LOOK!2 / KISS!!

 〜宇宙海賊キャプテン・イントレピッド・ジュンの蜜月〜



1

***

「はあ〜〜〜…」

 アタシの口から出るのは、溜息ばかり。

「元気を出してください、キャプテン」

 ベッドに突っ伏して落ち込むアタシの赤毛を、いとおしげに
触れてくる細い指の感触。

「こら、ブリッジ以外では名前で呼んでって言ってるのに」
 顔を上げて、アタシはその手の指先に頬ずりする。

「ごめんなさい、…ジュ・ン」

 囁きかけるようなアニーの声に、アタシは一瞬、全てを忘れ
て微笑むことができた。だけど、すぐにアタシは目を閉じてシ
ーツに突っ伏し、吐きだした溜息の熱気に蒸せかえってしまっ
た。

「あんまり気にしすぎると、幸運も寄ってきませんよ」

「だってえ、せっかく見つけ出したお宝が、二束三文の値打ち
しかなかっただなんて、冗談にもならないわっ」

 惑星イエン・マ・グの旧帝国廃都の地下、大宝物庫の地下に
厳重に保存されていた財宝。落盤の恐怖に耐え、侵入者防止シ
ステムをかいくぐり、文字通り命がけの冒険の結果、アタシた
ちが見つけ出したもの。
 それは…膨大な、莫大な、天文学的な、王国がいくつも買え
るほどの額面の…「紙幣」だったの!

「…いくら札束積まれても、ねえ…」
 滅んだ文明の有価証券なんか、骨董品以上の価値もない。

「こんなんじゃ、二人分の延齢処理の頭金どころか、船の維持
費だって出やしないよ〜」
 アタシはまた、溜息の海に沈むように脱力してベッドに顔を
埋めた。

「あまり焦らずにいきましょう。延齢処理は最大3、4歳くら
いなら遡れるそうですし」
 アニーがまた、アタシの耳たぶをなぞるように歯を当てなが
ら囁いてくる。

 背筋にゾクっとするものが走って、アタシはシーツから顔を
上げて呻いちゃった。そのアタシの髪に指を絡ませながら、ア
ニーがそっと身を被せてきた。

「それは…そうだけど…、あんっ」
 アタシの背中に、アニーの胸のふくらみが触れてくる。その
柔らかな感触に、アタシは顔を真っ赤にしながら肩越しに振り
向く。

 このダブルベッドは、お祖母ちゃんの愛用品の一つだった高
級品。
 クラシックな木彫のフレームに、手縫いレースのカーテンが
ついた天蓋まで備えた超骨董品で、三人は楽に手足を広げられ
る大型サイズ。さすがにマットレスと、それを覆う純白のサテ
ンシーツは、アタシが新調したものだけど。
 きっとどこかの王侯貴族かなにかの愛用品が巡り巡って、景
気が良かった頃のお祖母ちゃん…宇宙海賊キャプテン・イント
レピッド・ジュンの目にとまり、そしてこの宇宙船「フリビュ
スチェ・ルージュ」号の一室に据え付けられたんだろう。そし
てあの華麗なお祖母ちゃんと、それを慕う美少女クルーたちが、
官能のひとときを堪能した…はず。

 でも今は、孫娘であり2代目キャプテンであるアタシの愛用
品。海賊稼業が左前になっても手放さなかったのが、今さらな
がらよかったとしみじみ思う。だって、こんなゴージャスなベ
ッドで、それも、最愛の「人」と二人で一緒に夢を見ることが
できるんだもの。

 振り向いたアタシの潤んだ目に、天蓋から下がる純白のカー
テンが、まるで聖女のベールみたいに見えた。そのベールに包
まれてるアニーの微笑。
 その笑顔がすっと近づいた刹那、アニーの白く柔らかな裸身
が、一枚の間を隔てるものもなく、アタシの身体に密着した。

「きっと、いつかは幸運のほうが向こうからやって来ますから…。
私、わかるんです…」
 そして、甘い、キス。

 何の根拠もない慰めだとはわかっていたけれど、アタシには
もうそれで十分だった。

 アニーは、元はお祖母ちゃんに仕えていたアンドロイド。こ
の船…フリビュスチェ・ルージュ号の管制コンピュータの、外
部生体端末。二百年も前からお祖母ちゃんに全てを捧げ、そし
て秘めた想いをずっと胸の奥にしまい続けていた、哀しい女神。
 アタシはそんなアニーに生まれた時から世話を受けて成長し
てきながら、意味もなく突っかかり、罵ってきていた。我なが
ら、愚かだったと思う。アタシは、あこがれのお祖母ちゃんを
一番知り尽くしていたアニーに、嫉妬していただけだったの。

 でも、アニーの本心を知った時、アタシの嫉妬は「恋」に変
わった。
 アニーがお祖母ちゃんのことを本当に愛していたこと。
 お祖母ちゃんとの別離を本当に悲しんでいたこと。
 そして、その想いをアタシに投影してしまわないよう、哀し
いくらいの道化芝居を続けていたこと。

 人間以上に人間だったアニーの想いを受け止めようと、アタ
シはアニーを人間にしてもらった。
 エンジェル・セル…、人工合成の細胞で増殖成形されたボデ
ィと、コンピュータから情報移植された人造細胞脳で構成され
た、非合法の擬体。
 ポンコツ(って呼んでいた自分が今は憎い)アンドロイドの
アニーは、この新しい身体を得て、動く木の人形の童話のよう
に、人間に生まれ変わった。
 そして、アタシの最愛の人に。

 ヨーグルトのような甘い香りを漂わせるアニーの白い肢体に
包まれて、アタシは現実と夢の区別を無くしながら、全身が溶
けていくような恍惚に浸っていった。


***


「お久しぶりね…。あの娘のことに関してはいろいろ骨を折っ
てくださって、ありがとう…」

「水くさいですよ。あなたが引退前から、あの娘には何もして
やれなかった、って悔やんでいたじゃないですか。私に貴女へ
の交誼の証を立てるには、この程度しかできませんよ」

「それにしても、今の時代によくもギルドからの脱退を認めて
くれたものです。評議会からはクレームはなかったの?」

「もちろんありましたよ。安定した時代ほど、異端者は危険視
されますからね。まあ、最後には『牌頭』の責任として、何と
か言いくるめましたが」

「…いくら感謝しても、足りませんね。聞いたところでは、あ
の娘のパートナーへの『措置』にも裏から便宜を図ってもらっ
たとか」

「それは、貴女としても望むところだったでしょう?知らぬは
本人ばかりなり、あの娘がどれだけ貴女を想いながら尽くして
きたか、端から見ていた私たちでもすぐ悟ったものですよ」

「…あの娘にはかわいそうなことをしてしまいました。せめて
今は二人で幸せになって欲しいわ」

「それじゃ、貴女にもできることがまだありますよ」

「?」

「当たり前のことですが、あの娘たち、なかなか前途多難のよ
うですから。いまさら身内づらを、と思っているかも知れない
けれど、唯一の肉親らしいことができるのは、今が最後のチャ
ンスかもしれませんね」

「…」



2

***


 アタシたちの甘い眠りを、突然の警報音が打ち破った。薄暗
いダウンライトの照明が、警報音と共にまばゆい非常照明に切
り替わり、昼のような明るさになる。
 アタシたちはさっと跳ね起き、愛しあっていたままの姿でキ
ャビンを飛び出した。恥ずかしいなんて言ってられない。マジ
な交戦なら、ほんの少しの差で攻撃レンジを詰められると、こ
っちが蒸発させられる可能性がはね上がってしまう。
 アニーは唯一、ベッドサイドから自分の小型ヘッドギアをひ
っつかみ、ブリッジに通じるホールを駆けながらすばやく後頭
部に装着する。この「フリビュスチェ・ルージュ」号のメイン
コンピュータからの情報を直接脳につたえる、アニー専用の装
備。普通の人間なら脳をサイバー化しなきゃ使えないけれど、
元アンドロイドのアニーならヘッドホンのように付けただけで
使いこなせる。

 アニーはまっすぐブリッジのオペ席に直行し、アタシはその
手前の分岐で対空砲座に滑り込んだ。ベルトを締め、モニター
をオンにするアニー。同じくベルトを締めると、頭にスコープ
ギアをかぶり、両手両脚に機動アタッチメントを装着した。
 スコープギアをオンにすると、ゴーグル内から360度全方
位式の有視界掃射画面が広がった。

 警報から20秒でスクランブル体勢。その間、二人は一言も
口をきかなかった。いやしくも海賊なら当たり前なのかもしれ
ないけれど、それ以上に、アタシたちは全てが通じ合ってるの。

「惑星圏防衛型オートマトン3個体。推定攻撃レベル4、同機
動レベル3。ターゲット・オン」

 これ以上はないほどに冷静で無機質な、そう、一年前のマシ
ンボイスと同じアニーの声。簡潔で必要十分な情報には、こっ
ちから確認に聞き返すこともない。

 アタシの視界上に、ターゲットマークが3つ映し出され、相
対距離フェーズが数字とカラーで表示された。オートマトン自
体は距離のせいでまだ目視できない。
 相対距離がフェーズ3を越えると、先制射撃をもらう確率が
60パーセントに上がる。その数字はイコール、アタシたちの
死の確率だ。

 宇宙海賊の2代目を名乗っていても、文字通りの荒波を乗り
越えてきたお祖母ちゃんと違って、半分デキレースの通行料稼
ぎばかりだったアタシは、正直ほとんど実戦を経験したことが
ない。命のやりとりで勝ち抜いてきた逞しさに欠けていること
も、自分でわかっている。

 ハダカの背中とお尻が、座席の合成皮革にじかに触れ、その
間にじっとりと冷や汗が滲むのがわかる。
 同じように剥き出しの腕と両脚が、ゴツゴツした射撃デバイ
スに拘束されて、重い。
 心臓がドキドキし、荒くなった息づかいにゴーグルが曇る。

「フェーズ3、侵入します。5…4…3…」
 アニーのカウントと、アタシの心臓の鼓動がシンクロする。

「…2…1!」
 3つのターゲットマークが赤く明滅した瞬間、アタシの指は
カスケード・キャノンのトリガーを引いていた。

 それで、終わり。

 確かにオンボロ海賊船だけど、実はこのフリビュスチェ・ル
ージュ号、たとえ最新鋭の大艦隊が相手でも決してひけはとら
ない。お祖母ちゃんが大海賊として名をはせた原動力、その秘
密がこの「カスケード・キャノン」。時間をさかのぼって反粒
子を放射し、複数ターゲットを同時に粉砕できるオーバーテク
ノロジーの破壊兵器。はっきり言って、反則よね。
 普通の惑星なら丸ごと輪切りにできるほどの破壊力も、でも
使い方を誤れば意味がない。さっき緊張していたように、後手
を踏んだらおしまいだもの。かつてはアニーに任せていた操作
を自分でやらなくてはならなくなって、でもアタシは、恐怖と
それに裏打ちされた自信をいつの間にか身につけていた。

 ほっと息をついて、ゴーグルを外したアタシだったけど、や
っぱり立ち上がれなかった。実戦の緊張が解けて、身体が言う
ことをきいてくれず、力が入らない。恥ずかしいけど、腰が抜
けてた。
 絶好のタイミングで銃座のキャノピーが開いて、アニーがの
ぞき込む。アタシがこうなっているであろうことを、ちゃんと
わかってくれている。以前のアタシなら差し出された手をムッ
として払いのけてただろう。でも、今のアタシはその手をしっ
かり握って、ようやく立ち上がった。

 冷や汗にびっしょりと濡れた座席を離れて、アタシはアニー
にもたれるようにして通路に出た。通路のひんやりした空気が
全身の汗を気化させる。その涼やかさに、全身の神経が過敏に
反応するのがわかる。毛穴が逆立ち、肌が奇妙につっぱり、血
液が激しく全身を巡り、心臓が高鳴る。
 昂ぶった精神がもう押さえきれない…。
 アタシはそのままアニーにしがみつくと、通路の床に押し倒
してしまっていた。冷えた身体に、アニーの体温が伝わってく
る。

「ごめんアニー、アタシ、我慢できないの…っ!」

「こんなところで、ダメです、キャプテンってば!」

 床の鋼板の冷たさに身をよじるアニーが悲鳴をあげるのにも
かまわず、アタシは一言。

「…ジュ・ン、よ」

 そしてそのまま、むしゃぶりついたアタシと、かつての機械
のクールさを纏っていた表情があっという間に蕩けたアニーは、
薄暗い通路の艦内灯にぼんやり照らされ、互いの裸身以外の温
もりは何もない、リベットや配線の凹凸がむき出しの床の冷た
い鋼板の上で、熱くひとつに融けていった。


***


「きれいに処理しましたね。さすがは貴女の血をひいている」

「フォローがしっかりしてくれているからでしょう」

「信頼ですか。二百年近くも一緒にいれば離れていてもわかる
ものなのですね」

「それより気がついてくれるといいのだけど」

「強制的に二人の船を襲撃するようにプログラムを書き換えた
んですから、いくらなんでも不自然さに気がつくでしょう。た
とえ、昔の貴女の悪い癖を引き継いでいたとしても」

「昔の悪い癖?」

「ほら、戦闘の激しさに比例して、戦闘終了後になると決まっ
て身体が火照ってたまらなくなる、あの癖ですよ。貴女のクル
ーだった私も、何度あの洗礼をうけたことか…」

「そ、それは、その…」

「それより、本当にいいのですか?『あれ』は貴女にとっても
大切なものなのでしょう?今の貴女の立場からしても、微々た
るものではないはず…?」

「個人的にはね。でも、今さら『財閥』があれを資本にして何
か始めるわけでもなし。それに、あの娘たちを結びつけたもの
がお話の通りなら、あれこそはきっとふさわしい贈り物。そう
でしょ?」



3

***


 シャワーを浴びて汗を流したアタシは、バスローブ一枚の姿
でブリッジに入り込んだ。オペレーター席にはもうクルーコス
チュームをピッタリと着込んだアニーが、データ操作している。
 ついさっきの戦闘では、同じ席で同じ作業を生まれたまんま
の姿でしていたんだ…と想像したとたん、アタシはちょっとク
ラクラ。
 思わず後ろから抱きつこうとして近寄ったとたん。

「やっぱりそうです。あのオートマトンは人為的にこの船を攻
撃するように設定されていました」

「まさか?」
 意外な報告に、アタシもハッとして訊き返す。

「あのオートマトンは惑星防衛用ですが、その肝心の守ってい
た惑星の防衛圏を大きく逸脱しています。被防衛対象の惑星は
ここです」

 スクリーンに海図が投射され、惑星の予測位置が映し出され
た。…予測位置?

「これって、公式海図には記録されてないってこと?オートマ
トンが守るような惑星が?」

「その通りです」
 そう言ったアニーが、映像を切り替える。
 公式海図との比定。確かにその場所だけ空白。

「今どき、第1級高等生命生存タイプの惑星が?信じられない」

「可能性はあまり多くないですね。本当に偶然未踏査になって
いたか、さもなければよっぽど人嫌いのオーナーの私有惑星か」

「…調べてみようか。どうせカスケード・キャノンを使った分、
物資も補給しなきゃならないし」

「そうですね」

「それに…」

「?」

「ちょっとは羽根を伸ばしたいじゃない。広いところで、二人
っきりで、さ」

「…もうっ」
 マスクのようなオペレーターの顔が、アタシだけに見せる子
供のような笑顔に変わった。


***


 フリビュスチェ・ルージュ号を自動航行で衛星軌道に乗せ、
アタシたちは揚陸用シャトルでその無名の惑星に降り立った。
大気構成はチェック済み、対病原菌処置も手抜かりなく、大気
圏を抜けたシャトルは着陸予定地点に向かって滑空に入った。
 外見的には、この星の環境は理想的だった。表面積の80パ
ーセント弱を占める海は、生命に満ちあふれている。残りの陸
地もほとんどが温帯性の植生で、ほとんど砂漠化は進行してい
ない。

「都市か集落の痕跡があります」
 センサーを見ていたアニーの言葉に、アタシは思わず後ろか
らのぞき込んだ。
「小規模ですが近代的な建造物です。やはり外部からの植民星
だったんでしょう。土着の高等生命体による建造物は探知でき
ません」

「じゃ、移住者が、住民がいるの?」

「いてもおかしくはありませんが、エネルギー消費の熱量が少
なすぎます。おそらくは無人の廃墟でしょう。何らかの理由で
抛棄されたと思われますが…。生存痕跡があるだけでも、住環
境や危険回避に有利です。着陸地点をそこに変更しますか?」

「そうね、アタシたちを襲わせたヤツがそこにいるとは思わな
いけど…」

「その件ですが、この星のどこにも戦闘待機状態を感知できま
せん。あのオートマトンを操ったのが私たちを襲う意図でない
としたら、いったい…」

「でもそれなら、少なくとも、この星にいて危険はないってこ
とよね。とにかくその廃墟に降りましょ」

「了解しました」

 シャトルはほんの少し旋回して、目的地のある亜熱帯のジャ
ングルを目指した。白い雲が流れ、やがて緑の陸地が見えた。



4

***


 海に着水したシャトルに搭載されているボーリングシステム
が、海底から炭素・珪素質鉱石を採取している間、アタシたち
は周囲の探検に出かけた。あまり期待はできないけれど、廃墟
に何か掘り出し物が残っていないとも限らない。
 パーソナルジェットを使うほどじゃないと判断して、アタシ
たちはのんびりローテクで、エアー式のボートを浮かべて上陸
した。節約、節約。

 海は蒼く、穏やかで、底まで澄み切っている。空も恐いぐら
いに真っ青。
 ああ、いいなあ…。生まれてからほとんどを宇宙で過ごして
きたアタシでも、こうやって星の重力を感じながら自然に包ま
れてると、やっぱりホッとする。アニーも心なしかうきうきし
てるように見える。
 いつもなら「どんな野生動物がいるかわかりませんから気を
つけて」とか言ってくるのに、今日は…

「肉食の海棲生物がいるかも知れませんから、気をつけてくだ
さいね」

 がくっ。
 やっぱり。でも、以前ならキレてたかもしれないその口出し
が、今は嬉しい。

 熱帯の植物が繁る海辺に上陸して、アタシたちはセンサーと
小型銃、それと医療キットを持って砂浜を海岸沿いに進んだ。
密林を突っ切って行った方が近道だけど、さすがに毒性生物が
いる可能性はできるだけ避けたかった。
 暖かな日射しが心地よく、鳥のさざめきが遠くから響く。砂
金のように輝く砂浜を弾むように歩く。

「でもやっぱり不思議です。これだけの好環境の惑星が手つか
ずのまま、海図にも登録がないなんて」
 歩きながらもあいかわらずセンサーの端末で情報を集めてい
たアニーが訝しがる。

「そうよね、これなら開拓移民が万単位で住んでいたっておか
しくないもんね。…まさか、人間を獲物にするような天敵がい
るとか、未知の病原菌があるとか」

「それはあまり考えられません。どちらの場合にせよ、駆除や
防疫、ちゃんと解決する手段が普通ありますし。それに、移民
が全滅するような天災・人災があれば、絶対に事件として記録
されているはずです」

「じゃ、何なのかなあ」

「やはり個人か企業の私有惑星だったのが、何らかの事情で抛
棄された、というのが一番ありそうですね。記録に残らなかっ
たことや、オートマトンが防衛を続けていた、というのは、そ
ういった個人事情による、と予想もできます。不祥事でこの星
自体の存在を消したい、外部からの侵入や踏査を免れたい、と
いった…」

「じゃあ、さ」
 アタシは思わず声がうわずった。
「所有権が抛棄されているとしたら、この星、アタシたちのも
の、とかならない?」

 アニーが、ニッコリ笑って言った。
「その可能性は、あります。今、所有権の汎宇宙データバンク
にアクセスして照合を続けてます。しばらくしたら結果が出る
でしょう」

「やったあっ!」
 ガッツポーズで跳ねたアタシの足元の砂が散った。
「ね、アニー!」
 片手に持ったセンサーに映るデータに目を走らせているアニ
ーに、アタシは呼びかけた。
「もしもよ、この星がアタシたちのものになったらさ、その権
利金だけで延齢処理の費用になると思うの。でもね、アタシこ
の星のこと気に入ったの。だから…」

「売りたくない、と?」

「勝手かな…。アタシたちだけの、秘密の世界にしたいのっ…」
 強烈にハズカシイ言い方に口にしてから気づいて、アタシは
真っ赤になって身をよじらせちゃった。

「…海賊にも、帰る家は欲しいですよね」

 その言葉に顔を上げたアタシの目に、アニーのウィンク。

「ありがとねっ、アニー、やっぱり大好き!」

***

「やっぱりただの廃墟かあ…。せいぜい千年前ってところだよ
ね」

 鉄筋が露出し、半壊した建物は、明らかにそんなに古いもの
じゃなかった。アニーは敷地の平面図をセンサーのディスプレ
イに表示して、何の建物だったのかを推理している。

「個人所有なら別荘か何かだと思ったんですけど…何かのプラ
ントだったようです」

「プラント?何かを作っていたってこと?」

「ええ、ここは作業員用と思われる多人数用の宿舎跡。それと、
大規模な浄水設備に、バイオ関係らしい研究棟、大型屋内施設…」
 ディスプレィを覗き込むアタシに、アニーが指を差して説明
してくれる。

「なんだか、工場じゃなくて、農場って感じ」

「穀物を栽培してたんでしょうか。もう少し調べてみないとわ
かりませんけど」

 期待はしてなかったけど、やっぱり落胆したアタシは、ほと
んど関心を無くしていた。

 この後戻ってから、物資の補給完了までの間アニーとどうす
ごそうか…。そう。それより何より、ずっと大切なことがある
のよ。アニーに渡したい、大切なものがあるの。医療キットの
冷凍ボックスにこっそり忍ばせておいた、アタシの…。

「キャプ…、ジュン、ここを見てください」

 アニーの声に、アタシは顔を上げた。崩れた建物の正門だっ
たらしい残骸をアニーが指さしている。その先には何かのマー
クがレリーフされてた。盾のようなものを中心に置いた、紋章
のような…。

「商標記号か何かだったら、きっと星間企業のデータベースに
記録があると思います。映像データを送信して照合してもらい
ましょう。何の企業かわかれば、ここで何を作っていたかわか
るはずです」

「わかった、お願いね…。あれ?ね、あれ何かな?」

 アタシはアニーを促して、すっかり天井が潰れてしまったド
ーム型の建物の裏を覗きに行った。
 大木が茂る木陰に、変わった木が群生していた。幹の途中に
金色の実を鈴なりに付けた木が、百本近くも固まって立ってい
る。アタシの目を引いたのは、その実が陽の光に照りかえって
ピカピカ光っていたからだった。

「ほら、見て、珍しいでしょ。枝の先端じゃなくて、幹の真ん
中に実が何個も何個もくっついてる」

「熱帯系の植物には変わったものが多いそうですけど…。自然
にこうして生えてるのか、それとも人為的に植えたのかはわか
らないですね」

 アタシはそっと手を伸ばして、実の一つをもぎ取った。握り
拳二つ分くらいの大きさの楕円形。何本も筋が縦に入ってる、
固い殻。ナイフを取りだして裂いてみると、中は真っ白なパル
プのような果肉に、やはり真っ白い種が数十粒も入っていた。

「食べられるのかな?」

 さすがにいきなり口にする勇気はなくて訊いてみると、アニ
ーがセンサーの先端を当てて調べる。

「カルシウム、マグネシウム、鉄…。毒物は検出されません。
ポリフェノール含有率が大きいから、体にいいかも。あ、でも、
糖分がないから甘くないですね。このままじゃ渋くて苦いけど、
発酵乾燥させればコーヒーみたいに使えるかもしれません」

「なあんだ、トロピカル・フルーツじゃないのかあ、残念。じ
ゃ、もう行こうよアニー」

「はい」

 そう答えてセンサーを畳んだアニーの手をとって、アタシた
ちはまた海岸に戻った。



6

***


 遠浅の海上に浮かぶシャトルが見える砂浜。オレンジ色の太
陽が傾きかける昼下がり。
 アタシはアニーと一緒に、波打ち際で自然の海を満喫してい
た。魚の群れに、カラフルな海藻、宝石のような珊瑚。そして
果てしなく澄み切った、海の色。

 水着?そんなもの、あるわけないもん。それに、この星全部
が、今は二人っきりのプライベート・ビーチ。生まれたままの
姿で、アタシたちは大いなる大自然、ってやつを満喫した。…
ていえば洒落てるけど、要はハダカになって思いっきりはしゃ
ぎ回ってたってこと。

 でも、本当にアニーはきれい。ううん、本当はアンドロイド
だった頃から、アニーはきれいだった。アタシはそれに目をふ
さいでた。ホントにバカ。
 透けるように白い肌に、ほんのりとピンクに染まる頬。栗色
のショートヘアが、きらきらお日さまに輝く。まるで水の妖精
みたい。このまま浪の泡に融けていってしまいそう…。

「きゃあっ、キャプテンっ!」
 アタシに抱きつかれたアニーが、思わず悲鳴をあげて波の中
に転びそうになる。

 後ろからしがみついたアタシの両手が、アニーの豊かな乳房
をつかむ。ぷにぷにで、柔らかくって、おっきくて、とっても
素敵。
「また、キャプテンって呼ぶぅ」

「で、でも、やっぱりジュンはキャプテンですし、私はクルー
ですから…」

「でも、今のアタシたち、そんな肩書きなんか何もないよ。ほ
ら、アニーもアタシもハダカで、何にも身に着けてない。ただ
の、同じ人間だよ」
 アタシはアニーの背中に頬ずりしながら呟いた。

 アニーの背中が震えてる。言いたいことが、すぐわかる。
 アンドロイドだったアニーがずっと秘めてきた想い。それが
今は、アタシだけのもの。

「ジュン…私のことを人間だって言ってくれる、貴女が…」
 アニーがそう言って振り返った。

 アタシたちは向かい合って見つめ合った。
「大好きだよ、アニー」

 そして、アタシたちは波打ち際に倒れ込んだ。
 いつの間にか日は落ちて、ルビーのような夕焼けが空を染め
ていた。優しい紅の夕陽と、長く伸びる影の狭間で、アタシた
ちは時を忘れて、何度も何度も愛しあい続けた。

***

 涼しい夜風が火照った身体に心地よくて、アタシたちは二人
並んで浜辺に座り、焚き火のゆらめきと星の瞬きをずっと眺め
ていた。

「こんなに幸せになれるなんて、夢のようです」

「うん…。あ、そうだっ」
 アタシはふと思いだして、そばに置いてあった医療キットを
手にとった。その中の冷凍ボックス。アイシングの器具に混じ
って、ピンクのラッピングをした小さな包み。

「ね、アニー、開けてみて」

 包みを受け取ったアニーがおそるおそるリボンを解く。何重
ものラップの中から顔を出したのは、涙滴型の小さな褐色の塊
が、たった三粒。

「…これは!?」
 ハッとしたアニーの目がアタシを見つめた。

「えへへ、今日はね、地球の暦で『2月14日』なんだよ。ち
ょうど一年前、アニーがくれたヴァレンタインのチョコレート。
今日は、アタシからプレゼントね」

 あっという間にアニーの瞳が潤む。

「『ハーシーズ』のキス・チョコレートなの。あいにく、10
0パーセント天然チョコじゃなくて、合成7割だけど、今のあ
たしのへそくりじゃこれが精一杯。去年のアニーの贈り物には
かなわなくて…」

 合成のチョコレートなら普通の嗜好品だけど、今の時代、天
然原料のチョコレートは宝石並みの貴重品。たとえ30パーセ
ントの品でも、かなり無理をしないと買えない。
 今のアタシたちに、ホントはこんな無駄遣いは許されない。
 でも…。

「ううん、ううん」
 アニーが涙をこぼしながら首を振った。
「嬉しいです、嬉しいです、ジュン…」

「ね、こんな暑いとこじゃ溶けちゃうからさ、もったいないか
もしれないけど、食べてみよっ。…はい」
 キス・チョコを一つつまんで、小さなアニーの唇に。

「ジュンも、どうぞ」
 アニーも同じようにして、アタシの口に。

 甘く、ほろ苦く、香ばしい上品な味が口いっぱいに広がる。

「最後の一つは、あの時と同じように、ね」

「はい」
 そう言ってアニーが目を閉じる。

 小さなチョコを軽く唇で挟んだまま、アタシはアニーと、文
字通りに甘い甘いキスを交わした。
 この時が、永遠に続いてほしい……そのためには…。


***


「ふああ…んん〜、ん〜っ」

 朝の光に起こされて、まだ夜の涼やかさを残すひんやりした
砂浜の上、アタシは目を覚ました。隣にいるはずのアニーの姿
はなく、いつの間にかパラソルがさしかけられていた。それと、
新しいスーツが畳んでおかれている。

「おはようございます、ジュン」
 スーツを着終わった頃に、森の方からアニーが姿を見せた。
 きっとアタシが眠っているうちから、ボートでシャトルから
日よけのパラソルと着替えを持ってきてくれていたんだ。今は
もうアニーもすっかり地上用スーツを着て、手にはボトルを持
っている。

「奥に湧き水がありました。とてもきれいで美味しいですよ」

 ずっとずっと献身的なアニーの姿に、アタシは安堵した。あ
の日以来着なくなった黒のメイド服姿が、ちょっと重なって懐
かしい。アニーは何も言わないけれど、お祖母ちゃんからの贈
り物であるあの服を着ないことで、けじめをつけているらしい…。

「あ、そうだ、昨日データベースに問い合わせていた事項の一
つが届いていましたよ」

「ふうん、何の?」
 ボトルから、痺れるくらいに冷たい水を飲みながら、何気な
く訊く。せっかくの星だけど、今日には出発しないと…。

「あの、廃墟の正門にあった紋章です。…あれは『ガトー』の
商標だそうです」

「?」

「地球にあった企業ですね」

「地球?ここは銀河中心を挟んでまるまる反対側よ。何のため
にこんな遠く…」

「へえ、ガトーって『ケーキ』って意味なんですね。お菓子の
会社ですねきっと。チョコレートも扱ったのかしら。合成品な
らともかく、地球原産品は高価ですからね。こんな辺境にも…」

 地球系のお菓子の企業かあ。なら、チョコは必需品よね。偶
然だなあ。アニーへのヴァレンタインプレゼントを贈った星が、
そんな…。

「…昨日の工場跡に、バイオ施設があったよね?」

「…?、はい」

「チョコの原料になる木は、地球以外では根付かないうえ、そ
の地球が汚染されて個体数自体が少ない。だから、一般に消費
されるのは成分合成されたものがほとんどで、原産品は凄まじ
く高価」

「はい」

「じゃあ、こんな地球から離れた場所でどうやってチョコを?
超光速航行を使えば運べるだろうけど、ただでさえ高価な品、
とてもじゃないけどペイなんかできないでしょ?」

「…はい。それなら希少価値は減っても、何とかして現地栽培
を…」

「他のチョコレートを扱う企業に知られないよう、秘密裏に、
ね。でも、失敗した。ここでも木は根付かなかった。とうとう
会社は諦め、施設を引き払い、データを全て隠滅し、さらには
オートマトンを配置して誰も入れないようにした」

「…」

「でも、…まさかっ!」

「ジュン、昨日の!」

「うんっ!!」

 アタシたちは弾かれたように、昨日の施設の方に全速力で駆
けていった。

***

 あの木。
 鈴なりの、楕円形の実。
 ミネラルが豊富で、その上、ポリフェノール含有率の大きさ。



「アニー!この木を、センサーで調べて!成分じゃなくて、分
類データで!」

 アニーが木の葉をとり、センサーでDNA解析を進めながら、
植物の特徴を入力していく。

「…十中八九」

 アニーの声が震えていた。

「これは、カカオの原木ですっ!しかも、最高級品フレーバー
に使われる原種『クリオロ』!地球にも数えるほどしか残って
いません…」

「…」

「きっと、この施設が廃棄された後、放置された種苗が生き残
って、植物自身が適応し、さらには適応できる環境を作り替え
たんでしょうね。せっかちな人間が諦めた後も、時間をかけて、
たくましく、ゆっくりと…」

「やったあっ!」
 アタシはアニーの手を握ってぴょんぴょんはね回った。
「これがどういうことかわかる?地球以外で根付いてる、しか
も超希少種のカカオよ!信じられない!」

「はい、ジュン、おめでとうございます!」
 さすがの冷静なアニーも、満面の笑み。

「この木一本で、最新鋭の船が買えるわ!アタシたちの延齢処
理も!すごいっ、最高の発見よっ!」

 その言葉に、アニーがハッとした。アタシの手を離し、セン
サーを操作する。

「どうしたのよっ!」

「今のことは、この星の権利が私たちのものになったら、のお
話ですから」

 …ああっ、そうか、この施設が「ガトー社」のもので、その
権利がまだ生きていれば…。

「データが届いてます」
 一気に不安に落ち込んだアタシに、あの無感情な声でアニー
が言った。
「この星を所有していた『ガトー』は、銀河中央暦時223に
倒産、清算されています」

「そ、それなら…!」

「ただ…」

「ただ?」

「ガトーの所有財産権は清算された後、全て星間企業集合体
『ユニゾン』に移譲されてます」

「ユニゾン!?宇宙最大のスーパー・コングロマリットに??
…それじゃあ…、…ふえ〜〜〜っ」
 アタシは脱力して、その場にへたり込んでしまった。

 ジャングルは、昼に近づいていた。鳥のさえずりがだんだん
と大きく響き始める中、カカオの木々は静かにアタシたちに陰
を落としていた。


7

***


 惑星引力圏を抜けて、フリビュスチェ・ルージュ号は再び外
宇宙に向けて発進しようとしていた。

「え〜ん、宝の山があ〜〜。アタシたちの楽園が〜」
 アタシは諦めきれなくて、未練がましくモニターを見つめて
いた。

「しかたありませんね。所有権は確実に向こうのものでしょう
から。せいぜい、ユニゾンの構成企業からチョコレート関連を
探して、情報料をもらえるくらいでしょう」
 いつもと同じように、平静にアタシをたしなめるアニーも、
さすがに寂しそう。

「う〜〜、天国から真っ逆さまに、地獄に堕ちたみたい。神様
のいじわる〜」

 いつまでもグズグズしているアタシを尻目に、アニーは超高
速航行の準備を始めた。

 その時。

「…っ!キャプテン、発進を中断します。空間転移波感知。別
の船が近くにワープアウトしてきます!」

「え?いくら何でもそんな偶然…」
 星間航行ライン上でもないところで、こんなことはまずあり
得ない。

 外部モニターのスクリーンに映る宇宙空間が、故障でもした
かのように真っ暗になった。でも、それは故障じゃなかった。
モニターに映りきらないほどの巨大なものが、闇の中から幽霊
のように出現した。

「なにこれっ!??」

「…宇宙帆船(スクーナー・リグ)…!」

 全長3千キロにも及ぶ超巨大セイルを何面も張り、空間エネ
ルギーを吸収してプラズマ発光するマスト。そしてその中心に、
セイルに比べてあまりに小さい、でもそれだって、アタシたち
の船に比べたら数百倍もある巨船。
 全銀河でも数えるほどしかない超級宇宙船。アタシも見るの
は初めて。

「…識別信号確認。『ユニゾン』所有の宇宙船認識番号000
1875667XR…」

 アニーの声が止まった。
 いつもの機械的な報告が。
 気がついて顔を上げたアタシの耳に飛び込んできた、アニー
の震え声。

「…船名…『フリビュスチェ・ルージュ』…」

「ええっ!?」

 絶叫したアタシの脳裏に、いくつもの疑問が一気に渦を巻い
た。
 アタシの船と、同じ名前!!??
 それが何で、『ユニゾン』の持ち船に???
 そもそも、なんで『ユニゾン』の船がこんなところに???
 あの星の所有権のことと関係が?でもそれだけのことでこん
なすごい船が?
 だいたい、昨日の今日のことだもの、どうやったって間に合
いっこないじゃない!!!
 偶然?そんなことあり得…


「通信が、入って、います…」
 同じように混乱しているアニーの声は、相変わらず震えたま
ま。

 回線が切り替わり、メインスクリーンに映像が映った。
 シックな色合い。暗めの室内灯。高級なインテリアが所狭し
と並び、その中に大きな机。
 明らかに、この船のオーナーのキャビン。

 その机に座る、一人の女性の姿。クラシックなビジネススー
ツに、知性的な眼鏡。上品にバックでまとめられた髪。反射で
見えない眼鏡の奥に、鋭い眼光を感じる。

「あなたは…??」

『あの星の所有権がわが『ユニゾン』にあったことは、ご承知
ですね』
 挨拶もなしに、その女性はいきなり冷徹な口調で話し出した。
『貴女たちは不可抗力とはいえ、あの星の防衛用オートマトン
を破壊し、不法侵入を犯しました。認めますね?』

「それは…、その…その通りです」
 アタシはそう言うしかなかった。宇宙海賊ともあろうものが
情けないけど、こんな船とケンカしたってかないっこない。第
一、事実は全くその通りだし。

『ところが』
 気のせいか、その女性の口調が変わった。
『この星の所有権を証明するドキュメントが、8年前、未登録
のまま個人所有に書き換えられています』

 そしてスクリーンに別のウィンドウがフレームインし、証書
が映し出された。その所有権者の欄にあった名前。
 …「ジュン・ジュエルシャード・バーズバース」

『これは、貴女の本名ですね?宇宙海賊キャプテン・イントレ
ピッド・ジュン』

 頭が混乱して茫然とするばかりのアタシ。

 ガタンっ!!

 アニーがシートから立ち上がっていた。目を見開き、ワナワ
ナと宙に差し出した両手を震わせたまま、硬直していた。
 既視感。アタシが初めてお祖母ちゃんの海賊服を着込んで悦
に入っていた姿を見られた時の、アンドロイドだったメイド姿
のアニーが、重なった。

『…久しぶりね、アニー。元気?』

 そう呼びかけられたアニーは、やっぱりあの時と同じ、フリ
ーズしたまま。
 アタシはいきなりの言葉に混乱したまま、キョトキョトと二
人の顔を見比べるばかり。
「えっ、え、ええっ???」

『…やれやれ、のんきな娘ねえ』
 口調をがらっと陽気な響きに変えて、女性が後頭部に手を当
てて髪留めを外した。そのとたん、はじけるように豊かな赤毛
の流れが広がる。そして、眼鏡を外したその顔は…。
『まったく、わたしの孫とは思えないわ』

「お祖母ちゃん?!!!」
 先代のキャプテン・イントレピッド・ジュン!???

『やーね、まだまだ見目麗しいわたしに向かってお祖母ちゃん
だなんて。でも事実だから仕方ないわね』

 アタシは全身が脱力して、シートにへたり込んだ。まさか、
そんなことって…。

『ほら、海賊ならどんな事態にもシャキッとしなさい。しても
らうことが残ってるんだから』

 その言葉と同時に、目の前のディスプレイに権利書のドキュ
メントが写された。

『権利者は確かに、貴女の、というか、わたしの名前なんだけ
どね、名前がもうプリントされてるんだけど、署名欄は空白な
のよ。ほら、ペンを執って、サインサイン』

 夢遊病者のように、アタシはペンを手にしてディスプレイに
自分の名前を直筆する。それをなぞって、ドキュメントにはア
タシの筆跡が転写されて浮かび上がった。

「…キャプテン、今までいったいどこにっ?!!私、わた…」
 アニーが涙ながらに叫ぶ声に、アタシはハッと我に返る。

『ごめんね。引退して悠々自適に暮らすつもりが、何の因果か
今や宇宙最大の財閥の顧問の椅子に座っているってわけ。あの
星は財産整理の過程で見つけた、忘れられた物件だったのを、
ちょいと細工をね。非合法を合法にするのは海賊のお手の物。
カカオのことは知ってたから、いざという時の担保のつもりだ
ったの。オートマトンを配置してたのは、旧ガトー社じゃなく
て、わたし。業突張りに横取りされないようにね』

「そ、それじゃ、あのオートマトンがアタシたちを襲ったのは?」

「貴女たちをあの星にご招待するために決まってるでしょ。ど
う、気に入った?二人の愛と、独立一周年記念のご祝儀だと思
ってちょうだい。今さら私が肉親らしくなんてできやしないけ
れど、せめてこのプレゼントを受け取って、ね』

 あっけにとられたままのアタシに、ホログラフでしか見たこ
とがなかった、あの高慢で自信に満ちた笑顔が投げかけられる。
そして、その視線が和らいで、アニーに向かう。

『アニー、貴女の心に気づかずに去ったわたしを、恨んでるで
しょうね。でも、どうか、わたしの孫娘をお願い。二人で幸せ
になって』

 涙を拭い、しゃくり上げながらも、アニーがはっきり答える。

「もう、ずっと幸せです、キャプテン…」

***

 その後のことは、もうくだくだとは語らないでおこう。

 お祖母ちゃんははっきり、きっともう逢うことはないだろう、
と言って去っていった。何となく、アタシもそう思う。

 あのカカオの木の権利金は、レンタル契約だけで天文学的な
数字になった。船をチューンナップし、内装を昔以上にコーデ
ィネートし、そして…。

 アタシとアニーは、永遠を手に入れた。


8

***


 アタシとアニーは、今でも「フリビュスチェ・ルージュ号」
を駆って、未知の宇宙を旅している。
 お金という具体的な目標が無くなったのが、いいことなのか
どうかはわからない。でも、宇宙は広く、旅は果てしない。
 何よりも、二人でいれば乗り越えられる。喜びを分かち合え
る。それが、嬉しい。

 今日は、二人だけのチョコレート・パーティー。
 純カカオ100パーセントの生チョコレートを使った、アニ
ーお手製のSacher Torte。
 同じく、純カカオのHershey's特製キス・チョコレートをテー
ブルに山盛りに。
 華麗な薔薇のブーケを添えて。

 アンティークなテーブルに、二脚の椅子。
 ようやく胸が余らなくなった深紅の海賊服を完全に着こなした、
私と。
 お祖母ちゃんから贈られたオリジナルのメイド服に身を包んだ、
アニーと。
 二人の手にはホットチョコレートの香りも芳しいボーン・チャ
イナのカップ。
 甘い蜂蜜と、ホットミルクはお好みで。
 口の中に広がる、甘く、ほろ苦く、切ないほどの香り。

 たまには、こんなひとときも、いいよね…。ね、アニー…。


完

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