LOOK!

 〜宇宙海賊キャプテン・イントレピッド・ジュンの憂鬱〜


1

 アタシは、こいつが、大っ嫌いだ!

***

 アタシが、宇宙海賊?これのどこが宇宙海賊よ!寝言も休み
休み言えっての!
 アタシはエクササイズ・ルームでランニングしながら毒づい
ていた。

 船の外じゃ、海賊ギルドの高速艦隊が大企業の輸送船団を包
囲している。アタシの宇宙船「フリビュスチェ・ルージュ号」
も、その十把一絡げの群れの一隻に過ぎない。どうせ派手なド
ンパチなんかありゃしない。通行料をいただいて、それで万事
おしまい。襲われた側も、かえって一匹狼の略奪者の襲撃を避
けることができるわけで、ギルドにみかじめ料を払った方が結
局お得だから、襲われてかえって喜んでるくらい。
 海賊なんて、今や名ばかり、ただの私設の関所になり果てて
る。

 こんなの、海賊の仕事かって!ばかばかしい。
 すっかりやる気をなくしたアタシは、ブリッジにも行きたく
なくて、エクササイズに没頭していた。
 こんなの、コンピュータまかせで十分よ…!

『キャプテン、ブリッジに来てください。ギルドマスターから
次回の仕事の打ち合わせがあるそうです』

「…」

『キャプテン、聞いてますか?』

「うるさい!聞いてるわよ!打ち合わせって言ったって、どう
せ向こうから一方的に決まったスケジュールじゃない。そんな
の、アニーが聞いとけばいいでしょ!」

『周囲との協調性を保っておかないと、のちのちの軋轢の原因
になります、キャプ』

 アタシは一方的にインターカムの接続を切った。
 融通の利かない、バカアンドロイド!

 …あれが、この船のコンピュータ端末、生体アンドロイドの
アニー。この船を駆っていた先代に仕えて、以来ずっとこの船
の備品。そして今は、このアタシ、二代目「キャプテン・イン
トレピッド・ジュン」の持ち物。
 とはいえ、先代、つまり、アタシのお祖母ちゃんは延齢処理
で200歳以上も現役を続けたあげくに、ようやく引退した今
も宇宙のどこかで悠々自適らしい。らしい、ていうのは、アタ
シ自身は会った記憶がないからだけど。
 だから、その頃から使われてきたこの船も、アニーも、とん
でもない骨董品。
 ロボットとかアンドロイドとか、人間とあんまり似すぎると
好まれないらしくて、今の最新型でもどこか機械っぽさを残し
て作られるものだそうだけど、このアニーってば度を超してい
る。いかにも機械的な、鼻につくバカ丁寧さ。そつのなさすぎ
る動き方、そして、こっちの気持ちを考えもしない話し方。
 こんなやつに生まれたときからずっと見られてきたのかと思
うと、死にたくなる。

 まっとうな堅気の一般市民だったパパとママは、アタシが生
まれてすぐに事故で死んだ。お祖母ちゃんは赤ん坊のアタシを
ずいぶんかわいがってくれたそうなんだけど、宇宙海賊に子育
ては無理だったみたいらしい。アタシはアニーや他のクルーた
ちに寄ってたかっておもちゃのように育てられた。そして物心
ついた頃にはいつの間にか、アタシは顔も知らなかったお祖母
ちゃんの衣鉢を受け継いで、2代目を襲名していた。

 それはもちろん、アタシの意志じゃなく、言ってみればなり
ゆきだった。でも同時に、記憶に残っていないお祖母ちゃんへ
の憧れもあった。そして今でも。

 でも、憧れが失望に変わるのも早かった。縦横無尽に宇宙の
海を駆けめぐったお祖母ちゃんの時代は、すっかり過去のもの
になってしまっていた。海賊が自分だけの夢を追うことはでき
なくなり、組織化され、既存の裏利権を守るための存在になり
果てていた。そして、アタシも否応なくその組織の歯車に組み
込まれていた。自分の裁量でできるのは、せいぜい密輸品の運
送屋を務めて小金をかせぐことくらい。

 エクササイズ・マシンに八つ当たりして蹴飛ばしながら、ア
タシは乱暴に汗を拭いた。


***

2

 キャプテン用のキャビンに入って、ダウンライトをつけた。
旧式で古ぼけた船の中で、ここだけはお祖母ちゃんのいたころ
のままにしている。超珍品の木彫家具にアンティークな内装。
上品ながらも女の子らしい、派手で華やかな世界。
 アタシはお祖母ちゃん専用の豪華なチェアに腰かけて、ホロ
グラフのスイッチを入れた。部屋の中央に、ほぼ等身大のお祖
母ちゃん、大海賊キャプテン・イントレピッド・ジュンの3次
元映像が浮かび上がった。
 延齢処理で200歳になっても二十歳くらいにしか見えなか
ったっていうから、このホログラフもいつのものかはわからな
いけど…。

 ゴージャスなラメ入りのロングコートに、髑髏を縫い込んだ
海賊帽は、すべてスカーレットでコーディネートしている。コ
ートの下は、やっぱり真紅のホットパンツとロングブーツ、そ
してレザーのベストを、誇張じゃない文字通りのダイナマイト
ボディもあらわに、素肌の上から色っぽく着こなしている。女
のアタシも見とれちゃうほどの完璧なプロポーションと、輝く
ような美貌。真っ赤なルージュと艶めかしいアイラインが、す
ごくセクシーで、まるで別世界の人間にしか思えない。なによ
りも、自分自身の力を信じ切っている高慢なくらいの笑顔が印
象的。

 この人の血をひいているはずのアタシといえば…。赤い髪は
確かに似てはいるけど…。18歳にもなってソバカスも残って
るし、おまけに近眼で、メガネが手放せない。胸だって貧弱だ
し、脚だって…。ああ、もう、イヤになっちゃう!
 お祖母ちゃんの姿を見ると自己嫌悪しちゃうのがわかってい
るのに。でも、やっぱりアタシ…。

***

「先代は、女の子から、ずいぶん、おもてになったんですよ」

 突然うしろから響いたマシンボイスに、アタシは意味もなく
あたふたして振り向いた。あの、いまいましいバカアンドロイ
ドのアニーが、いつの間にか入っていた。

「…い、いきなり何よ、ノックぐらいしてよね!」
「申し訳ありません。たぶんこちらにいらっしゃると思いまし
て。運動後ですから、のどがお渇きかと」

 そう言ってアニーは、アイソトニック・ドリンクを載せたト
レイをテーブルに置いた。腹が立っていたけど、のどがカラカ
ラだったのは間違いなかった。気が利きすぎるアンドロイドに
心の中で毒づきながらも、アタシはボトルを手に取った。

 しかし、誰の趣味なのかしら。いまどき白いフリルがいっぱ
いついた黒のメイド服。レトロすぎて、なんだかいやらしいオ
ヤジが喜びそうな格好。肩で刈り揃えた栗色の髪は確かに可愛
らしいし、ハイティーンに設定した顔立ちもきれいに整ってい
るし、瞳はぱっちりしたマリンブルーで、ちっちゃな小鼻に愛
らしい耳たぶに、ピンクの唇に白い歯に、すらっと伸びた手足
に、スレンダーなのにバストも……って、あれっ、あの、アタ
シ、何言ってんだろ。
 でも、近くでよく見ると、200年以上も稼働していたせい
か、人工皮膚が劣化していてごわごわしているのがわかる。そ
のせいなのか、それとも単純に旧式なのか、ひどく表情に乏し
いそのくせ、とんでもなく大量のデータに基づいたしゃべり方
と行動のそつのなさが、ますます奇妙なアンバランスさを感じ
させる。

 アタシのそんな気持ちを逆なでするように、アニーはあくま
でさりげなく、室内の汚れを拭き取ったり置物を整えたりし始
めていた。まったく、誰の趣味…って、あれ、お祖母ちゃん?
まさか?お祖母ちゃんがこんな?
 それに、なに?今の。「女の子にもてた」って…?

「あら、ご存じなかったんですか?この『フリビュスチェ・ル
ージュ号』のクルーは、全員女性だったんです。そして、10
0人からいたクルーたちはみんな、先代の魅力に夢中でした。
先代ご自身も、かわいい女の子が大好きでしたし。」

 はあ〜っとため息をついて、アタシは椅子にへたり込んだ。

「今は殺風景な船内も、当時は少女趣味で、とても華やかだっ
たんですよ。きれいなお花を飾ったりして。ブーケの香りがい
っぱいでした」

 アタシは、目を閉じるしかなかった。

「実際に、クルーの女の子は全員、キャプテンに『愛されて』
いましたから。先代はあんな派手な格好をしてましたけど、本
当はとってもお優しくて、デリケートで、子供みたいに純粋な
方だったんです」

 …そうか、お祖母ちゃんって、そっちの趣味の人だったのか
あ…。女のアタシでさえ惹かれちゃってたのは、そのせいなの
かな…。

「私も、この服をプレゼントされたんですよ。もちろん、いま
着てるのはレプリカですけど。とっても嬉しかったんです」

 あ、また腹が立った。ロボットのくせに。なにが「嬉しい」
よ。

「…お祖母ちゃんが女の子好きだったっていうんなら、なんで
アタシが生まれたのよ」
 なぜか意味もなくふてくされて、アタシはそう訊いた。

「…惑星ヌーシュの先サンシンタイ文明は、未婚の巫女が代々
女王として支配していました。女王は超古代文明が残したナノ
マシーン医療システムを使って、処女のまま懐妊し、生まれた
娘が跡を継いだそうです」

「???」

「先代がその遺跡の財宝を狙ったときに、偶然の事故でナノマ
シーンが体内に埋め込まれてしまったそうです」

「それって…!」

「そのあとでお生まれになったのが、キャプテンのお母さまで
すわ」

 アニーはあっさりそう言って、部屋を出ていってしまった。
今まで考えたこともなかった事実を聞かされて、そしてそんな
重大なことをさらりと告げられたことに、アタシは呆然とする
一方、あのアンドロイドへの強烈な嫉妬を感じていた。

 アタシはまたお祖母ちゃんのホログラフに目を向けた。赤一
色に彩られた甘い世界の中で、大勢の美少女たちに愛され、か
しずかれているキャプテン・イントレピッド・ジュンの姿を想
像し、アタシは思わず頬を赤くしていた。


***

3

 お祖母ちゃんの血をひいているアタシよりも、あのポンコツ
ロボットの方がお祖母ちゃんのことを知っている。
 アニーに抱くいらだちの正体に、アタシは今更ながら気づか
された。
 アニーは確かに忠実で、献身的だ。そんなアニーを憎むアタ
シは、道理に外れているのかもしれない。それは自分でもわか
ってる。
 でも、アニーが仕え、身を捧げているのは、いまでもなお、
アタシじゃなく、やっぱりお祖母ちゃんなんだ。アニーがお祖
母ちゃんのことを話したときの表情。機械人形のくせに、あの
憧れがにじむ口調。

 アタシはお祖母ちゃんの代用品に過ぎない…。

 アタシはぶつけようのない怒りを抱えたまま、船内をあてど
もなく歩き回った。なによりもアニーと顔を合わせたくなくっ
て、下層のカーゴブロックをうろついているうちに、アタシは
今まで気にもしなかった倉庫に入り込んでいた。

 使わなくなった旧式の装備品や武器、日用品…。なにげなく
中を開けて見たりしているうち、目に付いたものがあった。お
祖母ちゃんの愛用品が収められた小型のコンテナだった。

「あ、もしかしたら…」

 中を探すうちに、アタシはお目当てのものを見つけだした。
震える手で開けたトランクケースの中にあったのは、あのホロ
グラフのお祖母ちゃんが着ていた、真っ赤な海賊服。
 ふたを閉め直してトランクを抱えると、アタシは一目散にキ
ャビンに戻っていった。

***

 ベッドの上にトランクを置いて、アタシは中にあった服を一
つ一つ確かめながら取り出した。あのお祖母ちゃん愛用のゴー
ジャスな海賊服は、少しも傷んでいない。ついいましがた、あ
の華麗なキャプテン・イントレピッド・ジュンが脱ぎ捨てたば
かりのような…。
 アタシは服を全部脱ぎ捨てた。そして素肌の上から一つずつ
身に着けていく。冷たい革の感触が、肌に染みこんでくる。ホ
ットパンツを穿き、ロングブーツに脚を通す。ブラのようなベ
ストを羽織り、革ひもをゆっくりとホールに通して締めていっ
た。ちょっと胸が余ったのと、ホットパンツのウェストがきつ
かったのが癪だったけど、なんとかうまく着こなせた、ような
気がする。気のせいか、お祖母ちゃんの匂いが伝わったような
感じ。

 アタシはドレッサーの前に座って鏡を見つめた。
 ふん、意外と似合ってる、のかな。こんな派手な格好したこ
とがないから、判断のしようがないけど…。
 よおし、こうなったら、徹底的にやってやろっと。

 メガネを外し、めったに使わなかったコンタクトレンズをつ
ける。ガキっぽいソバカスを消すために、ファンデーションを
塗る。うっすらと頬紅をのせて、瞼にも控えめにシャドーを加
える。切れ長の目を演出するアイラインは、ちょっときつめ。
そして、真っ赤なルージュを唇に塗ってみた。
 化粧が人を変えるって、ホントみたい。アタシの気分は、す
っかり大海賊キャプテン・イントレピッド・ジュンだった。ソ
バカスとメガネの地味な子供っぽいジュンは、そこにはもう、
いない。アタシは、宇宙の海をまたにかける女海賊。
 最後に海賊帽を目深に、ちょっと斜めに傾けてかぶった。

 アタシは立ち上がると、姿見の前に立ってポーズをとってみ
た。あの、ホログラフのお祖母ちゃんの姿そのままに。自分で
も驚くくらいそっくり。自分じゃないみたいな貫禄と美貌。あ
の、自信に満ちた表情まで、アタシ、顔に出せるようになって
る。
 最高にいい気分になって、アタシは時間のたつのも忘れて、
鏡の前でポーズをとり続けていた。

***

 ガシャン!!!

 ガラスの割れる音が、突然、室内に鳴り響いた。夢心地から
いきなり現実に気づいて、アタシはハッとして振り向いた。
 扉を開けて入ってきたアニーが、アタシの方を、バカみたい
に見つめながら突っ立っていた。ガラスの割れた音は、アニー
が持ってきたミネラルウォーターのグラスを、トレイごと床に
落としたせいだった。
 いつもなら何事もなかったように澄まし顔で後かたづけをす
るアニーが、今日は違った。じっと目を見開いてアタシの姿を
凝視している。口を半開きにして、両手もトレイを落とした瞬
間のまま、アニーは文字通りフリーズしていたようだった。

 冷静にかえったアタシは、さっきまでの酔ったような気持ち
も醒めた。素に戻ったコスプレのような気分で、すっかり恥ず
かしくなってしまい、それをごまかそうと、アタシはいつもの
ようにアニーに当たり散らそうとした。

「…な、なによ、やせてもかれても、アタシは2代目なんだか
らね。お祖母ちゃんの服だもの、アタシが着てどこが悪い…、
アニー?ちょっと?」

 アニーはあいかわらずフリーズしたままだった。唇がワナワ
ナと震え、目は瞬きを忘れていた。アタシの声も耳に入ってい
ないようだった。
 さすがに不安になって、そばに寄ろうと一歩足を踏み出した
とたん、いきなりアニーは憑き物が落ちたようなすっきりした
顔に戻った。

「…申し訳ありません」

 床のガラスを片づけると、アニーはそそくさと部屋を出てい
った。まるで、何事もなかったかのように。 

***

 なによなによなによ、アニーったら、あの態度は!

 そりゃ、自分だってこの格好が似合ってないことぐらいわか
ってるわよ。さっきのいい気分が、雰囲気に酔ったようなもの
だったことだって、ちゃんと自覚してるし。
 でも、いくら何でもあの態度はひどいわ。お化けでも見たみ
たいに呆気にとられた顔をして、その次にはせせら笑うみたい
につんとすまして出ていくなんて!人をバカにするにもほどが
あるわよ!
 アタシは怒りにまかせて、さっきまで恥ずかしく思っていた
のも忘れ、アニーに当てつけるようにそのままの格好でデッキ
に上がっていった。誰が今のキャプテンなのか、きっちりわか
らせてやるんだから!

 コートの裾をひるがえし、ブーツの靴音も荒く、憤然としな
がら通路を歩いていると、突然、船が低く唸りをあげるのを感
じた。
 えっ、メインエンジンが動いてる?移動するの?なんで?ア
タシ、何も聞いてないのに、どういうこと?

「ちょっと、なにしてるのよアニー!移動だなんて予定に…」

 ブリッジに転がり込むように飛び込んだアタシはアニーにか
みついた。でもアニーは、コクピットに座ったまま振り向きも
せず冷静に答えた。

「緊急の貨物輸送依頼が入りました。納期を急ぐということで
したので、急遽発進しました。事前にお知らせしなかったこと
は、お詫びします。ちなみに、ギルドから指定されている行動
予定とは重なりませんからご安心下さい。…キャプテン、シー
トにおかけ下さい」

 畳みかけるように説明するアニーについ毒気を抜かれて、ア
タシはうっかり素直にシートに座ってしまったけれど、すぐ気
を取り直して訊き直した。

「ちゃんと説明してよ!!行き先はどこなの?いったい何を運
ぶのよ!?」

 なぜか少し間をおいて、アニーが答えた。

「…貨物は食料品です。季節ものということで、クライアント
が日限を切ってきたため急ぐ必要があるそうです。…行き先は
『地球』です」

「地球!?」

 名前しか知らない、お祖母ちゃんのふるさと。…偶然かな。

「これから、超次元航法に入ります」

 アニーの声に続いて、メインエンジンが臨界を越えて、船は
次元跳躍を開始する。外部モニターがすべてブラックアウトし
て、何の振動も伝わらなくなった。

「…何日で着くの?」

「明日には着きます。現地で物資を仕入れて、輸送します」

 そう説明しながら、アニーはベルトを外して立ち上がり、ブ
リッジから出ていこうとした。アタシのために飲み物を用意し
に行く、いつもの行動。

「あの…」
 アニーが声をかけてきた。

「なに?」

「その、キャプテン…」

「なんなのよ?」

「…キャプテン、その衣装、それに、お化粧も、…とっても、
お似合いです…」

 消え入りそうなその声に、アタシはハッとして身を起こし
た。でもその時には、もうアニーは小走りにブリッジを出てい
ってしまっていた。
 アタシはぼうっとして、シートベルトを外すのも忘れたま
ま、今のアニーの言葉を頭の中で反芻していた。

 …似合ってる、似合ってる、…ほんとに?ほんと?

 さっきまでの腹立ちも忘れて、アタシはもじもじしながら笑
いがこぼれるのを抑えようとしていた。
 よし、しばらく、この格好で通しちゃお!


***

4

 地球の衛星軌道に入ったフリビュスチェ・ルージュ号のモニ
ターに、青い海の惑星が映し出された。
 お祖母ちゃんの時代には汚染が進んで、地球人の大多数が他
の星系に移住し、一時は死の星になりかけたそうだけど、今は
かなり環境が改善されたそうだ。人口もわずかずつ戻っている
らしい。
 アタシの生まれに関わる星であることは確かだけど、こんな
所にわざわざ取りに来る食料品って…。

 アニーはすでに品を調達するために、小型シャトルで地上に
降りていっている。アタシは手持ちぶさたに、ようやく慣れた
コンタクトレンズをはめた目で、ブリッジのモニターをぼんや
り見つめていた。
 モニターの日付が、銀河標準時から、地球時間にシフトして
表示されていた。

 公転周期12分の第2、第14日…。

 通信モニターの電子音に気がついたのは、アニーをずいぶん
待たせた後だった。

「キャプテン、物資の積み込みを完了して、現在接近中です。
収容してください」

 あわててアタシは、シャトルを収納するためにハッチを開け
て、牽引ビームのスイッチを入れた。シャトルはぎりぎりでメ
インマストの根元のそばに着艦し、ハッチの中に吸い込まれて
いった。

*

 もう、なんだかさっぱりわかんない!

 最初は急ぐからって言ってたくせに、アニーったら、荷物を
厨房に運んだままこもりっきり。なんだか準備が必要だからっ
て言うんだけど、それならクライアントに届けに行く途中でも
いいじゃない。なのに、船は地球の軌道に留まったまま。それ
に、どうしてキャプテンのアタシが荷物に触ることもできない
のよ!噛みつくわけでもあるまいし…って、まさか、そういう
危険な生き物とかじゃないでしょうね…。
 アニー、大丈夫なのかしら…。

「キャプテン」
 突然インターカムからアニーの声が響いた。

「アニー、大丈夫なの!?」

「え、なにがですか?」

 思わず口をついて出た言葉に自分で慌てて赤くなりながら、
アタシはごまかして言った。

「な、なんでもない、それより、なにしてたの!?どういうこ
となの!」

「申し訳ありません。…説明いたしますから、キャプテンのキ
ャビンまでおこしいただけますか…」

 インターカムが切れた。アタシはまるっきり訳がわからなく
なって、しばらく茫然としていたけれど、しかたなく自分の部
屋に戻ることにした。

***

 部屋から溢れかえるばかりの、華麗な赤と白の花束の群れ。
(それが「薔薇」という地球原産の花だということは、あとか
ら聞いたけれど)
 そして、手織のレースが入った純白のリネンを敷いたテーブ
ルの上には、甘い香りを漂わせた褐色のデコレーション・ケー
キ。

 …なんなの、いったい、これは?

「アニー!」

「ようこそ、キャプテン。とりあえずおかけになって、ゆった
りなさって下さいね」

 奇妙なほどに楽しそうなアニーは、なぜか肝心なことを言わ
ない。このいかれたティーパーティが、いったい何のためのも
のなのか…。
 呆気にとられたままのアタシをよそに、アニーは滑らかな手
つきでケーキを切り分けはじめた。
 まったく、こんなバカでっかいケーキ、アタシ一人で食べら
れるわけないのに!…そりゃ、甘いものは、嬉しいけどね。

「どうぞ、お口に合うとよろしいんですけど」

 何言ってんだか。アタシが甘いもの好きなんて、今さら
言うまでもないでしょうに、何を大げさなことを。そんな、た
かがチョコレート・ケー………。

「!」

「お気づきになりました?」
 アニーが、してやったりといったような顔で微笑みをこぼし
た。

「ま、まさかこれ、アニー!」

「ええ、そうです。地球産天然カカオで作られた、ほんものの
チョコレート、です」

 ほんもの…って、言ってることがわかってるの?アタシは完
全に混乱していた。

 地球が汚染されて生態系が崩れて以来、土着の生命体の個体
数はほぼ絶滅に近い。他の天体に移されて繁殖したものもある
けれど、このチョコレートを作る「カカオ」は、結局移植でき
ずに、いまや地上に残ったわずかの木から天然チョコレートが
作られている。カカオマス一滴が、冗談や比喩でなく、黄金や
宝石キログラム単位で取り引きされる、幻の品。

 アタシはみっともないことに膝が震えていた。こんなもの、
一介の貧乏海賊ごときが口にできるもんじゃない…。でもそれ
は、同時に、表現もできないほどの美味に圧倒されていたせい
もあった。
 合成されたイミテーションのチョコレートとは全く違う、芳
醇な香りと、奥行きのある苦みと甘み。グルメでも何でもない
アタシにもはっきりわかるほど次元の違う味わいの深さに、ア
タシは酔った。

「このケーキ、ザッハ・トルテっていうんですよ。先代は、こ
れが大好きだったんです」

 その言葉に、アタシはハッと我に返った。

「アニー!!まさか、輸送の仕事ってこれのことなの!?」

「そうです」

「クライアントは…!」

「…私です」
 あっさりと、アニーが答えた。

「…冗談でしょ…」

「いいえ、代金を払うのなら、誰だってクライアントです。
…ですよね」

「アンタが払えるわけないでしょ!こんな貴重品…」

「払えます」
 アニーの笑顔に、ちょっと陰がさしたように見えた。

「私をスクラップにして売却すれば、十分のはずです」

「………なっ!!!」

「…私は旧式アンドロイドですけど、そのせいで、体組織部品
に貴金属や工業用レアメタルを多用してますから…」

 空気が動きを止めた。耳がおかしくなった、と思った。

「いったい、…どうしちゃったのよ、アニー」

 アニーは、遠くを見つめるように、話し出した。


***

5

「…許してください、キャプテン…。私は、ロボットにあるま
じき背信を犯したんです…」

「なんのこと…」

「…ロボットでありながら、私は、人を、好きになったんで
す…」

「お祖母ちゃん…?」

「先代は、たくさんの女の子に囲まれて、とても華やかなお方
でした…。でも、決してお幸せではなかったんです」

「なぜ?」

「先代はとてもお美しい方で、自分でもそれをご自慢にしてお
られましたから、お若くして延齢処理を受けられて、永遠とい
ってもいいほどの若さと美貌を得られました。でも、それは間
違っていたんです。あまりにも愛情が多すぎた先代は、大勢の
女の子たちに等しく接しようとしました。でも、ご自分を慕う
娘たち全てを延齢させるのは無理でした。ご存じの通り、今で
もすさまじいほどに費用のかかることですから…」

「…」

「愛した娘たちは年を取ると例外なく、自ら身をひいて、先代
の元を去っていきました。その度に先代は身をよじって嘆いた
ものです…。
 私の罪は、悲しむ先代のその姿を見て、ひそかに喜んでいた
ことです。先代と永遠を共有できるのは、自分だけなんだと、
私は先代を慰めながら自負を満たしていたのです…」

「アニー…」

「先代が引退なさったのは、その離別の苦しさに耐えられなく
なったからなんです。引退をお決めになったとき、私は一瞬、
喜びました。これからの永遠を私だけと過ごしていただけるん
だと…。でも、引退するということは、それは同時に、この海
賊船フリビュスチェ・ルージュ号との訣別であり、そして、そ
の生体端末である私との別れでもあったんです…」

「お祖母ちゃんは、たった一人で…?」

「はい…。お辛かったと思います。そして、私も…」

 アニーが目を伏せた。ロボットの…くせに…。

「新しく、キャプテンがこの船を引き継ぐことになったとき、
私、決めました。こんな思いを二度としないようにしよう。私
はアンドロイド、海賊船フリビュスチェ・ルージュ号の備品に
すぎない、ただの機械。機械は機械らしくしていればいいんだ
と。…私の冷たい行動に、キャプテンには何度も不快な思いを
させてしまいました」

「!」
 あの慇懃無礼な態度は、演技だったっていうの?アニー?

「…でも、キャプテンの、先代同様のあのお姿を見たとたん…
私、どうしようもなくなってしまったんです!まるで、時間が
巻き戻ったような…。抑えてきた気持ちが、あふれて…。
 私のもう一つの、そして、最悪の罪は、キャプテンを先代と
勝手に重ね合わせて、一番考えなくてはいけないキャプテンの
心をないがしろにしたことです。キャプテンのプライドを傷つ
けたことです…」

「そんな…」

「私自身、もう、おかしくなっているのかもしれません。でも
もう、先代を黙って行かせてしまったときの後悔は繰り返した
くなかったんです。最後に…、スクラップにされる前に、正直
に自分の心を明かしたかったんです…」

 私はふと、テーブルの上のチョコレート・ケーキの皿を取っ
た。
 これが…アニーの、心…。

「地球では、この日を『聖ヴァレンタイン・デイ』というんで
す。一番好きな人にチョコレートを贈って、愛を告白する習慣
があったんです。…先代もこの日は、女の子たちからたくさん
チョコをいただいていらっしゃいました。…でも、私は、お渡
しできなかった…。だから、キャプテンには…私…」

「…それで、アニーは、その思いを証明するために、このチョ
コレートを買ったの?たかだか数キロもないチョコレートのた
めに、自分の身体を引き替えにして?」

「キャプテンが、私を不愉快にお思いになっていることは承知
しています。せめて、最後には…」

「ばかっ!!!!!」
 アタシはこらえきれずに叫んだ。

「え?」

「…だから、アニーってば無神経な、融通のきかないバカアン
ドロイドだっていうのよ!!!ばかっ、大バカ!!!あんたな
んて、大っ嫌い!!!」

 アタシは、アニーをちから一杯、抱きしめていた。アニーは
混乱しているみたいだったけど、アタシはかまわずそのまま、
折れるくらいに抱きしめ続けた。

 そしてアタシは、アニーの手をとって廊下に駆け出した。
「急いで出発!!!」

「…どこに、行かれるのですか?」

「アニーの、望み通りにしてやるわよ!あんたは、スクラップ
になるの!本望でしょ!!!」

 アニーがどんな顔をしたのかも見ず、その声も聞かず、アタ
シはブリッジに駆け込んだ。


***

6

 アニーが、ゆっくりと目を開けた。不思議そうに私の顔を見
つめる。

「キャプテン…、私…」

「起きてみて、アニー…、ほら…」

 アニーは、蓋の開いたカプセルの中でゆっくりと身を起こし
た。身体の半分近くを浸していた人工羊水が、ミルク・クラウ
ンのように弾けながら滴り、肌の上を流れていく。
 ここは、アタシのキャビン。

「キャプテン…、私、どうなったんですか?スクラップになっ
たんじゃ…」

「そ、悪いけどね、アニーの身体はスクラップにして売っちゃ
ったの。チョコレートの代金と、輸送費はちゃんと出してもら
わなきゃ。でも、おかげですっかり赤字よ。新しいのを買った
せいなんだから。ほら、アニー、立ってみて」

 アタシはアニーの手を取って、慎重に立ち上がった。アニー
も足元をふらつかせながらカプセルの底に立つ。そのままアニ
ーを鏡の前まで導いていく。床に濡れた足跡が残った。

「…キャプテン、これは…、私、どうなっちゃったんですか」
 鏡に映ったのは、生まれたままの姿のアニー。でも、その肌
は劣化してくすんだ人造皮膚じゃない。赤ちゃんのように艶や
かで、滑らかな白い肌。繊細な産毛が灯りを乱反射して、まる
で光を放っているようだった。

「…ギルドの医療惑星に行ってたのよ。知ってるでしょ、『エ
ンジェル・セル』を使った人工擬体。遺伝子情報の土台から全
部人工的に作って、有機物質から完全に人間そっくりの存在を
作り上げる…。普通の人間と区別することができないから、も
ちろん非合法だけど、そこは海賊ギルドだもの、金さえ払えば
ね。おかげで、蓄えが全部なくなっちゃったのよ」

「キャプテン!!」

「あの後ね、地球の習慣のこと調べたの、アニー。『聖ヴァレ
ンタイン・デイ』の30日後の日をね、『ホワイト・デイ』っ
ていうんだって。チョコレートを受け取って、その愛の告白に
応えるなら、心からの贈り物を返してあげる。…あの日から3
0日。今日が、その日なの!」

 アニーが、抱きついてきた。初めての涙を流しながら。

「…ねえ、アニー。お祖母ちゃんの代わりでもいいよ。でも、
お願い。お祖母ちゃんに思いを届けられなかったぶん、アタシ
のことを想ってくれる?これからの時間をずっと、アタシと共
有してほしいの」

「…キャプテン、ほんとうに?」

「ジュンって、呼んでよ。お祖母ちゃんと同じ名前だからさ。
もう、アニーはロボットじゃない。アタシの『パートナー』な
んだもん」

 アタシたちは、固く抱きしめあった。なんだか、アタシ、お
祖母ちゃんと自分が重なって、アニーの何百年もの想いを全部
受け止めているような気がしていた。

 側のテーブルの上に置いた皿の上に、あのチョコレートの残
りが盛ってあった。そのかけらを手にとって、アタシは口に含
んだ。そしてアタシたちは、ゆっくりと、唇を重ねた。
 あったかくて、やわらかい、アニーの唇。
 二人のファーストキスは、チョコの味になった。


***

7

 アタシは、海賊ギルドを抜けて、辺境の外宇宙に向かうこと
にした。やっぱり海賊は、果てない無限の宇宙を自由を求めて
いくべきよ。お祖母ちゃんの歩いた道を、自分も歩んでいこう
と、アタシは決めた。魂の伴侶と手を取り合って、二人で進ん
でいくために。
 しまい込まれていた「ジョリィ・ロジャーの旗」をマストに
掲げて、アタシはフリビュスチェ・ルージュ号の進路を未知の
領域に向けた。

「キャプテン、エンジン臨界に達しました。超次元航法に入り
ます」

「行くよ、アニー」

「はい、キャプテン」

***

 人間になったアニーは、船と直結できなくなったぶん負担が
増えて大変だったみたいだけれど、それでも少しずつ全てを自
分のものにしていった。なにせ、200年以上も自分の身体の
一部だったわけだからね。
 きっとお祖母ちゃんも、アニーに全幅の信頼を寄せていたは
ずなんだ。でも、アニーの気持ちに応えてあげられなかったの
は、失敗だったね、お祖母ちゃん。
 アタシもお祖母ちゃんのこの服装が、だんだんとなじんでき
た。なんだか、自分の容姿にも自信がついてきたみたい。
 とりあえず当面の目標は、アタシとアニーと、一緒に延齢処
理できるだけの資金を集めることかな。アニーがお祖母ちゃん
に寄せた想いを埋め合わせするためにも、それ以上に二人の想
いを大きく実らせるためにも、時間はいくらあったって足りな
いものね。

 航海も、二人の関係も順調だとは思うんだけど、一つ、癪な
ことがある。
 ベッドの中で、アタシ、どうしてもイニシアティブがとれな
いの。いくらアニーが経験豊富だからって、こっちのことまで
アタシより上手だなんて!

「うふふ、ジュン、気持ちいいでしょ?かわいいっ!いっぱい
いっぱい、愛してます!」

 くやしいっ!やっぱり、アタシは、こいつが、大っ嫌い!



完
(00・3・26脱稿。ホワイト・デイに間に合わず、陳謝)


「LOOK!2 / KISS!! 〜宇宙海賊キャプテン・イントレピッド・ジュンの蜜月」に続く


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