。
 やがて、そらはその呼吸からリズムを感じとれるようになっ
てきた。

「いいわよ…続けて」
 囁くレイラ。
「そのまま、いっしょに眠るの…」

「はい…」
 そらも静かに答えた。

 レイラに身を任せていると、ぬくもりに全身が火照った。

 まもなくそらの意識は、自分とレイラが互いの腕の中で抱き
合いながら光の海に漂っている光景の中へとゆっくり沈んでい
った。

 嵐がやんだ頃には、二人のパフォーマンスはようやく完成し
た。船上での決闘だったわけだが、二人は自分たちだけしか知
らないリズムでダンスを演じたのだ。嵐をものともしない、互
いの心の中で燃えさかる炎に匹敵するほどの熱を帯びた、激し
いダンスを。
 

続く

第2話に続く

 

*感想を百合茶話室にお書きください*

How did you like about this story? Please tell me in my LOUNGE BBS.

ENTRANCE HALL
INFORMATION DESK
READING ROOM
BACK to INDEX