サード・ジェネシス
第15話
肩にかかる髪に滑る優しい指先が、羽毛のようにそっと繊細 に触れてくるのを、リツコは感じた。目を開けると、マヤの愛 おしげな瞳と目があった。黒髪の恋人はやむなく手を引っ込め た。 「おはようございます、先輩」 マヤが微笑む。 「おはよう」 リツコも答えた。 アリスガワ・ロケット二階にあるスペシャル・ルームのキン グサイズ・ベッドの中、リツコとマヤは生まれたままの姿で並 んで横たわり、シーツの下で一つに溶け合っていた。 まるでカナリアを食べて満足した猫のように眠そうな顔のリ ツコだったが、ニッコリと微笑まずにはいられなかった。 「可愛いわ、マヤ」 「先輩も、ステキです…」 マヤもそっと返事をした。 二人は身を寄せ一つになって、優美に唇を重ねてむさぼるよ うにキスを交わした。 数分たってようやく顔を離すと、マヤがそっと尋ねた。 「もうお腹は空きましたか?」 その問いに、リツコがアブナイほどのセクシーな流し目を送 ると、マヤは真っ赤になった。 「マヤがどんな意味で『お腹が空いた』って言ったのかによる わよ…」 物憂げに呟くリツコ。 その言葉にマヤは真っ赤に顔を染めてしまったので、リツコ はクスクス笑った。 「ごめん、マヤの顔を見たらつい、ね」 「リツコさんってば」 怒ったマヤだったが、顔は笑っていた。 壁時計を見上げたマヤが、ため息をついた。 「こんな朝に、ネルフ本部に戻らなきゃならないなんて…」 「任務が待ってるわ」 リツコもそう言って、ベッドから下りると、床に脱ぎ散らか したままだった自分とマヤの服を拾い上げた。 「ミサトが目覚ましコールを頼んでなかったぶんだけ、よかっ たわよ」 「まさか、いくらミサトさんでもそこまで(汗)」 マヤが不安げにリツコを見上げる。 「やるのよ、あの女は」 苦笑するリツコ。 「大学時代にどれだけひどい目にあったか、マヤにも教えてあ げなきゃね」 「た、楽しみにします(汗)」 マヤは昨晩着ていたスーツをまた身に着け始めた。 その時、扉をそっとノックする音に、二人は吃驚して顔を見 合わせた。 「おはようございますっ」 女の子の陽気な声が廊下から聞こえてきた。 「葛城ミサトさまから、目覚ましコールを承りましたぁっ」 一瞬の間。 「…いい、みんな?3、2…」 そして何人もの女の子の歌声が、すさまじい調子っぱずれで 炸裂した。 「♪あーたらしーいー、あーさが来たっ!きーぼーおの、あー さーだっ!よーろこーびに胸をひーろげっ、あーおぞーらあー おーげ〜〜〜っ!」 「あうう、もお」 両手で顔を覆いながら呻くリツコに、ベッドの上で笑い転げ るマヤ。 「あ、それと葛城ミサトさまから伝言をことづかってまーす」 嬉々とした声は、天堂ナビキである。 「《もし遅刻なんかしたら『マヤとリツコはデキちゃった!』 って書いた垂れ幕を、ビルの上から掛けてやるからねっ》」 一瞬の間。 「…一階に朝食サービスをご用意しておりま〜す」 そして去っていく足音が、二人の耳に入った。 マヤは服を着終えるまで、何とか吹き出さずにこらえた。 「いつかミサトさんにもこのお返しをしなきゃなりませんね」 ぶつぶつ言いつつも、マヤの顔は笑顔だった。 「楽しみにしてるわ」 身をくねらせてドレスをまといながら、笑い顔のリツコが応 えた。 二人はバスルームに入ってさっと身繕いし、歯を磨き、髪に 櫛を入れてから、一緒に階段を下りて朝食をとりに行った。 「おはようございます」 ホールに散在するテーブルの間をスタスタとすり抜けて、サ サミが料理たっぷりの朝食の皿を置いて回った。そして青い髪 のローティーン少女は厨房に駆け込み、必要なお客さま用のフ レッシュオレンジジュースとアスピリン錠を載せたトレイを運 んできた。 「ありがとう」 マヤが少女に軽く手を振った。 二人で食事を始め、食べながらマヤが訊いた。 「ミサトさん、本気で垂れ幕を掛けると思います…?」 「やりかねないわよ」 ため息をつきつつ、リツコは美味しそうにエッグトーストを 頬張る。 「どうしても答えがどっちか知りたいなら、早くその場に行っ てみることね」 「そ、そうですね」 マヤの食べるスピードが少し早まった。 *** 「ごきげんよう、いってらっしゃい」 手をとりあってアリスガワ・ロケットを後にする二人の後ろ 姿に、ヒトミが微笑みを浮かべながら手を振って見送った。 「あの娘も絶対にさっきのコーラス隊に入ってたわね」 リツコが笑いながらジープの助手席に乗り込むと、マヤは運 転席に座り、滑らかなハンドルさばきで大型車をスムーズに発 進させた。 リツコはそっと手を伸ばしてマヤの太股に触れ、そして、顔 色を変えた恋人の顔を見つめながら、その手をだんだん上にと 移動させていった。 「先輩、そ、それ以上は…」 マヤの声が震える。 「でないと、手元が狂って道をはみ出しちゃいます(汗)」 クスッと笑ったリツコは、手を動かすのは止めたものの、そ のかわりそのまま手を離そうとはしなかった。 「じゃあ、どうしましょうか?」 金髪の美女が甘く囁いた。 「ミサトさんが私たちの関係を第3新東京市じゅうに公表しな いかどうか、確かめるのが先でしょ」 苦笑しながらマヤが言ったが、少し真面目な顔で言葉を継い だ。 「私にとってはそんな軽い事じゃないんです、先輩。私…先輩 の人生の一部になりたいんです。そして、先輩が私の人生の一 部になってほしいんです。…愛してます、リツコさん」 「ええ」 リツコはニッコリ笑った。 「私もよ、マヤ」 *** 二人は余裕でネルフ本部に到着し、着替えをしてからミサト のオフィスに一緒に報告に向かった。 二人が部屋の中に入ると、ミサトがガッカリした顔を見せた。 「なーんだぁ」 ため息をついて、ミサトは机の上のコムリンクのスイッチを 入れた。 「アスカ、二人とも、垂れ幕製作は中止〜。二人とも時間内に 戻って来ちゃったわ」 スピーカーからアスカの笑い声が大きくはっきり聞こえた。 『ほらあ、言ったじゃないのよ、ちゃんと帰ってくるって』 苦笑するアスカ。 少し間をおいて、こそこそ向こうで話し声が聞こえ、そして アスカが話してきた。 『あのさ、とりあえずこれ、完成させちゃってもいいでしょ? レイが色塗り気に入っちゃったみたいなの』 「お好きなように」 そう言ってリツコはコムリンクを切った。そして、目の前で 手をつなぎ合ったままの恋人同士に、思わず微笑した。 「こんな日に時間どおり来いだなんて悪かったけど、今日はこ の後に修復されたエヴァのシンクロ試験が予定されてたから」 「わかってるわ」 そう言ったリツコが、マヤと目配せした。 「こっちにも、ミサトに見てもらいたいものがあったから」 「え?」 その言葉に思わず昨夜の艶事を連想して、口を割らせようと 思ったのを、ミサトは強靱な意志力で抑えた。 マヤはそれに気づかなかったが、リツコは目ざとく察知して いた。 机の操作盤を少し動かして、マヤが図面を呼び出すと、コン ピュータが画像を表示した。 「これです」 マヤが後ずさりして、ミサトによく見えるようにした。 ミサトは目を丸くして、その図像を熟視した。 それは間違いなくエヴァンゲリオンだったが、どこか根本的 に異なっていた。もっと厚みがあり、骨ばったところが減り、 以前のエヴァよりもずっとバランスのとれたフォルム。前のデ ザインに比べて、ずっとパワフルに見える。 「これ、何て言うの?」 やっとのことでミサトが呟いた。 「まだ名前は付けてないのよ」 リツコが答える。 「そうね、『スーパー・エヴァンゲリオン』とでも言えばいい のかしら』 説明を続けるリツコ。 「パワー、耐久力、スピード、どれをとっても以前よりも大幅 に上回っているわ」 「スーパー・エヴァンゲリオン?ダサいわよ」 眉をひそめるミサト。 「でも、これがスゴイっていうのは認めるわ。だけど、実際に こんなの建造可能なの?」 リツコがマヤに目で合図すると、マヤは以前に用意済みのア ピールを思い出した。深呼吸して、マヤが大まじめに言った。 「できます。外部の人材に必要な技術を持つ人がいますし、実 際の建造は現存設備でほとんど可能です」 「わかったわ」 考えこんで、デザインを見つめながらミサトが言った。 「マヤちゃん、いい名前のアイデアある?」 興味津々で訊くミサト。 「わ、私ですか?」 マヤが目を白黒させる。 「あの、皮肉っぽい呼び名なんですけど…『アークエンジェル』、 とかどうかな、なんて…」 「アークエンジェル…?」 考え深そうにリツコが言った。 「悪くないわ」 ミサトも賛成した。 「その名前、頭に入れておきましょ。でもまずは、この建造案 を国連に提案して、連中がどう思うかを考えないとね」 「そうですね」 マヤが苦笑する。 「前司令だったら、同意があろうが無かろうが建造を始めさせ ていたでしょうけど」 「私は碇ゲンドウとは違うわ」 平静に言ったミサトの顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。 「…ふふ、そうだわ」 *今回のゲスト:天堂なびき(らんま1/2)
砂沙美(天地無用!)
神崎ひとみ(天空のエスカフローネ)
*「アリスガワ・ロケット」の女の子たちが目覚ましコールで
歌う歌は、原文では、ミュージカル映画『オクラホマ!』で
故フランク・シナトラの歌う「美しい朝(Oh, What a Beau-
tiful Morning)」です。アメリカ人には馴染み深い歌ですが、
ここでは「ラジオ体操の歌」に差しかえさせていただきまし
た(笑)
続く
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