鏡像の貴女

第26話

 


「それじゃ」
 一行が城に向かって油断無く進んでいく中で、リナ・インバ
ースが言った。
「これからどうしようか」

 魔導師の衣裳を冬物コートの下に隠したまま、赤毛の美少女
はマジメ顔で、仲間をそばに引き集めた。一行を包むように雪
が静かに降り、風が木々から風花を散らした。

 ゼルガディスはニヤリと笑った。緑の肌の若者は皮肉っぽく
言い出した。
「扉をノックすればいいさ、いつものようにな」

「リナさんらしく」
 アメリアも愉快そうな顔をした。白い聖衣の少女は、マント
を巻き付けるようにぎゅっとしぼる。
「火球(ファイヤーボール)でノック、ですね」

「それもいいわね」
 そう言って、リナは恋人を見やると、笑顔とともに問いかけ
た。
「ナーガは、どう思う?」

 ナーガはその黒髪をかき上げ、城壁をつぶさに吟味した。
「まずは、交渉から入った方がいいわ」
 ナーガはそう提案した。

「そんなことしたら先制攻撃されるだけだぞ」
 ゼルガディスが辛辣に返す。

「でも」
 アメリアが口を挟む。
「それが正当なやり方です」

「あんたらの言うこと聞いてたらこっちの命取りになるわっ」
 そう愚痴ったリナだったが、その呟きには穏やかで親愛のこ
もった情が垣間見えた。そして手振りで三人に止まるよう指示
すると、リナは両手を口に当てて叫んだ。

「ちょっと!城の中にいる連中、出てきなさいよ!話があるん
だから!」

「ご丁寧なご挨拶なこった」
 ヤレヤレと目を回すゼルガディス。

「うっさいわね」
 リナが言い返すと、一行は城からの返事を待った。

 長い沈黙が過ぎ、ようやく城の奥から声が聞こえた。
「誰が交渉に立とうと、決して手出しはしないと誓うか!?」

 即座にリナが言い返した。
「いいわ!」

 跳ね橋がゴゴゴ…っとうなりを上げて降り始め、やがて開い
た城口にじっと立ちはだかっている女の姿が見えてきた。長い
茶色の髪を肩になびかせ、その身には毛皮の上に装甲を施した
質素な鎧をまとっている。

「あれがヘカテ?」
 呟くナーガ。

「我が名はジーラ!」
 ジーラはキッパリ言いはなった。
「この地を守護する騎士団の団長である」

「騎士団なんて…ホントだと思います?」
 アメリアが恋人にそっと囁いた。

 首を横に振るゼルガディス。
「まさか、いいとこ戦士団ってとこだろ。ましてさっきの塹壕
での戦いの後だ。数もかなり減ってるはずだろうな」

 そんなやりとりなど無視して、ジーラが続けた。
「いかなる目的でここに来たのだ、魔導師!?」

 落ち着き払って、リナが相手の目を見据えた。
「あんたの親玉のヘカテが、『白蛇のナーガ』を捕まえている
ってことは先刻ご承知よ。ナーガをすぐに、傷一つ付けずに解
放しなさいっ」

 ジーラは一歩も引かず、冷静に訊いた。
「イヤだと言ったら?」

「あんたらもろとも、この城吹っ飛ばすまでっ」
 100%本気の真顔で、リナが答えた。

 ジーラの背筋にゾクッと冷たいものが走った。リナが本気な
のは明らかだった。
「おまえの言葉を、我が主にお伝えする」
 そう言うと、ジーラは回れ右して城の中に戻っていった。

「跳ね橋を潰して、雪隠詰めにしたらどうだ?」
 ゼルガディスがそっとリナに提案した。

 リナは一瞬心をそそられたようだったが、すぐに首を横に振
った。
「だめよ」
 そして、ニヤリと言った。
「まずは、やつらがどんな返事をするか拝見しましょ」

「返事はノーに決まってるわ」
 そう言うと、ナーガは肩から長剣を素早く抜けるよう姿勢を
変えた。

「でも、希望は持たなくては」
 アメリアが嘆息混じりに言った。

***

 城内では、金髪の女魔法使いヘカテが静かに玉座の傍らの水
占盤の上にかざした手を振り、城門の外に立っている連中の姿
を消し去った。その忠実な下僕グウィネスはヘカテのそばに立
っていたが、ピンクの髪のエルフ少女は恐怖と動揺がないまぜ
になってカタカタ震えていた。

 ジーラが大広間に駆け込んでくると、その指示に従って召使
いたちがそそくさと部屋を出て行った。

「ご主人様」
 ジーラが慇懃に頭を垂れた。

「…インバースめは、何と?」
 そう訊いたヘカテが、言い添える。
「お前たちの会話は見ていたけれど、この水占盤では声が聞こ
えませんからね」

「白蛇のナーガを解放せよ、と」
 ジーラが厳しい顔で言った。

 微かに頷くヘカテ。
「思った通りね」

「怒りに燃えているようでしたわ」
 グウィネスが口を挟む。

「その通りです」
 ジーラも言った。
「インバースは、この城を我々もろとも吹っ飛ばす、と」

「ナーガも巻き添えになるのに?」
 あきれかえったグウィネスが目を白黒させた。

「そうね」
 ヘカテが言った。
「でも、インバースは怒りに我を忘れているのでしょう」
 嘆息するヘカテ。
「さもなくば、ナーガなら自分で何とか切り抜けられると思っ
ているのかも」

「だと思います」
 ジーラも認めざるを得ない。そしてジーラは主人の顔をおず
おずと見つめた。
「やつらに、何と返答いたしましょう?」

「他に答えがある?」
 そう言って、ヘカテはマントをふわりとひるがえさせて立ち
上がった。そして二人の腹心を見つめると、落ち着き払って言
った。
「戦うわ」
 静かに呪文を何言か唱え、さっと手振りをするや、ヘカテの
まとっていた服がロングガウンから一瞬でチュニックとミニス
カートに変わり、動きやすい姿になった。

 グウィネスは合点して一礼した。
「擒にしてある魔獣たちを覚醒させます。毒をもって毒を制す、
で、やつらを足止めさせましょう」

「私も生き残りの衛兵たちを総動員させます」
 ジーラも頷くと、二人は急いで部屋を出て行った。

 ヘカテは大広間の隅に歩み寄った。そして周りの装飾には目
もくれず、前日に自らチョークで描いた円の中に入った。パワ
ーを集中させ、ヘカテは自分の防御力を上昇させた。身のうち
に隠したパワーでリナ・インバースとその仲間たちに一泡吹か
せようとして。

「まあまあね」
 ヘカテの詠唱が終わったと同時に、声が聞こえた。
「でも、そんなんじゃリナを止めることはできないわよ」

 ヘカテが振り向くと、広間の入り口に白蛇のナーガが立って
いた。長い黒髪が肩から背中まで滑らかに靡いた。いつもの革
のビキニの上下姿だったが、さすがに自然の天候には逆らわず、
毛皮のマントを上から羽織っている。

「時間稼ぎになればそれでいいわ」
 そう返事するとヘカテは、大股で歩み寄ってくるナーガに背
を向けた。たすきにかけた革紐で抑えた自分の胸が大きく上下
に弾んでいた。それを見てやっと、自分の息づかいが荒くなっ
ていることに気づいた。不安と、そして奇妙にも喜びを感じて
いる自分にも。

 ナーガはヘカテに近寄って、キッパリ言った。
「こんなの、間違っているわよ」

「いいえ」
 ヘカテはやむなく目を合わせたものの、ハッキリと言い返し
た。
「予言通りに破滅するなんてまっぴら」

「でも、その予言を自分で成就させようとしているとしたら?」
 ナーガが痛い所を突く。

 ヘカテは一瞬言葉に詰まったが、やがて苦笑を浮かべた。
「自分の破滅を防ごうとしてるのに…皮肉な話ね」

「それじゃ…」
 言おうとしたナーガの言葉は、遮られた。

「いいえ」
 首を横に振るヘカテ。
「ここまで来たら、もう引き返せないわ」
 ヘカテはナーガの肩に手をかけた。
「あなたは城の中にいなさい。何かマズイ事態になっても身を
守る魔法をかけておいたから」

 次の瞬間、まるで巨人のハンマーで殴られたかのように城が
鳴動した。
 そしてまもなく、ジーラが慌てて駆け込んできて、その場に
ナーガがいることに眉をひそめながらヘカテを見あげた。

「リナ・インバースが跳ね橋を破壊し、城門に攻撃をかけてい
ます!」

「では、参りましょう」
 ヘカテは決然としてそう言うと、先頭に立って広間を出て行
った。

 あえて、ナーガには一瞥もくれずに。
 
 

続く

 

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