エンジェル・アニヴァーサリー 

       〜シークェル・オヴ・イノセント・ラヴァー〜





 あ、もう明るくなってる…。朝になっちゃったんだ…。

***

 おはよう。あたし、アンジュ。
 いい名前でしょ、おねえちゃんがつけてくれたんだもん。

 まどから、お日さまの陽がさしこんでくる。
 今日は「しがいせん」がきついって、きのうのテレビで言っ
てたから、町の天井ドームがちょっと暗くなってる。でも、そ
れでもまぶしい日ざしに、あたしはまどのブラインドを閉じた。

 今日は金曜日。エリカおねえちゃんがお休みの最初の日。
 週末の三日間は、おねえちゃんがずっと家にいてくれる。
 あたしの、とってもしあわせ、の、最初の日。

 ベッドの上、あたしのとなりで、おねえちゃんがあたしの方
を向いて、ちょっと身体を丸めたまま、まだ眠っている。
 二人とも、ハダカのまま。
 まだ身体じゅうが熱くぬれてる。
 
 昨日の夕方、おねえちゃんが家に帰ってきて、お夕食をとっ
て、いっしょにシャワーを浴びて。
 そしてハダカのまんま、あたしたちはベッドの中に。いつも
はおねむの夜9時からが、あたしたちの時間。

 ハダカで抱きあって、キスして、さわりっこして、なめあっ
て…。女の子どうしで愛しあっちゃっうの。
 何度も、何度もいっしょにイッちゃって、そうして抱きあっ
たまま、いつのまにかねむっちゃう…。

 あたしたち二人の汗と、エッチなお汁でからだじゅうをぬら
して眠っているおねえちゃん。長い黒髪がほつれて広がってる。
 その髪の色も、お顔も、お肌のつやも、みんなあたしと同じ。
 ちがうのは、おねえちゃんはおとな、あたしはこども。
 22歳と、10歳。
 おねえちゃんの褐色の肌と、あたしのまっ白な肌。

 そして、10歳のあたしは…、本当は「10歳」じゃないの。

***

 エリカおねえちゃんの肌の色は、おねえちゃんがあたしと同
じ10歳の時に「なんみん」だったせい。おねえちゃんといっ
しょに幸せでいられる今のあたしと同じ10歳。おねえちゃん
は悲しくって、つらい毎日だったの。
 おねえちゃんの肌は「悲しい」の思い出。

 おねえちゃんの「悲しい」が大きくなりすぎて、おねえちゃ
んは「悲しい」のお病気になったの。
 その「悲しい」を消して「しあわせ」を取り戻すために、お
ねえちゃんは決めたの。

 10歳の自分をつくってもらおうと。
 10歳の自分をいっぱいいっぱい愛して、「しあわせ」をと
りもどすんだって。

 そして、つくられたのが、あたし。
 あたしは、エリカおねえちゃんの「クローン人間」。
 あたしは、おねえちゃんのお病気をなおすため、それだけの
ために生まれたの。
 ママのおなかの中からじゃなく、実験室の機械の「げんけい
しつ」の水槽の中から。
 おねえちゃんの…「エリカ・フジワラ・エマーソン」という
にんげんの「さいぼう」を使った、クローン人間として。
 10歳の姿のままで。

 名前もないまま。
 自分がだれなのかも知らないまま。

 「昔の自分」のあたしを、おねえちゃんはいっしょうけんめ
い愛したの。
 いっぱいのキス。そして、いっぱい気持ちいいこと、してく
れたの。
 あたしも、いっぱいしてあげたの。
 おねえちゃんとあたしは、一つになったの。

 おねえちゃんの心から「悲しい」がいなくなって、役目の終
わったあたしは、溶かされて元の「げんけいしつ」にもどされ
なきゃならなかった。クローン人間は、そのまま生きてちゃい
けないきまりだったから。
 あたし、エリカおねえちゃんと出会ったばかりなのに。
 エリカおねえちゃんに愛されたばかりなのに。
 エリカおねえちゃんが大好きになったばかりなのに。
 まだ生まれたばかりなのに。
 しななきゃならなかったの。

 でも、やさしいおねえちゃんは、あたしを助けようとして、
涙を流してお医者さんにお願いしてくれた。
 おねえちゃんは、あたしを自分のクローンとしてじゃなく、
ふつうの女の子として愛してくれていたの。

 あたし、とってもうれしかった。

 エリカおねえちゃんは、あたしにすてきな名前をくれた。
 「アンジュ」って。

 そうしてあたしはそのまま、おねえちゃんのおうちにやって
来た。
 守らなきゃならないきまりで、お外には出られないのがちょ
っとさみしいけど、おねえちゃんとずっといっしょにいられる
んだもの、がまんできる。

 おねえちゃんがお仕事でお出かけのあいだは、本を読んでお
勉強したりしてるんだよ。今はむりだけど、あたしもおねえち
ゃんみたいになって、いっしょにお仕事したいの。そうしたら、
ずっといっしょにいられるもん。

 だから、おねえちゃんのお仕事がお休みの週末三日間が、と
っても楽しみ。おねえちゃんとずっといっしょにすごせるんだ
もの。
 そしてずうっと二人で、気持ちいいエッチなことするんだ。

***

 金曜の朝は、たいていあたしが先に目をさます。そしてあた
しは、おねえちゃんを起こしてあげる。おねえちゃんの身体じ
ゅうに、キスしてあげるの。下から順番にね、うふふっ。
 足のつま先からふともも、まだぬれてるあそこから、おへそ。
ピクンと動くおねえちゃんの、おっぱいにほおずりして、先っ
ちょにキス。おねえちゃんのお口から、声が漏れる。
 そして首から、お口にゴールすると、おねえちゃんは目をさ
ましているの。おねえちゃんがあいさつがわりのキスを返して
きて、二人ではげしく抱き合ってキスするのが、一日の始まり。

「おはよう、アンジュ」

「お寝坊なエリカおねえちゃん、今日もあたしが先だったよ。
たまにはあたしを起こしてね」

「ごめんね、でも半分はアンジュのせいよ。エッチがとても上
手になったから、早く眠れないんだもの。昨日だってとっくに
12時は回ってたでしょ」

「…ほんとうは、ねむらずに朝までずうっと、していたいのに
な」

「そんなのダメよ、二人ともお病気になっちゃうんだから。さ、
もう起きましょ」

「うんっ!」

 あたしたちはもう一度キスして、ベッドから立ち上がった。

***

 金曜の朝は、お食事の前にお風呂に入るの。あたしたちは手
をつないで、ハダカのままバスルームに行く。中に入ろうとし
て、あたしはふととなりの姿見に目をやった。

 おとなのおねえちゃんと、ちっちゃなあたし。
 さっきまで愛しあっていて、そしてこれから愛しあおうとし
てる、きれいなおとなの女の人と、まだ小さい女の子。

 見なれた鏡なのに、とってもエッチな自分たちの姿にドキド
キしてきて、あたしは思わず、おねえちゃんを引き止めるよう
に腕をぎゅっと抱きしめちゃった。
 あたしの様子に気がついたおねえちゃんも、やさしくあたし
を抱き寄せた。
 あたしたちは二人ならんで、鏡の中の自分たちを見つめたの。

 こうして二人の姿を見ると、やっぱり自分がエリカおねえち
ゃんのクローン…「複製」なんだって、思い知らされちゃう。
年の差はあるけれど、こんなにおねえちゃんにそっくり「すぎ」
なのが、かえって不自然だなってよくわかるの。

 あたしはあのまま、この世から消えてしまったほうがよかっ
たの…?

 そんな怖い気持ちがいきなりふくらんで、あたしはまた、お
ねえちゃんにしがみついた。

「どうしたの、いきなり?」
 震えるあたしを、そっと抱いてくれるおねえちゃんの腕。

「おねえちゃんのクローンの、あたし…」

「またそんなこと…。いいわ、そんなこと忘れるくらい、いっ
ぱい気持ちいいことしましょうね」

 おねえちゃんの笑顔に、あたしはホッとして、いっしょにバ
スルームに入った。

***

 朝のおフロでは、お約束がある。あたしはぜったいに手を出
しちゃいけないの。おねえちゃんのなすがままになって、洗っ
てもらえる。うふっ、とってもエッチな方法でね。

 あつい「ちょうおんぱシャワー」で、きのうの夜に愛しあっ
た身体を流しおわると、あたしはいつものように、バスルーム
の冷たいゆかの上で、あおむけに横になった。

「おねえちゃん、はやくぅ」

「アンジュったら、あわてないで。ほら、よぉく見ててね」

 そう言っておねえちゃんは、あたしのそばに膝をついた。そ
してそばに置いてあるボトルからボディソープを手に取った。
両手にいっぱいのボディソープを、おねえちゃんは自分の首筋
から胸元に塗りつけていく。
 タラタラと流れ落ちていくいっぱいのボディソープを、おね
えちゃんは身体じゅうに塗り広げていく。大きくてきれいな二
つのおっぱいを、両手でこねくり回しながら、おねえちゃんは
とってもエッチな笑顔を投げかけてくる。

 ボディソープに濡れてつやつや輝いていくおねえちゃんのハ
ダカ。ソープが少しずつ泡立ってきて、その白い泡がおねえち
ゃんの褐色の身体を、まるでケーキのクリームみたいに包んで
いく。
 その姿に、あたしはドキドキしてきて、つい右手を自分のあ
そこに当てようとしちゃった。

「だめよ、アンジュ。まだダメ」

「あ、…ごめんね、おねえちゃん」

 あわててあたしは手を引っ込めて、横になったまま気をつけ
の姿勢に。

「いい子ね、さあ…」

 おねえちゃんは笑顔のままで、またボディソープを手に取っ
た。そして、床の上のあたしの身体にぬるぬるのソープを垂ら
していく。
 糸を引くようにこぼれる青色のソープが、あたしの身体の上
にしたたって、広がった。その冷たさにひやっとしたあたしの
身体に、おねえちゃんはそっとソープを塗りひろげていく。
 つるつるになったお肌に、おねえちゃんの手がもみほぐすよ
うにすみずみまでマッサージしていく。その手の感触に、あた
しは我慢できないくらいに気持ちよくなって、思わず身体をく
ねらせちゃった。

「あ、ああんっ…!」
 おねえちゃんの指が、あたしのおっぱいの先にふれて、くす
ぐるようにいじってきたの。
「おねえちゃん、おねえちゃぁんっ!」

「かわいいわ、アンジュ。こんなにちっちゃな身体なのに、も
う感じちゃってるのね」

 白い泡に包まれたあたしは、まるで自分の身体が溶けてしま
ったみたいな気持ちになった。

 あの時、もしもおねえちゃんが助けてくれなかったら、あた
しはこうして溶かされて、泡のように消えていったのかもしれ
ない…。

 あたしがまた、そんなことを考えちゃった瞬間、ハッと気が
つくと、全身を泡だらけにしたおねえちゃんが上からのしかか
ってきた。

「どうしたのアンジュ?なんだか今日はご機嫌がよくないのか
しら?」

「ううん、ちがうよおねえちゃん、なんでもないの。ね、お願
い」

「いいわ、さ、きれいにしましょうね、ふふふ」

 おねえちゃんが泡だらけになった自分のおっぱいを、あたし
の身体の上にこすりつけてきた。
 そう、おねえちゃんが身体で、泡立てたおっぱいを使って、
あたしの身体を洗ってくれるの。

 おっきくて柔らかくって、ぷりぷりとはじけるみたいなおね
えちゃんのおっぱいは、あたしのあこがれ。おねえちゃんもそ
のことを知ってるから、こんな遊びを考えついたの。
 夢みたいにうれしいんだけど、ちょっといじわる。どんなに
気持ちよくっても、どんなにさわってみたくっても、あたしは
手を使えない約束なんだもん。
 そして、もっといじわるなのは、おねえちゃんたら、あたし
がイクまでぜったい許してくれないの(きゃっ)

 ソープがますます泡立ってきた。おねえちゃんが今度は身体
全体を使って、アタシの身体を泡立ててくれる。スポンジでみ
がき上げるみたいに、上に下にと繰り返し、くりかえし動かし
てくる。

 おねえちゃんの重みが、気持ちいい…。
 おねえちゃんのおっぱいが押しつけられて、くにゅくにゅす
るのが気持ちいい…。
 そのおっぱいの先っちょが、あたしのまだちいさいおっぱい
にくりくり当たるのが、ああん、もう、気持ちいいのっ!

「おねえちゃんもっとっ!もっとくにゅくにゅしてっ!くうう
んっ!お願い、おっぱいでこすってぇ!」

 自分では動いちゃいけないあたしは、おねえちゃんに身をま
かせて、おねだりするしかない。

「ああっ、かわいいアンジュ、いいわ、私も気持ちいい!たま
らないわっ!」

 舐めるようにキスしながら、おねえちゃんは大の字になった
あたしをギュッと抱きしめる。でも、あんまり強く抱きしめる
から、ソープの泡にまみれたあたしの身体がツルッと滑って、
おねえちゃんの腕を外れていっちゃう。逃がすまいと追いかけ
るように、あたしの身体を求めるおねえちゃんの動きが、何度
も何度もくりかえされる。

 あたしの胸、お腹、手足、背中、そして、おしりにも、おね
えちゃんのおっぱいがこすりつけられた。
 そしてとうとう、泡まみれになってもだえるあたしの熱くな
ったあそこにまで!
 おねえちゃんの固くなった乳首が、あたしのあそこに当たっ
てるの!

 身体じゅうがびりびりして、頭が爆発しそう。あたしは背中
をのけぞらせて、悲鳴をあげながら、おねえちゃんの身体の下
ではげしくのたうち回った。

「もうダメぇ、おねえちゃん、おねえちゃあんっ!!」

「イクのね、アンジュ、イクのね、ね!?」

「うん、イッちゃう、あたしイッちゃうっ!!」

「待って、まってぇ、私もイキそう、ああ、イクわ、一緒、い
っしょにイキましょアンジュっ!アンジュぅっ!」

「エリカおねえちゃん、もうダメぇ!イッちゃうよ、アンジュ、
イッちゃうぅっっ!!!」

「ああ、イク、イクぅ!!」

「あああああああんんんっ!!!」

***

 バスタブの中であったまりながら、おねえちゃんが、エッチ
なお汁のまじった泡をシャワーできれいに洗いおとしてくれる。
 頭からかぶったお湯を首を振って落とすあたしの後ろから、
おねえちゃんが抱きしめてきた。おねえちゃんの胸のふくらみ
を背中に感じながら、あたしはほっとしておねえちゃんの身体
の上に身をまかせた。

 おねえちゃんとあたしは二人かさなって、あたたかいお湯の
中、横になった。
 まるで、雲の上みたい…。

「さ、そろそろ朝食にしましょうね」

「は〜い」

 バスルームを出て、「おんぱかんそうき」とふわふわのタオ
ルで身体をふき、髪をかわかすと、あたしたちはそのまんま服
も着ないで、朝食のじゅんびをはじめた。

 おねえちゃんはハダカにエプロンをつけて、レンジキッチン
でパンケーキを焼く。あたしはテーブルに皿とカップをならべ
る。
 コーヒーメーカーからはおねえちゃんが好きなエスプレッソ
のいいかおり。あたしはフリッジからミルクとオレンジジュー
ス。
 コールスローふた皿を用意しながら、おねえちゃんがこうば
しいパンケーキを焼きあげた。
 すべてをテーブルにならべおわって、バターとハチミツをそ
える。

 エプロンをとったおねえちゃんとならんで、ハダカのあたし
たちは一緒にテーブルについた。

「さ、いただきましょうね」

「うん」

 あたしはちょっとわくわくしながら、でもおすまし顔のまま、
パンケーキにバターとハチミツをぬった。

 …え、なにをわくわくって?
 だって…。

 先週の金曜日の朝、あたしがうっかりハチミツをこぼしちゃ
って、胸に垂れちゃったの。それをおねえちゃんがやさしくな
めてとってくれて…、そしてそのままあたしたちは、キッチン
のゆかの上で愛しあっちゃった。それも、おたがいの身体にハ
チミツをいっぱいぬりたくって…。ぬるぬるのハチミツがすご
く気持ちよくって、そのままお昼すぎまで、あたしたちずっと、
しちゃったの。
 あとでまたお風呂にはいったんだけど、髪についたハチミツ
がなかなか取れなくって、たいへんだったけどね。

 だから、きょうももしかしたらって…、うふふ、でもあんな
のってお行儀悪すぎるから、あたしからおねだりなんかできな
いし。
 でもおねえちゃん、またしてくれないかなあ…。

 でも、おねえちゃんはなぜか、そんなそぶりもない。それど
ころか、いつもは笑顔でパンケーキを切って食べさせてくれた
りするのに、それもしてくれない。

 さっきはあんなに、はげしく愛してくれたのに…。

 ちょっとすねたあたしは、手がすべったぶりをしてフォーク
を床に落としてみた。

「あら、気をつけて、アンジュ」
 おねえちゃんが新しいフォークを取りだすと、自分のパンケ
ーキにハチミツをつけて、あたしに食べさせてくれた。

 よかった、やっぱりいつもの優しいおねえちゃんだ…。

 その時だった。おねえちゃんが、信じられないことを言った
のは。

「アンジュ、今日のお楽しみはちょっとおあずけね。二人でお
出かけしましょ」

「え、ええっ?だってあたしは…」

「理由があるの。今日は特別なのよ」

 あたしは朝食ののこりを食べるのもわすれて、ぼうぜんとし
ていた。おねえちゃんはそれ以上なにも言わずに、静かにエス
プレッソを飲んでいる…。

***

 このロボット・カーに乗るのは、二度目。
 おねえちゃんの手にひかれて、病院からおうちにやって来た、
あの日以来。
 あたしはあの日に初めて着た、あのまっ白いドレスを、また
着せてもらった。生まれて初めて着た、あのドレス。とっても
好きだったのに、あれから一度も着たことがなかった、あのド
レス。
 おねえちゃんも、あの日と同じ服。黒い革のスーツの上下に、
同じ色の革のコート。そして、あの日から一度もかけたことの
なかった、サングラス。

 まるで、あの日にもどったみたい。

 でも、今日は、あの日とはぎゃくに車は走っていく。

 おねえちゃんは、なにも言ってくれない。サングラスの奥の、
おねえちゃんの目が見えない。べつに、いじわるしてるんじゃ
ないってわかるんだけど。なのに、あたしはなぜか、これから
どこに行くのか、きくことができなかった。

 ううん、どこに行くのか、あたしにはわかっていた。
 ほかに行くところなんか、ないもの。

 こわい。

 あたし、こわい。

 でも、なにか言ったら、そのことばがすべてをこわしてしま
いそうで、あたしは自分のきもちを口に出すこともできなかっ
た。

「…少し、お眠りなさい。まだ3時間はかかるから」

「…」

 ロボット・カーにうんてんをまかせて、おねえちゃんはシー
トをすこしたおすと、サングラスの下の目を閉じた。
 あたしも目を閉じた。
 自分のこわさを、顔に出さないために。

 パイプラインのハイウェイチューブを走るロボット・カーの、
かすかにうなるような音だけが、耳の中にひびき続けていた…。

***

 ロボット・カーがとまったパーキング。
 なにも言わないまま、くるまを下りたおねえちゃんが、あた
しの手をとる。
 ひとけのないパーキングを、あるいていく。大きな町で、遠
くには人も多くて、さわがしくて。なのにあたしの耳には、あ
たしたちの足音だけが大きくひびいていた。
 おねえちゃんのコートにしがみつくあたし。革の手ざわりが、
つめたい。おねえちゃんの手が肩にかかって、あたしを抱きよ
せてくれた。
 目の前には、古いビルが、建っていた。

***

『ようこそ、市民医療センターへ。エリカ・フジワラ・エマー
ソンさまのリザーブは、確認されています……』

 コンピュータの女の人の優しい声。でも、それはあたしの頭
をすどおりしていく。
 ロビーでまつ人たち。こんなたくさんの人、見なれていなく
てめずらしいはずなのに、あたしの目には入らない。

 ここが、あたしの生まれたところ。
 ここが、エリカおねえちゃんと出あったところ。

 落ちてきそうな、高い天井。
 しずんでいきそうな、かがみの床。
 かすんでしまいそうな、広いロビー。

 顔がこわばっているのが、自分でもわかった。
 ひざが、ガクガクした。
 あたしは…。

「さ、アンジュ、行きましょう」

 おねえちゃんの声に、あたしはハッと気がついた。受けつけ
のコンピュータで手つづきをおわって、エリカおねえちゃんが
あたしの顔をのぞきこんでいる。でも、笑顔のはずの目が、サ
ングラスで見えない。
 あたしは目をそらして、でもおねえちゃんの手にひかれて歩
き出した。

 ブーン…とうなりながら、地下におりていくエレベーター。
そして、ガクンっと止まってとびらが開いた。
 まっすぐなろうかに、はてしないほど並んでいるとびら。
 足音がひびいて、遠くまでこだましていく。

 まるで、テレビで見た、お墓みたい…。

 あたしも、おねえちゃんも、なにも言わなかった。

***

 やがて、あたしたちは一つのとびらの前にいた。

『5306号室』

 おねえちゃんとあたしをチェックする機械の目がうごき、そ
してしばらくして、ガチャッと音がした。
 部屋のカギが、開いた。

 この部屋。
 目ざめたあたしがはじめて見たのは、エリカおねえちゃん。
 目ざめたあたしがはじめて知ったのは、エリカおねえちゃん
とのキス。
 そして、目ざめたあたしがはじめて体験した、エリカおねえ
ちゃんとの甘いメイク・ラブ。

 その部屋に、いま、あたしたちはもどってきている。

「ほら、懐かしいでしょう、あの時の、あの部屋よ…。ここで
私たちは……、ちょっと、どうしたのアンジュ?」

 あたしは、もう、こらえきれずに、おねえちゃんにしがみつ
いて泣きじゃくっていた。

「アンジュ、どうしたのっ!?」

「おねえちゃん、おねえちゃあんっ!」
 しゃくりあげながら、あたしは今までおさえてきたきもちを
吐きだしていた。

「…おねえちゃん、あたし、やっぱりしななきゃならないの?
おねえちゃんとお別れしなきゃならないの?」

「な、なにを言って…!!」

「だって、ここにもどってきたのは、あたしがもうおうちにい
られないからなんでしょ?おねえちゃんがいっしょうけんめい
お願いして、あたしを助けてくれたけど、もう、ダメなんでし
ょ?クローン人間のあたしは、やっぱりこのまま生きていちゃ
いけないんでしょ?」

「…」

「このままあたしがいっしょにいたら、おねえちゃん、きっと
困っちゃうんでしょ?だから、あたしをここにもどしに来たん
でしょ?」

「アンジュ…!」

「…いやだよ、あたし、しにたくない…。おねえちゃんとお別
れするの、いやだよぉ!おねえちゃん、あたし、もっともっと、
いい子になるから、おねえちゃんを困らせたりしないから…、
おねがい、おねえちゃん、おねがい…」

 ひざをついて、あたしを抱きしめてくれていたおねえちゃん
のからだが、ふるえだした。 

「う、うう…」

「…おねえちゃん?」

「う、ぷぷっ、うふふふふ、あははっ」

「おねえちゃん!」

「…この子ったら、何を言い出すかと思ったら、そんなことを
っ…!」

 サングラスをとったおねえちゃんが、あれ?笑ってる…。ど
うして…?
 でも、その笑い顔が、あっというまにくしゃくしゃになった。

「ばかっ…ばかね、そんなこと…あるわけ、あるわけないじゃ
ないのっ!アンジュを殺そうとするなんて、そんなことがあっ
たら、私が許さないんだから!地球の裏側までだって、宇宙の
果てまでだって、どこまでだって連れて逃げてやるわ!それで
もダメなら、闘う!アンジュを守るためなら、私、なんだって
できるのよ!!」

「…おねえちゃん、おねえちゃん!」

「ううん、アンジュはばかなんかじゃないわ。そうよね、アン
ジュは自分より、私のことを想ってくれる、とっても優しい娘
だもんね。だから、そんなふうに考えたのね。ごめんね、アン
ジュ。私、あなたがそんなに苦しい思いでいたなんて思わなか
った。てっきり、珍しいお出かけに緊張してるのかと思って、
なにも言わなかった私が悪かったの。バカなのは私だったわ。
…そうよね、クローンの自分がいることで、私が困った立場に
なるかもって、考えてくれたのね。…ありがとう、アンジュ、
ありがとう!」

 おねえちゃんが泣きながら、あたしをぎゅっと、ぎゅっと抱
きしめた。

「それじゃ、あたし、これからもずっとおねえちゃんといっし
ょにいられるの?おねえちゃんに愛してもらえるの?」

「当然よ…。この子ったら、あとで驚かせてあげようと思って
いたのに、こんなに震えて…優しい子なんだから。ほら、アン
ジュ、これを見てちょうだい」

 おねえちゃんがバッグから、なにかを取りだした。虹色に光
る、小さなカード。

「なに、これ?」

「さ、読んでみて」

 カードには、字が浮かびあがっていた。

「…アンジュ・フジワラ・エマーソン。2307年1月10日
生まれ。11歳…!」

「お誕生日おめでとう、アンジュ。今日は、アンジュと出会っ
てちょうど一年目。あなたの誕生日なの」

「たんじょうび…。今日が?あたしの?」

「そうよ。そして、あなたはもう、クローン人間なんて曖昧な
存在じゃない。これは、正式に発行されたIDカード。アンジ
ュは、11年前に生まれた、本当の人間として認められたの。
普通の人間として生きていけるのよ」

「…あたし、あたし、人間になれたの?ほんとうに?」

「アンジュは最初から人間よ。…でも、ちょっと普通じゃなか
っただけ。それをようやく、元通りにできただけなの。アンジ
ュ、あなたは普通の女の子よ」

「…え、ええっ、うえっ、うええええ……おねえちゃ……」

 おねえちゃんのことばに、あたしは泣きだしてしまった。
 こんなにすてきな、たんじょうびのプレゼント…!

「ほら、泣かないで、笑ってちょうだい、アンジュ。…ごめん
ね、もっと早くこうしてあげたかったんだけど、なかなかうま
くいかなくてね。法律の裏をかいて例外を認めさせるのに、時
間がかかっちゃったの。でも、これでアンジュも、好きな時に
好きなだけ、どこにでもお出かけできるわ…。どこに行きたい?
前に、テレビで見たディズニー・オーシャンリゾートがすてき
って、言ってたわね?あそこはまだ自然のオゾン層が残ってい
る数少ない場所だもんね、きっときれいよ」

「ううん、ちがうよ、おねえちゃん」

「じゃあ、どこに?」

「…あたしね、おねえちゃんといっしょにいたい。おねえちゃ
んがお仕事に出かけてる時、いい子でおうちで待ってるのが、
あたし、いちばん悲しかったの。あたし、おねえちゃんと、ず
うっといっしょにいたい。だから、いっしょうけんめいお勉強
するの。そして、おねえちゃんといっしょにお仕事もするの。
ね、いいでしょ?」

「…アンジュぅっ!!!」

 おねえちゃんが泣きながら、あたしにキスしてきた。

「やっぱり、あなたは、私の天使だわ…!アンジュ…」

***

 エリカおねえちゃんとあたしは、一年まえのふたりの出会い
を、もういちど思いだすことにしたの。
 このしあわせな出会いを、ぜったいに忘れないために。
 そして、ちょっとだけ悲しかったうんめいに、さよならをす
るために。

 なんにもない、クリーム色のおへや。うすいクッションの冷
たいベッド。
 あたしはそのベッドの上で、はじめて目をさました。
 そして…。

 あたしは、着ていた白のドレスをぬいで、あの時とおんなじ
にハダカになってベッドに横になった。
 目をつぶった。
 そして、ゆっくりと目をあけた。

 おねえちゃんが、ベッドのはしにすわって、あたしを見つめ
ていた。

 あのときと、おんなじに…。

「…おはよう、おねえちゃん、だれ?」

「おはよう、お嬢ちゃん。わたしはあなたを、長い間ずうっと
探していたの…」

 そして、おねえちゃんもゆっくりと服をぬいだ。
 そう、あたしははじめて見たおねえちゃんのきれいなおっぱ
いに、見とれちゃったの。

「わあ…、おねえちゃん、きれい!…大きくなったら、あたし
もおねえちゃんみたいにきれいになりたいな」

「きっとなれるわ」

 ベッドにふたりならんで、あたしたちはゆっくりと、もう一
度のファースト・キスをかわした…。

***

 おぼえてる、あたし、おぼえてる。忘れるわけなんかないも
ん、おねえちゃんとの出会いを。
 おねえちゃんのゆびのうごきも。あつい息づかいも。
 キスの数まで。

 あたしたちはベッドの上で何時間も、何時間も愛しあった。
汗にぬれて、なんどもイッて、どくんどくんって、あそこから
エッチな汁を流しながら。

「ああ、おねえちゃん、あたし、またイッちゃう!」

「私も、私もイクうっ!愛してる、愛してるっ!!」

「大好きっ、だいすきぃっ!!」

………

 身体じゅうをぐしょぐしょにして、ようやくつかれちゃった
あたしたちは、抱きあいながらひとやすみした。あたしはおね
えちゃんの肌から、あつい想いをじかに感じていたの。

「アンジュはもう、『かわいそうな10歳のエリカ』じゃない。
11歳の、この世で一番かわいい女の子、アンジュ。『10歳
のエリカ』のおかげで、私の心の病気は治った。そして今は
『11歳のアンジュ』を、心から愛してるわ」

「11歳の、あたし…」

 そうか、あたしをしばっていたのは、「10歳」だったんだ
ね…。


「ね、アンジュ、このIDカード。なぜ『アンジュ・フジワラ・
エマーソン』なのか、わかる?」

「え、だってそれは、おねえちゃんの妹ってことじゃ…」

「違うわ、アンジュ」

 エリカおねえちゃんが、カードを手にして、いたずらっぽく
笑った。そして、そばに置いていたバッグから小さなはこを取
りだす。
 ふたのあいたはこの中には、ぎんいろのゆびわ。
 あたしの左手をとったおねえちゃんが、くすりゆびにそのゆ
びわをはめた。

「私と、結婚して。アンジュ」

 そのあとの時間は、…ごめんね、もう、あたしたちだけの
ひ・み・つ。

エリカおねえちゃん、あいしてる…
Illustrated by MaShi
***  4年後。  政府の生命倫理調査委員会との次官級協議をひかえ、科学技 術省のエージェントが会場に到着した。民間の心理療法カウン セリングの新技術が次々と実用化される流れの中で、この協議 の流れを握っているのは、このエージェントの手腕ひとつだ、 ともっぱらの噂だった。 「ようこそ、いらっしゃいました」  委員会の議長が会場入り口まで慇懃に出迎える中、黒塗りの ロボットカーの中から降りてきたのは、腰までの黒髪も艶めか しい、日系のうら若き美女だった。 「宜しくお願いします」  そう挨拶した美女の後ろから続いて降りてきたのは、まだ幼 い、しかし、美女とうり二つの少女。 「そちらのお嬢さんは?」 「私の大切なパートナー。そして、有能な私設秘書ですのよ。 ほら、ご挨拶して」 「はい、アンジュ・フジワラ・エマーソンです。よろしく」  わずか15歳にして大学課程をクリアしたというこの天才少 女が、姉のエリカ・フジワラ・エマーソンの懐刀であることを、 この直後、会議の出席者はすぐに思い知ることになった。  だが、この不思議な二人の隠された秘密を知る者は、いない。 完(01・10・19脱稿、03・10・24改稿)
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