サード・ジェネシス
第12話
制服姿で廊下に立って待っているマヤはピリピリしていて、 カラーがきつくないかどうか何度も確認していた。 「まだかなあ…」 マヤは気弱に呟いた。 リツコが穏やかに微笑みかける。 「肩の力を抜きなさい、マヤ。集まっているのはみんな仲間な んだから」 恥ずかしそうに目を伏せるマヤ。 「わ。わかってるんですけど、私…」 肩にそっと手をかけて、金髪の美女が笑顔を送る。 「ミサトはドッキリなんか仕掛けてないわよ」 リツコが言う。 「私たちと、レイとアスカと、技術班の仲間たちだけだから」 部屋の扉が開いて、笑顔を見せたアスカは、借り物の制服を きれいに着こなしていた。 「さ、始めるわよ」 赤毛の美少女パイロットが、ニッコリ笑った。 ホッと息を吐くマヤ。 「いきますっ」 アスカが扉を大きく開けると、マヤはリツコと一緒に中に入 った。 青いドレスを着ていたレイと、制服姿の技術班メンバーが集 合する、その真ん中にミサトが立っていた。ミサトはいつもの 服装で、晴れ晴れとした顔に笑みを浮かべていた。その手に持 っている小箱には、おそらくマヤの新しい階級の襟章が入って いるのだろう。 「伊吹マヤさん」 マヤが正面に立つと、ミサトがきびきびした声で言った。 「は、はいっ!」 マヤが背筋を伸ばす。 「…あなたはあの『使徒』来襲の危機の中にも、大いに貢献し てくれました」 ミサトが微笑む。 「そして今、損傷したエヴァを修復する作業に尽力してくれて います。あなたと、あなたのスタッフのおかげで、ネルフは再 びこの都市と世界を防衛する能力を取り戻すことができました」 「そんな…」 ひどく赤面したマヤには、慈愛に満ちたリツコの視線が真後 ろから注がれている事だけしか感じられなくなってしまった。 「この功績により…」 ミサトが小箱を開いた。 「私はあなたを、その階級に伴う責任と権限を併せ、『一尉』 に昇進させることを認可します」 マヤのカラーに襟章を付け、そして一歩下がって微笑むミサ トが、声を張って言った。 「おめでとう、伊吹マヤ一尉」 顔を紅潮させたまま、マヤは敬礼した。 「ありがとうございます、司令」 何とか答えた声は小さかった。 式次第を無視して、駆け寄ったアスカがマヤの背中をどんと 叩いた。レイも加わってそっと握手を求め、さらには技術班の メンバーたちが続々と集まり、自分たちの仲間が昇進した誇り に歓声をあげた。 別の扉から押されてきたカートで、赤いアイシングの字で 「昇進おめでとう!」と書かれた大きなケーキが運ばれてきた。 その上には美しくキャンドルが立てられ、喜びの灯を明るくと もしていた。 皆に促されて、マヤは前屈みになり、大きく息を吸ってから キャンドルの灯を全て吹き消した。 「私が作ったんじゃないから、安心していいわよ」 まだ顔を赤くしたままのマヤに、ミサトが笑いかける。 「さもなきゃ見た目が良くても食べられるシロモノにならなく なっちゃうから」 「さ、マヤが切り分けて」 ナイフを手にしたリツコが、そっとマヤの手にナイフを置い た。指が触れあった二人は、互いの目を見つめ合いながら、凍 ったように立ちつくしてしまった。 アスカが咳払いして、はっと離れた二人は突然、部屋の中の 皆の存在に気づいた。 「あ、ああ、そうでしたっ」 マヤは震える手でケーキを切り分けていった。 『まったく、かわいいんだから』 並んで立っているマヤとリツコの様子を目にしたミサトは、 二人がこうして一緒にそばにいられるだけで幸せそうなことに 気づいた。リツコからケーキを受け取ったミサトにも、思わず 笑顔がこぼれた。 ケーキをひとくち口にしたレイの目が、幸せのおすそ分けに ぱっと輝いた。 「アスカ」 まだケーキを受け取っていなかったアスカに、レイが振り返 って微笑みかけた。 「ほら、これ、あーん」 レイはケーキをフォークで切って、アスカの口元に寄せた。 アスカはできるだけ気をつけてケーキだけを口にしようとし たのだが、金属製のフォークにアスカの唇が触れてしまった。 これじゃ間接キスになっちゃう、と急に意識してしまったア スカは、自分とレイが唇を重ねているシーンを想像して、真っ 赤になってしまった。 「お、おいしいわ」 アスカが何とかそれだけ言った。 レイが訝しげにアスカの顔を覗き込む。 「だいじょうぶ?顔が真っ赤だわ」 「大丈夫だからっ」 そう答えたアスカだったが、自分の顔がさらに赤くなってい くのがよくわかった。 技術班の面々は、ケーキを受け取るとすぐに退出することに して、もう一度マヤの前に足を止めて祝福してから、部屋を出 て行った。 ニヤリと笑ったミサトが会議室のステレオのスイッチを入れ ると、静かな音楽が流れ始めた。 もじもじしていたマヤだったが、やがてリツコを見上げた。 そして勇気を振り絞って笑顔を浮かべて申し出た。 「一緒に踊っていただけますか?」 「うれしいわ」 そっと年下の女性の手をとって、リツコはマヤのリードに任 せて音楽のリズムに乗った。 アスカが気づかないうちに、レイの手がアスカの手に滑り込 み、そっと指を絡めて握った。 「ね、私たちも」 そっとレイが頼み込む。 深くその意味を考えられないままに、アスカはレイを腕の中 に抱き寄せて、ゆっくりリズムに乗り始めていた。 何度もリズムに揺られながら、レイはアスカの胸に顔を寄せ、 その青い髪がアスカの肩にかかると、アスカはためらいがちに も両腕でレイを抱きしめた。 「これで、いいの?」 小声で訊くアスカ。 「うん」 レイが幸せそうにほっと息を吐いた。 そんな四人の姿に、ミサトの目がふと曇った。正確にはそれ は曇ったと言うより、もしほんの少し歯車が狂ったらどういう 事になってしまうのだろう、と不安になってしまったのだった。 曲が終わって、ミサトは寄りかかっていた壁からスタスタと 歩み寄った。 「リツコっ、マヤちゃんっ」 「何?」 まだマヤの手を握ったまま、無意識に返事をするリツコ。 ミサトが微笑みかけた。 「あんたたち二人とも、この後オフにしなさいっ。もし明日の シフト前に私の目の前に姿を見せたら、許さないんだからっ」 「あ、ありがとうございます、司令っ」 マヤが幸せそうに笑った。 「ただし、二日酔いは禁止よ」 ミサトはニヤッと笑った。 「マヤちゃんには、技術班全体の新しいリーダーとして、良き お手本になってもらわなきゃならないからね」 「私がちゃんと目を光らせておくわ」 リツコが笑って、マヤの手を握る。 「さて、そんなに私たちがここにいたらお邪魔なら」 リツコはマヤを引っぱって扉に向かう。 「すぐにここを出た方がいいみたいね」 「皆さん、ごきげんようっ」 手を振るマヤと共に、二人はそそくさと出て行ってしまった。 「可愛いったらないわね」 アスカが首を振りながら苦笑した。 「ホントよね」 ミサトも同感だった。 ふとミサトは二人のエヴァパイロットを見やった。 「こんな時に悪いんだけどさ、新しい改良型のプラグスーツが 完成したの。よければ試着してくれるかな?」 レイはニッコリ笑う。 「わかりました」 アスカはまだ身体に残る傷跡のことが気になって、躊躇した。 「…いいわよ」 レイがすがるように見上げている姿に、アスカは強いて笑顔 を作って答えた。 「ありがとう」 主にアスカに向かって、ミサトが言った。すでにシミュレー ターでの搭乗に復帰しているとはいえ、こういったことがアス カにとってどれほどつらいことか、ミサトにはよくわかってい た。 「じゃ、行きましょ」 ミサトは二人を連れて会議室を出て、廊下を抜けてエレベー ターに乗り込んだ。 *** 三人が着いた部屋は更衣室に改造されていた。アスカは二着 のプラグスーツを目にするや、奇妙な灰色をしていることに不 満の声を漏らした。 「もっと個性的な色にできなかったのっ?」 ミサトに詰め寄るアスカ。 「これはね、特別に『頭のいい』素材でできてるのよ」 ミサトが説明する。 「身体の線にぴったりフイットするようスーツ自体が変型して 張り付く上にね、インプットしたデータに合わせて色を変える こともできるんだから」 「へえ、すごい」 アスカが、そのしなやかな繊維を指で触ってみた。 「でも、アタシはやっぱり赤にこだわるわ」 「私のは青で」 レイがそっと頼む。 アスカはちょっと眉を吊り上げたが、ミサトはポーカーフェ イスを装い続けた。 「理由は聞かないけれど」 それだけ言って苦笑したミサトは、扉のところまで行ったが、 振り向いて言った。 「じゃ、二人とも着替えて」 扉が閉じるやいなや、レイはさっさと青いドレスを脱いで丁 寧に畳んで、ブラとパンティだけの姿になった。そして背中に 両手を回し、胸をぐっと前に突き出す動きとともにブラの留め 金を外して、するりと脱いだ。 息を呑んだアスカは背を向けて、自分の軍服を急いで脱いだ。 『あ、アタシってばホントに、レイに欲情しちゃってる…!』 アスカは赤面しながら、ズボン、シャツ、ジャケットを畳ん で積んだ。 いきなり背中に柔らかなものを感じて、ビックリしたアスカ が振り向くと、レイと目と目があった。 レイはアスカの腕に残る白い傷跡を、そっと指でなぞった。 「これ、傷の跡?」 アスカは息を呑んで、高鳴る心臓の鼓動を抑えようとした。 「そ、そうよ」 何とか声を出すアスカ。 「使徒との戦いで、負傷したの」 「私がそこにいたら、アスカを助けられたかもしれなかったの に」 レイはぽつりと呟くと、顔を上げてアスカの瞳をじっと見つ めた。 「私、アスカが好き」 アスカは目を白黒させた。 「そ、そう。それはよかったわ」 「そうじゃなくてっ」 レイは首を振ると、自分の唇をショック状態のアスカの唇に 押しつけてきた。 「…愛してるの」 心底から吃驚仰天して息を詰まらせるアスカに、青い髪の少 女は冷静な顔で歩み去り、ハンガーからプラグスーツを手にと った。 混乱したアスカは、今レイが言ったのは、アスカ自身の思っ ていたことだったのかもしれないという気すらしていた。
続く
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