サード・ジェネシス
第16話
「すごいわね」 リツコは制御室の自席でシンクロ試験をじっと観察しながら 呟いた。 「ナコ、データは?」 黒髪のメガネっ娘がデータをいったんチェックして、再度確 認する。 「はにはに〜、シンクロ率99パーセントですぅ」 驚き混じりの声でナコが報告する。 「今日はこれで終わりです、アスカちゃん」 エントリープラグの中に座る少女に向かって、マヤが呼びか けた。 「もう出てきていいわよ」 「助かったあ」 アスカは両手から力を抜いて、操縦桿を放し、軽く首を振っ た。再びこのエントリープラグに、しかも新型プラグスーツを 着て入っているなんて奇妙な気がしたが、一方でどこかこれで よかったという気もしていた。 数分後、エントリープラグが弐号機から引き出され、アスカ が這いだしてきた。補助クルーの一人がタオルを持って待機し ていた。 「すごかったですよ、アスカさん」 茶髪の若い男は無精ヒゲのいかつい顔をほころばせ、嬉しそ うに呼びかけた。 しかしアスカはそれに答えず、まともな方の目で弐号機を振 り仰いだ。量産型エヴァによって中にアスカがいたまま八つ裂 きにされて破壊されかかった弐号機が、今や完全に修復されて いた。 だがアスカ自身はまだ完全ではなく、そして一瞬、アスカは そのことで弐号機に対してやり場のない怒りを感じてしまって いた。 「アスカさん?」 技術クルーが繰り返した。 アスカは自分の左目のアイパッチを手で触れ、そしてその手 を下ろしてぐっと握りしめる。 「ごめん」 アスカは男に引きつった笑みを見せ、できる限りの急ぎ足で 通路を降りてエヴァから離れていった。 「え、俺、何か悪い事言ったかな?」 目を白黒させて、茶髪の男はガックリうなだれた。 *** 数時間後、マヤとリツコはシンクロ試験の結果をミサトに報 告していた。 リツコはニッコリ笑いながら報告書を手渡した。 「レイのシンクロ率はちょっと低いけれど、じゅうぶん許容範 囲を上回っているわ」 問題のデータを見て、ミサトもニコリと笑う。 「うん、このシンクロ率なら、以前のオリジナルのレイよりも いいんじゃないの?」 「その通りです」 マヤが微笑む。 ミサトは報告書を読み続けながら言った。 「でも、何も問題なければこうして二人揃って来るはずないわ よね」 顔を上げたミサト。 「何があったの?」 「アスカは…まだこっちが期待できるほどの出撃可能な状態で はないわ」 そう言って、リツコは、アスカがエヴァから降りたときに技 術クルーが目撃したことを伝えた。 「正直言ってね、私はアスカがエントリープラグに入ってくれ ることすら無理だと思ってたの」 ミサトが静かに言った。椅子から立ち上がり、ミサトは窓際 に歩み寄って第3新東京市を見渡した。 「フィードバック・システムのことを知ってたからね」 そう言いながら苦笑するミサト。 「弐号機が八つ裂きにされた時、アスカは自分自身がバラバラ にされたと感じたはずなのよ」 「心理療法士のセッションを予定に入れましょうか?」 マヤが提案する。 「いいえ」 ミサトははっきり首を振った。 「そんな事をしたら、アスカをさらに苦しめるだけだと思うわ」 ほっとため息をついて、ミサトは言った。 「アスカにはもう少し時間を与えてあげて、アスカが自分から もう大丈夫だって言ってくれることを信じてあげましょう」 「私たちにできる事があればいいのに」 リツコが肩をすくめた。 「待つのって性に合わないわ」 本音ではこんな事を言いたくなかったマヤだが。 「…他のパイロットを見つける可能性を探るべきでしょうか?」 「それはマズイと思う」 ミサトが顔をしかめ、その黒髪を掻きあげた。 「そりゃあ、どんな手を使ってでも生き残ったアスカの同級生 たちから探せっていうならできるでしょうけど…」 「あれはミサトのせいじゃないわよ」 リツコが慰める。 「あの時は、ミサトのベストを尽くしたんだから」 そう言って元気づける。 「ね、次世代型エヴァンゲリオンの件はどうなったの?」 「名前とか、決まったんですか?」 マヤも尋ねる。 ククっと苦笑して、ミサトは二人のそばに戻った。そして机 にもたれながら言った。 「まだ名前は付いてないけど、試験機を建造する認可はもらえ たわ。『α号機』としてね」 「それでβ、γ、δと続かれちゃたまらないわ」 眉を吊り上げるリツコ。 「そんなことにならないようにするためにも」 ミサトが静かに言い切った。 「ともかくまずは、α号機を建造しないとね」 テーブルから書類を手にとったミサト。 「必要なものはある?」 今回は「元先輩」から促される事無しに、マヤが即答した。 「弐号機の修理は完了したので、スタッフをそちらに回せます。 もちろん零号機や弐号機をチューンする人員はある程度維持し なくてはなりませんけど、それほど大人数は要りません」 「資材の方は?」 ミサトが訊く。 「手持ちのものだけでスタートできるわ」 リツコが口を挟んだ。 「その後は貯蔵庫にある補給物資をあさってみるし。それが済 んだら、改めて必要な要求を出させてもらうから」 「要求があれば優先的にそっちに回すわよ」 ミサトが真面目な顔で言ったが、すぐに笑みを浮かべる。 「ただし、あまり浪費しないようにね、いい?国連への要求全 ての責任者は私だけなんだから」 「努力します」 マヤがニッコリ笑うと、リツコも後ろでそっと笑った。 「はい、よろしい」 ミサトが真面目な顔になった。 「では二人とも、退出してけっこう」 そう言って二人に手を振って笑うミサト。 「私はこれから仕事があるから」 *** そのころ、第3新東京市の一角で、レイはアスカと落ちあっ てニッコリ笑っていた。二人とも私服に着替えている。アスカ はまたスラックスに白いシャツ姿で、消えかかっていた手足の 傷をまだ気にしていた。レイはシンプルなサマースカート姿で ある。 興味津々でアスカがレイの顔を覗き込んだ。 「ね、どんな感じだった?」 「何だか…ヘンな気分」 レイがポツリと答え、考えこむような顔を見せた。 「みんなが見つけてくれた、あのカプセルの中にいた時の感じ… というか…」 『レイってば、あんまり精神的なダメージは無いみたいね』 アスカは思った。この落ち着いた冷静さは、今のレイが以前 のレイと共有しているものである。怒りや恐怖で全身が張りつ めてしまいがちなアスカは、そんなレイを時折、羨ましく思っ た。 「アスカはだいじょうぶ?」 そっと問いかけたレイの声には明らかに心配している響きが あり、レイは優しくアスカの腕に触れた。 アスカは強がろうとしたが、レイの優しい深紅の瞳を見たと たんに、嘘が言えなくなってしまった。 「ううん」 アスカは小声で答えた。 「でも、きっと次は」 レイを安心させるようにニッコリ微笑むアスカ。 「だって、アタシはタフだもん。がんばる」 「アスカが強いのはわかってる」 レイも言った。 「でも…、もし受け入れてくれるなら、私、アスカの力になり たい」 レイの手がアスカの腕をなぞっていき、そしてアスカと指を 絡ませるように握った。 二人は再び歩き出した。 無垢なレイの行動に、思わずアスカは笑みがこぼれた。 「ありがとう」 二人歩きながら、アスカは指に力を入れてレイの手をギュッ と握った。 「ところで」 レイが話題を変えた。 「今夜の夕食、どうするの?」 アスカが苦笑する。 「そうね、今夜は出前にしようか。たぶん、ミサトがたいがい の美味しいレストランの電話番号を知ってるはずだから」 「マヤさんやリツコさんは夕食どうしてるのかな?」 レイが呟いた。 アスカの脳裏に妖しい想像が浮かんだが、それを口に出す事 はしなかった。とはいえ、少々顔を赤くして、 「そ、そうね、二人とも料理をしてるのって見たことないな」 アスカはそう言った。 レイは不思議そうな顔をしたが、なぜアスカが赤面したかの 理由を訊く事はしなかった。 「あの二人、ずっと一緒にいるのかな」 「たぶんね」 アスカがそう答えるうちに、二人はアパートに着いて一緒に 中に入っていき、上に行くエレベーターに乗り込んだ。 廊下を行くと、大きめの一戸の前にダンボール箱が山積みに なっているのを見かけたアスカが、驚いて目を丸くした。 「あれ、誰か引っ越してきたのかしら?」 その時、その部屋の中から顔を出して、ニッコリ笑いかけて きたのは、何とミサトだった。 「二人とも、こっちに来て新しいお隣さんに挨拶しなさい」 「え?」 レイがきょとんとした。二人で廊下を歩み寄っていき、部屋 の中を覗き込むと、少女たちは目を丸くした。ミサトに手助け されて家具を据え付けていたのは、マヤとリツコだったのであ る。 「二人とも、ここに越してきたの?」 アスカが叫んだ。 「空き部屋が残ってたから」 肩をすくめたリツコが、ちらりとミサトを見る。 「それに、我らが司令官どのがぜひにって言うもんだからね」 「ごめん、ちょっと手伝ってもらえる?」 大きなタンスを廊下から中に入れようとして息を切らしたマ ヤが頼む。 「はいはい、わかったわよ」 マヤに同情して、アスカが反対側を持とうとした。 「お礼に今夜は私がみんなにごちそうするわね」 リツコは朗らかにそう言ったが、一瞬置いて、 「ねえ、誰か美味しいレストランの出前の電話番号知らない?」 ミサトも、アスカもレイも顔を見合わせ、そして一斉に爆笑 した。 *今回のゲスト:神維那己(鋼鉄天使くるみ2式)
続く
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