愛LOVEまじかるメイド/おまかせっシェイクン・ハート!

第3話「ライバルは不治の病?魔法少女も愛が欲しいの!!(中編)」


 まばゆい魔法の光の洪水が、キッチンの中を埋め尽くした。

 気弱な少女の全身が光に包まれ、あの地味なエプロンドレス
が微塵に千切れて原子にまで還元されると、まだ幼い少女の裸
身が一瞬露わになった。

 次の瞬間、12歳の肉体はハイスピードカメラの映像のよう
にみるみる成長していった。手足がすらりと伸び、胸ははち切
れそうにふくらみ、腰はくびれ、お尻には豊かな肉が付く。肩
までしかなかった栗色のおかっぱ髪は、豊かに流れて腰まで伸
び、ピンクを帯びた銀緑色に光り輝いた。
 その豊満な裸身に今度は上から黒のセクシーブラ、ナイトラ
イフ向けのパンティ、腰にガーターベルト、そこから伸びたベ
ルトに繋がって両脚にムチムチ網目のストッキングがはまり、
足先にもエナメルのハイヒールが、さらにほっそりした両のか
いなにもロンググローブがはまった。
 そして、いったん消滅したくすんだエプロンドレスが、今度
は煌びやかなラメ入りのスーパーミニのスカートと、その下に
は何重もの白いガーメントになり、上半身には胸元を強調する
ボレロ風のコスチュームになって、16歳の魔法少女の悩殺メ
イドファッションに変貌した。
 今しがたまでの内気な12歳の少女は、たちどころに妖艶さ
を漂わせた魔法メイドに変身したのだ。
 そして仕上げに、その前髪にフリルのカチューシャがとめら
れ、シェイクン・ハートは手に魔法のハタキをかまえ、最後の
変身ポーズを決めた。

「ウイウイっ!魔法のメイド美少女、シェイクン・ハートの登
場だよっ!」

 そして、ハタキの柄に深紅の宝石がキラリっ…と光った。

「よっしゃ、イケイケやでシェイクン・ハートっ!ここが腕の
見せ所や。魔法も食材も料理人のウデも、ありったけつぎこま
にゃ、あのお嬢をゲットすることなんてかなわんでホンマっ!!」
 はね回るフォスティが、パンパンに膨れあがってエールを送
る。

「エンシャンテ!」

 魔法の呪文に、手にしたハタキが姿を変え、シャモジになっ
た。そのシャモジを振ると、キッチンに虹色の光が粒になって
駆けめぐった。
「ウイ、食材さんたちはぴっちぴちに新鮮?」
 そう言ったシェイクン・ハートがシャモジで冷蔵庫を指すと、
全ての扉が開いて『はーい!』と食材たちが一斉に返事をする。
「食器さんたちも準備はOK?」
 今度はキッチンの引き戸が開いて、皿やフォークにスプーン
その他が『オーケーっ!』と声を合わせる。
「火力はばっちり?浄水は?電子レンジは?」
 レンジから火が吹き出し、蛇口から冷たい水が噴き出し、電
子レンジがピッと鳴った。
『ばっちりーっ!』

「よおし、では行くわよっ!ア・レ・キュイジーヌっ!!」
 勢い込む魔法少女。

「ちょい待ちぃ!」
 フォスティが待ったをかける。
「いったいメニューは何なんや?ただのグルメ勝負とは違うん
やで。なんせ相手は病人や。しかも、気位が高くて、この地球
の食い物なんかにまるで関心が無くて、食いもんはエンシャン・
レジームの実家から送られてくるフレンチものにしか口をつけ
ず、それも今では一口喰うか喰わんかでポリバケツ行きや。そ
んなお嬢に何を喰わせられるんや?」

「わかってる」
 シェイクン・ハートはぐっとシャモジを握りしめた。
「でも、これがわたしの気持ちの、わたしの想いの証明になる
んだもん」
 顔を引き締めた魔法少女の顔だったが、すぐに一転、料理を
楽しく工夫するシェフの顔になる。
「プレシャス・レガリアは体力そのものが衰えちゃってる。ま
ずは胃腸にやさしいものを最優先に考えなきゃね」

「病人食なら、定番はお粥やろな」
 そう言ったフォスティが、すぐにしぼむ。
「…けど、あの気位やからな。豪華なものでないとハナッから
相手にされへんやろ。お粥なんてショボイもん、受けつけるか
いな?」

「アレンジすればステキになると思うから、いろいろ工夫して
みたいな。難しいけど…」

 思案顔のシェイクン・ハートだったが、うんと一つ頷くと、
シャモジを一振りした。魔法の光が煌めき、宙に羽根ペンと真
っ白いカードが現れた。そのペンを手にして、魔法少女はカー
ドにメニューを書き込んでいった。

「…これでどうかな?」
 メニューをフォスティに見せながら、シェイクン・ハートが
ニッコリ笑った。

「名前だけなら美味そうやけどな。しかし敵は、贅沢でワガマ
マで、しかも病み崩れで食欲ゼロや。うまくいくもんかいなあ」

「がんばるっ」
 そう言って、シェイクン・ハートはシャモジをタクトのよう
に振った。

『ま・ず・は…♪』
 シャモジの動きをリズムに乗せ、その動きに合わせて食材や
調理器具が流麗な音楽を響かせ始めた。そしてオーラを帯びて
ふわふわとひとりでに動き回り出す。

 シェイクン・ハートの手にしたシャモジが、魔法の輝きと共
に、重厚な中華包丁に変化した。普通の女の子なら両手でも持
てない、刃の重みで食材を裁断する巨大包丁。しかし魔法少女
はまるで無重力のように片手でその包丁をくるりと一回転させ
ると、湯がいて灰汁を抜いたホウレン草とニンジンを、凄まじ
い勢いでブリュノワーズ(賽の目みじん切り)にし始めた。

「ソースにすんのか?ミキサーにかけても、ええんちゃうか?」
 あまりの重作業にフォスティが口を出す。

「確かに柔らかくなるけど、味がきつくなるし。柔らかく、で
もちゃんと歯ごたえが残った方が、食べた満足感があるんじゃ
ないかと思って」

 どこに本意があるかは察することができないが、ともかくシ
ェイクン・ハートはひたすらみじん切りの山を作った。
 その二色の野菜をそれぞれ分けてピーナツオイルで軽く炒め
て水気を飛ばし、ブーケガルニとフォンで作ったあっさり洋風
出しを加え、片栗粉で溶くと、餡状の、香り高い赤緑二色の中
華風ソースが出来上がった。

 次に、小麦粉とミルクを使ってベシャメール・ソースを作る。
手早い作業は着実で、きめ細かい小麦粉はダマもできない。香
草のフレーバーが香る、とろりとなったソースに、今度は艶や
かな白飯を入れてゆっくり煮込んでリゾットを仕立て、そこに
滋養に満ちたクコの実を散らして、さらにコトコトと柔らかく
煮込んだ。

 ミルクに浸して臭みを抜いておいた大きめの舌平目を、シェ
イクン・ハートは今度は刺身包丁を手にすると、お造りのよう
に薄くそぎ切りにしていった。その刺身を、煌びやかな七宝焼
きと金の装飾も美しいマイセンの、東洋風陶製フォンデュ鍋の
中に敷き詰めた。
 そして魔法少女は、フォアグラとジンジャーを混ぜ込んだ小
振りの肉団子を作り、鍋の中に転がす。その上から、火から下
ろしたばかりの、熱々のミルク・リゾットを注ぎ込んだ。冷め
てしまわないように、鍋底にしつらえられたアルコール・ラン
プにも火が灯され、ほどよく加熱して保温される。

「お粥の美味しさは、何よりあったかいことが大切だもんね」

「魚の刺身もリゾットの余熱でミディアムや。病人でなくても
喰いたいわ」

 熱々の湯気を立てるリゾットの表面に、今度はプリプリした
赤いソースと緑のソースをきれいに注ぎこむ。混ざってしまわ
ないように丁寧に色分けされた二色のソースは、宇宙を象る魔
法陣「太極図」を描いた。そしてこれもラピスラズリの青が華
麗な蓋を、上からかぶせた。

「えへへ、ちょっとコリアンの智恵も借りてみましたっ」

「こいつを『ビビン(かき混ぜ)』してやれば、まさしく渾然
一体ってこっちゃな。いい味が出そうやん」

「野菜ソースのミネラルと、白身魚のタンパク質、フォアグラ
やクコの滋養。体力を回復しつつ美味しくなればいいと思って」 

 さらに魔法少女は、サイドディッシュにも気を使う。
「負担をかけちゃダメだけど、箸休めもあったほうがいいよね」
 そう言ってしつらえたのは、卵を使った小さめのココット。
レバーペーストに刻んだトリュフを混ぜ込み、オーブンで香り
高く焼き上げる。

 デザートはインド風ミルクティと、カシスとジンジャー、赤
と白の二色プチシャーベットを用意した。熱いものを食べた舌
を和らげつつも体が冷えないように。また、気持ちを穏やかに
する甘くて温かな飲み物を用意したのだった。

 シェイクン・ハートの音楽のようなクッキングが、食器たち
のコーダに乗ってエンディングを迎えた。そして料理と、お湯
で暖められていたラ・トゥール・ダルジャンのボーン・チャイ
ナの食器とが、ヒーター入りのワゴンに静かに乗せられた(デ
ザートはもちろんクーラーボックスに)。

「『ブラン・リゾット・シノワーズ・サジェッセ・デ・ソル・
エ・フォアグラ(舌平目とフォアグラのホワイトリゾット中華
の叡智仕立て)』、それと『ウー・エ・フォアプーレ・エン・
ココット(鶏レバー入り卵のココット)』に『ソルベ・デ・ル
ージュ・エ・ブラン(紅白シャーベット)』と『チャーイ(イ
ンド風ミルクティ)』…完成!」

 額の汗を拭いながら、やれることはやったという満足に似た
表情を、シェイクン・ハートは浮かべた。調理器具も全てきれ
いに洗われ、キッチンは何事もなかったかのようにもとの清潔
さが戻っていた。ただ、ワゴンの中には魔法少女の心を込めた
料理が、静かに運ばれるのを待っている。

「後は、あの偏屈お嬢次第やなあ…」
 心がこもっている事はそばで見ていたフォスティにも通じた。
全てを魔法に頼れば、シェイクン・ハート自身が包丁を振るう
事もなく、完成品をちょちょいと出せばいいだけだ。だがこの
お人好しの少女は、あえて自ら包丁を振るい、火加減を見守り、
味を確かめていた。それだけでも、この料理にかけた意気込み
は伝わるというものだ。
 しかし、それがあの狭量で気位の高い、他者を歯牙にも引っ
かけないプレシャス・レガリアの琴線に触れるかどうかは甚だ
怪しかった。材料を吟味し、手間をかけ、細心の気配りで作っ
たとはいえ、結局は病人向けの「お粥」である。果たして口を
つけてくれるのかどうかすらおぼつかなかったが、それは恐ら
くシェイクン・ハート自身も感じていただろう。

「よしっ」
 シェイクン・ハートが顔を上げる。
「…行こう」

***

「…」

 多少は揉めるかもしれないと危惧していたが、シェイクン・
ハートが用意した食事を、プレシャス・レガリアはすんなり自
室の中に入れる事を許可した。いや、正確には黙認だろうか。
 おずおずと入室の許可を求めた下賤の娘に、高貴な令嬢は一
瞥もくれず、何も言わなかっただけのことである。

 幸い、あの厄介なマルティザンが不在だった事に、シェイク
ン・ハートは安堵した。あの狂鳥がいるだけで、シェイクン・
ハートの想いなど全く伝わらなくなるのは間違いなかったから
だ。変身後ならまだしも、今また再び元の内気な姿に戻ったシ
ェイクン・ハートなど、けんもほろろに扱われたかもしれない。
 
 貴族の矜持に依って侍女同然の存在に口も利かないプレシャ
ス・レガリア。分を守ってあえて淡々と食事の用意をするシェ
イクン・ハート。奇妙な緊張感が漂う沈黙が続いた。

 配膳の用意ができたのを見計らって、フォスティが室内の電
灯を点けた。
 暗がりの中に沈んでいた少女の美貌が鮮明になった。一瞬眩
さに目をしかめたものの、それを咎めだてはしなかった。高貴
の身が、夕餐を闇の中で進めるわけにはいかないからである。

 上半身だけをベッドから起こしていたプレシャス・レガリア
は、登校した疲労の影はあったものの、食事を受けつけないほ
ど不調には見えなかった。しかし、空腹を表情に出すようなこ
とは決してない令嬢の顔は、相変わらず能面のままだった。

 シェイクン・ハートはベッド用のテーブルをセットし、プレ
シャス・レガリアの膝上に料理を並べるようにした。

「…リゾット?私はそんな卑俗なものは…」
 最初にシェイクン・ハートがテーブルに置いたナプキンに添
えられたメニューカードを一瞥して、思わずプレシャス・レガ
リアが口を開いた。だが、その言葉が途切れてしまうほどに、
シェイクン・ハートはそそくさと、レースの刺繍の美しいリネ
ンのテーブルクロスを広げ、フルコース同様にクリストフルの
テーブルウェアを並べだした。

「コースにはしなかったので、お好みで」
 静かに押しつけがましくなく言い添えながら、シェイクン・
ハートはワゴンから料理を並べだした。

 長い脚付きのフォンデュ鍋は、繊細な陶製で、金とラピスラ
ズリが煌びやかに象嵌された精巧なものである。側面にはマイ
センの真骨頂、中国趣味のエキゾチックな文様や図像が、これ
も青い線で美しく描かれている。
 その鍋をゆっくりと細心の注意を払って、シェイクン・ハー
トは鍋つかみでワゴンから取り出し、テーブルの中央に置いた。
そして別添の、金製のアルコールランプをその下に嵌め、点火
した。アルコールの上品なとろ火が、鍋の中身をほどよく保温
する。

 訝しく眉をひそめるプレシャス・レガリアの前に、二枚の同
じくシノワズリーなレイノーのソーサーが置かれ、その一枚の
上にサイドディッシュのココットが供された。オーブンで焼き
あげたばかりの香ばしさが、まだ微かに漂っている。
 そして、もう一枚の皿の上に中華風の蓮華匙を置くと、シェ
イクン・ハートは鍋の蓋を取った。そこから立ち上がった湯気
の下から、赤と緑の鮮やかな巴模様が顕れた。くつくつと煮立
つ鍋を、すぐさま魔法少女は銀のお玉でゆっくりと底からかき
回した。二色の野菜ソースが美しく混ざり合い、ホワイトシチ
ューの香りが沸き上がり、その底から十分に熱の通った舌平目
のお造りと、ホクホクする肉団子が姿を現した。

 スプーンとフォークを右手に持って、シェイクン・ハートは
深めの取り皿に白身魚の刺身三切れと肉団子一つを器用に掬い、
持ち替えたお玉で二色に染まったミルクリゾットを丁寧に注ぐ。
真っ赤なクコの実がアクセントになって、栄養たっぷりの病人
食を美しく飾った。

「どうぞ、お試しになって」
 シェイクン・ハートがリゾットを入れた取り皿を、微かに震
える手でプレシャス・レガリアの皿の上に置いた。
 つい気になってしまいそうなのを、シェイクン・ハートは強
いて視線を落とし、プレシャス・レガリアがどんな反応を見せ
るかを確認しようとはしなかった。この高貴な生まれながらの
女王が、自分に媚びを売る視線と、それを発する者をこの上も
なく嫌悪するのを、魔法少女はよく知っていた。

 何も言わず、プレシャス・レガリアは陶器のスプーンを手に
とった。それだけで、シェイクン・ハートにとっては大きな一
歩だった。気に染まない事が一点でもあろうものなら、一顧だ
もされずにいきなり煮立ったお粥をひっくり返されてもおかし
くないほどの気性なのだ。

 だが、ホッとしたのもつかの間だった。深皿からリゾットを
掬い上げ、口元に寄せたと思った次の瞬間、プレシャス・レガ
リアはその蓮華をそのまま皿の上に戻してしまった。
 皿と蓮華がかちゃ…と音を立てた刹那、シェイクン・ハート
は目を伏せた。自分の想いが通じなかった無念を押し殺し、そ
して後かたづけをしないと…と夢遊病者のように足を踏み出そ
うとした…。

「…熱すぎるわ、シェイクン・ハート」

 視線を真っ直ぐ前に向けたまま、プレシャス・レガリアがは
っきりとそう言った。

 ハッとした魔法少女が、その言葉の意味を理解するのにほん
の少し時間がかかった。だが、すぐさま傍らに駆け寄ると、シ
ェイクン・ハートは自ら、プレシャス・レガリアが置いた蓮華
を手にとった。
 取り皿の中から湯気の立つ熱々のリゾットを改めて掬い上げ
ると、メイド少女はためらいもなく、それを自らの口元に近づ
けた。そして、火傷しそうなほどに熱いリゾットの固まりに、
静かに息を吹きかけた。

 乱暴に吹き散らかさぬよう、余分の熱さだけを飛ばして冷ま
すよう、魔法少女は桜貝の唇から、ふうっ、ふうっと息を吹い
た。その間もプレシャス・レガリアは真っ直ぐ前を向いたまま
一瞥もくれなかったが、シェイクン・ハートの行動を咎め立て
るような言葉を吐く事もない。

 リゾットの表面を融けた米が半透明の膜になって包み込むほ
どになって、シェイクン・ハートはその蓮華を差し出し、プレ
シャス・レガリアの青白い口元にそっと近づけた。
 病弱な令嬢は身じろぎもせず、いくぶん目を伏せ気味に、リ
ゾットに口をつけ、少しずつ咀嚼していく。
 時間をかけてゆっくりと一匙を食べ終えたところで、再びシ
ェイクン・ハートが二口目を掬う。今度は肉団子をほぐし、中
のフォアグラと生姜を織り交ぜて。
 同じように誠心誠意でふうふうと息を吹きかけて温度を按配
し、またプレシャス・レガリアの口元に寄せると、今度も令嬢
は無言のままリゾットを食べた。

 取り皿一杯分を体内に収めたところで、意を察したシェイク
ン・ハートは取り皿と蓮華を置いて、すっと後ずさった。
 相変わらず顔色も変えないまま、プレシャス・レガリアはス
プーンを替えて、横にあるココットに手をつけた。小さなサイ
ドディッシュではあるが、病人には多すぎる量であるかもしれ
ない。さりながらも、令嬢はレバーと卵の温かな料理を数口、
とって口に運んだ。

 大きく息を詰め、シェイクン・ハートはワゴンの中のクーラ
ーボックスから、カットもまばゆいバカラのクリスタルグラス
を取り出し、そこに二色のシャーベットを小さくそっと盛りつ
けた。ミントの葉を添えた冷たいデザートと、そしてこちらは
じっくりホットミルクから煮出し、スパイスで香りつけたイン
ド風ミルクティを揃え、最後の仕上げのデザートを用意した。

 ほんの一口大のシャーベットは、プレシャス・レガリアの小
さな口に納まり、微風のように融けて、熱い料理に馴染みすぎ
た舌の感覚を取り戻した。
 プレシャス・レガリアはその後、セーブルのクラウテッド・
ブルーのカップを手にして、香り立つエキゾチックな紅茶をゆ
っくりと喫した。心なしか、青白かった肌には赤みが差した。
襟足には汗すらにじんでいるかのように思われた。
 その間も、シェイクン・ハートはベッドの脇にじっと立った
まま動かなかった。部屋の隅で成り行きを見守っていたフォス
ティも、何も言えずにただ時間が過ぎるのを見守るしかなかっ
た。

 やがてやはり無言のまま、プレシャス・レガリアがカップを
置いた。そしてシェイクン・ハートも無言のまま、テーブルを
片づけた。全てをワゴンに収め直したところで、プレシャス・
レガリアが目を閉じ、上半身を再びベッドに横たえた。
 労いの言葉も、賞賛の言葉も何一つ無いまま、シェイクン・
ハートもそっと退室した。ワゴンの音が軋んで、憧れの令嬢の
睡眠を妨げないように、静かに。

***

 キッチンまでワゴンを押して戻ってきたシェイクン・ハート
に、フォスティが言った。
「まったく、筋金入りの頑固者やな。何も言わんかったわ。美
味いかマズイかくらい、言えっちゅうねん」
 虎縞の黄色い体が、微かにオレンジ色に紅潮させたデブ猫は、
憤懣やるかたないといった口調だった。
「お前もお前や!別にお前はあのお嬢の家来でも召使いでも奴
隷でもないんやで。もうちょっと何か言ってやればよかったや
ないか。まったく、お人よ…」

 その時、押し殺したような呻き声が聞こえた。ワゴンに寄り
かかったまま、シェイクン・ハートが身を屈め、背中を震わせ
ていた。そして、引き付けたような声が漏れていた。
「…うっく…っくッ………ひくっ………っいっ…」

「お、おい、だいじょうぶかいな?ん?」
 ショックに打ちのめされているのかと案じたフォスティが、
下に回って覗き込んだ。

 だが滴り落ちる涙の雨をよけてフォスティが見たのは、俯い
たシェイクン・ハートの、この上もなく幸せに満ちた笑顔だっ
たのである。

「…食べてくれた…あたしの作ったものを…食べてくれたの……」

 何度も何度もそう呟きながら、魔法少女は最上の至福の中、
いつまでも嗚咽を漏らしていた…。

***

 夕闇の帳の中、プレシャス・レガリアは不思議なほどの安心
感に包まれていた。
 体内から熱いものが広がっていく。料理にふんだんに使われ
ていた生姜のせいかもしれなかった。血の気の無かった肌が火
照り、しっとりにじんだ汗で潤うのがわかる。

 美味しいというわけではなかった。もっと豪華な食事は何度
も食べたことがある。もっと酔うような美食を舌は覚えている。
あの程度があの小娘の及ぶ範囲だろう、とも思っている。
 だが、今のプレシャス・レガリアは、不思議な既視感に襲わ
れていた。
 幼い頃、不在がちの両親の顔もおぼつかない時分、乳母が作
ってくれた朝食のオートミール。どんな我儘もニッコリ笑って
聞いてくれた乳母が、唯一きちんと食べなくてはダメですよと
作ってくれた、お世辞にも美味とは言えないオートミールの粥
の味を、プレシャス・レガリアはふと、重ね合わせていた。

 あの時は、何も考えなくて良かった…。

 ともかくも、今日は疲れていた。汚血に染まって身に満ちた
濁った魔力を放散させるため、行きたくもない学校にも久しぶ
りに行ったのは確かに疲れた。だが、あの下賤の小娘が供した
夕食を口にして、何か疲れも心地よく、全身を解きほぐしてい
た。

 大きく息を吐いて、再びプレシャス・レガリアは眠りに浸ろ
うとした…。

「け!」

 突如、闇の中に甲高い嬌声が響いた。

「け、けけけけけけけけけけけけけっっ!!!」

 プレシャス・レガリアがカッと目を見開いた。

「情けないっ!情けないことじゃ!落ちぶれたくはないもので
すなアおひい様っ!あの賤しいシェイクン・ハートめの下品な
食事ごときに籠絡されるとは。まさに貧すれば貪すとはこのこ
とっ」
 闇の中から燕尾服の裾を翻したマルティザンが、悠々と歩き
ながら上目遣いに主人を焚きつける。
「あの小娘めの心胆が、たかが粥の湯気に遮られて見えませな
んだか?今のうちからおひい様をば餌付けして、女王になった
後の我が身の安泰を計らんとする奸計を。下賤の自分が女王に
なれば、多くの高貴の方々の反発を招くは火を見るより明らか。
その際に、同じく女王を競ったおひい様をば絡めとっておけば、
我が身の免罪符にもなろうというもの。おひい様、まんまとあ
の小娘にしてやられ、上手く利用されたというわけで。ああ、
ああ、みじめな人じゃなあ、けけけけけけけけけ…」

 マルティザンの哄笑に、プレシャス・レガリアの見開いた目
が、真っ赤に光った。そして、凄まじい魔力が渦となって、ベ
ッドに吸いこまれていく。

「ひ、ひいいいっ」
 いきなり魔力を発動させた主人に巻き込まれぬよう、マルテ
ィザンは必死でクローゼットに潜り込んだ。

 ベッドに横たわっていたプレシャス・レガリアが、ぬっと起
きあがった。真っ赤に燃えたオーラに包まれた魔法令嬢が、引
きつったように首を異様に曲げ、髪を逆立てて叫んだ。


「…プニシオンっ!!!」

 それは、混沌と化した魔力を全て解放する、プレシャス・レ
ガリアのみに与えられた、恐るべき呪文だった。
 

(続く) 

 

第4話「ライバルは不治の病?魔法少女も愛が欲しいの!!(後編)」に続く

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