非MEの世界

 

第26話・我に撃つ用意あり

 

「…!」

 舞衣の首筋に当たる、冷たい金属の感触。これが舞衣の最期
の刻。

 静留は無表情のまま、舞衣の横に膝を折った。エレメントの
刃を舞衣の喉元に、舞衣に永遠の安楽を与える寸前まであてが
った。

「もう少し抵抗してくれると思うてたんやけどなあ、鴇羽はん。
見損ないましたわ」

 舞衣はハッとして後ずさり、息を呑んだ。視界の隅には、生
徒達が何が起こったのかと近づいてくるのが見えた。野次馬の
中には、二人を引き分けようとして駆け出してくるのもいた。
 だが静留が割って入ろうとした命に何をしたかを目にすると、
静留が他の者にも何をしでかすかと思って怯えてしまった。

 舞衣は最後の力を振りしぼって、二人の周りに巨大な炎の円
を吹き上げて、自分たちと外とを分断した。炎の壁は高く、外
からは中で何が起きているのかは誰にも見えない。

「…」
 静留は立ち上がり、周囲の炎を見渡すと、再び舞衣を見つめ
た。
「あんた、袋のネズミやなあ…。えらい失敗しでかしましたえ」
 静留は舞衣を見つめた…いや、舞衣のさらに向こうを見てい
るのか。舞衣にはわからなかった。

「…それ以上近づいたら、藤乃さん、あなたの周りだけに火炎
の輪を作るわ…。わたしはあなたを傷つけたくないの…」
 よたよたと危なっかしく、舞衣が立ち上がった。左腕はだら
んと力が入らないが、感覚はなかった…。アドレナリンが全身
に回っているんだろうと、舞衣は思った。頭を振って、舞衣は
静留に全神経を向け直した。

「そやけど、うちはあんたをズタズタに傷つけてやりたいんよ」
 あいかわらず落ち着いたままの静留。
「あんたの心にも…身体にも、真実を刻みつけてやりたいんよ。
あんたが絶対忘れられへんように」
 静留は再びエレメントを構えなおした。
「うちは、なつきのもんや。そして、なつきはうちのもんや」
 静留の真っ赤な瞳が、禍々しい光でさらに輝きを増した。

 静留の迫力に、舞衣は圧倒されてしまった。静留から放たれ
ているもの…怒りと憎しみが混じり合った生々しいパワー…そ
れがあたりに充満して…燃えさかる炎の熱がさらに二人を押し
包み、息もできないほどになった。
 舞衣の方が窒息しそうになった。舞衣はまた頭がクラクラし、
襲ってくる打撃も見えなくなった。無数の打撃がさっきよりも
早く放たれた。舞衣はまたガクンと膝をついた。だが、斬り裂
かれはしなかった。

 静留は刃が触れないように、峰打ちで攻撃していた。…静留
は舞衣をもてあそび、嬲っていた。
 舞衣は止めてと手を上げることもできなくなった。自分のチ
ャイルドを頼りすぎていた自分を呪った。目を上げると、静留
がはるか上から見下していた。再び薙刀の切っ先が喉に当てら
れた。しかし今度は、舞衣にはもう動く力も残っていなかった。
たった今受けた無数の打撃で、全身が悲鳴をあげていた。

 もう、これで終わり?あたし、死ぬの?

 その時、外から大きな発射音が響き、炎の壁に氷の入口がで
きた。

「静留!」
 なつきが二人に駆け寄り、静留の腕をとって、舞衣からエレ
メントを引き上げさせた。。
「いったい…何が…!?」

 なつきは最初に何を聞けばいいのかわからなかった。
 静留が先に風呂からあがった時には、考える時間が欲しいん
だろう、となつきは思っていた。…だがなつきが風呂からあが
ると、静留はどこかに行ってしまっていた。なつきは大急ぎで
服を着て、恋人がバカなことをしでかさないかと心配した。

 …でも…全部でたったの15分たらずだったのに…。

 静留がこの時間で何もかもやらかしてしまうとは、なつきは
夢にも思わなかった。だが窓から外を見ると、巨大な炎の壁が
立ちのぼっているのが見えた…。

 最悪だっ!

 たった15分で静留は服を着て、舞衣の部屋に行き、戦い、
舞衣と命を叩きのめしてしまった…。何て強さなんだ…!?な
るほど、雪之と奈緒が何の抵抗もできずに倒されたのも無理は
ない…。静留に何とか対抗する唯一の手段は、私自身を犠牲に
しなくてはならなかったんだから…。
 しかし、思えばそれも、静留が私を傷つけることにためらい
があって、反撃が遅れたおかげだったのかもしれない…。

「な、なつきっ…!」
 舞衣が他人の助けがこれほど喜んだことは今までなかった。
今の状態では、もう静留と戦う方策は残されていなかった。そ
れに静留を説得するすべもないのも確かだった。

 …でもなつきが話してくれればもしかしたら…。

 黒髪の少女は親友を見やって、状態を確認した。舞衣は手ひ
どくやられているが、命に別状は無さそうだったので、なつき
は恋人に向きなおった。

「…静留…何をしてるんだ…?」
 なつきには信じがたかった。なつきは静留から目を離さず、
舞衣から引き離そうと必死で考え…というより祈るように、パ
ラノイアのようなイライラ気分丸出しで話しかけた。

 静留はまだエレメントの切っ先を赤毛の少女の喉元に当てた
まま、舞衣を睨みつけていた。
「なつきがうちのもんやってことが、鴇羽はんはわかってない
みたいやったんよ」
 真っ赤な薙刀の刃の先を舞衣の肌に突きつけたのを、なつき
がまた舞衣の安全を守ろうと引き離した。

 どうやらこれ以上危険ではなくなったと思って、なつきのた
めにも役に立ちたいと、舞衣が口を開いた。

「いくら藤乃さんだって、他人を自分の所有物扱いするなんて
っ…!なつきもそんなこと…」

「舞衣っ!!」
 舞衣の言葉が静留の怒りに油を注ぐ前に、なつきがさえぎっ
た。
「お前は…もう…」
 うちひしがれたように、なつきが嘆息した。なつきにとって
事態はあまりに早く進みすぎていた。

 だが、何とかしなければならない…。

 なつきは身を屈めて恋人に近づき、頬を撫でた。
「静留…」
 耳元に囁きかけるなつき。
「愛している…ほんとうに…。そのことをわからせてくれたの
は、舞衣のおかげでもあるんだ…。私たちのことを舞衣が勝手
に弄んだことは、私も腹を立てた…。だが、舞衣は親友だ…。
お願いだ、静留、お前ももう気が済んだだろ…」
 なつきは少し身を離し、静留が納得してくれる気配を待った。
…だが最初は、なつきすら怖れを抱くほどの空虚な光があいか
わらず瞳に宿ったままだった。

 目の前の光景を、舞衣はハラハラして見守っていた。

 なつきは…本気で藤乃さんのことを想って…。何があったの?
なつきはとうとう心を決めたの?何を話しかけたの?

 何がどうあろうと、静留が気を落ちつけて誰の命も損なわれ
ないように、と舞衣は祈るしかなかった…。

 なつきの顔をじっと見つめて、静留は言うべき言葉を考えた。

 鴇羽はんの願いのおかげで、なつきが恋への臆病さを抱かず
にすんだのは間違いあらへん。そのおかげで、なつきはうちと
一緒に過ごして、二人の想いが同じものやって気づくことがで
きた…。

 静留は目を閉じた。そして元の現実世界での最期の瞬間を思
い出した…。

 なつきは優しくうちを諭して、初めてのキスをしてくれはっ
た…。うちに怒りを抱いても、うちを憎んでも当然やったはず
の、あの時に…。

「…なつきの、言うとおりやなぁ…」
 静留も呟くと、手からエレメントを放した。エレメントはた
ちまち消失した。

 ホッとしたように、なつきは静留に微笑みを見せた。
「ありがとう…」
 なつきはまた静留の頬に手を当てて、今度は引き寄せるとそ
っと口づけした。

 舞衣は目を丸くした。

 そういうことか…。

 舞衣は赤面して、二人が離れるのを待ってから、炎の壁を低
くして消し去った。…駆け寄ってくる野次馬に見られたりしな
いように。

 最悪の状況を脱し、なつきは舞衣のもとに膝を下ろし、起き
あがる手助けをしようとした。
「舞衣…大丈夫か?…立てるか?」

 舞衣は首を振った。
「あたしより先に、命をお願い…」
 数フィート離れたところに倒れている短い黒髪の少女を、舞
衣は指差した。

 かわいそうな命…。あたしの問題に巻き込まれたばっかりに…。

 だが命にとって舞衣がどれだけ大切かは、舞自身もわかって
いた。…だから命が舞衣を守ろうとせずに戦いを傍観するはず
はないということも十分にわかっていた。

 頷いて立ち上がったなつきは、命のところに駆けていった。
生きていることを確認し、負傷の様子を確かめると、なつきは
命を腕に抱きかかえ、二人の元に戻ってきた。
「すぐに医務室に連れて行こう。…おそらくどこか骨折してる…」

 なつきは、静留と舞衣を二人だけにしていくのはまずいと思
った。…静留がもう舞衣に手を出さないだろうと信じていたし、
舞衣も静留と戦える状態ではないのだが…やはり心配だった。

 静留が赤毛の少女に顔を向けた。
「鴇羽はん…手を貸しますえ」

 舞衣は自力で立ち上がろうとしたが、傷が響いてどうしよう
もない。
「…」

「さ、大丈夫どすか…?」
 身を屈めた静留が、舞衣の腰に手を回し、舞衣の腕を肩に載
せた。
「堪忍な…何もかも…」
 静留がそう呟くと、二人はなつきの後を追って医務室に向か
った。

 舞衣はホッとして、頷いた。無事に生き残れただけでもめっ
けものだった。その舞衣の耳に、低い声が響いた。

「そやけど…憶えときなはれ。なつきは、うちのもんどすっ」

 舞衣はゴクッと息を呑んだ。

 

続く

 

第27話に続く   第25話に戻る

 

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