サード・ジェネシス

第11話

 
「マヤ」
 そっと呼びかけた自分の声が、巨大な修理ベイの中に反響し
たことに、リツコはたじろいでしまった。

 はっと振り向いたマヤが目を丸くしているところに、リツコ
は歩み寄っていった。

「…先輩」
 悲鳴のようなマヤの声が、ひどく可愛らしく聞こえてしまっ
て、リツコは笑いをこらえるのに必死だった。

 リツコはマヤに優しく微笑みかけた。
「マヤに話があるの、いいかしら」

「…はい」
 恥ずかしげに目を伏せるマヤ。

 マヤの傍に立ったリツコは、通路の手すりに寄りかかって、
修復成った2機のエヴァを見下ろした。二人はしばらくそのま
ま黙ったまま、何も言えずにいたが、やがてリツコが口を開い
た。

「碇ゲンドウと私の関係、マヤは知っていた?」

 小柄な女性はギュッと歯を噛みしめた。マヤの目がすっと細
くなった。
 小声で、マヤは答えた。
「はい」

 顔にかかったブロンドの前髪をかき上げるリツコ。
「自分でも、間違っていたと思うわ。あの男が私を求めたのは
優しさからでなんかなくて、ただ自分自身の過去のコンプレッ
クスからでしかなかったのに」
 リツコがホッとため息をついた。
「でも結局、私はあの男と関係を持ってしまった」

 いたたまれない口調でマヤが訊いた。
「どうしてその事を今、私に話すんですか?」

「それは、あの男と同じ過ちを、私は犯したくないからよ」
 それがリツコの言える最良の答えだった。
 リツコはマヤの目を見つめた。
「私はマヤの上司で、マヤに対して大きな権限がある」
 暖かい微笑みが浮かぶ。
「…それが、あなたが私に送ってきたシグナルに全て目をふさ
いできた理由だった」

 マヤは真っ赤になったが、それを否定しようとはしなかった。

「マヤが私に夢中だったのは、私を上司として尊敬してくれて
いるだけだと思っていた」
 リツコは素直に認めた。
「でも、あの『アリスガワ・ロケット』にみんなで行った時、
私は気がついたの。マヤは私のことを、上司としてだけじゃな
くて、一人の女として想いを寄せてくれていたんだって」

 まだ顔を真っ赤にしたままのマヤが言った。
「わ、私はいつもずっと、先輩に…」

「リツコって呼んで」
 そっと訂正して、リツコはマヤの顔に浮かぶ驚きの表情に、
微笑むしかなかった。
「マヤが明日昇進したら、私とマヤはずっと同格に近づくんだ
から」
 優しく指摘したリツコだったが、少し顔を赤らめて付け加え
た。
「でも、マヤから先輩って呼ばれるのも好きなんだけど」

「あ、ありがとうございます、り…リツコ…さん…」
 おっかなびっくりだったが、マヤは何とかリツコを名前で呼
んだ。

 手すりに並んで手をかけていた二人の手。その、マヤの手が
ためらいがちにリツコの手に上から触れ、そしてマヤは優雅な
女性科学者を恥ずかしげに見上げた。

「明日の昇進式のあとは、何かあるんでしょうか?」

「ええと、ミサトがパーティを用意してるはずだけど」
 からかうリツコ、しょげかえるマヤ。
 
「でも、そのあとは」
 リツコが口ごもった。
「…もしよければ、一緒に出かけない?素敵な場所でディナー
をいただいて、ちょっと一緒に踊ったり、とか、どう?」

 マヤがきゅっとリツコの手を握った。
「…うれしいっ!」

「よかった」
 マヤを見つめるリツコだったが、この後どうすればいいかは
戸惑っていた。

 マヤは意を決してリツコの手から離れ、手すりから手を放し
てリツコの前にすっくと立った。そしてつま先立ちすると、マ
ヤは唇を、目を丸くしたリツコの唇に押し当てた。
 数秒後、マヤはやっと顔を離した。

 マヤはリツコにニッコリ笑った。
「それでは、また後で、…リツコさん」

 キャットウォークを降りていくマヤの背後に、真っ赤に顔を
染めて立ちつくすばかりのリツコが残された。

***

 翌日の早朝、エヴァの修理ベイのはるか上の階にあるオフィ
スで、ミサトは国連の首脳が映る画像に向かって敬礼していた。

「葛城陸将」
 白髪交じりの男に笑みが浮かぶ。
「楽にしたまえ」

「ありがとうございます」
 ミサトは肩から力を抜いた。
「国連事務総長から直々の通信を受けるとは思いませんでした」

「すぐに慣れるだろう」
 その人物が苦笑した。国連の指導者は言葉を続けた。
「君の状況報告は受け取ったが、できれば君から直接かいつま
んで説明してもらいたくてな」

 ミサトは誇らしげに笑みを浮かべて話し出した。
「エヴァ零号機と弐号機はすでに修理が完了し、予期せぬエイ
リアンの襲来に対して第3新東京市の備えを固める数段階をク
リアしました。二名のパイロット、レイとアスカも訓練を進め
ており、シミュレーターでは毎回、前回のハイスコアを更新し
続けています。最後に、ネルフに新たに補充されたスタッフも、
指揮系統と強固な協力態勢を築きつつあり、どのような来襲者
があろうとも十二分に対処できるものと、確信をもって断言で
きます」

「たとえ、新たなエイリアンが襲ってきても、かね?」
 事務総長が鋭く問いただす。

「『使徒』レベルのものであれば、じゅうぶん撃退できます」
 歯切れ良くミサトが答える。
「もし新たな連中が来ても、対応できるでしょう」

「まずまずだな」
 事務総長も納得した。白髪の前髪を目の上に垂らし、言葉を
つなぐ。
「幸いなことに、非合法エヴァの事態も当初予測されたよりも
はるかに深刻でないようだしな」

「わかっていたことです」
 ニヤリと笑うミサト。

「何?どうしてわかった?」
 事務総長は驚きに身を乗り出した。

「碇ゲンドウが協力者に流したエヴァの設計図を、赤木博士に
チェックさせたところ、いくつかの致命的なデータのミスを発
見しました」
 ミサトは肩をすくめる。
「非合法に建造されたエヴァは、動けたとしても、我々のもの
よりもはるかに劣る性能しか持てないはずです」

「赤木博士はいったいどうやってそれを?」
 突っ込んで訊いてくる事務総長。

「博士の技術的経験値は、エヴァの修復において非常に貴重な
ものですから」
 即答したミサトが、今度は口ごもった。
「不思議に思っていることが…あの量産型エヴァはいったいど
うなってしまったのでしょうか?」

「全て行方不明か、破壊されたと推測されている」
 事務総長が明かした。
「第2新東京市の外で何かが起き、全て一掃してしまったらし
い」

「とにかく、我々に敵対する形ではすでに存在していない、と
いうことですね」
 ミサトはホッとした。

「第3新東京市の再興にあたっての君の提案について、知らせ
がある」
 今度はリラックスした口調で、事務総長が切り出した。
「国連の大部分のメンバーも日本政府同様、市名改称に賛成し
たんだが、新市名の提案をまだ必要としている。なにか、アイ
デアは無いかね?」

「『メガ東京』」
 ミサトは間髪入れず思いついた。

 老人の事務総長は眉を寄せる。
「それでは何だかアミューズメント・パークの乗り物か…」
 一瞬の間。
「オンライン連載のマンガの類のような響きだな」

「遊園地の乗り物に乗った頃を思い出すのも良いものですよ」
 ミサトがやや皮肉に苦笑する。
「この都市に一般人が移住してくるようにしむけたいのなら、
とにかく何でも惹きつけるものが必要です。未来都市をアピー
ルして知名度を高めるには、悪くないアイデアだと思いますが」

 老人は微かに頷いた。
「では、その名前を推してみよう」
 思いやるように、事務総長はミサトを見つめた。
「他に、報告事項はあるかね?」

「いいえ」
 それを聞いて、ミサトは自分の案が採り上げるられないことを
悟った。

「改称について進展があれば知らせる」
 回線を切る直前、事務総長はそう付け加えた。

 ミサトは机に回り込んで、どさっと腰を下ろした。
「報告って大嫌い」
 ホッとため息をつき、顔をしかめた。
「今すぐビールを空けたいわ。なのに手元に一つもキープできな
いなんて、最悪」

 また弱々しく息を吐いて、ミサトはペンを手にすると、未決書
類の箱から溢れてデスクに山積みになっていた書類仕事にとりか
かった。

***

 苦痛に息を漏らしながらアームカールの筋トレを終えたアスカ
は、広いエクササイズ室のカーペットの上にドスンッとバーベル
を下ろした。アスカは辺りを見回して、そのどピンク色の室内に
再び苦い顔をしたが、いま自分に必要な物は十二分に備わっては
いた。
 負傷して筋力も柔軟性も衰えてしまったアスカは、ここでの運
動で失ったものを取り戻す一助にしようとしていたのだった。

 そして同時に、白いTシャツと黒のショーツ姿のこの赤毛の少
女に、一人で考える時間も与えてくれた。

 昨日の夜、アスカは、ミサトとレイと三人で軽く夕食をとって
から、いつもと変わらず各自のベッドで就寝した。レイとアスカ
は狭い寝室で一緒に着替えをしたが、そこでまたレイが乙女の慎
みを欠いた姿を露わにしてしまったのだった。

『べ、別にどうっていうことじゃないけど…』
 アスカはそう思ったものの、その左目でレイの脱衣姿を貪るよ
うに凝視してしまっていた自分にも気づいてしまった。

 ふくよかな乳房、丸い腰つき、そしてほの蒼いデルタ型のヘア
に…、レイが白いネグリジェを身にまとうまで、アスカはずっと
目を離せなくなってしまった。

『…アタシ、ドキドキしちゃった』
 アスカは認めざるを得なかった。

 さっさとベッドに入って眠り込んでしまったらしいレイに比べ、
アスカは落ち着くまで少し時間がかかってしまったが、長かった
一日の疲れがようやくアスカを眠りに捕らえた。
 眠り込んだものの、奇妙な夢に悩まされて、アスカは真夜中に
一度目が覚めた。

 何が起きたのかよくわからないまま、アスカはゆっくりと目を
覚ました。
 腕の中に、レイが身を横たえて寄り添って寝ていたのだ。夜中
に自分のベッドを抜け出して、アスカのベッドに潜り込んできた
のは明らかだった。だが、幼子のように穏やかな顔でぐっすり眠
っていたレイに、アスカはレイを起こしてもとのベッドに戻させ
ることなど出来なくなってしまった。
 アスカはそのままレイを腕の中にそっと抱き寄せて、再び眠り
につくしかなかったのである。

 翌朝、ちょっと気まずかったアスカに対して、レイは全くの平
静な様子だった。レイの行動が全て意識的なものだったのかどう
か、アスカにはまだ判断がつかなかったが、どちらであったとし
ても、アスカはレイに惹かれ始めてしまっていた。
 だから、レイが自分たちのベッドをぴったりくっつけて並べた
いとさりげなく提案してきた時にも、アスカは言い争うこともな
く、すんなりベッドの移動に手を貸してしまったのである。

「…いったい今夜は何があるのかしら」
 アスカはふと呟いた。

「マヤさんの昇進パーティがあるんでしょ?」
 静かな声に、アスカは跳び上がった。

 シンプルなワンピースの、お気に入りのダークブルーのレオタ
ードに、黒のレッグウォーマーを穿いた姿で、レイが歩み寄って
きた。嬉しそうにアスカに微笑みかけた赤い瞳が優しげだった。

 アスカはごくっと息を呑んだ。
「な、何してるのよアンタ」
 そう訊いた声がかすれた。

「シミュレーター訓練の時間がもうすぐだから」
 優しい笑顔でレイが言う。
「アスカが遅れちゃったらいけないと思って」

「わ、わかったわよ」
 アスカはベンチから立ち上がって、レイのあとをついて部屋
を出た。
 レイのお尻がふりふりと揺れるのを目にして、アスカはまた
息を呑んでしまった。

「まいっちゃったなあ…(汗)」
    

*ミサトが第3新東京市の新名称を「メガ東京」と提案するの
 は、「バブルガム・クライシス」の舞台「メガロシティ東京」
 をベースにしています。「バブルガム・クライシス」も筆者
 作品「Arisugawa's Locket」のメイン要素作品です。

続く

 

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