サード・ジェネシス

第14話

 
 ネルフ本部があるビルの長い廊下を二人で歩いていきながら、
アスカはレイをずっと見続けていた。小柄な青い髪の少女は、
しかし、つい数分前に自分がアスカに向かって言った言葉にも、
まるで動揺してはいないように見えた。

『アタシを愛してる、ってレイは言った」
 考えこむアスカ。
『でも、それはレイの勘違いに決まってるのよ。レイにはまだ、
自分の言ったことの意味なんかわかっているはずが…』

「アスカ?」
 レイがそっと囁く。

「な、何よ?」
 ハッと物思いから引き戻されたアスカ。

「また、難しい顔してる」
 微笑を浮かべて言ったレイの言葉と共に、二人は無人のエレ
ベーターに乗り込んだ。そして一階まで降りていく。
「私の言ったことが…気に障った?」

「そ、そうじゃないわ」
 そう答えたアスカはふと気づかされた。レイが自分のことを
本当に愛していると考えたとしても、その事を嫌がってなどい
ない自分に。

 アスカはレイに向きなおった。
「レイは、自分の言ってることがわかっているの?」

「そう思う」
 レイは静かに答えた。二人はエレベーターを降りた。
「アスカへの気持ちが、ミサトさんやマヤさんや、リツコさん
への気持ちと違うって自分でもわかるの。アスカのそばにいる
と、とても幸せな気持ちがするし、アスカにも幸せになってほ
しいって思うの」

 アスカは何か言おうと口を開きかけたが、しかし赤毛の美少
女はそのまま口を閉ざした。

 愛とは何かなんて、自分だってどこまでわかっているだろう
か?

 一緒に通りを歩きながら、アスカは自分の考えをうまく表現
できないかと悩んだ。

「アタシ、誰かを愛した事なんて今まで無かった…」
 だがアスカはついに認めざるを得なくなった。

「私だって…初めてのことだから…」
 レイも相づちをうつ。

「アタシは別に先輩風を吹かす気はないんだけどさ…」
 アスカが呟いた。
「ただ、レイはまだ目覚めてからまだひと月ちょっとだし、だ
から本当にレイが意味をわかって言ってるのかわからないし…」

「たぶん、わかっていないと思う」
 レイが素直に認めた。
「でも…やっぱりわかっているとも思う。私の心が語りかけて
くるのがわかるの。私は、アスカを、愛してる、って」

 心の中で葛藤しながらアスカが息を吐いた。
『アンタは怖れているのよ、アスカ』
 自分の心に率直に向き合う。
『もし、誰かを好きになったら、自分が傷ついてしまうかもし
れないって、怖がってるのよ』

 しかしアスカは、自分を信頼しきった少女の瞳を目にして、
思った。
『でも、アタシはレイを傷つけることなんかできない。そんな
こと、できるわけないじゃないのよっ』

「アスカ?」
 レイが声をかける。

「わかったわよ」
 アスカは手を差し伸べて、そっとレイの手をとると、一緒に
歩き出した。
「でも、少しずつゆっくりと、よ。いいわね?こういうのって、
慣れるのに時間がかかるんだから」

「わかった」
 レイはニッコリ笑ってアスカの手を握った。

 二人は家に着くまで手をつないでいた。
 なぜだかアスカは、自分よりも小さなその手を放したくなく
て、途中で人々から怪訝そうな視線を向けられても、メチャメ
チャ嬉しそうな笑顔で応えてしまったりした。
 アパートに着くと、二人はエレベーターに乗って部屋の階ま
で上った。

「この部屋に戻るとホッとするわ」
 アスカが一息ついて、玄関に二人で立ったまま後ろ手で扉を
閉めた。
 レイの手を仕方なく放して、アスカは見渡す限りのゴミの山
を眺め、苦笑して言った。
「ああ、懐かしの我が家よ、って感じかな」

 レイもゴミを見渡しながら、顔に笑顔を浮かべる。
「前よりもまだマシな方だって言ったよね?」
 ミサトのことを持ち出して訊くレイ。

「そのとおりよ」
 アスカが頷いた。

 横に首を振ったレイの髪が、サラサラと顔にかかるように揺
れる。
「そんな生活って、想像できない」

「寂しいモンよ」
 そう言った自分の言葉に、アスカ自身も驚いてしまった。

 アスカが靴を脱いでスリッパに履き替えると、その様子をレ
イもじっと見つめていることに気づいた。

 レイも自分の靴を脱いで、青色のスリッパを履いた。そして
手を伸ばしてアスカと指を絡ませ合った。
「アスカに寂しい思いなんかさせたくない」

「レイがいてくれるんなら大丈夫」
 アスカも素直に言う。

 二人はまた手をつないで一緒にキッチンに向かい、ひとまず
手を放して夕食の支度を始めた。
 アスカは冷蔵庫を開けて、不審そうな顔のペンペンに愛想笑
いしながら、ペンギンの体をすり抜けるようにして冷凍食品に
手を伸ばした。

「ミサトさんは料理しないの?」
 角が立たないようにレイが訊く。

「アタシの見た範囲じゃ、ね」
 アスカが陽気に肩をすくめた。アスカは冷蔵庫を覗き込み、
あちこち引っかき回して冷凍食品を引っ張り出すと、それを同
室の少女に見せた。
「好きなのは、どれ?」

 レイは最初は冷凍食品に目を落としたが、やがて顔を上げて
アスカを見つめると、顔に微笑を浮かべてじっと視線を送った。

 アスカは真っ赤になって、
「そういう意味じゃないってばっ!」

 レイは全く無邪気な顔で返事をする。
「そういう意味って?」

「あ、あのね」
 アスカは疑心暗鬼な顔つきだったが、結局はしらばっくれる
しかなかった。

 冷凍食品を電子レンジに入れて、一緒に大きな食事テーブル
の上を片づけて食事の場所を確保する。片づけしながら、時お
り互いの手が触れあってしまうたびに、二人は何度も互いをう
っとり見つめ合ってしまった。

 電子レンジのチンが鳴って、二人はハッと我に返り、椅子に
座って食事を始めた。
「今、ミサトがここにいたら」
 ソーセージをフォークで突き刺して頬張りながら、アスカが
言う。
「缶ビールが必須ね」

「私たちも要る?」
 レイがそっと訊く。

「ううん」
 微笑するアスカ。
「おいしい食事に素敵な仲間、それで十分よ」

 赤くなったレイの顔が、アスカには愉快だった。
「ありがとう」
 レイがソーセージに口をつけた。
 アスカはレイの食べる様子を見つめた。繊細な唇、輝く白い
歯…。はっと我に返って自分の食事に集中しなきゃ、とアスカ
は思った。だが、食べているといつの間にか視線が上に移り、
何度も笑い合ったりしてしまった。

「ごちそうさま」
 アスカはとうとう息をついて、お皿をよけてしまった。

 何か考えているような顔で、レイも食事を終えた。
「ごちそうさま」
 静かに言ったレイが、ふとアスカを見上げた。
「アスカ、料理の仕方、わかる?」

 きょとんとするアスカ。
「それほどでも」

「私も…」
 ため息をついて、レイは皿を片づけて、フォークを手にクル
クル回したりした。
「でも、時々は手料理も食べたいし。私、お料理習いたいな、
そしたらちゃんとした本物の手料理を一緒に食べられるから」

『一緒に?』
 戸惑ったアスカだったが、口に出して訊き直すことはしなか
った。そのかわりキッチンで洗い物の手伝いをしたが、何度か
自分とレイが作業しながら身体が触れあってしまうたびに、ア
スカはハイになってしまった。

「ミサトが帰ってくるまで、何か見たいテレビでもある?」
 やっとのことでアスカが訊く。

「ううん」
 レイは横に首を振って、アスカの顔を見上げる。
「今日は疲れちゃったから、早くベッドに入りたい…」

 ごくっと息を呑むアスカ。
「わ、わかった」
 何とか返事をする。

 二人の少女は、他の部屋を薄明かりにしてから、寝室に入っ
た。
 レイはするりと服を脱ぎながら、手際よく畳んでいく。ブラ
ウスに、スカートに、ソックス…。そして、ブラとパンティも
全部片づけてしまった。

 ニッコリと笑顔も晴れやかに、レイはアスカを見上げる。
「アスカは、脱がないの?」

『ああん、もう、可愛いっ…』
 そう思いながら、アスカはスラックスとTシャツを脱ぎ、い
ったんは戸惑いながらも、ブラとパンティに手をかけ、ひとつ
大きく深呼吸してから、そのまま脱ぎ捨てた。

 あわててアスカは自分のパジャマを手にして、頭の上からか
ぶると、火照ってしまった肌にヒンヤリした生地が滑り落ちて
いく。

 レイと言えば、ほとんどスケスケな生地の束を手にして、そ
れをパラッと振ると悩殺ネグリジェになった。レイはそれを興
味深そうに見つめ、そして身に着けたその時、アスカが慌てて
目を逸らすのに気づいた。

「似合う?」
 ためらいがちにレイが訊いた。

 アスカはゴクリと飲み込もうとしたが、それも辛いほどだっ
た。
「すごく、いいっ」
 かすれ声、咳払い。
「ど、どこでそんなの?」

「ミサトさん」
 レイがさらっと言い放った。そしてニコッと笑う。
「そう言えば、ミサトさんヘンなこと言ってた。これ、きっと
役に立つわよって。どういうこと?」

 ヤレヤレと首を振るアスカ。
「ミサトって思ったより頭がいいってことだわよ」

 レイはそれには答えず、ピッタリ合わせた二人のベッドの上
にシーツをかけた。先にレイがベッドに上がり、それからアス
カがその隣に横になった。ベッドにはじゅうぶんな余裕がある
のに、二人はその華奢な身体を触れあわせるほどくっついてい
た。

「おやすみ、アスカ」
 そっと囁いたレイ。そして少女は愛おしげにアスカに口づけ
した。

 アスカはそのキスの味を堪能しながら、両腕をレイの身体に
回していた。

 やっと二人のキスが離れると、アスカは息を切らしながらも
言った。

「おやすみ、レイっ」

 そして二人は、また唇を重ねていた。
    

続く

 

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