サード・ジェネシス
第9話
無言のまま、5人は病院を後にした。全員がシンジの病室で 知った真実に、考え込んでいた。ため息をついたミサトの目に、 ビル街の向こうに沈みかけた夕陽が目に入った。 「キューッと一杯ビールが欲しいわね」 「どういうつもりでそんなこと言ってるのよ」 リツコが苦笑した。 「私のことならよーくわかってるでしょ」 ミサトも苦笑いして答えた。 ふと気づいたネオンサインの看板に、ミサトは、どうして今 まであそこに店があることに自分ともあろう者が気がつかなか ったのかと思ってビックリした。 「ねえ、あそこの店、面白そうじゃない?」 他の四人に指し示してミサトが呟いた。 輝くネオンの店名が『アリスガワ・ロケット』と読めるのを 見た瞬間、マヤが顔色を変えたことに、リツコが気づいた。そ っと手をかけてリツコが訊く。 「どうしたの?顔色が悪いわ」 「な、何でもありません」 マヤは赤面して、目を伏せた。 「じゃあ、あそこで一杯いきましょ」 ニコヤカにミサトが提案した。 「ダメです!」 マヤが叫んだ。全員が不思議そうに振り返る中、凄まじく顔 を真っ赤にしたマヤが言った。 「あそこ、レズ専のクラブなんです。私が東京に戻ってすぐ、 友達が連れて行ってくれたんで…」 「いいじゃないの」 ミサトは意に介さず、アスカとレイに向かって言った。 「あんたら、気にする?」 「別に」 ためらいがちにもそう言うアスカと、肩をすくめたレイ。 「リツコは?」 笑みを浮かべてミサトが訊く。 マヤの視線を感じて、リツコがちらと振り向くと、マヤは期 待してこちらを見上げているように見えた。 「いいわよ」 ニッコリ笑ったリツコ。 「じゃあ、突撃ぃ〜っ」 ミサトが先頭で進んだ。 *** 黒髪の呼び込み兼バウンサーの女性が、一行をすばやく見定 めてから、店内に招き入れた。五人は暗い廊下を抜けて、もっ とずっと大きな空間に出た。この広さはおそらく倉庫を改造し たものだろう。 奥行きのある店内には、活気のあるダンスフロア、テーブル 席、賑わうバーカウンター、カラオケステージに、書斎コーナ ーまで備えられていた。 「いらっしゃいませ」 学校の制服風の変わったドレスを着た茶色い髪の少女が、に こやかに五人を迎えた。 「アリスガワ・ロケットにようこそ」 ミサトがチャージを引き取る。 「こんにちは、私たちここは初めてなんだけど」 そのウェイトレス『ヒトミ』が、後ろに立っていたマヤに気 づいて、笑顔を向けた。 「お客さまは以前にもお越しでしたよね」 「え、ええ、一度」 赤面したマヤが、少女の記憶力に少し驚かされて目を白黒さ せた。 「またご来店頂けなくて、大変だったんですよ」 からかうようにヒトミが言う。 「お越しになった夜からずっと、何人もの方からお客さまのこ とを訊かれちゃったんですから」 マヤの顔がさらに真っ赤に染まった。 「マヤちゃんが消え入っちゃう前に、移動しましょ」 笑いながらミサトが言うと、皆を先導して店の奥のバーカウ ンターに向かった。 『真っ赤になったマヤちゃん、可愛いわ〜』 そう思ったミサトは、リツコはそれに気がついているんだろ うか、と思った。 『マヤって、可愛い』 実はリツコも、そう思っていた。 おかしな事だが、リツコは今まで、マヤが自分に夢中なのは、 若い女性によくある上の存在に対する憧れにすぎないと思って いた。だが、たとえマヤが同性愛者だとしても、こんな状況で はいつもと全く違った輝きを放っているように感じてしまえた。 「楽しそう」 女性同士のダンスを見ながら、レイが言った。そしてアスカ を見上げてそっと頼んだ。 「あとで、一緒に踊ってくれる?」 アスカは赤面した。 『ど、どうせレイは自分の言ってることだって深く考えていな いんだから…』 そう思いつつも、ダンスフロアの女性カップルたちが踊ると いうより甘々でいちゃついている姿に、アスカは気になってし まった。 少し舌がもつれさせ、アスカはやっと答えた。 「い、いいわよ」 そんなレイとアスカの様子に、この二人って気がつかないう ちにシグナルを送り合ってることに気づかないのかしら、二人 の服装がそもそも、強烈なメッセージになっているのに、とミ サトは思った。 レイはぐっと女の子らしいブラウスとドレスである一方、ア スカはボーイッシュな長袖シャツにスラックス姿なのだから。 混雑をかきわけバーカウンターに着くと、二人の女性バーテ ンダーのうちの一人がすぐに寄ってきた。二人ともよく似た、 セクシーな青い髪の若い女性で、違うのは服装と、それから一 人の方には両頬に傷跡が残っていた。 「いらっしゃい。ご注文は?」 傷跡のない方の女性『リョーコ』がクールに尋ねる。 「ビール。缶でいいわ」 ニコニコ顔のミサト。 「日本酒、冷やでお願い」 リツコが注文すると、すぐにマヤも同じものを頼んだ。 アスカが気を遣ってレイを振り返った。 「ジンジャエール二つ、お願いね」 「こちらで?それともテーブル席を?」 リョーコが訊いたので、リツコがためらいつつテーブル席を 頼む。 手早く、かつ優雅な手さばきで、リョーコはトレーを置き、 日本酒のボトルとグラス数個、缶ビール、ピカピカのグラスに ジンジャエール二つをあっという間に用意した。 「おーい、メイ!これ、テーブルに頼むぜ」 背が高くグラマーな、茶色の髪のウェイトレス『メイ』が、 トレーを持って、ファンの女の子たちを振り切り、すいすいと 混雑をすり抜けてやって来た。テーブルまで運び、飲み物を置 くまで、メイは一滴すらこぼしはしなかった。 「お食事がご希望でしたら、いつでもお呼びくださいね」 メイがニッコリ笑った。 「ありがとう」 マヤの言葉を受けて、メイはまた別の客への給仕に向かって 行った。 椅子を引いて腰を下ろすやいなや、ミサトは缶ビールのプル タブをたちまちプシュッと開けてしまった。そして口をつけて 一気にグイッと飲み干すと、プハーっと息を吐いた。 「いやあ〜、命の素よねっ!」 マヤは席の一つに歩み寄って、椅子を引くとリツコに微笑み かけた。 「先輩、どうぞ」 ちょっとためらったリツコだったが、ニッコリ笑った。 「嬉しいわ」 リツコの後ろから丁寧に椅子を押して座らせると、マヤもそ の右隣に座った。 二人の姿を見守っていたアスカは思わず呟いた。 「ま、郷に入っては郷に従え、か」 そこで自分もレイのために椅子を引いてやると、レイは優雅 に腰を下ろした。 「ありがとう」 アスカにまた優しい笑顔を贈るレイ。 「どういたしまして」 アスカも微笑みを返すと、その隣に座る。 ミサトは日本酒をグラスに注いでやり、自分も口をつけなが ら言った。 「こんな時に仕事の話も何だけど、エヴァの状態はどんな感じ なの?」 「零号機はじゅうぶん駆動可能よ」 リツコが答える。 「弐号機も、数日中には待機できるようになるわ」 「そんなに早く?」 ビックリしたミサトが目を丸くした。 「スタッフが力を合わせてがんばってくれてるし」 そしてリツコの顔に笑みが浮かぶ。 「それに、有能な補佐官が必要な技術者を集めるのにすばらし い貢献をしてくれたから」 真っ赤になるマヤ。 「せ、先輩、それほどのことは、私…」 「それほどのことよ」 リツコがミサトとイタズラっぽい笑みを交わした。 「だって、そのお手柄で、マヤの昇進が決まったのよ」 「え、ええっ?」 思わず叫んだマヤ。 「やったあ、おめでとう!」 アスカが手を伸ばして、マヤの背中を叩いた。 いくぶんとまどいつつ、レイが同じようにマヤの背中を叩い てから、アスカに訊いた。 「こうしてもよかったの?」 「上等よ」 アスカが認めた。 ミサトが立ち上がって手を振ると、スーツで身を固めて一見 少年のように見えるウェイトレスがすぐに気がついた。近づい てくると、胸のふくらみと男の子にしてはあまりにも可愛らし い顔立ちで、女の子であることが明らかである。 「全員の飲み物を新しいものにしてね!」 ミサトが笑った。 「仲間の昇進祝いをしたいから」 そのダンディなウェイトレス『ケイコ』がにこやかに微笑む。 「すぐにお持ちいたします」 そして奥に引っ込むやすぐに、全員の新しい飲み物を乗せた トレーと、キャンドルを立てたデコレーションケーキを運んで きた。 不思議そうな顔の五人に、ケイコが肩をすくめた。 「こちらはチーフシェフの『ササミ』ちゃんから、お祝いの贈 りものですので」 「ありがとう」 リツコがニッコリ笑って、ケーキをマヤの前に寄せた。 リツコに促されてマヤがキャンドルの灯を吹き消していた後 ろで、ミサトがアスカとレイに尋ねた。 「エヴァのシミュレーターの方はどうだったの?」 「私が勝った」 レイが無表情に答える。 「一緒にシミュレーターに乗ったら、スゴイポイントが出たん だから」 アスカが詳しく説明する。 「アタシたちがタッグを組めば、シンジと一緒の時以上になる わよ」 「そう、よかったわ」 ホッと安堵の息をついて、ミサトが深々と椅子に座った。 「すぐにエヴァを動かさなきゃならなくなるなんて事態は考え たくないけど、準備だけはしとかなきゃならないから」 「アタシたちもね」 静かにアスカが約束した。 スローテンポな歌が流れてきたので、レイがそっとアスカの 袖を引いてダンスフロアに促した。 「一緒に踊ってくれる?」 はっとしたアスカ。 「…OK」 二人の少女はすっと席を立って、一緒にダンスフロアにあが った。最初はぎこちないダンスだったが、すぐに二人は互いの リズムをつかんだ。アスカの腕の中に抱かれたレイの姿は、ま るで護られているかのようで、とにかくロマンチックだった。 その二人を羨ましそうに見つめつつ、きっかけを探っている 様子のマヤとリツコに、ミサトは気づいた。 「ほら、二人とも行ったらどうなのっ?」 ようやくミサトが小声で急かす。 「マヤちゃんの昇進のお祝いなんだからさっ」 マヤが席から立ち上がった。 「先輩、踊っていただけますかっ」 「お願いするわ」 リツコがマヤの手をとると、そのままダンスフロアまで引か れていった。 二人が行ってしまうと、ミサトは頭をぶんぶん振って、よど んでいた全ての心配事を振り払ってしまってから、ぽつりと呟 いた。 「まったく、バカなんだから(笑)」 *今回のゲスト:神崎ひとみ(天空のエスカフローネ)
魎呼、那岐、砂沙美(天地無用!)
メイ(HAND MAID メイ)
苑田茎子(少女革命ウテナ)
*今回の舞台「アリスガワ・ロケット」は、この物語の作者で
あるShanejayellさんのクロスオーバー・パロディ百合小説
「Arisugawa's Locket」の舞台です。「ウテナ」の有栖川樹
璃嬢をオーナーとするナイトクラブで、アニメ百合少女たち
の憩いの場となっています。
続く
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