鏡像の貴女

第29話

 

 リナ・インバースがほんの少しよろけた。
 女魔法使いが放った魔法の最後の一撃で、全身に激痛が走っ
たせいだった。

「…っ、まあまあねっ」

 華奢な赤毛の美少女が相手を認めた。マントはすでにズタズ
タに千切れ、身に飾っていた魔法の宝玉のいくつかは、魔力切
れで光を失っていた。

「…貴女こそ、流石だわ」

 ヘカテも同じく応えた。ブロンドの髪の女魔法使いも、リナ
と同じくらいにダメージを受けて消耗していた。いつもの上等
な服はあちこちが焼け焦げ、その金髪も片側が焦げてしまって
いた。

「降参する気になった?」
 リナが再び尋ねた。二人が立っていた魔術師の工房はすでに
メチャクチャになっていた。異国の秘薬を納めたガラス瓶やビ
ーカーは粉々に砕け、広げた巻物は焼け、壁に掛けられていた
タペストリも引き裂かれたり焼け落ちたりしていた。

 ヘカテはキッパリと首を横に振った。
「すでに道を選んだのよ。生きるか死ぬかはその結果」

「じゃあ引導を渡してやるわよ」
 どこか残念そうに言うと、リナは火球の呪文を練り上げた。

 ヘカテもそれとほぼ同じくらいの早さで雷撃の呪文を放ち、
双方のエネルギーが部屋の中央で激突した。城全体が鳴動し、
二人の周囲に立ちのぼった土ぼこりで真っ白になったその時、
内扉がバタンと開かれた。

 アメリアとゼルガディス、剣士のナーガ、そして白蛇のナー
ガが一斉に室内に飛び込んできて、二人の戦いのさまを驚きの
目で見つめた。

 やっと口を開いたのはアメリアだった。
「うわ…っ」

「この二人に割って入るのは、ちょっとばかり骨が折れそうだ
な」
 ゼルガディスが低く呟く。

 ヘカテがハッと目を見開いた。が、その目の色は自分が不利
になることへの不安よりも、むしろ黒髪の女魔道士の身を案じ
ている不安のように見えた。

「ここから立ち去りなさい!」
 険しい声のヘカテ。
「さもないと怪我をするわよ!」

「(あれ?)」
 きょとんとするリナ。

「手はず通りに」
 剣士のナーガが合図した。

「な、何を…?」
 虚を突かれたヘカテを尻目に、ゼルガディスとアメリア、剣
士のナーガが気をそがれたリナに向かって文字通りに飛びかか
り、押さえ込んでしまった。
 その隙を突いて攻撃に転じようとしたヘカテの視線の真っ正
面を、二つの巨乳がぼよよんと弾みながら遮った。
 白蛇のナーガが立ちはだかったのだ。

「戦いはここまでよ」
 そう言ったナーガの長い黒髪が背中に流れた。そして、ヘカ
テを怒鳴りつけた。
「アンタ、バカじゃないの。わかってるの?」

「そこをどいて」
 にべもなくヘカテが言い返す。

 挑発的な目でナーガが視線を見据えた。
「あの例の予言を、もう一度言ってみなさいよ」

 訝しげにヘカテが眉をぴくっと吊り上げた。
「今さら何なの?そのケリをつけさせてよ」

「いいから、さあ」
 ナーガが、どこか声を和らげて促す。

 ヘカテはふうっと息を吐いた。

「『白き蛇が、その魂を求め』」
 平板に暗唱するヘカテ。
「『その心を砕き、打ち倒すであろう』」

「はい結構」
 ニヤリと笑うナーガ。
「で、ヘカテ。今の自分を見てみなさいよ…。どんだけ打ち倒
されちゃってるのよ?」

 ヘカテの目がハッと見開かれた。
「それは…」

 ヤレヤレと肩をすくめたナーガの巨乳が、革ビキニの中でポ
ヨヨンと弾む。
「つまり、その点についての予言はもう成就しちゃってるのよ」
 言い切るナーガ。
「で、あとの残りの部分だけど」

 ヘカテが挑みかかるように睨む。
「私の魂をどうやって奪おうっていうの?」

「…とっくに私のモノになってると思うんだけど?」
 優雅に眉を上げて問いかけるナーガに、ヘカテはぷいっと目
を逸らしたが、明らかに赤面していた。

「コンチクショ、放しなさいよっ!」
 リナの恋人バージョンのナーガに楽々と抑え込まれてしまっ
ていたリナがわめいた。リナは三人の仲間を睨み付けた。
「いったいどういうつもりなのよっ、こんなマネして!」

 アメリアがリナの腕を押さえつけたまま言う。
「オリジナルのナーガさんの話だと、ヘカテは予言に踊らされ
てこの戦いになっちゃったんだそうです!」

「もっとも、こういう事は前にもあったけどな」
 ゼルガディスは穏やかにそう言ったが、足をばたつかせるリ
ナを抑え込むのは一苦労だった。
『ったく、誰かさんにとってはちっちゃくて可愛い仔猫ちゃん
のくせに、何て馬鹿力だ』

「だけどっ!」
 わめくリナ。

 目を合わせて見つめたナーガの黒髪が、顔の前にこぼれた。
「ヘカテとの戦いは不必要なのよ」
 キッパリとそう言ったナーガが、クスッと微笑した。
「その代わり、帰りの道中で山賊退治に付き合ってあげるから、
ね、いいでしょ?」

 恋してしまった女性からそう言われては逆らうこともできず、
リナはやっとのことで力を抜いた。
「…この城の宝は漁ってもいいでしょ?」
 すがるようにリナがねだった。

「その件はまた後で」
 ナーガは曖昧に答えるしかなかった。

「ちぇーっ」
 恨めしそうに睨み付けるリナを、三人は起こしてやった。や
っとあたりを見回すと、リナの目に飛び込んできたのは、オリ
ジナルのナーガがヘカテに向かって微笑みかけ、ヘカテが目を
逸らしてウブな村娘のように頬を染めている様子だった。

「なによ、もうキスしちゃったの?!」
 大声で呼びかけるリナ。

「ちょ、ちょっと!」
 叫んだヘカテの顔がますます赤くなった。

 白蛇のナーガは愉快そうな表情を浮かべた。
「大きなお世話よ、リナ。ヘカテがその気になったら、してく
れるわ」

「…もうっ」

 苦笑するアメリア。ボロボロになった装備の埃を払いながら
立ち上がるリナ。

 スタスタと歩み寄ったリナが、オリジナルのナーガを見あげ
た。
「…元気だった?」

 肩をすくめるナーガ。
「まあね、ただし、この首輪さえ無きゃ、ね」

 手を伸ばして触ったリナの手に、軽いショックが走って、思
わず声が出てしまった。リナがヘカテを見やった。
「これ、外してやってよ」

「わ、わかったわ」
 ヘカテは赤面したまま、手を伸ばして呪文を呟くと、触れた
途端に革の首輪がポロリと外れた。

「…こんな女がシュミなの?」
 リナがヘカテに親指を向けて、ナーガに問いただした。

 ナーガが口元に微笑を浮かべる。
「そうよ」

「あっそ」
 リナが友好的とは言えない目つきでヘカテを睨んだ。
「アンタは気にくわないけど、ナーガに免じて許してあげるわ。
ただーしっ、あたしが被ったトラブルと、それに費やされた時
間については、しっかり埋め合わせさせてもらうんだからねっ」

「まさに金の亡者だな」
 やれやれと首を振るゼルガディス。

「まさか、リナさんが変わるとでも思ってました?」
 アメリアが訊く。

 ゼルガディスは笑うしかない。
「いいや、まっさか…」

 リナとヘカテはしばらくやりとりしていたが、海千山千のリ
ナ相手ではヘカテはどんどん劣勢に追いやられてしまうしかな
かった。そこで、白蛇のナーガはリナの要求過剰をうまいこと
抑えてやったわけだが。

「それで手を打ちましょ」
 リナが満足げに言った。
「アンタのお宝の三分の一ってことで」

「わかったわよ、欲深い人ね」
 溜め息をついたヘカテだったが、これでも大したことなく済
んだのだということは十二分にわかっていた。

「はしたないわよ、ヘカテ」
 白蛇のナーガがそっとたしなめた。

 オリジナルのナーガを見やったリナだったが、ふとその顔に
邪な表情がよぎった。
「ねえ、アメリア」
 リナが呼びかけた。
「あんたの親父さんは、白蛇のナーガに会いたがってるのよね」

「そ、そうですっ」
 そう答えたアメリアの瞳がパッと輝いた。父親と生き別れの
娘が再会する感動のシーンを思い浮かべたのだ。そして言うま
でもなく、知らなかった姉のことを再び知ることができる自分
のことも。

「それじゃあ、ヘカテも一緒に連れて行った方が良いわよね」
 ニヤリと笑うリナ。

 リナの言葉の意味を悟って、ヘカテが目を丸くした。
「それって、私もフィル王に会わなきゃならないってこと?」
 ナーガに助けを求めるように見上げるヘカテ。
「ここで隠れていちゃダメ?」

「別にだいじょうぶよ」
 ヘカテを安心させようとする白蛇のナーガ。

「セイルーン王国の国境にデーモンロードを放ったりしたのよ、
私は!」
 哀願するヘカテ。

「それなら、私とアメリアとでちゃんと言いくるめるから」
 呑気に請け負ったナーガが、言い添える。
「問題ないわよ」

「絶望だわ」
 ヘカテは嘆息した。

「まったく、底意地の悪い女ね、リナ」
 王女姉妹(?)とヘカテの会話を見守りながら、剣士のナー
ガが少し楽しげに言った。

「まあね〜」
 リナも平気で応えた。
「だけど、そんなあたしに惚れたんでしょ?」

 ナーガは戦いでボロボロの恋人に腕を回し、ほっと息をつい
た。
「その通りよ」
 
 

 

第28話に続く   第1話に戻る

 

*感想を百合茶話室にお書きください*
How did you like about this story? Please tell me in my LOUNGE BBS.

ENTRANCE HALL
INFORMATION DESK
READING ROOM
BACK to INDEX