サード・ジェネシス

第19話

 
 アスカは姿見の前でクルリと身を翻し、以前の学校の制服が
ちゃんと合っているかを確認した。左目はアイパッチに隠され
てはいるものの、見事な着こなしではあったが、アスカはちょ
っと違和感も感じていた。学校のよりもネルフの制服の方が着
慣れてしまっていたからである。

「どうかしら…?」
 ためらいがちにレイが訊いた。

 振り返った途端、アスカの顔は大歓迎の笑顔にぱっと輝き、
青い髪の少女を食い入るように見つめていた。少女にピッタリ
の制服姿に悦びの笑みを浮かべながら、アスカの頬が染まった。

 ニッコリ笑うアスカ。
「最高じゃん」

 考えこむようにしてアスカを見上げるレイ。
「あのね、ネルフの制服姿のアスカを見なれちゃってるから…」

「アタシもよ」
 アスカはスカートを軽く引っぱった。

「じゃ、あっちの方を着た方が…」

「そういうわけにはいかないけど…」
 考えこむようにアスカの言葉が途切れ、そしてクスリと笑っ
た。
「でも、他に着られるものもあるわよ」

 玄関が開く音がミサトの帰宅を知らせ、間もなくネルフ司令
官の登場となった。黒髪が目にかかり、見るからにやつれた顔
だった。
 ミサトは二人の姿を目にしてニッコリ笑った。
「あら、お似合いじゃないの」

「ありがとう」
 レイが答える。

「復学を猶予してもらえたの?」
 微かな希望を抱いてアスカが笑顔で訊いた。

「ごめん」
 首を横に振るミサト。
「まったく面倒なことに、二人を復学させるっていう決定が、
何よりも『政治的な思惑』ってやつなのよね」

「どーゆーこと?」
 アスカが眉を吊り上げた。

 驚いたことに、それに答えたのはレイだった。
「今の日本は国連とネルフの大きな影響をうけているから」
 レイが言葉を続ける。
「おそらく、日本政府はせめて私たちをコントロール下に置こ
うとしているのね」

「そういうこと」
 ミサトが頷く。三人はリビングルームに移動し、長椅子に腰
を下ろした。
「とりあえず、前の制服はまだ着られるみたいね」
 ミサトがアスカに水を向けた。

「でも、アタシ着る気はもうないからね」
 断固とした口調でアスカが答えた。そして身を乗り出して言
った。
「ね、男子の制服ってどうかな?」

 レイはその言葉にちょっとびっくりしたが、ミサトはおもし
ろそうな顔つきである。
「そんな事したらたちまち話題ね」
 だがミサトはハッキリと言った。

「もうとっくに噂の的になってますってば」
 そう言ってアスカは自分のアイパッチを指差した。
「おかげでアタシもずいぶん図太くなったもんね」

「それ、すごくいい考えだと思う」
 レイがポツリと言った。
「アスカ、ズボンがよく似合うもの」

「それで決まりね」
 ミサトがぱっと笑顔を見せた。
「でも、それだと新しい制服を買いに行かなきゃならないわね。
どうする?一緒に行く?」

「やったあ、お買い物!」
 アスカがニッコリ笑う。
「でも、アタシ運転できないわよ?」

「そこはそれ、うちには頼りになる一尉ドノがいるから」
 ミサトはニヤリと笑った。マヤがついさっきミサトに報告に
来ていたのである。
「お願いできる?」
 ミサトがようやく声をかけた。

「かまいませんよ」
 微笑むマヤ。
「リツコさんの用事をこなしていた頃と変わりないですから」
 マヤがアスカに頷きかけた。
「これからすぐ行く?」

「お願いね」
 ニコリと笑ったアスカ。

 レイも二人にくっついて出て行ったので、後にはミサトだけ
が残った。だがすぐに隣室を訪ねてノックした。間もなく顔を
出したリツコが、メガネ越しに睨みつけていた。だがミサトは
全く動じることもなかった。
「ちょっと話せる?」

 ミサトを室内に招き入れたリツコだったが、中はリツコと少
女たちが同居する部屋とは雲泥の差の小ぎれいさだった。何せ
ここは名だたるハイテクマニアカップルの愛の巣なものだから、
最高級のハイエンドパソコンから、市場で最も高性能のコーヒ
ーメーカーに至るまで、セットでそろっているのである。

「遠慮せずに命令すればいいのよ」
 コーヒーに口をつけながら、金髪の美女は言う。
「でも、こうして私たちのプライベートに入り込んでくるとい
うことは、あまり大っぴらなことにしたくないって事ね」
 リツコはミサトに席をうながす。
「で、何?」

「まあ、そういうことなんだけどね」
 ミサトも認め、コーヒーを一口飲み、滑らかな味わいを楽し
んだ。
「マギは、今作動しているの?」

 リツコの顔からは何も読み取れなかった。
「何も」

 苦笑を浮かべるミサト。
「だと思った」
 しばらく押し黙ったまま座っていた二人だったが、ミサトが
口を開いた。
「マギはどんな状態なの?」

 考えこむような顔で、リツコはコーヒーを飲んだ。
「アル中になりたい気分だわ」
 そう呟くと、リツコはミサトに皮肉な笑みを投げかけた。
「マギの三つのコンピュータも、何かの影響でそういう状態に
なっちゃってるみたいなのよ」

「何ですって?」
 起き直ったミサトの顔は不安げだった。

「技術陣の意見によれば、マギはほぼカタレプシー…精神強硬
症状態なんですって」
 ネルフ司令官に向かって、リツコは冷静に報告した。そして
さらにコーヒーを飲んだ。
「基本的な機能は残っているけど、いわば『心が翔んじゃった』
状態ってこと」

「何てこと…」
 呟いたミサトだったが、ふと妙な顔をした。
「今、技術陣の意見って言ったわね?」
 指摘するミサト。
「自分では手をつけていないの?」

「母と私とは最初からうまくいかなかったわ」
 リツコがポツリと言った。
「母の仮想体とは、なおさらよ」

「こっちとしては命令はしたくないわ」
 ミサトが言った。
「でも、挑んでみる価値はあると思うの」

 目を上げたリツコは、また視線を下げてコーヒーを見つめた。
「やってみるわ」
 やっとのことで、リツコはそう言った。

 ミサトはそれ以上リツコを追い込まないことにして、話題を
変えた。
「ところで、マヤちゃんとの甘い生活はいかが?」

 リツコは、頬が紅くなるのが自分でもわかった。
「相性は合っていると思うわ」
 笑顔を浮かべたリツコだったが、その笑顔に意味ありげなも
のをよぎらせて、こう付け加えた。
「…とっても才能のある娘よ…ベッドの中でもね」

 ミサトはコーヒーにむせ返った。
「そ、そこまで訊いてないってば」
 咳き込むミサト。

 ちょっと真面目な顔になって、リツコが訊く。
「ミサトは、誰とも付き合っていないの?」

 ミサトは首を振った。
「うん、どうしようもないわよ」
 哀しげに笑顔を浮かべるミサト。
「加持君は当てにできる人じゃなかったし、実際のところそう
いう気もあまり…」

「それは、私にもよくわかるわ」
 リツコは頷いた。

 ミサトが訝しげに首を傾げた。
「もしかして、リツコ、私のこと…」

「時々ね。そういう気にもなってたわ」
 ミサトへ抱いていたかつての想いを認めて、リツコは寂しげ
に微笑んだ。
「でもあの時は、私は碇ゲンドウにすっかり目をふさがれてい
たから、どうしようもなかったのよ」

「そうね」
 頷くミサト。
「それに、あの時はネルフに戻ってきた直後に攻撃を受けてパ
ニクっていたし」

 リツコがニヤッと笑った。
「こういうことでしょ。そのままだと咎められたから、自分が
ノンケだって証明するために手頃な男をひっつかまえたんでし
ょ」

「どうしてわかるの?」
 目を白黒させるミサト。

 リツコが肩をすくめた。
「そりゃあ、初めて女同士で体験した時の私も同じ気持ちだっ
たからよ」

 二人とも、声に出さない笑いを共有し、コーヒーを楽しみな
がら話を続けた。

「…レイには驚かされちゃうわ」
 ミサトが指摘した。
「レイとアスカに復学する理由を説明してた時に、あの子、あ
っという間に気がついちゃってたんだもん」

「レイをバカにしちゃダメね」
 リツコが同意する。
「あの子は天才科学者碇ユイのDNAを受け継いでいることを
肝に銘じておく事」

「時々そんなこと忘れちゃって。レイってあんなに無邪気なん
だもの」
 呟くミサト。

「その無邪気がレイの最大の武器になってるわよ」
 半分冗談めかして言いながら、リツコは笑った。
「アスカはあんまり気にしてないみたいだけど」

「レイはアスカを他のやり方でがっちり手中に収めちゃってる
んだもん」
 ミサトが笑いながら相槌をうった。
     

続く

 

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