サード・ジェネシス

第21話

 

 まだ静かな校舎の外で、洞木ヒカリはじっと人待ちだった。
二本のおさげを垂らした黒髪に、パリッと糊のきいた小ぎれい
な制服姿。
 そのヒカリが顔を上げるや、驚きにはっと目を見開き、そし
て今度は目を細くしてしげしげと見つめた。

 静かに歩いてくる綾波レイは、その髪の色によく似た青いセ
ーラー服をまとい、その真っ赤な瞳はどこか優しげだった。
 その隣の惣流・アスカ・ラングレーは、危険で、しかも反抗
的な雰囲気を際立たせる黒いアイパッチとお揃いの、新品の黒
い男子学生服を身に着けていた。

 二人が近づいてくると、レイがアスカに囁く声がヒカリの耳
に入った。
「あの人、知ってる」

 アスカが頷いて答えた。
「…洞木ヒカリよ」

 自分のことをレイがわからなかった様子に、ヒカリは目を白
黒させた。
 そしてヒカリは、アスカがずいぶん様子が変わってしまった
ことを訝しがりながらも、笑って声をかけた。
「しばらくぶりね」

「電話しようとは思ってたんだけど」
 目を合わせて、アスカが静かに答える。
「ただ、ちょっと気持ちが不安定だったもんだから」

 その言葉にヒカリはかすかに頷いた。
 ヒカリはレイに目を向け、ためらいつつも笑顔を浮かべて、
声をかけた。
「お、おはよう」

 レイはその声に驚きつつも優しい笑顔を浮かべた。小柄な少
女は軽く会釈して、言った。
「また会えて嬉しいわ」

 ヒカリはきょとんとして、不思議そうにレイを見ながらも応
える。
「あ、…う、うん」

 アスカがヒカリの腕をとって、レイに振り返った。
「ちょ、ちょっと待っててね」
 アスカはレイを待たせて、すぐ近くでヒカリを傍に引っ張り
込んだ。

「ど、どうしたの?」
 目をパチクリさせるヒカリ。

「あのね、レイは使徒との最後の戦いで負傷してね」
 アスカは事情をできるだけ単純化しておくことにした。
「で、そのせいで部分的な記憶喪失になっちゃったの。それ以
来、ずっとこの調子なのよ」

「それにしてはずいぶん健康そうだけど」
 アスカの肩越しにレイの姿を伺い見ながら、ヒカリが言った。
「前みたいな妙に青白い顔色でもなくなってるし…」

「そ、そりゃ、規則正しく食事させてるからよ」
 慌てて取り繕い、肩をすくめるアスカ。

 やや不審げにアスカを見上げたヒカリは、アスカが何もかも
話しているのではないことを察していた。
「何か、隠してるでしょ」
 ヒカリが言い放った。
「でも、その時が来たらちゃんと話してくれるわよね」

「そ、それは…」
 ビクッとするアスカ。

 ヒカリはニッコリ笑って、ちょっと落ち着きを無くしたアス
カを面白く見つめた。
「さ、行こ」
 ヒカリがアスカの手を、そしてレイの手を握った。
「急がないと遅刻しちゃうよ」

「ところでケンスケはどうしてる?」
 三人一緒に全速力で校庭を駆け抜けながら、息を切らしつつ
アスカが訊いた。
「それに、トウジは?」

 ヒカリはちょっと頬を赤らめたように見えた。
「ケンスケ君は元気。それと、トウジ君は…」
 大きく息を吸ったヒカリ。
「…今ね、付きあってるんだ」

「やったじゃんっ」
 アスカがニッコリ笑う。

「おめでとう」
 レイも優しく声をかける。

「ありがと」
 真っ赤になって、ヒカリが言った。

 二人を教室まで連れて行きながら、ヒカリは二人の反応をで
きるだけ細かく観察していた。
 レイはずいぶんと陽気になって、周囲に関心を持つようにな
った一方、アスカは少々控えめになったようだった。レイが周
囲をきょろきょろ見回しているのが、記憶を失ったせいだと思
うと、ヒカリはレイに一瞬同情してしまった。

『でも、私が何を言ってもどうしようもないか…』
 ヒカリは皮肉っぽく考えた。

 使徒の襲来のさなかから、ヒカリはアスカのことをかなり知
ってはいた。だが、いま自分の横に立っている少女は、その頃
とは少し変わっていた。生意気で、不快なほどに自信過剰だっ
たアスカだったが、それは今や、もの静かな力強さに代わって
いた。アイパッチとか男子の制服とか外見上の変化など、その
内面の変化に比べれば二次的なことに過ぎなかった。

「やれやれ、滑り込みだよ」
 茶髪の少年が教室の入り口で冷淡に立ちはだかっていたが、
アスカとレイの顔を見るや、ケンスケは破顔一笑して言った。
「やあ、戻ってきたんだねっ!」

 苦笑したアスカの唇が引きつる。
「あいかわらず、わかりきったことばかり言うのね」

 隣にトウジが顔を出した。細身で黒髪の少年は、まだ不器用
に杖に頼っている。少し気後れしたように、トウジはアスカを
見やった。
「またいきなり手をあげるんやないやろな?」

 あいにくアスカはニヤッと笑っただけで、こう言った。
「さあ、どうかしらね、手をあげる理由がまだ無いもの」

「二人ともっ」
 ムッとしたヒカリがトウジの傍に歩み寄った。微笑みかけて
くるトウジに、ヒカリはトウジの手をとってそっとつねった。

「どうだい、勘弁してくれって感じだろ?」
 ケンスケが本音は優しく言いつのった。

 レイは真面目に首を横に振って答える。
「ううん、そんなことない」

「ところで」
 トウジは窓辺にもたれ、真面目な顔つきになった。
「シンジはどうなってるんや?見舞いに行っても、医者は何も
教えてくれへんのや」

 アスカの顔に何とも言い難い、悲しみとも、後悔とも、罪悪
感ともつかない表情が浮かんだ。
「まだ昏睡状態」
 やっとアスカが静かに答えた。
「医者は、肉体的には何も問題を見つけられないんだって。シ
ンジは現実から精神が離れてしまってるんだって、精神科医が」

『これも全部真実を言ってはいないわね』
 ヒカリは目をしばたたかせながら、アスカを興味深げに見て
いた。

 ケンスケはアスカとレイをじっと見やっていたが、
「で、二人ともまだエヴァのパイロットなの?」

「うん」
 穏やかに答えるレイ。

 トウジは首を振り、辛い目をしながら言った。
「もう二度と、あれに乗り込めなんて、わいを誘わんといてや」

***

 陽光がネルフのオフィスに射し込む午後、三人の美女たちが
くつろいで腰掛けている傍で、コーヒーを置いている女性がい
た。

「他に何かご用の品はございますか?」
 そう伺いながら、ヒミコはグレイの髪をかき上げた。

「ご苦労様」
 ねぎらうミサト。

「ご用があればお呼び下さい」
 そっと会釈して、ヒミコは部屋を出て行った。

「ね、ミサト。ヒミコちゃん、貴女のこと気にしてるんじゃな
い?」
 リツコが指摘する。

「まさか」
 きっぱり首を振って、ミサトが続けた。
「ヒミコはいい娘だけど、そういうシュミじゃないと思う」

「α号機の進捗状況をお聞きになります?」
 マヤが微笑みながら、そっと話題を変えた。頷くミサトに、
マヤが続けた。
「内部構造とパイロット・インターフェイスは完成しました。
あと必要なのは外部装甲の準備だけです。

「いい感じね」
 そう言ったミサトだったが、急に眉をひそめた。
「非合法エヴァについてイヤな報告を聞いたわ。いくつかの国
がそいつらを完全に使い物にできる計画を進めているらしいの
よ。私たちだけしか持っていないはずの情報が必要なはずなの
に」

「理論上はその通りです」
 即座にマヤが答えた。
「でも、何らかの方法で情報を手に入れたのかもしれません」

 リツコが口を開く。
「以前にもネルフがハッキングされたことがあったわ。最初は
使徒が。二度目は国連軍。その時に情報が流出したのかもしれ
ない」

「まいったわ」
 ため息をつくミサト。

「マギと協議しているところよ」
 明らかに居心地悪そうな顔でリツコがそう言った。
「情報が移されたかどうか判断を進めているけど、確定させる
のは難しそうなの」

 親友を意味ありげに見やったミサトが訊いた。
「で、マギとは上手くやっているの?」

「妙なこと言わないでよ」
 リツコが答える。
「マギの『人格』は母とそっくりだけど、根本的には全く違う
んですからねっ」

「ちょっと戸惑うことがあって」
 マヤが口を出す。
「マギと仕事しているとですね、わたしが自分の娘にふさわし
いのかどうか、根掘り葉掘り訊いてくるんですよ」

 ミサトは危うくコーヒーを噴き出しかけた。
「じょ、冗談でしょ?」
 あわてて問い質すミサト。

 ビックリしたのはリツコも同様だった。
「…母との会話を思い出しちゃったわ」
 リツコは椅子に深くもたれてため息をついた。
 
     

続く

 

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