鞭と髑髏 Peitsche und Totenkopf / 隷姫姦禁指令
1・残酷な天使 Der Grausame Engel
初夏の遠雷が、遥遠から響いている。視界いっぱい晴天が広 がる草原にも山麓にも、嵐の予感など微塵もない。だが、この 彼方の雷鳴の如く、欧州全体に軍靴の響きが蔓延するのは間も なくのことだった。 すでに、この国の国境以北を支配する帝国は、その狂気じみ たカリスマを振りまく総統(フューラー)の意志のもと、際限 ない拡張政策を東方に向かって推し進めていた。増強された軍 備を楯に、露骨な侵略と併合を繰り返す帝国を、列国は眉をひ そめつつ、しかしそのさらに東方に陣取る赤色大国への敵視と 牽制を期待し、見て見ぬふりをしている。 遠雷に混じって、北の空からエンジンの爆音がかすかに聞こ えてきた。 「ハチドリ」と称されるそのオートジャイロは、近年強勢め ざましい帝国空軍(ルフトバッフェ)の最新兵器である。ほと んどの国で研究の端緒にもついていない垂直離着陸可能な回転 翼式航空機を、すでに帝国は実用化し、いつでも戦線に投入で きる状態だったのだ。 ここは、その帝国国境の南端に接する小国である。欧州中央 を縦断する大河の源流である山岳地帯のはざまの盆地に、古代 において堰湖を作り、そこに小さな町が広がっているのだ。 猫の額のような国土面積は世界最小の独立国家の座を争い、 四桁をやっと越える程度の人口しかない国。だが、中世には大 公が封ぜられ、この近代まで脈々と受け継がれてきた、赫々た る大公国でもある。かつて大山脈越えの交易の要衝として重要 な時代もあったが、今はこの手の国ではお決まりの観光・カジ ノ、そして切手発行が歳入の全てを占めている。 現大公は従前より帝国とは穏当な友好関係を結んでおり、今 も公妃ともども総統への表敬訪問の旅に赴いていた。帝国が南 方に食指を伸ばすことは情勢から言って有り得ないことであっ たため、この訪問も何と言うこともない善隣外交としか思われ なかった。 山々の稜線の向こうから、豆粒のような、しかしはっきりと 大きな回転翼のシルエットがわかる機影が見えた瞬間、エンジ ン音が急に明瞭になって青空に谺し始めた。後世のヘリコプタ ーとは違い、オートジャイロは巡航飛行中、回転翼のローター の動力を切断して気流だけで回し、揚力を発生させている。だ が機首に備え付けられた大出力のエンジンは、通常のレシプロ 機にも勝るほどの爆音を轟かせていた。 そのコクピットの風防の内側に座っているパイロットは、ま っすぐに公国の中心であり全てでもある大公の城に機体を向け た。 上空からは、深い緑に覆われた山々の間を流れる河の向こう に、渓流を堰き止めて作られた古代の人造湖が見えた。その湖 の中央には島があり、大公の居城がそこに建っている。だが、 遠方の機上から見る城は、まさに「聳える」と言った方がふさ わしい威容を見せていた。 中世の無骨な城壁の上に、さらに近世の増築に次ぐ増築が繰 り返され、何層にも上に向かって折り重なったような城からは、 何本もの尖塔がそそり立ち、青と白の漆喰が塗られた城壁は眩 いばかりに陽光を反射している。 無骨にして華麗、混沌にして精緻、素朴にして洗練、穏和に して冷徹…。 そして、優美にして酷薄な歴史の堆積を雄弁に語っていた。 湖のほとりに広がる市街が、続いて視野に捉えられた。いつ もならば観光客で賑わい、活気のある町が、今はなぜか森閑と 静まりかえり、市民は息を殺すように生活していた。その理由 は、町の上空に近づいていくに従って明らかになった。市街の 要所要所に、異様に厳めしい黒ずくめの軍人が銃器を構えて立 っている。数は少ないが装甲車も散見される。あたかも戒厳令 下さながらの様相を呈していた。 数日前、大公夫妻不在のこの国に、山脈を越えて帝国の武装 親衛隊の部隊が進駐してきたのである。一発の銃声すらも発せ られることはなかったが、無言の軍隊は速やかに、まさに風の ようにこの小国を占領した。外国人はことごとく国境外に強制 退去させられたため、閑散とした市街には通行人の影も無くな っている。わずかにパトロールであろうか、自動二輪が街路を 走っている程度だった。 帝国の占領部隊は、たった一台の中戦車に数輌の装甲車と、 数十人の隊員のみにすぎない。だが、軍事力など有名無実のこ の小国を占領するには十二分な戦力だった。 市街から伸びるメインストリートは、すぐに湖のほとりに突 き当たり、そこには唯一城に通じる橋がかかっていて、古風な 石造りの門と橋番の詰め所が立ちはだかっている。だが今は、 進駐軍唯一の戦車がどんと腰をすえ、周囲に睨みを利かせてい た。 涼風爽やかなこの山国では、初夏と言えどもまだ肌寒い。ま して屋外から雑踏の消えた街は凍てつくほどに寒々しく思われ た。武装親衛隊員たちもことごとく丈長のコートに身を固め、 襟を立てて歩哨に立っていた。 激戦を繰り広げつつある東部戦線の兵士に比べ、本来戦闘の プロとして選抜の栄を受けて鍛えられた武装親衛隊員にとって、 こんな小国の警備などは、実際、気楽で暇で退屈な任務のはず である。 だが、銃を構えたまま身じろぎもせずに各々の持ち場に立つ 兵士にはだらけた雰囲気など微塵もなく、油断なく張りつめた 鋭さを漂わせている。それだけで、この部隊がいかに統率され、 優秀なリーダーを戴いているかがわかるというものだった。 そのリーダーに相当する人物こそが、このオートジャイロを 操るパイロットだった。 オートジャイロはさらに高度を下げ、遊覧するかのように細 波立つ湖面すれすれに滑空した。車輪が水面をかすめ、うっす らと白い線を引いたタッチアンドゴーは、見事な飛行技術を誇 っている。そして再度高度を上げたジャイロは、再びコクピッ ト上の大型回転翼に動力を伝え始めた。 機首プロペラの速度が落ちると共に、オートジャイロは垂直 着陸の態勢をとりだした。あたかも黒い堕天使が降臨するかの ように、ジャイロは城の中央にある中庭にゆっくりと降り立っ ていった。 すでに待機していた親衛隊隊員が、機械の正確さできびきび と誘導するその真ん中に、ジャイロは寸分違わず着地した。 機を移動させ、まだプロペラが回転する中、隊員が車輪をロ ックした。そして、安全確認と同時に、コクピットのキャノピ ーが開いた。 頭からつま先まで黒一色のレザーの飛行服が陽光にきらめい た。かなりの高さがあるコクピットから、パイロットはひらり と身を翻し、降機の補助をしようとしていた隊員を肩越しに飛 び越えて、すたっと飛び降りた。 飛行グラスとマスクを外し、ヘルメットを脱いだその下から、 金色の奔流が滝のように滑り落ち、陽光に照らされて揺れた。 透けるように白い頬に真っ赤な唇が対比するように映えている、 理知的で端正な美貌を露わにした若き高級将校は、おもむろに 飛行服の胸ポケットから眼鏡をとりだして掛けた。 そして、あたかもマントを翻すように飛行服を剥ぎ取ったそ の下からは、りゅうと着こなした漆黒の軍服姿が現れたのであ る。 大きな襟には右に雷を象るジークルーン、左には不気味な髑 髏が金糸で刺繍された襟章が縫われている。右肩には佐官を示 すパイピングの肩章、さらにその下には銀色のラインで栄誉山 型袖章までもがつけられていた。古参の隊員にしか授与されな いはずの栄誉シェブロンを、まだ20代前半の若さで得ている 事実は、彼女が女子青年団(ブント・メーデル)出身の、筋金 入りの将校であることを物語っていた。 左胸の略綬の下、胸ポケットには片手の指に余る数の勲章が 鈍く光っており、とりわけ首と胸の両方に飾られた鉄十字の勲 章は実戦の証しであり、彼女が決して後方で幹部に媚を売って 地位を得たのではないことがわかる。 肩章の下を通るショルダーストラップが繋がる腰のベルトは、 総統の聖詞「Meine Ehne heisst Trene(忠誠こそ名誉なり)」 が刻まれた円形の大型バックルで締められ、そして左腰には鎖 吊り付きの短剣を下げている。普通の親衛隊員ならば自費購入 せねばならないこの短剣は、しかし彼女の場合はその勲功によ り親衛隊長手ずから下賜された栄誉あるものであった。 その短剣と並ぶのは、無論、拳銃のホルダーである。一般に はまだ出回っていない、軍用としては初のダブルアクション機 構の新式試作銃を与えられている特別待遇だ。 太股の部分がたっぷりと余裕を持たせてあるズボンと、無骨 なブーツは男性用と変わらないが、いっぽう上着といえば大き く胸の湾曲に合わせて仕立てられており、その下に隠されたプ ロポーションの豊かさは想像しようとしなくても自ずから明ら かであろう。 そして、左の二の腕には鮮やかな朱に鉤十字を描いた腕章と、 袖口のカフには部隊袖章が巻かれている。そのカフタイトルに は襟章と同じ髑髏のマークとジークルーン、その間には謹厳な ラテン字体でこう書かれていた。 …「Peitsche und Totenkopf(鞭と髑髏)」と。 ヘルルーガ・イルムガルト・デア・フォーゲルヴェヒター親 衛隊特務少佐、というのが、この女性将校の名である。 初夏の陽光のまぶしさに目を細めた上官に、そっと駆け寄っ た一人の部下がさりげなく手渡した。鷲の徽章も輝かしい黒の 軍帽と、そして…。 愛用の乗馬鞭を。 直立不動のまま、無言で敬礼をする部下たちに向かって、ヘ ルガ少佐は鷹揚に敬礼を返すと、そのままスタスタと歩き出す。 その背後を副官である部隊長が、きびきびと付き従った。 「お久しゅうございます。総統府直属へのご栄転から半年、特 別任務でお戻りになったと伺い、隊員一同お待ち申し上げてお りました」 「…ん」 そっけない答え方は、しかし横柄なのではない。そういうス タイルこそがこの有能な美女将校のものだということ、そして それが部下への信頼感や一体感とは別物であることを、この副 官は十分に承知していた。 「公女の身柄は?」 左に一歩引いて並んで歩く副官を一瞥もせず、真っ直ぐ前を 向いて歩き続けながら、ヘルガが訊いた。 「ちょうど昨日、修道院に身を潜めているところを確保しまし た。今は城の地下にある『個室』に、丁重にお留まりいただい ております」 「それでいいわ」 「しかし、総統府よりお尋ねの品については、まだ城内からも それらしきものは発見されておりません」 「もう公女を尋問したの?」 少佐の眼鏡が角度が変わって光り、眉がぴくりと上がった。 「いえ、城内の捜索だけです」 そう言った副官が、声を低くして付け加えた。 「…それは、少佐の職権に当たると思いましたので」 「…よろしい」 右手に持った乗馬鞭の先を左手で押さえ、ヘルガの表情が再 び眼鏡の陰に隠れる。 「尋問はいつでも行えるようにしてあります。すぐに赴かれま すか?」 上官の顔色を窺う副官。 「いえ、まずはシャワーを使わせて。2時間もジャイロに乗っ て、汗をかいてしまったもの」 ヘルガが言葉を切る。 「…高貴なお方に接するのに、失礼があっては、ね」 ヘルガの言葉に、部下も苦笑せざるを得ない。 「それと『侍女』の選定もしておかないと」 意味ありげに言ったヘルガだったが、副官は上官が自分用の 世話係を選ぶのだと思いこんだだけだった。 ヘルガ少佐は中庭から城内への門をくぐった。大公のゲスト に供される城内で最も豪華な部屋に向かって、先導する部下と 共に向かった。
2・瀕死の白鳥 Der Sterbende Schwan
「は、放して、放しなさいっ」 か弱いながらも澄んだ鈴のように響く声が、暗がりに反響し た。 白と青の漆喰が美しい童話のような城は、厚化粧の下に苛烈 な正体を隠している。中世以来の権謀術数の渦中、この城の地 下深くもおぞましい歴史の暗部が隠されていた。政敵を拉致監 禁し、闇から闇に葬る陰謀とともに、邪悪な欲望もまた同時に この闇の中で熟成されていったのだろう。 「…ずいぶんと威勢のいいことね」 闇の中に溶け込んでいたヘルルーガ・イルムガルト・デア・ フォーゲルヴェヒター少佐の姿が、その手にしたランプの灯り に揺れた。帝国親衛隊の黒い制服の中から、胸の勲章、バック ル、そして軍帽の鷲と髑髏の徽章だけがわずかな光に反射して きらめき、そしてそのぬけるような白い肌の頬がぼんやりと浮 かび上がる。だが、その目は眼鏡に隠れたままで、能面のよう な無表情ばかりが顔に貼り付いている。 ランプをテーブルに置いたヘルガの目の前の石壁には、一人 の少女が立っていた。いや、正しくは強制的に立たされていた。 両手首に鉄枷を嵌められ、その枷から伸びる鉄鎖が石壁の上部 に繋がれていたために、少女は両腕を吊られ、磔刑のキリスト のように十字に縛められているのだ。 その少女こそが、この城の主である大公夫妻の一人娘、…す なわち、大公女クラリス姫であった。 肩口で切りそろえた栗毛の髪は、わずかな灯りにも艶めいて 光りながら柔らかに巻き、スカイブルーの透明な瞳に前髪が影 を落としていた。 身に着けている衣服は、先日まで修道院で難を避けていたせ いもあってか、華美ではないものの、それでも明らかに高級な 絹で織られた純白のブラウスは、質素でありつつもかつ高貴さ を醸し出している。そのブラウスから透けて見える華奢な身体 は、まだ16歳の青い果実だった。 膝下までの丈のスカートは、瞳の色よりも濃い青に染まり、 やはりほっそりとした両脚を巻いている。白いソックスに茶の 革靴は、公女の趣味の良さを窺える品の良さだった。だがその 両の足は微かにかかとが浮いていた。無理に鎖で吊られたせい で、両脚の筋肉はすでに突っ張ってしまい、そして両手首にも 体重がかかって食い込んだ枷に擦れて、ブラウスの脹らんだ袖 口にうっすらと赤いものがにじんでしまっていた。 「この小国が歴史の変遷の荒波を生き残ってきた、その秘密こ そが総統のお望み」 ヘルガ少佐が、石畳にカツカツとブーツのヒールを鳴らし、 公女に近づいてきた。眼鏡の奥から垣間見えた瞳は、まるで少 女の全身を値踏みする奴隷商人のように、鋭い。 「秘密なんて、そんなものは…」 「お黙りなさいっ」 クラリス姫の言葉を、親衛隊少佐は毅然として遮った。 「貴女の両親である大公夫妻が、帝都に禁足されているのも、 今と同じ返事をして総統のお怒りに触れたためなのよ」 「お父様やお母様に何を…っ!?」 顔が引きつったクラリス姫に、ヘルガ少佐は曖昧な笑みを浮 かべた。 「何も。ただ、総統府に足止めされているだけ。でも、それが いつまで続くかは総統のお気持ち次第だけど」 「やめてっ!お父様にもお母様にも手を出さないでっ!」 公女は慎みも忘れて思わず叫んでいた。帝国総統のエキセン トリックぶりは大っぴらには言えないものの、各国にはすでに 公然の秘密である。あの逆鱗に触れれば、たとえ一国の元首で あると言っても、何をされるかわかったものではない。 「…それは、貴女の心がけ次第ね、クラリス姫」 右手に持った乗馬鞭の柄を、ヘルガは公女の鼻先に突きつけ た。 「この国を占領し、貴女を捕らえたのは、当然、大公夫妻に対 する人質。それと同時に、大公夫妻も貴女に対する人質。クラ リス姫、貴女が私に向かって逆らえば、それは総統、ひいては 帝国全体に対する反抗になるわ。態度いかんでは大公夫妻にも 影響が出ることでしょうね」 白い顔をさらに青ざめさせ、唇をふるわせる大公女クラリス。 「…何が望みなの?」 「言ったでしょう。この国の『秘密』」 再びそう言って、美貌の少佐は鞭の柄を、今度は公女の顎下 に当てて、顔を上に挙げさせた。 「軍事力も経済力も、何の国勢も無いこの国を長年存続させて きた原動力に、総統はたいへん関心をお持ちなの。それがわか れば、未来に帝国がミレニアムを迎えることも可能でしょうか らね」 「私はそんな秘密は…」 「だから互いに人質になってもらったのよ。大公が秘密を総統 に言えば良し、貴女が知っていればそれも良し」 ヘルガは鞭を持ったままの右手の指先で、クラリス姫の頬を なぞっていく。その薬指にはまった銀の指輪に刻された髑髏 (トーテンコプフ)の小さな眼窩が、まるで無限の暗黒のよう に少女には思われた。 「…ゆえに」 ヘルガの声に凄まじいほどの冷たさが宿った。 「私の言動は全て総統のもの。…お前は、私に従わなければな らないのよ」 高貴の姫を初めて「お前」呼ばわりした女軍人の言葉に、公 女は心底からの恐怖に身を震わせた。しかし次の刹那、ヘルガ 少佐の顔がぐっと近づいたと思ったとたんに、その真っ赤な唇 がクラリス姫の桜色の唇に押しつけられた。 予想もつかないいきなりの口づけに、そしてその唇のあまり の冷たさに、公女は思わずゾッとした。そして慌ててかむりを 振り、ヘルガの接吻から逃れようとした。 「拒んだわね」 ぽつりと少佐が呟いた。 「私のキスを拒んだわね」 その声が帯びていたのは、我が意に背いた虜囚への憤り、で はなかった。むしろそこには、喜悦の響きがあった。高山にこ れから挑むアルペニストのような、征服欲に満ちていた。 その瞬間、大公女クラリス姫には何が起こったのか咄嗟には 理解できなかった。空気を裂くような甲高い音が聞こえ、何か が自分の胴体に触れた。そう感じた公女の目に、毛羽だった白 いものが舞い飛ぶのが映った。白鳩がどこからか紛れ込んで来 たのかと錯覚したクラリス姫が視線を下げた先に、舞い飛んだ その白いものの正体があった。 それは、自分が身に着けていた純白の絹のブラウスが裂けて 千切れた端切れだった。左胸から斜めに裂け目がジグザグに口 を開け、その下から同じく真っ白い下着が覗いている。 その光景の意味を理解するよりも先に、公女の身体にジンワ リと熱いものが走った。ブラウスの裂け目に沿って伝わったも のがさらに熱くなって痛みに変わった瞬間、その痛みが脳天に まで突き刺さった。 「…きゃあああああっっ!!!」 自分に対してこの女将校が非情な打撃を加えてきたのだ、と いうことを悟ると同時に、鞭を右に振り下ろした直後のヘルガ の姿が目に入った。 無言のまま公女を見据えた親衛隊美女は、間髪入れずに振り 下ろした乗馬鞭を逆手に振り上げ、今度は公女の右肩から、今 の打撃と交叉するように第二撃を打ち下ろした。再び空気を切 る乾いた音とともに、ブラウスが×字に裂けたと同時に今度は クラリス姫の悲鳴が響く。 大公国のプリンセスとして掌中の玉の如くに育てられ、生ま れてから一度も他人から手を挙げられたことすらなかった深窓 の姫君にとって、殴打される苦痛などは全く縁もない、初めて の体験だった。想像もしたこともない痛みは、クラリスを混乱 と悲痛の渦に巻き込み、パニックに陥らせるのに十分な衝撃だ った。 「いやあっ、やめて、やめてえっっ!っきゃあああっっ!!」 懇願に近い公女の悲鳴を無視して、いや、その声にむしろ駆 り立てられるかのように、ヘルガ少佐は乗馬鞭を縦横無尽に振 り下ろし続けた。その表情は全く変わることがない。 わずか三撃で、純白のブラウスの前面はほぼ形無くズタズタ になった。五撃目には、シュミーズの右の肩紐が切れ、ついに その右の乳房が露わになってぷるんと揺れた。 「あら、意外と大きいのね、胸」 ヘルガが少し驚いたように言った。確かにまだ16歳のわり に、公女の胸はふくよかで、吊されるようにされて全身が伸び ているにもかかわらず、豊かなふくらみは身体の動きに合わせ て柔らかく揺れる。白く滑らかな肌の乳房の先の、まだ蕾のよ うなコーラルピンクの乳首が外気に触れた。 だが、クラリスは羞恥を気にかける余裕も無くなりつつあっ た。生まれて初めて味わわされた鞭打たれる苦痛に耐え難く、 大公の娘は呼吸を荒くしてぐったりしていた。 しかし、公女は知らなかった。鞭の真の痛みは、実はこんな ものではないということを。 ヘルガは絶妙な鞭捌きで、鞭が肌を痛めつけすぎないように 紙一重の加減で、公女の服だけをきれいに剥ぎ取ろうとしてい たのだ。それが、この親衛隊少佐の得意技だったのである。 とはいえ、いかに巧妙とはいえ、乗馬鞭で身体を打っておい て、衣服だけを切り裂き、下の肌に一切のダメージを加えずに いられるはずがない。まして、その衣服そのものが剥がれてわ ずかとはいえ保っていた防御能力の厚みを刻々と失っていくに つれ、鞭の先端は容赦なく可憐な姫君の柔肌にじかにその打撃 を加え始めていた。 「…バシッ!…バシッ!…バシィィッ!!」 あたかも時計のように正確な律動と共に、クラリス姫の上半 身のすみずみにまで鞭が振り下ろされ、その音はますます大き く、破裂音に近くなっていった。 すでに少女のブラウスは両袖だけ残して完全に千切れ落ち、 清楚なレースが美しかったシュミーズもひとたまりもなく、高 貴な姫君は上半身をほぼ完全に剥かれていた。そしてその豊か な胸といわずほっそりした胴体といわず、すでに赤く腫れた白 い肌にさらに加えられた鞭が、朱色のミミズ腫れを上書きして いた。 「…はうっ…!…くうっ!……っ!」 いきなりの暴行に最初は思わず悲鳴をあげ続けていたクラリ スだったが、この頃には歯を食いしばって悲鳴を呑み込んでい た。高貴な公女としての自制心が、あられもない声で叫ぶこと をおし止めようとしたのだろう。 だが、それはこの冷酷非情な帝国親衛隊少佐の嗜虐心をかき 立てるばかりだった。 「…ふふ、さすがに一国の君主の血を引く者、と言ったところ かしら。その気位の高さ、見上げたものね」 ヘルガはいったん手を止め、公女の顎を無遠慮に掴み、顔を 持ち上げた。その瞳は眦を決し、眉を寄せ、そしてキッと結ん だ口元が、幼いながらも自らの尊厳を冒した者への敵意を表し ている。 それが高貴な血筋の産むものなのだろうか、少佐は一瞬、心 の奥底で何かたじろぐものを感じていた。だが、それをおくび にすら出しはしない。 「…フン」 鼻で笑い、ヘルガは今度は腰に提げていた短剣を抜いた。ラ ンプの灯りに鈍く光る刀身を親衛隊美女は掲げ、その切っ先を 公女の顎先に突きつけた。 「In herzlicher Kameradschaft(心からの同志)」と金の象嵌 で刻まれた銘が、奇妙なほどにクラリス姫の目に焼き付いた。 それは、直接的な死の恐怖から反射的に逃れようとする精神の 防御本能だった。 ヘルガはその刃先を、少女の震える顎下からそのまま滑らせ るように首筋に沿って滑られていった。皮が切れないギリギリ の力加減でゆっくりと進んでいく凶刃の動きに、クラリスは息 もできないほどに身をすくませざるを得ない。その怯える顔を 舐めるように見つめながら、ヘルガは短剣を肩胛骨からさらに、 鞭で赤く腫れた両の乳房の間の谷間をなぞらせた。 恐怖に激しく鼓動する心臓の真上に剣先が達した瞬間、公女 は心の中で神に祈っていた。 刃先はさらに下に移動し、みぞおちから脇腹にまで達した。 密着しそうなほどに近づいてクラリス姫を見つめていたヘルガ 少佐の眼鏡の奥の目がすっと細くなった瞬間、その手の短剣が 公女の青いスカートに引っかかり、勢いよく刃を立てた。 その刃先の動きに、腰留めのボタンが弾け飛んだと見るや、 公女の清楚なスカートは腰から緩んで、千切れ残っていたシュ ミーズの下半分と一緒に足元に落ちた。そして羚羊のように華 奢な少女の両脚と、その秘密の花園を覆い隠す純白のレースの パンティが露わになった。 短剣を持ったままの右手で、剥き出しになった太股を撫で回 してその感触を確かめる親衛隊少佐に、クラリスはぞっとした。 その右手で再び短剣を持ち直すと、ヘルガは刃先を少女のパン ティの上から中に滑り込ませた。 「!」 刀身の鋼の冷たさを直接感じてビクッと身を震わせた公女に、 ニヤリと笑いかけたヘルガが、一気にパンティを切り裂いた。 左腰の布が両断され、パラリと剥がれた白い布を、ヘルガ少佐 はそのまま刃先で引っぱるようにして下に剥がすように落とし てしまった。 千切れ残っていた両の二の腕から手首までのブラウスの袖と、 足元のソックスと革靴のみを残して、ほぼ全裸に剥かれてしま ったことに、さらに身を固くしたクラリスだったが、かかとの 浮いた状態ではせいぜい両脚をピタリと合わせて構えるのが関 の山だった。 身に残っていた両袖をおもむろに短剣で切り裂いて取り払っ てから、一歩引いた親衛隊美女は、あたかも自分が買い取って 梱包から解いたばかりの彫刻に見惚れているかのように、大公 の娘の裸身を頭の先から一寸刻みで見下ろしていった。 その舐めるような視線に、耐えきれないほどの屈辱と羞恥に 身を灼いてギュッと目をつむったクラリス姫の、その右脚がい きなり上に持ち上げられた。 はっと目を開くと、少女の右脚の膝裏を持ち上げたヘルガ少 佐が、穿いていた茶色の靴を外して放り投げ、さらにソックス を脱がしているのだった。 脚を持ち上げられて股間が広げられ外気に秘所が晒される冷 たさに、公女は無意識に足を引いて閉じようと力を入れた。だ が、その細腕からは想像できない腕力でがっしりと掴みあげら れた右膝は、動かすこともできなかった。 何の雑作もなく、今度は反対の左脚を持ち上げて同じように 靴とソックスを脱がし、クラリスを文字通りに一糸まとわぬ丸 裸にしてしまうや、ヘルガは脚を持ち上げていた左手をそのま まスライドさせて、公女の秘所に触れてきた。 「…っひ!」 誰も触れたことのない禁断の秘所に、黒革の手袋をはめたま まの美女の左手が無遠慮に押しつけられ、高貴な姫君はひきつ けるように息を詰まらせた。 まだ16歳の少女の秘所は栗色の産毛のような薄いヘアがほ んのりと繁るのみだった。ほぼ何の障害も無いも同然の花園を 蹂躙するごつい革手袋のゴワゴワする感触は、クラリスに痛み しかもたらさない。 「クラリス姫」 冷たい声で親衛隊少佐が宣告した。 「総統の意を容れなかった罪滅ぼしに、お前の純潔を帝国に捧 げなさいっ」 その断罪の言葉が終わらないうちに、ヘルガは右手に持って いた乗馬鞭を逆に持ち替えると、その鞭の柄尻で公女の秘所を こじ開けるようにしてグリグリと押し込んできた。 「…いやっ、いやいやああっ!!」 いくら箱入りの姫君とはいえ、その意味がわからないほどの 子供ではない。太さ3センチ弱の鞭の柄が幼い陰唇を荒々しく かき分け、そして秘壺の中にと強引に押し込まれていく異物感 に、クラリスは自分が文字通りに「侵略」されていることを実 感して、涙を流した。 ヘルガは鞭の柄をさらに押し込んで、処女膜を突き破る感触 が伝わってくるのを感じつつ、さらに奥底までも侵入させた。 苦痛に涙を滲ませたクラリス姫は、しかしもう叫び声をあげ ず、歯を食いしばって耐えていた。 その悲痛な少女の表情に、ヘルガ少佐は嗜虐と憐憫、侮蔑と 愛惜の入り混じった奇妙なものがこみ上げるのを自覚した、と 同時に、自分の蜜壺がきゅんと絞られるような感覚と共に、軽 くエクスタシーに達して背筋をぶるっと震わせてしまっていた。 しかし、淫液がにじむ股間を悟らせるようなこともなく、親 衛隊美女はクラリスの秘所から鞭を一気に引き抜いた。凶暴な 侵略者でしかない鞭の柄には、破瓜の鮮血以外に潤滑液になる ものなど無い。 処女の血を吸った愛用の乗馬鞭を、ヘルガ少佐はうっとりと 掲げ、柄からゆっくりと零れた鮮血の滴を口で受け取った。口 の中にぱあっと広がる乙女の味に、鉄血の親衛隊美女は最高の 至福に浸っていた。そして美女は、たった今その手で処女を散 らせた高貴の姫に顔を寄せ、喘ぎ続ける唇を再び強引に奪った。 クラリスの口中に傍若無人に入りこんで隅々までまさぐって くる美女の舌の味と、そして自らの血の味とが入り混じって広 がるにつれ、公女はこみあげる吐き気をこらえた。 激しいディープキスからようやく唇を解放されて、荒い息を 吐きながら、想像すらしなかった最悪の処女喪失を経験させら れてしまった高貴の公女は、流れる涙の熱さと比例するほどに 激しい絶望の中に溺れていた。 そんな哀れな全裸の姫を、ヘルガはぞっとするような笑みを 浮かべながら一瞥するや背を向け、テーブルの上のランプを手 にすると、鈍く輝く流麗な金髪を翻し、そのまま部屋を出て行 ってしまった。 壮麗な白亜の城の地下深く、かつて大公国に仇なす者を数知 れず破滅させてきたであろう、光も射さぬこの地下牢に、その 当の公国の血を引く少女が監禁され、そして背徳の欲望の標的 になるとは、あまりにも皮肉なことであった。 灯りを失い、真の闇になった地下牢にただ一人取り残され、 凍てつく地底の冷気に身を苛まれ、冷酷な鉄鎖に縛められた全 裸の乙女は、それよりもなお深い悲嘆の水底に沈んでいった。 闇の中にやがて、抑えようとも抑えきれなくなったクラリス 姫の嗚咽が、ゆっくりと響き始めていた。
3・稚なき奴婢 Die Kindliche Sklavin
今がいったい何時なのか、昼か夜かも判別はつかない。 城の地下深く、一筋の陽も射さない暗黒の牢獄の中、この城 の主の血を引く美少女は、今や身に何一つまとうことも許され ず、世にも哀れな虜囚となりはてていた。何も見えず、聴覚だ けがやけに冴えて、自分の息づかい、呼吸、そして心音が耳障 りに響いていた。 すでに四肢には力を入れることもできず、骨が外れそうなほ どに痛んでいた。鉄枷に吊されたままの両腕はとっくに血の気 を失い、感覚を無くしてしまっていた。床から踵が浮く両脚は、 何度も筋が痙ってしまった。 裸身に容赦なく染み込むような地底の冷気に凍えるのと同時 に、鞭打たれた上半身はまだ赤く腫れあがったままジンジンと 鈍い痛みとともに火照り、湯気すら立ちのぼりそうなほどに熱 を発していた。 『…どうして…、…どうして、私、こんなことに…』 クラリス姫の脳裏には、この問いかけだけが何度も繰り返し て響くばかりだった。 屈辱と苦痛に混濁しかけた意識の底、クラリスは自分の存在 自体が「罪」だったと思い始めていた。そして、神がこの劫罰 が下されているのだと…。 でも、私が何の罪を犯したの? いくら考えても、無垢な公女にはわからなかった。ただ、こ の不条理な虐待が現実のものとして今この少女を容赦なく苛ん でいるのは確かだった。そして、これを神の与えたもうた試練 であると考えるには、クラリスはあまりに可憐すぎた。 耐え難い運命を甘受しなければならないこの現状から、無意 識に目を背けようとする少女の魂を、非難できる者はいないだ ろう。 きっと、これはみんな夢なんだわ…。目覚めたら、また美し い朝が来て、お父さまもお母さまも微笑んでいらっしゃって…。 クラリスが己の意識を闇の中に沈めてしまおうとした、その 刹那。 囚われの少女の感覚に、空気が揺れたのが察知された。 暗闇の中で視覚を奪われ、さらに全裸で放置されたために、 クラリスの感覚は異常に冴えてしまっていた。この地下牢に通 じる通路の、遥か遠くに蠢く…いや、近づいてくる「何か」の 存在が伝わってきたのである。 反射的に、クラリスはゾッとする悪寒を背筋に走らせ、全身 を硬直させていた。身をすくませた拍子に両手首に食い込む鉄 枷の鎖がチャリ…ンと闇に鳴った。 またあの残忍な女将校が、先ほどの非道に飽きたらず、再び 自分を責め苛みに戻ってきたのか、と考えると、哀れな少女の 裸身を再び絶望が支配し、力が抜けてしまうのを感じずにはい られなかった。 だが、その気配はやがて明らかに別の者であることを示し始 めていた。ヘルガ少佐の漆黒の制服、あの軍靴のヒールが石畳 に響かせる甲高い音が、全く聞こえない。ひた、ひた、ひた… と静かに何かが擦れる音が、微かに公女の耳朶に届いた。 未知の存在の接近を証明するかのように、真の闇だった視界 に弱々しい灯りがよぎった。ランプか蝋燭か、やって来る者が 手にしているのだろう、この地下牢を閉ざす扉の向こうから、 わずかな光が隙間から漏れて、牢内に溢れ入ってきたのだ。 微弱な光ではあったが、ずっと闇の中に幽閉されていたクラ リスには、突き刺さるかと思われるほどひどく眩しかった。だ が、 果たしてそれが何者なのかはわからないままだった。 ちらちらと揺らめく灯りがさらに近づき、地下牢の扉を四角 く白く縁取った。そして、鍵がガチャッと開く音が響き渡った。 突然の来訪者に、クラリス姫は息を詰めた。 来訪者が持っていたのは、ランプだった。だがそのランプの 位置は、床から1メートル足らずの高さのところにあった。 そのランプを手にして入ってきた者の姿に、クラリスはあっ けにとられるしかなかった。 「…し、失礼します……」 そう言って中に入ってきたのは、まだ幼さの残る小さな、そ れも全裸の少女だった。 手にしたランプに照らされた東欧風の少女は、闇に溶け込む ような肩までの黒髪を、赤い帯で二本のおさげにしていた。そ の髪と同じ色の黒い瞳は、しかし落ち着きもなくおどおどして いた。 背の高さや、そしてその裸身から窺える成長具合からして、 12歳を上回ることはないだろう。胸のふくらみもまだほとん ど目立っておらず、身体のラインも腰のくびれも未発達で、少 年のように未熟で生硬なその身体は、性の分化も未だに感じら れない「子供」だった。 裸の天使やクピドの絵が、そのまま実体をもって現れたのか、 と囚われの公女は一瞬錯覚してしまった。 我が目を信じられずに茫然と見つめるままのクラリス姫の前 で、裸の少女は視線を上げられず頷くように会釈すると、ラン プをテーブルに置き、そのまま冷たい石畳の床に膝をついた。 ランプを持った手の、その反対の左手にはバスケットを提げ ていた。その中から幼女は小さな琺瑯の水桶と水差しを取り出 した。 「…あ、あなたは?」 少女の仕草に現実感を取り戻したクラリスは、硬直した唇を 動かし、やっと掠れた声をかけた。 「あ、あの…、あたし、ラナと言います。先日、侍女の見習い としてお城に入ったばかりで、まだお目通りもかなわなかった んですけど…」 口ごもりながら少女はそう答え、震える手で桶に水を注いだ。 クラリスの記憶がわずかに呼び覚まされた。修道院に身を隠 すために城を離れる際、居並ぶ侍女たちの背後に、まだメイド 服をまとっていない地味な姿の少女が佇んでいるのがなぜか目 についたのを、公女は憶えていた。 「…あたし、その、姫さまのお世話をするように言われて、あ たしなんかが、でも、そう言われて…」 どう言ったらいいかわからず、混乱した言葉を紡いで説明す る少女ラナの手がお留守になっていた。 「で、でもどうして…」 この少女がなぜ全裸でいるのか訊こうとしたその時、クラリ スはハッと気がついて言葉を詰まらせた。 それまでランプの灯りのコントラストで影になっていた少女 の首に、幅3センチほどもある革製の犬用の首輪が締められて いることに、ようやく気がついたのだった。 「…あたし、ジプシーの家の子で…。それで、帝国の軍人さん たちが、ジプシーは人間じゃなくてケモノと同じだから、服な んか着るなって、そう言われて…」 淡々と、訥々と口にする少女の声が、かえってこの少女がい かに残酷な扱いをされたのかを伺わせるものだった。 一瞬我が身の境遇を忘れて、このラナという名前のいたいけ な少女に深く同情を寄せたのは、優しいクラリス姫の悲しい美 徳だった。 半分ほど水を溜めた桶に小さなタオルを浸し、かわいい紅葉 のような両手でぎゅっと絞ると、ラナは立ち上がって壁に繋が れた公女に近づいた。 「ご無礼を…」 こんな状況の下でも身分差にとらわれて、高貴な姫に対する 畏れ多い気持ちを抱えたままのラナの声が震えていた。 ラナは手をいっぱいに伸ばして、タオルをおずおずとクラリ スの芙蓉の容に当てると、涙の跡が夥しく残っていた頬をそっ と拭き始めた。上等のタオルではなかったにもかかわらず、そ して濡らしたのもただの冷水だったにもかかわらず、哀れな今 のクラリスにとって、それは聖母の洗礼のようにも感じられた。 顔を拭き終えた侍女の少女は、その手の濡れタオルをクラリ スの首筋から胸に移すと、今度は上から優しくあてがうように して浄めた。鞭打たれて腫れあがった上半身の過敏になった肌 をこれ以上痛めないようにするための心遣いだった。 時おり冷水がミミズ腫れの傷に滲みることもあったが、慈悲 深い公女は心優しい侍女の気遣いを損なわないように、眉一つ 顰めはしなかった。 張りのあるふくよかな乳房の感触が、タオル越しにラナの手 に伝わってくる。その柔らかさに、少女は思わずぎゅっと握り しめたくなる激情に駆られてしまったが、どうにかそれを押さ え込んだ。 ラナの濡れタオルが公女の華奢な肩や脇腹を拭い終え、やが て下半身に手を移す頃合いになった。少女は躊躇いつつも、ぎ こちなく膝をつき、タオルを濯ぎ直してから再び顔を向けた。 ラナの視線がちょうど秘所とほぼ同じ高さになってしまうせ いで、クラリスは今さらながらもやはり羞恥に赤面してしまっ た。 「あ、あの…」 思わず哀願するような声になってしまった公女。 「…お願い、あまり見つめないで…」 その言葉に、ラナは自分がクラリス姫の繊細な栗毛のヘアを 食い入るように見つめていたことにハッと気づかされてしまっ た。 「あっ!も、申し訳、あ、ありません…っ!」 どぎまぎして目を伏せ、ラナは絞り直したタオルを公女の太 股にあてがい、汚れを拭い始めた。だが、少女はすぐに薄目を 開けて憧れの姫の下半身を見つめてしまう誘惑に勝てなかった。 雪花石膏の彫刻のように白く滑らかな肌が目に眩しかった。 だがそのところどころに、痛ましい破瓜の血の跡が黒ずんで 残っていた。 ラナは心を込めて、発掘されたばかりの美神の彫刻のごとく 美しい玉肌を清めようと、こびりついた血を解き剥がすように して拭き取りはじめた。 拘束された状態で身を隠すこともできず、幼い侍女のなすが ままに全身を拭かれ、あまつさえ肉親にも見せたことがない秘 所を他人の手で拭われている。誇り高く気品に溢れた公女とし て、この自分の姿はあまりに情けなく、身を灼くほどに惨めだ った。 この幼い少女もまた非道な仕打ちを受けてはいるが、その少 女の情けにすがらなくてはならない自分のより深い惨めさが、 今こうして濡れタオルで身体を拭かれている現実と共に、クラ リスの心を苛み始めた。 再び、クラリス姫の目に涙がにじみ出した。死にそうなほど に情けなくて、悲しかった。心は今にも挫けそうだった。生ま れもった美徳の数々と共に身に備えた神への敬虔さが無ければ、 恐らくは舌を噛み切って命を絶っていたかもしれない。 ラナの頬に、熱いものが滴り落ちた。振り仰いだ少女の目に、 豊かな乳房の双丘と、その向こうに目を閉じたまま涙を流す哀 しみの公女の顔が見えた。 「姫さま…」 憧れのプリンセスの切なげな泣き顔に、ラナは思わず息を呑 んだ。心臓が高鳴った。 その悲哀に満ちた美しさに、少女は愛おしさに胸が押し潰さ れそうだった。 流れる涙をどうしようもなく沈鬱に浸っていたクラリスが、 ふと気がついた。 …下半身に伝わってくる体温の気配が、急に温もりを増した ことに。 訝しく思ったのと同時に、今度は少女の熱い肌が両脚に密着 してきたのを公女は感じた。ハッと目を開いて見下ろすと、そ こには、自分の下半身に両手を回して抱きつき、頬を寄せてい るラナの姿があった。 すがるような小さなラナは、しかしむしろ悲惨な運命にもが き苦しむ年上の少女を、必死で繋ぎ止めようとしているかにも 思えた。 「…ラナちゃん…」 幼い少女の素肌の温もりに、クラリスは口に出せない心地よ さを覚えてしまっていた。 だが、ラナの行動はそれだけではなかった。 「…は…あ……、はあ…、はあっ……」 幼い少女の息づかいがつと大きくなって、クラリス姫の肌を くすぐった。 その息の激しさに公女がふと違和感を感じたその時…。 「…っ!」 クラリスは息を呑んだ。熱く濡れた何かが、自分の秘所に触 れてくるのを感じたのだ。 そしてその触れてきたものの正体に、公女は我が目を疑った。 ラナが小さな口を開け、桜色の舌を突き出し、クラリス姫の 秘所を舐めあげていたのだ。 「あ、あなた、何を…っ!」 驚愕して声を震わせる公女に、幼い侍女は呟くように答えた。 「…おなぐさめを……」 絞り出すような声でそう言うと、ラナは再び舌を伸ばし、公 女のスリットに沿って猫のように舐めしゃぶりだした。そして 下腹部に両手を這わせ、栗毛のヘアをかき分け、親指を使って 陰唇を左右に広げると、舌をその奥に差し込み、あまつさえそ の貝殻のような唇を密着させてきた。 「ああっ!!…はあんっ、うっ、うはあんっ」 生まれて初めて他人の口で秘所を愛撫される感触に、深窓の 公女は身をよじって逃れようとした。 こんなことが許されるはずはない、と潔癖な姫君は思わずに いられなかった。排泄にも関わる性器に直接口をつけることを 思うと、生理的な嫌悪感が背筋を震えになって駆け上がった。 「や、やめてラナっ、やめなさいっ!!…そ、そんなの汚いわ、 やめて!」 腰をひねり、脚をくねらせ、何とか侍女の過剰すぎる奉仕を 拒もうとしたクラリスだが、ラナはどうあっても離れようとせ ず、必死になって顔を押しつけたので、かえって少女は口を大 きく開け、舌を公女の秘奥に入り込ませてしまった。 12歳のラナのまだ小さな舌では、いくらいっぱいに伸ばし たところで、年上の少女の蜜壺の奥までは届くはずもなく、ほ んの隘路の入り口に潜り込んでいるに過ぎない。だが、心の底 からの敬愛がこもった奉仕の舌先の動きは繊細で、高貴な柔肉 の襞一枚一枚を丁寧にめくるように舐められていく。 つい数時間前に暴虐な帝国の女将校の手で、鞭の柄を使って 処女を散らされてしまったクラリスの傷を癒そうと、侍女が懸 命に舌を滑らせていくうちに、クラリスの花芯からはいつしか 甘い蜜が滴りだしていた。その蜜に群がる蝶のように、ラナは 憧れの公女の愛液を啜った。 「いやっ、いやああ…、やめてえ…っ……」 幼女の口唇愛撫に感じてきてしまっていた自分を認めたくな くて、クラリスはついに涙声で哀願した。 「…姫さま、とっても甘いです。もっと、もっと気持ちよくな ってください。せめて、せめて今だけは、あたしが、姫さまの お苦しみを忘れさせてさしあげたいんです…っ」 一生懸命に奉仕を続けるラナの言葉は、切ないほどに真摯だ った。 その声の響きに、クラリスは悟った。 最底辺にいるのは、自分であることを。 かつては侍女であった、そして今もそう思っている少女から、 施しを受けている真の下僕は自分であることを。 クラリスは目を閉じた。むず痒いような快感が下腹部にもた らされるのを感じつつ、公女は今、自分が世界という祭壇に捧 げられた生贄であることを実感していた。 それはこの上もなく悲しいことだったが、誰を恨むことも、 何を恨むこともできなかった。 諦観だけが、この哀れな少女を支配していた。 「…いいわ、何をしてもかまわない。全て受け入れます。」 クラリスはそう呟き、幼い侍女を見つめた。 その声に顔を上げたラナは、そこに女神の慈悲の瞳を見た。 神託にも等しい公女の言葉に、幼い侍女はさらに心を込めて 口唇愛撫を続けた。その舌が山百合のように朱く清楚なクラリ スの淫肉を隅々まで浄め終えると、その上ですでに過敏に腫れ た紅玉を包み込むように転がし、舐めていく。 「ああっ、あ、ああーーーーーっっ」 全身を駆けめぐる快感に、クラリスはあられもなく悦びの声 をあげた。 溺れてしまえば、楽になれる…。 気力の薄れた脳裏で、公女はそう思った。今は、この少女の 慈悲にすがり、愛欲で苦痛を忘れた方がいい…。 だが、絶頂を迎えそうになったその時、クラリス姫の脳裏に はなぜか、憎んでも飽き足らないほどのあの女将校…ヘルガ少 佐の横顔が浮かんでいた。 仮面のように表情のないその顔…。だがその眼鏡の奥が見え ない…。まるであの髑髏の紋章のように空虚な眼窩…。 その、瞳を、見せてほしい…。 理由もわからないままそう思ったクラリスの全身を、やがて 経験したこともない震えと快感を伴って、絶頂の波が洗い流し ていった。あの鞭の柄の初体験では一滴も零れなかった歓喜の 香蜜が、今は泉のように溢れる。その湧液をひたすらに飲み干 そうとする12歳の少女が喉を鳴らす音が、ランプがあっても なお闇が支配する地下牢を満たしていた。 だが、ラナにはわかろうはずもなかった。 絶頂に達した瞬間にクラリスが感じていた快感が、あの鞭の 一撃の痛みと重なっていたことには。
続く
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