サード・ジェネシス

第13話

 
 アスカはレイの言葉に唖然として、自分のプラグスーツを抱
えたまま目を白黒させていたが、ようやく半裸状態の身体に無
理矢理着込んだ。

「いま、何て?」

 自分の言葉をレイがもう一度言おうとしたちょうどその時、
ミサトが部屋に入ってきた。

 レイとアスカが着たプラグスーツはぶかぶかで、立つと特殊
素材が垂れ下がってしまって、着心地は最悪だった。

「まずは、レイのスーツから調整するわ」
 青い髪の少女のそばに歩み寄ったミサトの手には、小さなハ
ンドサイズのユニットがあった。

 興味深くアスカが覗き込む前で、ミサトはその機械をレイの
スーツに向け、スイッチを押した。すると、スーツの生地はみ
んなの目の前で収縮しはじめ、そっとレイの全身を押し包んで
いった。
 青い髪の少女が驚きの表情を見せる中、ツヤツヤした素材の
スーツはレイの身体にぴったりと張り付き、しかも実に快適だ
った。

「で、レイの希望は青だったわね」
 呟くミサト。するとグレー一色だった生地の色がだんだん濃
くなり、深いダークブルーに変化し、さらに肩のパーツとお尻
の部分、そして両脚の脇に二本のラインがライトブルーで強調
された。

「ありがとう」
 ニッコリ笑うレイ。

「どういたしまして」
 軽く手を振ったミサトは、今度はアスカの立つ傍に歩み寄っ
た。
 妙に青ざめた顔色のアスカをひと目見て、ミサトが思わず言
った。
「どうかしたの?」

 わずかに赤面して床に目を伏せた赤毛の少女が、微かに呟く。
「何でもないってば」

「ふうん」
 訝しげな顔をしながら、ミサトはアスカのプラグスーツを調
整し、レイのスーツ同様に肌にピッタリ合わせていった。
「アスカはお決まりの赤ね」
 制御スイッチを押すと、アスカのスーツが変色する。灰色の
服が明るく輝き、アスカは鮮やかな赤色に包まれ、肩やその他
の部分がより明るいオレンジ色で彩られた。

「いい感じ」
 そう呟いて、アスカはちょっと両腕を振ってみた。やっと笑
顔を見せながら、アスカは自分のアイパッチの位置を直した。
「次は、これも色を合わせなきゃね」

「ま、それは後でね」
 ミサトも笑って言ってから、今度はやや真面目な顔になる。
「この新型プラグスーツは、以前のタイプよりも防御力を高め
てあるわ。銃弾や、火に対してもね」
 だが肩をすくめてこうも言った。
「またあんな大混乱を予想してるわけじゃないけど、万が一っ
て事もあるからね」

「銃弾…」
 呟いたアスカの顔が、妙に虚ろだった。

 不思議そうにアスカを見やってから、レイはミサトに向きな
おった。
「このプラグスーツを着たということは」
 少しためらいがちに訊くレイ。
「私たち、これからエヴァを操縦するの?」

「いいえ、まだよ」
 ミサトが首を横に振る。
「リツコとマヤがいないから、シンクロ試験が始められないの
よ。何かトラブルがあった時にまずいから」
 ふとミサトは時計を見た。
「今日はもう二人とも、オフにしていいわよ」

「ありがとう」
 嬉しそうに笑ったレイだったが、アスカは怪訝な顔をした。

「これから書類を処理しなきゃならないのよね」
 アスカの不安げな顔をきれいさっぱりと無視するミサト。
「だからぁ、夜遅くまで私、帰れないからね〜」

 その言葉にレイがアスカの腕をギュッと抱いて、もとの服を
置いてある場所に引っぱっていく姿を見て、ミサトはつい苦笑
してしまった。
『頑張んなさいよ、レイ』
 ミサトはほくそ笑んで、そっと更衣室を出た。
『さて、リツコとマヤちゃんも上手くやっていてほしいんだけ
ど』

***

 店に向かって歩いてくる二人を、茶色いショートカットのウ
ェイトレス・ヒトミがめざとく見つけた。
「また来ていただけたんですね、うれしいっ」
 ヒトミは陽気に二人を迎え入れた。

「この店はとても気持ちがいいものね」
 リツコが言った。
 自ら選りすぐったシンプルな黒のドレスをまとったリツコは、
目の覚める美しさだった。身につけたネックレスも、イヤリン
グと共に煌びやかに輝いている。その全てが、いつもの孤高な
科学者のいでたちとはほぼ正反対の姿だった。

 落ち着かない様子で、マヤは黒いショートヘアを手で描き上
げ、それからタイを引っぱったりした。マヤのスーツ姿は際立
って映え、頬を赤らめた顔は誰にでもわかるほどの幸せの証し
だった。

「あ、ヒトミさん。予約した席は?」
 マヤが尋ねる。

 変型セーラー服のようなドレスのポケットから小さな黒表紙
の手帳を取り出して、ペラペラとページをめくったヒトミが、
お目当ての項目を見つけた。
「はい、承ってますっ」
 二人にニッコリ笑いかけたヒトミが、奥に呼びかけた。
「エクセル〜?お願いしま〜すっ」

 元気があり余っているのが見ただけでわかる、ウェイトレス
姿の金髪の女の子が、混雑の中からどっとばかりに飛び出して
きた。

「はーいはいはいはいはい、テーブルまでご案内いたしますで
すよ〜〜〜!」
 二人に笑顔を振りまき、エクセルは他の客の安全など眼中に
も無いかのように人混みの中をズカズカと真っ直ぐに押しのけ
て突き進んでいく。その後ろから、マヤとリツコはおっかなび
っくり歩いていった。

「お、おもしろい娘ね」
 マヤの腕をそっと抱き寄せて寄り添いながら、人波の中を歩
いていくリツコが囁く。

「え、ええ」
 気をつけつつ、マヤも答えた。

 エクセルが案内したテーブル席は、ダンスフロアやカラオケ
ステージの喧噪から無縁な、書斎の書架の近くだった。
 エクセルが二人を席に招いたが、ここはマヤが進み出て、自
らリツコのために紳士的に椅子を引いた。

「ありがとう」
 優しくリツコの椅子を推すマヤに、リツコはそっと囁きかけ、
そして年下の恋人の恥じらいに染めた頬の色を返礼として受け
取ったのだった。

「やるーーっ、すっげーかっくいーっすぅ〜っ」
 ため息をつくようにエクセルが呟いた。
 二枚のメニューをテーブルに置くと、オーダーが決まるまで
その場を離れて二人きりにさせた。

 二人はしばらく押し黙ったまま座っていたが、やがてマヤが
いたたまれなくなって軽く咳払いした。
「先輩がそのドレス姿で部屋から出てきた時、私ったら気絶し
そうになっちゃって」
 マヤが言った。

 クスクス笑うリツコ。
「私だって、マヤがそのスーツ姿で出てきた時は、同じように
なっちゃったわよ」
 リツコはマヤの瞳を見つめたが、その目には困惑の色が浮か
んでいた。
「あのね、実は私、何を言おうか、ずっと考えてきてたの」
 そっと囁いたリツコ。
「でもね…、全部忘れちゃった」

 マヤがテーブル越しに手を伸ばし、優しくリツコの手を握っ
た。
「ずっと、ずっと先輩のことを愛してました」
 一点の曇りもない心からの真実とともに、マヤはリツコの目
を見つめながら静かに告げた。
「でも、きっかけが無かっただけなんです」

 リツコは息を詰めた。
「私も、マヤを愛してるわ」
 穏やかに告白するリツコ。
「それがマヤを傷つけてしまうかもしれないとわかっていても、
もう私にはどうしようもなくなってしまった」

 再びマヤはリツコの手を握る力を強め、そっと微笑んだ。
「愛することが、必ず人を傷つけることになるわけじゃありま
せんっ、リツコさん」
 大きく息をつくマヤ。
「碇ゲンドウは最低の人間で、先輩を利用しただけでした」
 激しい勢いでマヤが言いつのる。
「そんなの、愛なんかじゃありませんっ、私の先輩への想いは
そんなものじゃないんですっ」

 マヤを見つめるリツコが、そっと呟いた。
「マヤって、若いのに賢いのね」
 リツコはマヤの手をとると、咄嗟にその手の甲に口づけした。

 マヤは真っ赤になったが、リツコから手を引き戻そうとはし
なかった。
「そんな、私なんか…」
 恐縮して呟いたマヤは、まるでリツコの視界から消え入って
しまいそうだった。

「あのね、マヤ」
 リツコが視線を二階に上がる階段の方に向けた。
「実はね、今の私、全然お腹は空いてないの」

 リツコの視線の先に気づいて、マヤは目をはっと見開いた。
 頭に血が上って、マヤはリツコを見つめる。
「ほ、本気ですか?」

「私、こんなに本気になったの生まれて初めてよ」
 リツコがそっと答えた。

 マヤがエクセルを呼んで、何事か耳打ちすると、エクセルは
いきなり顔じゅうに笑みを浮かべ、マヤに鍵を手渡した。

 マヤの差し伸べた手を、リツコはしっかりと握りしめた。そ
して二人は一緒に階段を一歩一歩登っていったのである。

***

 町の反対側、薄明かりのオフィスで、葛城ミサトは厳しく眉
をひそめてモニターを見つめていた。
 技術班に取り組ませていたことの一つに、碇ゲンドウのハー
ドディスクの中にあった全データの修復作業があった。ゲンド
ウはその中に破壊プログラムを仕込んでいて、おそらく自分の
死と同時に秘密の記録を破棄するようにしていたのだった。

 技術陣の一人であるスティングレイ博士が、そのファイルを
再構成するプログラムを作り出した。完全なものではなく、意
味不明な部分がかなり残ってしまうが、データの主な欠落は補
充される。
 データベースを整理しながら、ミサトは探していたデータの
バッチを発見した。それはレイが封印されたと思われる時にさ
かのぼるものだった。

 復元プログラムがバッチを処理しているのを見ているうちに、
ミサトは気分が悪くなって、椅子から立ち上がった。身体を伸
ばすと、背骨がポキポキと鳴った。ミサトはのろのろとコーヒ
ーポットに歩み寄って、カップに煮詰まってしまったコーヒー
を注いだ。

『今すぐにでもビールが欲しいなあ…』
 そう思いながら、ミサトは眉をひそめてカップの中の真っ黒
な流動物を見つめた。肩をすくめて口をつけたミサトは、その
味にゾッとしてしまった。
 コンピュータが処理終了してポーンと鳴ったので、ミサトは
駆け寄り、コンピューターが何を表示したかを覗き込んだ。

 ファイルはまだ部分的にわからない部分があったが、要旨を
把握するにはじゅうぶんだった。
「碇ゲンドウ…あのクソオヤジっ」
 目を丸くしたミサトが、思わず呟いた。
 そして、声に出して読み上げた。

「妻の魂を復元させるには不十分だ…レイのクローンでは『依
代』たりえない…通常の『霊魂移植』プログラミングから外れ
た、特別に調整されたクローンを一体…」

 自分たちが貯蔵庫のコンテナの中から解放した、あの無垢で
優しいレイのことを思い出し、ミサトは苦虫を噛みつぶした。
「碇ゲンドウは、魂の容れ物としてレイを培養して、自分の妻
を甦らせようとしたんだわ」
 ミサトは呟いた。

 ミサトは手を伸ばし、指を削除キーに置いて全て消去しよう
としたが、それは踏みとどまった。データをディスクに保存し
て、ミサトは椅子から立ち上がった。

「このことを考えるには、もう疲れ過ぎちゃったわよ」
 ミサトはあくびをしながらオフィスからよろめき出て、扉に
施錠した。エレベータに向かうミサトの口元が、微かに微笑ん
だ。

「さて、レイはアスカと上手くやれたかしらね」

*今回のゲスト:神崎ひとみ(天空のエスカフローネ)
        エクセル(エクセル・サーガ)

    

続く

 

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