サード・ジェネシス
第20話
リツコは苛立ちながら、制御ターミナルの前に座っている。 金髪の美人科学者はいつものお決まりの白衣よりもずいぶん カジュアルな、大きめのトレーナーとスラックス姿である。コ ーヒーを飲みながらスクリーンに首っ引きでデータを調べてい る。 「これまでのところは」 プログラム言語で溢れるモニターに目を落とし、リツコが呟 いた。 「このテストは失敗ね」 ネルフの三基のコンピューター「マギ」の再起動は機械的に は完璧だったが、かつて存在した精神、人格といったものは今 や消え去ったかに見えた。リツコはその件をしばらく配下の技 術陣に任せっきりにしていたが、リツコにせっつかれて自分で もやらざるを得なくなったのだった。 だが残念ながら、大した進展は起こせないままだった。 『母が自分自身の人格をもとに創りあげた人工知能三基を叩き 起こすだなんて、まともなやり方じゃ無理よ』 リツコは思った。 「やれやれ」 思わず独り言が漏れる。 「どうしたらいいのかしらね」 「オリジナルのレイが私たちを原形質に還元してしまった、あ の時に、立ち戻ってみることでしょうね」 マヤの澄んだ声が響いた。 驚きに顔を上げたリツコに、マヤは閑散とした制御室を歩い てきた。黒髪の若き一尉は、リツコにそっと微笑みかける。 あえて厳しい口調にしようとして、リツコが言う。 「これは私一人でやらせてって言ったはずだけど」 「わたしの方が上司ですから」 マヤが笑って言い返す。 「先輩がわたしに命令できるのは、ベッドルームで、だけです」 ふと口調をやわらげて、言い添えるマヤ。 「それに、わたし、助けになりたいんです」 リツコがマヤを隣の席に招き寄せると、今まで作業していたモ ニターを肩越しに見せた。 作業に戻りながら説明するリツコ。 「あのことにマギが影響を受けているとは予想してなかったけれ ど、マギの三つの人工頭脳は半有機体だからね。融合が何をもた らしたのか、それがわからないのよ」 「マギにアクセスするほぼ全ての手段は試したみたいですね」 マヤが言った。 その言葉にリツコが眉を吊り上げる。 「…ほぼ?」 「プログラム言語を使わずに」 提案するマヤ。 「直接、言葉で語りかけてみるんですよ」 一瞬虚をつかれてポカンと見つめるリツコだったが、やがて 言った。 「…どうしてそれに気づかなかったのかしら」 返事も待たず、リツコはモニターのプログラムを全て消去し、 心に浮かんだ最初の言葉をすばやく打ち込んだ。 『こんにちは、ご機嫌いかが?』 〈思いつくのに、ちょっと時間がかかったわね〉 スクリーンにスクロールされる、メッセージ。 マヤもリツコも座ったまま固まってしまい、沈黙だけが支配 した。 「本当にうまくいくなんて、思わなかった…」 リツコの指がキーボード上に流れ、語りかける。 『あなたは何なの?』 〈マギ〉 たった一語の答えが、モニターにスクロールされる。 〈でも、貴女の訊きたかった事への答えにはなっていませんね〉 「そうね」 呟きながら、リツコは文字を打った。 『あなたは、誰なの?』 〈貴女の母親の脳エングラムを元にして、マギは稼働を開始し ました〉 と、マギの答え。 〈三つの相に分割されて、ね。でも、今の私たちは一つです〉 マヤは目を丸くして、やりとりを見守った。 「これって、リツコさんのお母さまにお会いできちゃった、っ てことなのかな」 そっと呟くマヤ。 「面白い発想ね」 リツコはため息をついた。 〈正確には、そうとは言えません〉 マヤの口での言葉に、モニターが返事を表示した。 〈確かに私は赤木博士の人格を基礎に稼働し始めましたが、そ の他の影響も受けて成長してきました。その一つが、貴女たち お二人の影響です〉 「わたしたちの、影響?」 目を白黒させるマヤ。 〈貴女たちを含めたネルフの人々の姿を、私は見てきました。 …碇ゲンドウの権威とその失墜を。その彼が完璧なることを求 めたあの壮大な人類補完計画を〉 マギの言葉が紡ぎ出される。 〈そしてそんな中で、誇り高く生きようと苦闘する貴女たちの 姿を〉 リツコはキーボードを打つ手も止め、モニターを睨みながら 必死に考えていた。 「…いったいどうしたらいいの?」 やっと出た言葉は、自分に向かって問いかけるようだった。 〈葛城ミサトさんを呼んでください〉 マギが返事を表示した。 〈全ての判断は、ネルフ司令である彼女の手にゆだねられるべ きですから〉 リツコは実際ほっと笑顔を見せて、携帯を手にとり、記憶済 みのナンバーをかけた。 ほんの数分でミサトがやってきた。黒髪の陸将は目を丸くし て、カジュアルな格好のままドカドカと入ってきた。 「マギが稼働してるですって?」 信じがたそうに、ミサトが訊く。 「少なくとも」 リツコが頷く。 「三体のコンピュータ内の人工知能が統一した人格を創りあげ、 未知の領域に入りつつあるわ」 眉間を押さえるミサト。 「リツコにマギのことを話した時には、こんなこと予想もして なかった」 「貴女のおかげよ、マヤ」 リツコが言い添える。 「先輩ってば」 頬を赤らめながら、マヤがたしなめた。 眉間にしわを寄せて考えこんでいたミサトは、リツコとマヤ に顔を向けて尋ねた。 「で、マギが生きているなら、こっちはどう折り合いをつけれ ばいいのかしら?」 「全面的に」 マヤはあっさり言った。 「ネルフの全機能は、第3新東京市の制御機能の大半とともに、 マギに繋げられてますから」 「大したもんだわ」 ミサトは呟くしかない。 『心配はご無用ですよ』 ちょっとリツコによく似た響きの声が、制御室に反響した。 『私は皆さんの手助けをしたいだけなのです』 跳び上がりかけたミサトだったが、すぐに気を取り直した。 咳払いして改めて質問する。 「あなたはマギのどの『相』なの?」 『私たちは今やもう、分割されていません』 一瞬おいて、マギが答えた。 『私たち全体をマギと称するのがわかりやすいでしょう』 ミサトは自分の髪をかき撫で上げて、ため息をついた。 「慎重にならざるを得ないこっちの立場ってのも、そっちには わかるわよね?」 沈黙が流れた。 『ええ、わかります』 マギが答えた。 『でも、根拠のない不安ではなく、これからの私の行動から判 断してください。私がどれだけ役に立つか、きっとわかること でしょう。ネルフにも…そして例の〈アークエンジェル・プロ ジェクト〉にも』 ハッと視線を交わし合ったリツコとマヤは、自分たちの上司 がはたしてどんな判断を下すのか固唾を呑んで見守った。何せ ミサトは全く予想のつかない人間で、だらしなくて横柄な時も あれば、ひどく突っ走って義理堅い時もあるものだから、ミサ トがどう動くかは全く予測がつかなかった。 「マギへの全接続は、ネルフと第3新東京市に限定っ」 ミサトが歯切れ良く言った。 「これでどうなることやら、お手並み拝見といこうじゃないの」 『感謝します』 マギが答えた。 「アスカとレイも、これ以上にラッキーだったらいいなあ…」 ミサトはそう呟いていた。 *** 二人の目に超近代的な学校の姿が見えてきて、アスカは歩調 をちょっと落として呟いた。 「絶対よ。ミサトってば今ごろ上機嫌なんだから」 レイの目はアスカに釘付けだった。おろし立ての黒の学生服 に身を固めた、細身の赤毛の美少女に。これに黒のアイパッチ を付けた姿は、危険な香りを漂わせ、反抗心剥き出しに見えた。 「きっとアスカの言うとおり」 優しくレイが言った。 アスカはニヤリと笑って頷いた。その横を、レイは静かに歩 いていた。レイの青い制服は、その髪とほぼ同じ色合いである。 「あまり期待はしてないけど」 レイが言った。 「誰か知り合いに会えるかしら」 しばらく黙ったまま歩くうちに、道にはちらほらと他の生徒 達の姿も現れてきた。 校門に近づいてきた二人の前に、一人の少女が立っていた。 黒髪をうなじで二本に束ねているのが、愛らしい魅力を加えて いた。 「あの人、知ってる…よね?」 歩み寄っていくレイが、呟いた。 アスカは頷いた。 近づいてくる二人に、少女は顔を上げて見つめた。 「洞木ヒカリ…」 アスカが呟いた。
続く
How did you like about this story? Please tell me in my LOUNGE BBS.