鞭と髑髏 Peitsche und Totenkopf / 隷姫姦禁指令

 

7・魔獣の煉獄 Das Fegefeuer des Daemontieres

 
 まだ宵の口のはずだが、すでに森は夜の静寂が支配していた。
幸いにも、その漆黒の闇を裂くように、満月が煌々と山々を照
らしていた。

「はあ…、はあ…っ」

 あれからどれくらい歩き続けたのか。クラリス姫とその侍女
は、大きな木の根元に力尽きてへたりこんでいた。裸足の柔ら
かな足裏は、初夏の若草のおかげでそれほど傷つかずにすんだ
が、それでも礫石を踏んだせいで血がにじんでいた。
 煌々たる月明かりも、鬱蒼たる木々を透かして地上をくまな
く照らすことはできず、視界はほとんど効かなくなっていた。
その上、夜陰の寒気に微かな霧も湧いてきて、不気味な森の夜
をさらに不安なものにしていた。

「追跡隊が来るかしら…」
 呟いたクラリス姫の言葉に、ラナは何も言えなかった。励ま
したいとは思ったが、少人数の部隊とはいえ、ヘルガ少佐とい
う有能な指揮官によって鉄の規律を叩き込まれた兵士たちであ
る。追っ手がかかっているのは間違いなかった。
 そう思うと、少女の脳裏からは微かな希望の光すらもかすれ
てきていた。オートジャイロで街の中にすばやく紛れ込めば、
占領部隊の目をかいくぐるすべもあっただろう。だが、今とな
っては運良く町にたどり着いても、占領部隊は態勢を整えて待
ち受けているはずで、のこのこと捕まりに行くことになるのが
おちだ。と言って、方角もわからないこの森の中で敵の目を逃
れて脱出できる可能性は限りなくゼロに近い。
 しかも、自分たちは身に寒さを防ぐ布きれ一枚も、山道を登
る靴も持ち合わせてはいない。

 夜の寒さが、裸の少女たちを容赦なく苛み始めた。脱出どこ
ろか、この黒の森の呪いにかかって、この夜を生き延びること
すらも怪しくなってきた。

「ラナちゃん、もっとこっちにお寄りなさい。風邪をひくわ」
 公女が優しく声をかけた。その慈悲深い声の響きに、ラナは
思わずその場でどっと涙をあふれさせた。

「もうしわけありません、姫さまっ、おゆるし下さい、おゆる
し下さいっ!」
 堰を切ったように泣き出した少女を、クラリス姫はそっと抱
き寄せた。穏やかな温もりが互いの素肌に広がる。

「謝ることはないわ。ラナちゃんはよくやってくれたわ」

「いいえっ」
 ラナが顔を上げた。
「…わたし、姫さまをずっとだましてたんですっ!わたし、姫
さまのおせわのあとで、まいばん、あの人に抱かれてたんです
…っ。わたし、姫さまに心からおつかえしている顔をしていな
がら、あの人にも…」

 少女が「あの人」と呼ぶ人物のことは、クラリスにもすぐに
わかった。そして、一瞬自分の胸の奥がズキッと痛んだことに
も気がついた。それは、けなげなこの少女が自分以外の存在に
敬意を抱いていることを悟ったことに対するものだった。と同
時に、その「あの人」…ヘルガ少佐が自分以外の存在を抱いて
いたという事実を知ったことで、何か理由のわからない理不尽
な痛みを禁じ得なかった。
 だが、泣きじゃくってすがりつくラナの姿を、クラリスは愛
おしく感じずにはいられなかった。この少女がどんな苦難を経
ようが、自分以外の人間にも奉仕をしようが、それが自分への
背信ではないことは痛いほどよくわかった。それとともに、こ
の少女もまた「あの人」への複雑な感情を、自分と同じように
抱えていることを悟ったのである。

 クラリス姫が右手でそっとラナのあご先に触れた。泣き顔の
少女の目から涙をそっと拭ってやり、そして少女の首にはまっ
ていた革の首輪の金具を外してやった。訝しげなラナをよそに、
クラリスは首輪を脇に置いた。

「…私ね、ずっと妹が欲しかったの。ラナちゃん、私の妹にな
ってくれる?」
 クラリスは思わず囁きかけていた。

「姫さまぁ…」
 身に余るもったいない言葉に、少女は身を震わせて公女の細
い腰を抱きかかえていた。

「私はもう姫さまなんかじゃありません…。檻から逃げ出した
ものの、今は何もできない無力なただの奴隷…。ラナちゃんと
同じ、いいえ、それ以下になってしまいました…」
 ラナに言うのではなく、どこか自分を外から眺めるかのよう
にクラリスが呟いた。その俯いた視線の先には、今しがたラナ
の首から外してやった首輪があった。

「いいえ」
 公女に抱きついたままの少女が、きっぱり言った。
「どんなにひどいめにあっていても、姫さまは姫さまです。わ
たしの姫さまです…」

「ありがとう…」

 自分ごとき下賤の者に感謝の言葉を与えられたことで、思わ
ず顔を上げたラナに、クラリス姫がそっと唇を寄せた。
 だが、反射的にラナは顔を背け、唇を悲しげに手で覆った。

「っ!…い、いけません、姫さま、わたし、きたなくて…姫さ
まをよごしてしまいます…」
 昨夜、この愛しい公女の排泄物を食わされた自分の口で、そ
の公女の唇を汚すことは、幼いラナには耐えられないことだっ
た。
 だが、クラリスはその手をそっとよけると、慈しみの瞳で見
つめた。
 …青い青い、澄んだ空のような深い瞳。

 ラナの唇に、公女の唇がそっと重なった。

 クラリスには嫌悪感など微塵もなかった。ただ、この悲しい
境遇の中でも自分への敬愛を捧げ続けてくれた、誠実で健気な
少女への愛おしさだけが胸一杯に広がっていた。ラナの献身が
自分を支えてくれたと思うと、いくら感謝しても足りない。そ
の想いに報いられるなら、どんなことでもしてあげたい、と公
女は思った。

 かつては手の届くはずもない、雲の上の存在として、敬意と
憧憬を抱くばかりだったプリンセスから、苛酷な運命に弄ばれ
た末のこととはいえ、こうして親しく口づけを享けられること
になるとは思ってもみなかったラナだった。ましてや、排泄物
で穢された自分の唇にためらうこともなくキスを与えてくれた
プリンセスに、ジプシーの少女は心から感動していた。

「姫さまっ、ひめさまっ!」

 慈愛と献身が一つに結晶したキスを味わいあって、互いに見
つめ合った公女と侍女は、夜の寒さも忘れて抱き合った。やが
てラナは再び奉仕の喜びを思い出すと、抱擁の中でクラリスの
首筋の敏感なところに唇を這わせだした。

「あ…ラ、ラナちゃん…」
 ラナの唇がクラリスの首筋から、今度は鎖骨のくぼみを丁寧
に舌先で舐め始め、そのまま胸元にと下りてきた。幼い唇の感
触と、そして年不相応なテクニックが、クラリスにも本能的に
伝わってきて、ゾクゾクしたものが胸に湧き上がる。

 全身を走る電気のような痺れに力が抜け、身を寄せてくる少
女の重みも加わって、クラリス姫はゆっくりと崩れるように、
草むらの上に仰向けに横たわった。
 胸元を舐めるラナが上からのしかかり、公女の繊細な背中を
夜露に濡れた初夏の若葉が冷たく包み込む。一瞬立った鳥肌が、
しかしすぐに、触れ合う素肌の温もりに溶けていった。

『あ、月……』
 見上げたクラリスの目に、逆光になった侍女の顔越しになっ
て、鬱蒼とした森の木々の枝の切れ目から満月が煌々と輝くの
が見えた。
 誰もいない森の中、月だけが、少女たちの秘戯を見ていた。

 やがてラナは、砂糖菓子のように白くきめ細かい公女の素肌
を舌先で味わいながら、乳房の膨らみのふもとにたどり着いた。
 華奢な体躯の姫君だが、その乳房は慈愛の深さそのままに際
立ってふくよかである。はち切れそうな弾力に富んだ二つの膨
らみの、谷間に舌を這わせながら片方に頬ずりすると、まるで
天使の羽毛で撫でられているかのような気持ちになって、ラナ
は思わずため息をつきながら、さらに深く顔を埋ずめた。
 息を荒くしながらも、胸に頬ずりしながら身を預けてくる幼
い少女に、クラリス姫はまだ未熟な母性愛を刺激され、やさし
くその頭を抱き寄せた。ラナの愛らしいおさげ髪が左右から垂
れて、これも公女の肌を微妙に刺激する。

「姫さまのおっぱい、きれいです…」
 ラナがその小さな口に、クラリスの桜色に淡く染まった乳首
をふくみ、舌でこね回した。柔らかな肉球のクッションにフニ
フニと顔をすり当てながら、ラナがまるで乳児のように公女の
乳首を吸うと、敏感な蕾に痺れるような電気が走り、熱いもの
が身体の奥底に湧き上がってくる。
 さらにラナは、反対側の乳首にそっと手を差し伸べると、親
指と中指でひねるようにつまみながら、鍵型に曲げた人差し指
の先で乳首の先端にある乳腺の皺をこりこりと刺激し始めてい
た。

「あん…っ、ラナ…ちゃんん…。気…持ちいい…っ」
 少女から乳首を愛撫されるのは初めてで、その新鮮さに全身
の神経が張りつめ、過敏に反応しだした。

 地下牢の囚人であったときに秘所を口唇奉仕された時も、背
徳感は計り知れないほどだったが、それでも拘束された自分に
世話をしてもらうことにかこつけた秘密の安息、という意味合
いを無意識の口実にしていたものだった。
 しかしこうしてかりそめにもくびきから放たれた身になった
今は、自らの意志に従って性愛の情欲に浸っている…。
 そう思うと、屋外で獣のごとく一糸まとわぬ全裸のまま、そ
れもまだ年端もいかないような幼い少女と、濃密な同性愛セッ
クスに耽っている自分が信じられなかった。こみ上げてくる強
烈な背徳感と羞恥心が、しかし同時にゾクゾクするほどの興奮
と表裏一体となり、この少女への純粋な想いと混淆して、いや
おうもなく情欲をかきたてていく…。

 でも、どこか、この心の奥底にぽっかり空いたような欠落感
は、何…?

 一瞬、我に返ったクラリスがふと見ると、誠実な侍女は乳房
への愛撫を一段落させ、そのまま顔を下に移動し始めていた。
みぞおちからへそへと舌先を滑らせてきた少女が、いつものよ
うに秘所に対して口唇奉仕をしようとしていることは明らかだ
った。

「ま…待って、ラナちゃん…」

 すでに快感でしどけなく手足を広げ、幼い侍女のなすがまま
になりかかっていたクラリス姫が、いきなりかすれ声で呼びか
けた。その声に、ラナは訝しげに顔を上げた。
 だがクラリスは上気した頬に笑みを湛えたまま、忠実な侍女
の黒髪をそっと撫でながら言った。

「お願い、今度は私にもさせて…」

 すぐにはその言葉を飲み込めなかったラナがとまどうすきに、
公女は半身を起こすと、そのまま少女の首筋に口づけした。首
輪を外してもらったばかりで敏感になっていたうなじに、憧れ
の公女の方からキスされて、ラナは思わず「ああっ」と声を漏
らしながらのけぞった。
 そのはずみで、クラリスは体勢を入れ替えて、そのままラナ
の上からのしかかった。豊かな乳房が揺れ、それがラナの細い
お腹に押しつけられる。それだけでも少女には気持ちいいのに、
さらに公女は身体の芯の火照りにかき立てられるように、ラナ
の胴体いっぱいに自分の乳房をこすりつけた。柔らかな肉房の
圧迫と、それと対照的に固くしこった乳首の刺激を同時に受け
て、ラナは思わず背筋をえびぞらせた。

 まだ初潮も迎えていない幼い肉体に、先に女の悦びを刻み込
まれて感度を高められた少女は、クラリスの目には天使のよう
に思えた。それなのに、自分でも信じられないほどに欲望に駆
りたてられた高貴な公女は、この無垢な少女を貪りたくてたま
らなくなっていた。
 まだ少年のようなトルソで、仰向けになったせいもあってラ
ナの乳房は全くと言っていいほど膨らみが無かったが、その胸
をクラリスは愛おしげに撫でさすり、こね回しながら、小粒な
乳首をしゃぶった。公女の唇が与えてくれる刺激に、ラナは夢
心地で身をよじり、地面の草をちぎるほど握りしめた。

『…姫さまが…あの、姫さまが、わたしなんかを、愛してくだ
さってる……。うれしいっ……』

 まるで無重力の中を漂っているかのように気が遠くなりかけ
たラナを、新たな刺激が襲って現実に引き戻した。ラナの胸か
らお腹にと唇と舌を走らせていたクラリス姫が、とうとう少女
の下腹部に顔を寄せてきたのだった。
 はっと我に返った侍女は、あわてて身を起こして公女から離
れようとする。

「だ、ダメですそんなことまで、姫さまがそんな、わたしみた
いな侍女なんかに…」
 高貴な姫君から口づけを授けられたことだけでも過分に感じ
ていたラナは、この上さらに口唇愛撫まで下賤な自分ごときの
秘部に賜るわけにはいかない、と思いこんだ。

 だが、さっきの口づけ同様、クラリス姫は穏やかに微笑んで
少女をなだめるように見つめると、そのままかまわずに、まだ
未熟な幼い秘所の割れ目に舌を這わせた。まだ一筋のヘアも生
えていない幼い秘裂だが、こうして他の女性の秘所を間近にす
るのも初めてなら、口で奉仕するのも当然初めてである。ため
らいがなかったと言えば嘘になるが、今まで自分もこうしてラ
ナから慰めを受けてきたからには、ぜひとも感謝のお返しをし
たかった。それに、どうやればいいかもわかりすぎるほどにわ
かっていた。

「はあ、はあんん、ひ、姫さまあっ」

 クラリスの繊細な舌先が敏感な割れ目に触れると、ラナは泣
きそうになるほどに身の幸せを感じずにはいられなかった。ヘ
ルガ少佐の愛撫と調教を受け続けたせいで、普通ならまだぴっ
たりと固く閉じきっているはずの秘裂からは、すでにちょっぴ
り薄桃色の花びらがほころんでいた。それを公女が丁寧に舐め
あげていくと、芽吹いたばかりの蕾がまだ皮をかむった状態で
現れた。

「ラナちゃん、かわいいわ…こうすれば、いいのね…」
 少女の秘芯の根元を巻くように、公女は舌を絡めながら、こ
ねくるように吸った。

 公女のたどたどしい舌づかいにかえって悦びを感じながら、
ラナは身をよじってのたうち回る。
「あーっ、あーっ、ああーーーーっっ!」
 少女は壊れたネジ巻き人形のような声をあげ、細い脚で公女
の頭をぎゅっと挟みこんでしまった。と同時に快感に惑乱した
脳裏の片隅で、ラナは知らず知らずにヘルガ少佐の巧緻を極め
た愛撫のテクニックも想い出していた。そして自分にとっての
悦びとしてはどちらも全くの等価に感じているのが、どこか公
女へのやましさを覚えずにいられなかった。

 だが、実はクラリス姫の方もその時、ヘルガ少佐のことを脳
裏に浮かべていた。この幼い少女を性の奴隷に調教し、毎夜奉
仕させていたことを知った今、公女は秘かにラナを玩弄する親
衛隊将校に自分自身を重ねあわせていた。そして、ヘルガ少佐
の加虐の悦楽を自分で追体験することで、その想いを自分のも
のと無意識に一体化させていたのだった。
『少佐も…こうしてラナちゃんを…そして、私にも……』
 そう思うと、なぜかクラリスの胸にたとえようもない切ない
ものが湧き上がった。そして、ラナの秘所を弄ぶ舌の動きもい
っそう早まった。

『…少佐は……あの方は……私を…』

 一瞬浮かんだ、あの眼鏡に隠された端正な鉄面皮が、ラナの
甲高い嬌声に紛れて溶けていく。

「ああうん、イっちゃう、イっちゃいますっ、姫さま、お許し
くださあいぃ…っ!」
 目に涙を浮かべて、ラナが全身を硬直させる。のけぞって突
き上げた生硬な無毛の恥溝から白蜜を噴き出し、幼い少女は絶
頂に達した。

 自分のような者にもこの少女を快感に導くことができたこと
に、ほっと安堵の想いを抱きながら、クラリスはラナの愛液を
しゃくるように飲んだ。甘酸っぱい少女の蜜の味に、全裸の公
女はますます愛欲をかき立てられていた。

 そんなクラリスの気持ちを察したかのように、ぐったりして
いたラナは必死で身を起こすと、そのまま身体を回して公女の
下半身にすがりついた。
「姫さま、クラリスさま、おねがいです、いっしょにぃ…」

 昨日の夜、ヘルガ少佐と繰り広げた痴態と同じ、シックスナ
インの体勢になって、ラナはこれも同じように下からクラリス
の陰部を見あげた。アダルトな成熟をたたえて花と盛りに咲き
誇るようなヘルガの秘所に比べ、クラリスのそれは青白い月明
かりに照らされているせいか、まだ青い蕾のごとく萌えいづる
白百合の花弁のようだった。

 逆の体勢になってラナの秘所を見下ろすクラリスも、はした
ない体位になって恥じらいとまどったものの、愛らしい侍女の
お願いを快く受け入れると、再びひとすじの亀裂に沿って舌を
這わせだした。
 公女が再度口唇愛撫を始めるのを確認して、ラナもクラリス
の秘所に毎夜と同じ奉仕を開始した。可憐な美姫の形の良い臀
部を陶然として見上げながら、ラナは白桃のような公女の陰唇
を舐め始めていた。

 凍りついたような黒の森の奥底、木漏れる月光のさみだれを
浴びながら、若葉の褥の上で、公女と侍女は白い裸身を卍に絡
ませ、燃え上がる愛欲のままに快感をむさぼりあった。熱い吐
息が激しく沸き立って、肌寒い夜陰の空気に白く煙る。紅潮し
た肌に珠の汗が浮かび、火照った身体から陽炎のように湯気が
立つ。
 汗に濡れた肌が互いにこすれ合い、もつれた髪を振り乱して、
少女たちは禁断の悦楽に溺れていった。

「ああん、またイっちゃうぅ、いっぱい泣いちゃうっ…!」
 悦びの氾濫に耐えきれなくなったラナが、涙を浮かべて叫ん
だ。

「お願い、私、いっしょにイキたい……ラナちゃん…っ!」
 少女の奉仕に精いっぱい報いたくて、クラリスは夢中でラナ
の肢体にすがりつき、呼吸を合わせた。

 古き公家の血をひく優雅なソプラノと、いとけないジプシー
の幼いむせび鳴きが、甘美で淫靡な二重唱となって、黒の森の
宵闇に響き渡った。

***

 瑞々しい青林檎のような甘酸っぱい芳香を漂わせる、互いの
汗と淫蜜に全身を濡らし、可憐な公女と幼い侍女は、情欲の火
照りの余韻に全身を浸らせたまま、固く抱き合って草むらに横
たわっていた。ラナの小さな身体に母性を刺激されたクラリス
姫は、まるでお気に入りのテディベアを護るかのように胸に抱
きしめていた。ラナもまた公女の柔らかな乳房に顔を埋ずめ、
慈悲深い聖母の懐に抱かれた赤子のように身を寄せていた。

 まだ荒い呼吸の下で、少女の背中に回した手でおさげを弄び
ながら、クラリスが囁いた。
「気持ちよかった?」

「はい…」
 乳房に頬ずりしたまま、ラナが答えた。

「…あの人と比べたら?」
 そう言ったクラリスの目は、ラナの顔から焦点がずれていた。

 その言葉に、ラナはハッとして顔を曇らせた。
「そ、それは…」

「ごめんなさい。意地悪なことを訊いてしまったわ」
 穏やかに宥めるように公女がラナの頭を撫でた。
「…私だって、同じように訊かれたら、答えられないと思うも
の」

「姫さまも?」
 ラナが顔を上げた。予感は無くもなかった。だが、クラリス
が自らそれを認めるとは思っていなかったのだ。

「大公家の誇り、古き血筋の矜持、清らかな公女のイメージ…。
そういうものの中で生まれたときから生きてきた私。でも、私
は思い知らされました。虚飾を剥がされた自分の、本当の姿を」
 呟くクラリス。
「認めたくなかった。それを認めてしまったら、今までの自分
は何もかも無駄だったことになる。そして後に残ったのは、淫
乱な欲望にとらわれた醜い自分だけ。そんなの、認めたくなか
った」

「そんな、姫さ…!」
 自虐的な公女の言葉に、思わず声が出たラナを、しかしクラ
リスは優しく押しとどめた。

「でも…」
 クラリスは目を閉じ、一瞬息を詰めた。
「いま、ラナちゃんとこうして身体を重ねて、わかったわ。監
禁され、拷問され、辱めを受けてきた中で、何もかもを失った
と思ったけれど、本当は私という人間の真の姿を解放すること
ができたの。裸の自分の、本当の心を。そして、それをわから
せてくださったのは、あの…」

 見つめるラナの顔を、クラリスはそっと両手で包むように撫
でる。そして、そっと口づけした。
「同じよ、私たち。…ラナちゃんも、そうでしょう?」

「姫さま…」
 口ごもった少女だったが、やがてまた顔を上げて、言った。
「…はい」

 その時だった。
 静寂が支配していたはずの黒の森に、遠くから不吉な物音が
聞こえた。

 途切れ途切れの、咆哮。
 ざわめく空気。
 疾風に弾かれる若草。
 駆ける足音。

 それが、獰猛な猟犬が獲物を追って接近してきたことなのは
すぐさまわかった。
 猛犬たちの激しい吠え声が、荒々しい息づかいを交えながら、
どんどんと大きく明瞭に聞こえてくるのだ。

 凄まじい既視感に、クラリスの顔がひきつった。
 あの、薬物に狂った愛犬の猛った顔が、そして血に染まった
眉間が、脳裏に甦った。

 恐怖に硬直したクラリスも、そしてもちろん非力なラナもど
うしようもなかった。
 闇の中から、迫ってくる猛獣の気配が、ひとつ、ふたつ、み
っつ…いや、もっといる。
 獲物を追いつめる不吉な欲望の塊。絶え間ない威嚇の吠え声
が、闇の森に木霊する。

 死という名の魔物たちが、ついに少女たちの前に現れた。

 大木の根元の草地で、抱き合いながら震えている全裸の公女
と侍女を取り囲むように、あたりの灌木をかき分けた黒い悪魔
が、真っ赤な目を鬼火のように光らせ、唸り声を響かせながら
のっそりと姿を現した。
 前後左右から響く唸り声に、クラリスもラナも為すすべなく、
歯の根をガチガチと震わせるばかり。

 その時、雲が切れ、真上の梢から月光が射した。
 白い牙を剥き出しにし、襲いかかるきっかけを探っている魔
物の姿がはっきり捉えられた。

 それは、帝国の占領軍が少数の兵員を輔弼するためにパトロ
ール用として訓練されたドーベルマン種の猟犬だった。
 その数8頭。

 ラナは何回か、城の窓越しに、橋の上を城下から戻ってくる
猟犬部隊を目にしていた。人間以上に厳しい訓練を受けている
猛犬たちは、普段は吠え声一つあげずに担当の調教兵に粛然と
従っている。しかしひとたび命令を受ければ、地の果てまでも
目標物を追跡し、追いつめ、息の根を止めるように厳しく教え
込まれていた。

 薬物で獣欲を刺激されたあの哀れなカールとは違い、この犬
たちは純粋な殺戮兵器だった。少女たちの裸身などには何の欲
望も憐憫も持たず、その喉笛に食らいついてとどめを刺すこと
しか、その脳には無い。

 全身漆黒の大型犬たちは二人をじわじわと追いつめ、包囲の
中に閉じこめていた。
 唸り声、半開きの口からのぞく犬歯と、垂れる涎。
 蒸気のように白く吐かれる息。

「ラナちゃん」
 少女は背に庇って立ち上がりながら、クラリス姫が厳しい声
で言った。

「はい」
 ラナもまた、犬たちを刺激しないようにそろそろと立ち上が
って、小声で答えた。

「貴女と同じだと言ったけれど…大公息女だった者として、侍
女のあなたに最後の命令を与えます」

 その言葉の異様さに、はっと息を呑むラナ。

「犬たちが私に殺到して、私の身体を貪り食っている間に、あ
なたはここから逃げなさいっ」

「無理ですっ、そんなこと、できるはずがありません!」
 ラナの言うとおりだった。狡猾な兵士として鍛えられた犬た
ちは、おそらくその頭脳で、クラリスとラナを同時に血祭りに
あげる作戦を綿密に作り上げているはずだった。どちらか一人
が逃げ出す余地すら無いだろう。
 いや、そもそもがラナにクラリスを置いて生き延びるつもり
など、毛頭無いのだ。

 自分のような侍女風情のために命を捨てると言ってくれた公
女に、ラナは自分の命を惜しむはずもない。
「姫さまっ…!」

 だが無情にも、その少女たちの慈愛のやりとりが、犬たちの
行動の口火を切ってしまった。
 ついに、猛犬たちのリーダー格と思われる一頭が、耳をつん
ざくような激しい吠え声を放ちだした。それが、他の犬たちへ
の合図となった。

 犬たちが一斉に飛びかかり、クラリスとラナをその爪牙にか
けようとした……。

 その刹那。

 森の奥底から、一条の眩い光芒が光線となってその場を照ら
した。
 それと同時に、凄まじいほどの爆音が森の中に響いた。夜の
帳の中で眠っていた小動物たちが騒ぎ、鳥たちの群れが羽ばた
いた。
 犬たちが異変に気づいて足を止めた、その瞬間にも爆音は激
しさを増し、草木をなぎ倒す轟音とともに接近してくる。
 そして、さっき犬たちが身を潜めていた灌木の一角が、メシ
メシメシメシっ、と軋んで崩れるように倒れ、その裂け目から
鋼鉄の龍が姿を見せた。

 光を放つ魔獣の眼窩…それは、ヘッドライトだった。黒い胴
体は、自動二輪のエンジンだった。

「…!」
 クラリスとラナは、信じられないものを目にした。

 龍の背に乗った竜騎兵…。
 それは、あのヘルルーガ・イルムガルト・デア・フォーゲル
ヴェヒター親衛隊特務少佐、その人だった。
 部下も連れず、単身サイドカーを駆って、少女たちを救いに
やって来たのだ。

 サイドカーを激しくドリフトさせながら草と土を跳ね飛ばし
て停車させたヘルガ少佐は、そのままサッとサドルから飛びす
さると、親衛隊長から特別に下賜された最新鋭のダブルアクシ
ョン式の拳銃を腰から引き抜きざま、いきなり飛びかかってき
た一頭に向けて正確に発射した。

「ドギューーーーーンンン!」
 ダブルアクション式の銃は、引き金を一回引くだけで即座に
撃鉄が上がり、弾丸を発射させることができる。間髪を置かず、
素早く連射することが可能な、帝国最新鋭の拳銃である。不慣
れな者が使えば命中率が落ちてしまうが、試作品として行き届
いた名人技で一点製作された銃の機構は精密無比で、しかもそ
れを使うヘルガ少佐は女ながら親衛隊随一の手練れである。そ
の初弾は一発で犬の眉間を正確に撃ち抜いていた。
 銃底がスライドし、空になった薬莢が放物線を描いて排出さ
れる。

 犬たちが、一斉に方向を変え、突然闖入してきた新たな敵に
向かって襲いかかった。

 ヘルガ少佐はこの犬たちの訓練に熱心に取り組み、自らも調
教に立ち会ったことも多かった。言わば子飼いの部下でもあっ
た。そのことは、ラナも耳にしていたし、実際に中庭で係の兵
士に命令したり指導している姿を見かけていた。
 犬たちも当然ヘルガ少佐を知っている。だが、今の命令はこ
の哀れな脱走者を屠ること。その命令の障碍となるものは何で
あろうと排除しなくてはならない。ドーベルマンたちはそう訓
練されているのだ。そして、そう訓練したのはヘルガ少佐その
人だった。

 訓練された犬の動きに、普通の者なら対処はできない。だが、
ヘルガ少佐はこの犬たちの動きを叩き込んだ当の人物である。
犬たちがどんなフォーメイションを組んで襲いかかるか、少佐
は熟知していた。
 少佐は犬たちの動きの先を読み、挟みこんで左右から襲おう
としていた一頭をまずは射殺した。そして振り返りもしないま
ま、右手を左脇の下に回して自分の左後ろに目もくれずに発射
した。その方向からきゃんきゃんと弱々しい声が聞こえたが、
すぐに息絶えて動かなくなった。
 今度は前後から襲いかかる。前のは囮だった。目に頼る人間
は、視界に入る者を優先して行動してしまう。前の犬に気を取
られて身構えた人間の背後から襲うのがセオリーだった。しか
し、それにも冷静に対処できる美女将校は、あっさり半身の姿
勢になって前の犬を牽制しながら、真後ろの犬に向かって銃を
撃った。跳び上がった犬の牙が触れる寸前、大きく開けたあご
の、その喉の奥に銃弾が貫通した。どさっと地に落ちた犬の音
がする前に、少佐は銃を戻すと、前にいた犬を無造作に射殺し
た。
 薬莢が二つ、連続して転がり飛んだ。
 目深にかぶった軍帽を、落とすこともない落ち着きだった。

 眉一つ動かさず、月明かりだけの暗闇の中で正確無比に犬た
ちを撃ち殺していくヘルガ少佐の姿に、最初は悲痛な思いで見
上げていたクラリス姫だった。あのカールを射殺され、その返
り血を浴びた強烈なトラウマが甦り、今にも悲鳴をあげそうに
なった。
 だが、パニックに陥る寸前、クラリスははっと気がついて正
気を保った。まるで無感情に犬を殺しているように見えるヘル
ガ少佐だが、その眼鏡の下の表情に、深い悲しみの色が浮かん
でいるのを、月明かりに照らされた一瞬に垣間見えたのだった。

『この人も…!』

 さらにすばやい身のこなしで、少佐は2頭を立てつづけに射
殺した。ダブルアクション式の銃の特性を生かし、犬が襲いか
かってくる、その直線に向かって正確に発射する。ダブルアク
ションの素早い発射のタイミングで、犬たちは避けきれない、
しかも致命的な弾丸を喰らうことになるのだ。
 
 最後に残ったリーダー犬は、さすがに用心深く、間合いを取
ってこの強敵に相対した。ヘルガ少佐も確実に仕留められる至
近距離に入らないうちは、銃を撃たないつもりらしい。だが巧
妙にも美女将校はじわじわと円を描くように移動しながら、木
の下の少女たちの方に移動し、それに応じて回り込むドーベル
マンを少しずつ二人から遠ざけていた。

 その意図に、犬が気づいた。
 このままでは「任務」を果たせない、と判断した軍用犬は、
意表をついて無防備な少女たちに向かって跳びかかろうとした。
少佐が放つ弾丸が我が命を奪うとも、与えられた命令を果たそ
うとする凄まじい執念だった。

 震えながら死闘を見守っていたクラリスとラナに、死の獣が
牙を剥いて飛びかかった。とっさに公女は、ラナを突き飛ばし
て庇おうとした。だが、同じ事を忠実な侍女も考えていたのだ。
ラナも公女に向かって思いっきり力をこめて、身を寄せてきて
いた。
 折り重なる裸の少女たちに、無慈悲な猛獣が襲いかかる。二
人とも覚悟して、目をギュッとつむった。

 だが、身体を引き裂かれる痛みは、クラリスにもラナにも伝
わってこなかった。

 そっと薄目を開けた二人が見たものは…。

 ドーベルマンが「何か」に牙を突き立てていた。だが、何に
噛みついているのか、少女たちの目にはとっさにはわからなか
った。それが、夜の闇に溶け込む漆黒の軍服の袖だったからで
ある。
 少女たちを食いちぎろうとしてかぶりついた犬は、確かに歯
応えを感じていた。しかしそれは少女の柔肌ではなかった。

 少女たちを庇おうと進み出たヘルガ少佐が屈み込むようにし
ながら、躊躇することもなくその左腕を前に差し出したのだっ
た。猟犬が噛みついているのは、その左の小手だったのだ。
 想像もしなかった親衛隊美女の行動に、ショックを受けて凍
りついたのはクラリス姫とラナばかりではなかった。犬も全く
予期しない事態に血走った目を見開いて、自分が噛みついてい
る人物を睨みあげた。

 眼鏡で隠されたその表情は、何の苦痛の歪みも無く、無表情
のままだった。…が、微かに口元に冷酷な笑みが浮かんだかに
も見えた。

「ドンッ!」

 鈍い音が鳴り響き、硝煙が湧き上がり、空薬莢が跳んだ。

 自分の腕を噛まれたまま、ヘルガ少佐が沈着冷静に、犬の眉
間を撃ち抜いた。犬の後頭部が石榴のように弾けた。脳漿を散
らばらせながら、最後に残ったドーベルマンは弾道と同じ方向
に吹っ飛んた。

 最後の殺戮生体兵器を屠って、ヘルガ少佐がゆっくりと起き
あがった。
 犬に噛まれたその下膊は、軍服の分厚い生地にはっきり犬の
歯形が浮かんでいた。さすがに安堵したのか、はあはあっ…と
白い息が荒く漏れていた。

 その姿を茫然と見上げていた裸の少女たちだったが、少佐の
手首あたりにじんわりと染みが広がるのに気づいて、同時に愕
然とした。

「傷が…!」

 思わず駆け寄ろうとしたクラリス姫とその侍女。だが、その
想いをはねつけるかのように、少佐がすっくと立つと、右手の
拳銃をまっすぐ二人に向けた。

 銃口に足をすくませた少女たちは、落胆と恐怖に顔をひきつ
らせた。

 少佐はただ、脱走者を処分しに…?

 しかし、そうであるなら覚悟するのみ。クラリスは大公の息
女としてふさわしい行動をとるべく心を決めた。
 公女の身を慮って引き止めようとするラナをあえて自分の背
後に庇い、クラリス姫はヘルガ少佐の銃口の前に毅然と立った。

「…」
 ヘルガ少佐は傷の痛みも見せず、銃を全裸の姫君に向けたま
ま身じろぎもしない。

 いつ銃口が火を噴くか知れず、そうなればクラリスの命は無
い。そう思ってラナは何とかして自分が前に出て楯になろうと
するが、公女はそれを許さず厳しく右手で遮った。
 クラリスはその裸身を覆おうともせず、胸を張って少佐に対
峙した。だが、その視線はどこまでも穏やかだった。
 
  

続く

 

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