サード・ジェネシス

第22話

 
 
「ただいま、ペンペン」
 面白がるようなミサトの顔。

 ペンペンは自分のビーフジャーキーを抱えたまま脇をすり抜
け、熱い風呂に入るためにバスルームに飛び込んでいった。
 ヤレヤレと首を振って、ミサトは鞄をテーブルに置くと、オ
フィスで座りっぱなしで凝ってしまった身体を伸ばしてほぐし
た。

「お帰り〜」
 玄関の扉が開いた音を耳にして、ミサトが声をかけた。帰宅
して間もなかった黒髪のネルフ総司令は、まだいつもの真っ赤
なジャケットにホットパンツの姿だった。

「仲間を連れて来ちゃったんだけど」
 アスカの声が返ってくる。

『まさか、もしかして…』
 玄関に向かったミサトは、そこに靴を脱いでいるトウジと、
ケンスケとヒカリの姿を目にした。
「…ありがとう、来てくれて」
 ミサトは三人にニッコリ微笑みかけた。

 トウジは決まり悪そうな顔で、杖をついて立ち上がった。
「ミサトさん」
 微笑を浮かべた背の高い少年の茶色の髪が、目の上にかかっ
た。
「また会えてよかったです」

 ケンスケはミサトの襟章を目にした途端、目玉が飛び出しそ
うになるほど驚いた。
「しょ、将軍なんですか!?」
 引きつった声をあげるケンスケ。

「ちょっと前からね」
 ケンスケらしいリアクションに、ミサトは顔を伏せて早口で
答えた。
「昇進祝いには遅すぎるわ」

「そうですね」
 呟いたヒカリの顔に、微笑が浮かんだ。
「初めて私がここに来た時にも、お祝いしちゃいましたもんね」

「ところで」
 アスカが少し肩をすくめて言った。
「三人を連れて来ちゃったけど、かまわないでしょ?」

「私もお願いしちゃったから…」
 レイが急に笑顔を浮かべ、印象的な瞳を向けた。

「だいじょうぶよ」
 承知したミサトが苦笑する。
「マヤとリツコが後でうちに寄るから、みんなで一緒に夕食に
しましょう」

「わかった」
 そう言ってアスカは一同を自室に連れて行った。

「相変わらず美人だなあ、ミサトさん」
 ぼーっとした顔でケンスケがため息をついた。

「どっちにしろ、お前には高嶺の花やがな」
 トウジが笑う。

「それと、私たちが前に来た時とはちょっと違っているところ
があるわよ」
 ヒカリの言葉に、アスカとレイが意味ありげに笑った。

「トウジ君」
 五人が行ってしまうところに、ミサトが後ろから声をかけた。
「ちょっと、いい?」

「あううっ(汗)」
 トウジが呻いた。

「別に取って食いやしないわよ」
 アスカがそっと、しかし驚くほど優しくたしなめた。
「ほら、行ってきなさい」

 台所に入ってきたトウジを、ミサトは見つめながら考えこん
だ。トウジの突いている杖が、誰でもないトウジ自身の負傷の
証しになってしまっている。トウジの顔には若さに似合わない
ほどに深いしわが刻まれ、両肩はひどく突っ張っていた。

「よかったわ」
 ミサトが優しく語りかけた。
「ずいぶん元気そうね」

 ふっと息を吐いたトウジ。
「…おかげさんで」

 ミサトがそっとトウジの肩に手を掛けて、言った。
「ごめんなさい」
 ビックリしたように見つめるトウジに、ミサトが続ける。
「トウジ君の身に起きたことで、ネルフの誰かが謝罪している
かどうかも…」

「ミサトはんが謝ることないですよ」
 首を振るトウジ。

「リツコがトウジ君をエヴァに乗せた作戦のことは、私も承知
していたことだったし」
 かつてのネルフでの最悪の日々の記憶に、ミサトは嘆息した。
「謝罪を口にするくらいしか、今の私たちにはできないけれど…」
 ミサトはトウジに微笑みかけると、尋ねた。
「…妹さんは?」

「もう、意識を取り戻してます」
 きまりの悪い苦笑を浮かべたトウジ。
「で、ようやっと退院できましたわ」
 恥ずかしげに顔を伏せたまま、言葉を続ける。
「ネルフがよこしてくれた専門の医者が特別に診てくれたおか
げですさかい、五分五分っちゅうこっちゃと思ってます」

「よかったわ」
 ミサトは苦笑して言った。
「さ、みんなのところにお戻りなさい。私がトウジ君にイケナ
イことしてるんじゃないかってケンスケ君が邪推する前にね」

 トウジが顔を赤くした。
「すんまへん」
 そしてトウジは廊下に出て行った。

 トウジの後ろ姿を見やりながら、ようやくトウジへの負債を
返せたことを喜んだ。リツコと自分と、そして碇ゲンドウの行
為が、この少年の片脚と、そして危うく命まで奪いかけた事実
には、ミサトがいくら謝罪したところで償いきれることではな
い。だが、それでもミサトはほんの少しではあるが心が軽くな
ったのを感じていた。

「さて」
 ミサトは首を振りながら電話機に歩み寄って呟いた。
「今夜は、どこの出前をとろうかな」

***

 廊下の突き当たりに待っていたヒカリが顔を上げて、ホッと
して笑いかけた。トウジが部屋にはいると、みんなは床やベッ
ドに腰を下ろしていた。二台のシングルベッドは、一つに寄せ
られている。
 アスカの挑戦的な顔からは、その事について誰かが何を言っ
たってかまわないと言わんばかりである。

「いい部屋やな」
 賢明にもトウジは、その事を根掘り葉掘り訊くことを避けた。

「何があったの?」
 ベッドに座っていたヒカリがトウジの手をとって、自分の隣
に座らせながら笑いかけた。

「すごかったで」
 トウジは汚れ放題のキッチンの様子を説明する。

 ヤレヤレと首を振るケンスケ。
「ミサトさんが謝ったことにトウジは何もしなかったっていう
のかい?」
 ケンスケの目がキラリと光る。
「僕だったら、お詫びにキスの一つでもねだるところなのに」

 ヒカリがいつものように、ケンスケの後頭部をピシャリと一
発。
「バカ」
 そしてため息をつく。
「これって、真面目な話なんだから」

 アスカもそっと頷いた。
「ミサトは、今までのことにいつもずっと罪悪感を抱いてるわ」
 真面目に語るアスカ。
「たとえ、その時に他に方法がなかったとしてもね」

「私、ファイルを読んだわ」
 レイも厳しい顔で頷いた。
「あの時は、エヴァ参号機を使徒と見なして、全戦力を投じて
停止させるほかに選択肢はなかったって」

 トウジがふうっと息を吐いた。
「もう、あの件はそれまでにしてくれや。な?」

***

「ああん、先輩ったら…」
 褐色の短髪を乱して、マヤが微かに喘いだ。

「なあに?」
 リツコが囁きながら、マヤを飢えたように上から見下ろす。

 マヤの乳房にリツコが指で円を描くようになぞっていく感触
に、マヤは息を詰まらせた。
「あ、あとで…」
 微かにブルッと震えたマヤ。
「ミサトさんの部屋に夕食にいくことになっているんですよ…」

 くすくす笑うリツコ。
「そんなに長くかかりゃしないわよ」

 愛らしく頬を染めたマヤに、リツコは勘弁してあげるように
恋人から半歩後ずさった。

「す、すみません、先輩」
 恥ずかしそうにマヤが言った。
「先輩にされちゃうと、私もう、何も考えられなくなっちゃっ
て」

「そうなの、いいこと聞いちゃったわ」
 リツコはあっけらかんと言うと、居間の大きなカウチに二人
で並んで座った。

「先輩いっ」
 マヤがちょっとムッとする。

 起き直ったリツコの金髪が肩に揺れた。はおったままの白衣
は、目に眩しいほどに白かった。
「で、話って?」
 興味深そうに訊くリツコ。

 マヤはドキドキして息を呑み、褐色の髪をせわしく手で撫で
つけた。その手を制服のポケットの中に入れながら、マヤが言
った。
「先輩と一緒に住むようになってから、ずいぶん経ちましたけ
ど…」

「で?」
 一息おいて、促すリツコ。

「…これを先輩にお渡ししたくて」
 頬を真っ赤に染めながら、マヤはポケットから小さな箱を取
り出すと、震える手でリツコに差し出して、ふたを開けた。

 リツコの目がハッと見開いた。そこにあった金製のシンプル
な指輪を目にして顔を上げると、そこにはマヤの不安げな瞳が
あった。
「…これって」
 声がかすれて、咳払いして。
「…プロポーズなの?」

 もう口が動かせないほどになっていて、マヤはただぎくしゃ
くと頷くだけだった。

 リツコは箱からそっと指輪を取り出すと、自分の指に嵌めて、
言った。

「お受けするわ」
 
     

続く

 

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