サード・ジェネシス
第1話
赤木リツコは、自らの行動に対する裁断を下そうとする人々 を見据えたくなくて、まっすぐ正面だけを見つめていた。その 裁判長が、咳払いした。 「赤木リツコくん、君は碇ゲンドウ氏殺害を企てた罪状を認め ている」 意味深に言葉を切ったことに、いよいよ宣告の時が来たのだ とリツコは悟った。 「はい」 金髪の美女の返事はそれだけだった。実際、それ以上言うべ き言葉が残されているわけではなかった。 だが五人の判事達がリツコの弁明をもっと聞きたそうだった のは明らかだった。リツコの腹の据わりように、判事達は畏れ を通り越して全く信じがたいといった表情を浮かべて、リツコ を見下ろしていた。 裁判長がうっとおしげに眼鏡をかけて、身を屈めて手元の書 類を注意深く確認した。 「普通ならば」 老裁判長が渋々といった様子で言う。 「君はこの罪の報いとして終身刑を受けることを予期しただろ うし、実際に今そう思っているだろうが」 その言葉を聞いたリツコが、何か予想外のことが言われそう だと感じて、油断無く視線を上げた。 『まさか、私を実験台に新しい独創的な処刑方法を試そうって いうのかしら』 リツコはふとそんなふうに考えたりした。 裁判長は眼鏡を外し、明らかにこれから言おうとしているこ とが自分の意に添わないさまであった。 「赤木リツコ君。君はネルフの新司令官の保護観察に預けられ、 知的資産としてその個人的管理の下に置かれることになった」 『それって…』 とまどうリツコはそのまま法廷の外にと急き立てられた。程 なくして、リツコは後ろ手に手錠をかけられた姿で、武装警察 官に付き添われて建物の前で待機させられていた。 一台のジープが四つ角を疾駆して、びびった警官を危うく引 っかけそうになりながら急ブレーキで停車した。 そして葛城ミサトがにこやかに手を振った。 「ごめんねえ、待たせちゃって」 「ミサト…!」 リツコが目を白黒させた。 「ねえ?」 黒髪の美女がサングラス越しに警官を見やった。 「手錠のままじゃ困るわ。外してあげて」 「わかりました」 警官は敬礼して、すぐにリツコの手錠を外した。 「ここからは私が引き受けるわ」 ミサトは警官に素っ気なく手を振った。そしてリツコに目を やると、たった一言。 「…乗って」 数分後、おんぼろジープはアスファルトの道路をタイヤゴム を焦がしながら走っていたが、リツコには今どこを走っている のかよくわからなかった。リツコはミサトを見やって、ためら いがちに尋ねた。 「私をネルフの新司令官のところに連れて行くの?」 「そりゃ、目の前にいるわ」 苦笑するミサト。 「何ですって?」 ビックリしたリツコが思わず叫んだ。 「そんな仕事イヤだったんだけど」 ミサトは苦笑いした。 「でも、国連が、碇司令の息のかかった人物を全て排除したい って言うもんだから」 「それじゃ、上役連中はほとんど全滅になっちゃうわね」 納得したリツコの目に、ふとミサトの襟章が目についた。 「あなた、三佐のままなの?」 「今のところはね」 ミサトは肩をすくめた。 メタリックに輝くビル群が遠くにそびえるのが見えた。戦い の傷跡が生々しいが、まだかなりしっかり立っている。 「ようこそ、第3新東京市、ネルフ臨時本部へ」 皮肉っぽくミサトは言った。 先に車を降りたミサトだったが、あまり急に身体を動かした せいで少し顔をしかめた。 『ミサトも撃たれたんだった…』 思い出したリツコ。 「大丈夫なの?」 「とりあえず生きてるわ」 肩をすくめ、ミサトはリツコをビルの中に先導した。 二人はエレベータに乗り、上層階に上がって、廊下を進み、 なんの表示もないオフィスに到着した。 「ささやかな仮住まいよ」 また肩をすくめてミサトはリツコを中に招き入れた。 驚いたことに、オフィスによくある大型デスクと座り心地の 悪そうな数台の椅子の他に、壁際に沿って置かれたカウチがリ ツコの目についた。ミサトが一方の端に座ったので、リツコは その反対側の端に腰を下ろすと、ホッと安堵の息をついてよう やく肩の力が少し抜けた。 「いったい全体、どうなっているの?」 リツコが問いただした。 「入院中も収監中も、耳にはいるのは変なことばかりだったん だから」 「私自身もまだあれこれ思い出しているところなのよ」 ミサトが溜息をついた。 「リツコ、セーラームーンって憶えてる?」 きょとんとしたリツコが、ハッと目を丸くした。 「え、ええ」 かすかにつぶやく。 「でも、私が名前を出すまでは忘れてたでしょ?」 皮肉っぽくミサトが苦笑した。 目を見開いたまま、リツコはうなずいた。その目がスッと細 くなって、そしてリツコはハッキリと記憶を取り戻したのだっ た。 「いったいどうやってこんなことが?」 うめくリツコ。 「アダムの仕業よ」 碇ゲンドウがかつて虜としていたエイリアンの名前をミサト が口にした。 「少なくとも、それしか考えられないわ」 身を起こしたリツコが、ミサトが冗談を言っているのではな いことをじっと見定めた。 「でも、なぜアダムがそんなことを?」 リツコはそれしか言えなかった。 「ファースト・インパクト、せり上がる海面、壊滅する東京」 ミサトが言う。 「全てはアダムが見せた幻影、もしくは刷り込まれた記憶だっ たのよ。ま、地球温暖化による海面の上昇みたいな自然現象ま でアダムのせいにしていいのかな。大ざっぱに言えば、全ては 碇司令のグループがアダムを捕獲した時から始まっていたのよ」 考え込みながらうなずくリツコ。 「アダムは碇司令に、自分を捕らえておくと、あの災害のよう に良くないことが起こると信じさせたかった、ってこと?」 「でも、碇司令は信じなかった」 溜息をつくミサト。 「というか、気にもとめなかったのね。そこでアダムは自分の 息子だか兄弟だか一族だか…とにかく『眷属』を呼び寄せて自 分を救い出させようとしたわけ」 「そしてそれが、私たちの記憶を部分的に混乱させたせいで、 私たちはセーラームーンの助けを期待したりしなかったってこ とね」 リツコが皮肉っぽくつぶやいた。 「そしておそらく、東京は壊滅しなかったという事実にようや く巡り会えたってわけ…」 眉を寄せるリツコ。 「でも、どうして東京の住人達は助けを求めようとしなかった のかしら?」 「それ以上の幻影だったってことね。東京人にとって日常は常 に変わらないものだ、っていう思いこみは。彼等は、何かが起 ころうとしているなんて考えもつかなかったのよ」 リツコはうなずいて、背中をもたれて目を閉じた。 「全てを呑み込んで納得するために」 静かに言い添えるリツコ。 「もうちょっと時間が欲しいわ」 ミサトの言葉がさらにリツコを驚かせる。 「いいわ」 そして微笑するミサト。 「だって、私たちにはまだ問題が待ちかまえてるんだから」 片目を開けてミサトを見上げるリツコ。 「問題って?」 「そうね。まずは、私たち二人とスタッフ数人だけ、おまけに 古参のサポートチームがいなくなった今のネルフに、新たなエ イリアンの攻撃があった場合に地球を防衛するための計画を策 定するように求められたこと」 なにげなく言ったミサトが、ドライに付け加えた。 「連中、私たちが防衛の最前線に立つもんだと決めてかかって るのよ」 「他には?」 静かにリツコが訊く。 「碇司令が国連にネルフを設立させる決議の決め手が何だった か知ってる?」 そう訊いたミサトに、リツコが首を振るのを見て、ミサトは 言葉を続けた。 「司令は必要な票の見返りに、エヴァ製造の基本技術を漏らし ていたのよ。そのせいで今や、非公認のエヴァが数体うろつい ているわ」 リツコの顔が曇った。 「ま、私の予想だけどね」 うなずくミサト。 顔を伏せたリツコは、疲れた様子で両目をこすった。 「で、そのために必要なこちらの持ち札は?」 「エヴァ初号機は作戦中に行方不明。零号機と弐号機は現在修 理中。というわけだから、リツコが手を貸してくれればひじょ 〜〜にありがたいんだけど」 ミサトがニヤリと笑う。 「ガタガタな組織を私に何とかしろってことね」 リツコが問いただす。 「そういうこと」 うなずくミサト。 「アスカは入院中だけど、最初のうちは片眼が失明状態のまま 復帰することになりそうなの」 「治ったんじゃなかったの?」 眉をひそめるリツコ。 「治ってもらわなきゃ」 溜息をついて、付け加えるミサト。 「医者は、アスカのエヴァがズタズタにされた時のフィードバ ックのせいもあるんだろうって」 リツコは顔をしかめた。 「シンジ君は?」 「昏睡状態よ」 静かに言ったミサトの目に、一瞬罪悪感がよぎった。 「最後に何を経験したのかわからないけど、シンちゃんには手 に負えないほどに重いものだったらしいって、少なくともそれ が精神科医の診断よ。肉体的には何もおかしなところはないの に、ただ目を覚まさないの」 「それじゃ、手駒はパイロットがたった一人になっちゃってる のね」 頭を抱えるリツコ。 「そうとも言えないわ」 ミサトが言った。 不思議そうに見上げたリツコに、ミサトが言った。 「未使用の貯蔵庫を調べていた時に、私たち、発見したのよ…。 …綾波レイを」
続く
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