サード・ジェネシス
第18話
「最終ロック、解除」 ネルフのコントロール室に、マヤの命令の声が明瞭に響いた。 「全拘束オフ」 ナコが報告する。 「エヴァ弐号機、活動可能状態です」 『了解』 そっけなく応えたアスカだったが、その手は制御レバーを固 く握りしめていた。 『じゃ、行くわ』 一瞬ミサトが息を詰める中、深紅のエヴァ弐号機が微かに身 じろぎした。そして巨大な人型ロボットはこわごわと、その一 歩を踏み出した。 「データの数値は?」 歯切れ良く訊いた黒髪の美女は、座席から心持ち腰を浮かせ て身を乗り出した。身にまとっている赤いジャケットにはよう やく将軍の星の階級章が付けられていたが、それ以外はいつも 通りの普段着感覚である。 「全く異常なしですぅ」 長い黒髪をケープのように垂らしたナコが、コンソールの座 席から答えた。他の職員同様に軍服風の制服に身を包んだナコ の顔を、コンソールのライトが照らしている。 かつて碇ゲンドウが座っていた中央司令席に腰掛けているこ とに、ミサトはひどく違和感を感じていた。 ナコの後ろに立つマヤは、若き一尉として状況への指示をて きぱきとこなしており、その横でリツコが必要と思われる助言 を的確に与えている。 「アスカさん、感じはどうですか?」 不安げにショートヘアをしきりにいじりながら、マヤがそっ と尋ねた。 弐号機が大写しになっていた司令室の大型モニターの下隅に、 アスカの顔が映った。オレンジの髪の美少女パイロットの危険 なほどの勝ち気さが、その顔の黒いアイパッチで強調されてい た。身体にピッタリの真っ赤なプラグスーツと相まって、アス カの姿を際立たせていた。 『ちょっとヘンな感じ』 静かに答えたアスカは、第3新東京市の地下ジオフロントで 駆動するエヴァ弐号機に精神を集中させていた。 「おかしなところがあれば必ず教えてね」 ミサトがきっぱりと言った。 アスカの顔に微笑みがこぼれた。 『ありがと』 綾波レイは今起きていることを夢中になって見つめていた。 その溌溂とした紅い瞳に青い前髪がかかる。 「私の番はいつになるの?」 普段着のままの少女がミサトを見上げた。 リツコが口を挟む。 「弐号機の駆動テストが終わり次第に、零号機に乗ってもらう わ」 ニッコリ笑うリツコ。 「ちょっと我慢しててね」 レイがアスカを見やった。 「アスカと一緒にしたいのに…」 その声が間違いなくアスカに届いたことに、ミサトは気づい た。アスカの頬がポッと赤らんだからである。 クルーのチームワークの良さを目にして、ミサトは他のメン バーにもここにいて欲しいと思った。 『もう一度、他のみんなにも戻ってもらうように働きかけてみ よう…』 ミサトは決心していた。 「データはじゅうぶんでしょうか?」 リツコを伺うようにマヤが見やった。金髪の美人科学者がコ クンと頷くのを見て、マヤはアスカに視線を移した。 「今日はこれでいいと思います。弐号機を戻して、報告を受け たら、降機してけっこうです」 『了解』 そう応答したアスカの声には、少しホッとしたような響きが 混じっていた。 『まだちょっとしっくりこないみたいね』 そう思ったミサトだったが、エヴァはもとの起動場所に滑ら かに戻っていった。 『でも、めきめき良くなってきてるわ』 声に出して尋ねるミサト。 「リツコ、このまま今日じゅうに零号機のテストもやっちゃう?」 「先に今のデータをやっつけたいわね」 思慮深く答えるリツコ。 「エヴァの性能とアスカのシンクロ率を完全に分析してみるの よ」 「ごめんね、もうちょっと待っててもらえる?」 ミサトがレイに訊いてみる。 自分の意志を訊かれたことにびっくりして、顔を上げたレイ だったが、すぐさま気を取り直した。 「はい」 微笑むレイ。 「待つのは気にならないわ、ミサトさん」 「よかった」 そう言ったマヤが、クスッと笑ってすぐに言い添えた。 「下に降りて、アスカちゃんを出迎えてあげたら?きっと喜ぶ わよ」 「そうする」 そう言いながら、レイはそそくさと扉を抜けて出て行った。 ミサトが見守る中、エヴァ弐号機が定位置に収まり、巨大な アンビリカル・ブリッジが機体を取り巻くようにロックした。 拘束が完了した途端に、ミサトはほっと安堵の息をついたが、 室内の他の者には聞かれないでほしかった。 「初号機とは違うんだから、ね?」 ちょっとおどけたようにリツコが言った。 「もう拘束を破って暴走したりしないわ」 立ち上がったミサトが、髪を後ろにかき上げた。 「ええ、心が無い機械だもの」 微かに笑うミサト。 「少なくともそう願いたいところだわ」 「心なんて言葉を使った覚えは無いんだけど」 そう言ったリツコがふと見ると、ミサトは司令席から降りて 来て二人に歩み寄っていた。 「自意識、とでも言った方がより正確よ」 「どっちでもいいわ」 ドライに言い捨てて、ミサトはジャケットのポケットに両手 を突っ込むと、リツコとマヤと共に司令センターを出ると、訊 いた。 「で、これからどうしようか?」 「私はテストのデータを分析するわよ」 冷静に答えたリツコ。三人は一緒に廊下を進む。 「でも、モニターの弐号機の様子を見ると、許容の範囲内で機 能していたように思うわ」 「難しい言い回しを翻訳すると」 恋人を甘えるように見やるマヤ。 「うまくいってるってことですね」 「よろしい」 くすくす笑いながら、マヤとリツコに手招きしつつエレベー ターに先に乗り込んだ。 「アスカはまだちょっとぎこちなかったわね」 そう言ってため息をつきながら、ミサトはボタンを押し、地 上からネルフ本部へと昇っていく。 「それはわかります」 マヤが言った。 「でも、アスカちゃんすごく良くなってます。シンクロ率は上 向きだし、シミュレーションの結果も間違いなくスゴイです」 「良かった」 そう言った後、ミサトが少し口ごもった。 「…で、前に話した『緩衝システム』の進捗はどう?」 「イマイチね」 リツコが答える。 「ミサトの希望に応えるプログラムは難しいわ。エヴァからパ イロットへの苦痛のフィードバックをカットしてしまうと神経 接続の反応が鈍くなってしまうのよ。致命的なダメージをシャ ットダウンするシステム自体が持つ問題点ね」 ミサトが苦笑いして頷いた。 「ともかく、この件の検討はこのまま進めてちょうだい、お願 いよ」 一瞬言葉が途切れた。 「もう二度とアスカをあんな目に遭わせたくないの」 「全力を尽くします」 マヤがきっぱりと言って頷いた。 エレベーターがチンと鳴って停まり、三人はビルの管理階に 姿を現した。 「データの分析結果は明日、私の机に出せる?」 ミサトが訊く。 「問題ないわ」 笑って答えるリツコ。 「じゃ、また夜にね」 そう言ってミサトが手を振った。 「私はアスカとレイに『悪い知らせ』を伝えに行かなきゃ」 「がんばってください」 そう言って笑ったマヤは、リツコと一緒に歩み去っていった。 ミサトは自分のオフィスに向かい、外の扉を開けて秘所に微 笑みかけた。顔を上げたヒミコが微笑みを返し、アッシュグレ イの髪を後ろになびかせながら紙の束を差し出した。 「伝達事項です、司令」 「ありがと、ヒミコ」 ミサトはそう言うと、デスクの脇に立って伝言の紙をペラペ ラとめくった。 「もうじきアスカとレイが来るから、すぐ中に案内してあげて」 「わかりました」 ヒミコが頷いて言った。 「手続きを始めてしまってもよろしいでしょうか?」 伺うようにミサトに訊くヒミコ。 「まずは二人に説明するのが先決よ」 ニヤッと笑うミサト。 「でも、お願いしちゃうわ」 「かしこまりました」 ヒミコが答えた。 ジャケットを脱いでハンガーに掛け、自分のデスクに座った ミサトは、すでにコーヒーが用意されていることに気づいた。 口をつけると、やっぱり自分の好みにピッタリで、思わず息を ついた。 「…ありがと、ヒミコ」 数分ほどして、外で話し声が聞こえ、内扉が開いてアスカと レイが中に入ってきた。アスカはスラックスにボタン式のシャ ツというエキセントリックにボーイッシュな姿、その後からレ イはブラウスとスカートという姿で続いて入ってきた。 「ハァイ、ミサト」 上機嫌のアスカ。 「アタシたちに何か用だって?」 「ちょっと悪い知らせ」 ミサトが言った。 「え?」 訝しげな顔のレイ。 「二人ともネルフの『士官』なんだからって、日本政府にかけ 合ってはみたんだけどね」 説明するミサト。 「あちらさんのおっしゃることではねえ、…二人とも学校に戻 るべきだ、ってさ」
続く
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