サード・ジェネシス
第23話
「何ですって!?」 ミサトはビックリして叫びながら、リツコをまじまじと見つ めた。 テイクアウトの食事の袋を抱えて、二人は玄関からキッチン テーブルに運ぶ途中だったが、ペンペンが物欲しそうに見上げ ていたので、ミサトがポイッと一切れ放ってやると、バクッと 丸呑みした。 黒のシャツに、それとマッチしたズボン姿のミサトは、例の 真っ赤なジャケットをはおっている。 「シーッ!」 リツコはミサトの腕を引っぱり、たしなめる。 「マヤがね、さっきプロポーズしてくれたの」 そう言って、リツコは指にキラリと光る婚約指輪をはめた手 を挙げた。 「でも、まだ誰にも言わないでおいて」 「どうしてよ?」 眉を吊り上げるミサト。 「理由は…」 真面目な顔になって立ち止まったリツコのドレスの裾が、足 にふわりと巻きつく。 「このことを徐々に伝えなきゃ、って思って…その…、マヤの ご両親に」 廊下の途中で立ち話のまま、リツコは微かに苦笑した。 「ということは、つまり、マヤちゃんの親はリツコのことをま だ知らないのね」 問い質すミサト。 「あ、それともまさかマヤちゃんがビアンだって知らないの?」 「両方よ」 リツコがため息をついた。 「ま、黙っていたいんでしょうけど」 ミサトの言葉に、二人ともまた歩き出した。 「でも、アスカとレイはすぐ気づいちゃうわよ、その指輪」 さてキッチンでは、アスカが平気な顔で残飯の山を拾い、テ ーブルからゴミを全部片づけ、その後からレイがビールの空き 缶を資源ゴミとして集めた。 「二人とも、いつもこんな調子なの?」 二人の作業姿に目を丸くして、マヤが汗をタラ〜と垂らしな がら訊いた。 「たまにね」 返事をした笑顔のアスカの右目が楽しげに輝いていた。眼帯 を付けているせいで、アスカの妙に気の強い表情は、まるで昔 の映画に出てくる悪役の海賊そっくりだった。 「掃除については、ミサトさんもずいぶん良くなったの」 そっと口を挟んだレイは、その華奢な身体をふんわり包むよ うなシンプルなサンドレスを身にまとっていた。レイはキッチ ンシンクで布巾を絞り、すいすいと食卓を拭き上げた。 「ホントよね」 アスカもそう言って、レイに愛しげな顔を見せると、付け加 えた。 「今まで、ミサトをこれだけ訓練した人間なんて、アタシたち だけよ」 二人が寄り添って立っている姿を見つめながら、マヤは苦笑 した。 「ところで、学校に戻ってどんな感じ?」 興味深げに二人に尋ねたマヤは、まだネルフの制服のズボン と白いシャツを着たままだった。 「ちょっとヘンなのよね」 アスカは冷蔵庫からジュースを取り出しながら言った。 「ほとんど前と何も変わってないんだけど、何だか違う感じ」 肩をすくめるアスカ。 口元に微かに笑みを浮かべながら、レイがそっと言い添えた。 「たぶん、みんなが私に起きた事情を知らないからだと思う」 レイの言うとおりだと、マヤも認めざるを得ない。以前のレ イの外見と、今の姿とは両極端だった。それも性格面だけでは ない。健康さと活力に満ちていて、今のレイの肉体はかつての 栄養不足気味なガリガリの姿からは想像もつかない。 それに加えて、レイはよく笑うようになり、声や仕草に優し さが加わって、以前のよそよそしい性格はすっかり影を潜めて いた。 リツコとミサトが陽気にしゃべりながら廊下から、明るく照 らされたキッチンに入ってきた。 「テーブル片づけてくれてありがとね」 そう言ってミサトは、運んできたカートンをテーブルに置い た。 「どういたしまして」 にこやかに微笑むレイは、カートンの箱が開けられると深く 吸って、嬉しそうに息をついた。 「わあ、いい匂い」 ミサトは容器をテーブルの真ん中に並べると、割り箸と紙皿 を各自に配った。 「ほんとに料理嫌いなんですね」 おずおずとミサトに言いながら、マヤは自分の割り箸をパチ ンと割った。 リツコが苦笑してカップにジュースを注ぐ。 「そういう発想も無いんだもの」 ふとリツコの指に高級なダイヤの付いた金の指輪がはまって いるのに気づいたアスカが、目を見開いた。 「その指輪、どうしたの?」 興味津々で問い質すアスカ。 マヤもリツコも真っ赤になった一方で、ミサトがいきなり笑 い出した。 「ほら言ったでしょ、絶対に見抜かれるって」 陽気に言うミサト。 「…婚約指輪よ」 話をそこですっぱり終わらせようと、リツコが言いきった。 アスカが破顔一笑、マヤを見やって言った。 「マヤさん、プロポーズしたの?やるじゃんっ!」 火の出るほどに赤面するマヤに、レイがそっと尋ねた。 「こんやく、って?」 「リツコとマヤが、結婚式を挙げるのよ」 ミサトが自分の皿に盛りつけしながら言った。 「互いの愛の絆を公言して、永遠に二人は一緒であることを誓 うの」 「ずいぶん詩的な表現できるのねえ」 アスカがビックリしてミサトを見やった。 ミサトに続いて、リツコたちもみなめいめいに盛りつけした。 「考えてみれば、ミサトと私も数ヶ月ごとに結婚してきたよう なものだから」 リツコが言った。 「たぶんミサトだって何度も考えてたことなのよ」 大げさにため息をついて、ミサトが嘆く。 「最愛の親友が、あたしより先に結婚しちゃうなんて」 「そう言えば」 リツコがあっけらかんと言った。 「新郎新婦にそれぞれ付添が要るんだけど…」 わざとらしくテーブルを見回すリツコ。 「…誰かやってくれる?」 「先輩っ」 怒ったマヤが、すぐにみんなに申し訳ないという顔を向けた。 「みなさんにプレッシャーをかけるようなこと、ダメですよ」 ジュースを一口飲んで、ミサトが笑った。 「いいわ、私やるわよ」 「あたしもやりたいっ」 アスカがそう言うと、レイも興味深そうに頷いた。 テーブルを見渡し、リツコが笑顔を浮かべた。そして、ほっ と息を吐いた。 「まったく、数ヶ月前だったら、私が結婚するだなんて自分で も笑い事だったのに」 マヤがそっと手を伸ばし、リツコの手に重ねた。 「こんなに何もかも変わったけれど、私は嬉しいです、先輩」 ミサトは笑いながら、ひそひそとしゃべっているアスカとレ イを見つめていた。アスカはレイに、結婚とはどんなものか詳 細を静かに説明してやっていた。 「また仕事を持ち出して悪いけど」 パスタをすすったミサト。 「『アークエンジェル』の状況はどうなってるの?」 「進捗は90パーセントよ」 歯切れ良く答えるリツコ。 「ただ、ソフトウェアの方が、完成するのにちょっと時間がか かりそうだけど」 ミサトが訊く前に、マヤが口を挟んだ。 「ソフト面は先輩とマギが基本になるところを作っているんで、 建造チームは私が監督しています」 「そうなんだ」 ミサトが頷いた。 イタズラっぽい顔でアスカがリツコを見ながら訊いた。 「マギと一緒に仕事してて、どう?」 「すごくヘンな感じ」 食べながら答えるリツコ。 「時々私の母親をものすごく思いおこすんだけど、でも、やっ ぱり違うのよね」 ミサトが真面目な顔で頷いて、言った。 「私だって、自分の父親が姿を変えて復活したら、それがどん な『感じ』なのかわからないもんなあ」 「とりあえず、マギは私を先輩にふさわしいって満足してくれ たみたいで…」 嬉しそうにそう言ったマヤの顔に、ふと妙な表情が浮かんだ。 「…先輩、マギにも私たちの婚約を報告します?」 「勘弁してよ」 目を白黒させるリツコに、皆がクスクス笑った。 *** 病室は翌朝も静寂に満ち、朝日が中に射し込み、涼しい微風 にカーテンが揺れていた。 室内はほぼ白一色で、カルテに書かれた文字や、切り花など が僅かな例外の色彩だった。ベッドはゆったりしていて、その 上で仰向けに横たわっている人物に、さまざまな医療用機器が 微かな機械音を発しながら状態を計測している。 碇シンジは白いシーツの下に横たわっている。褐色の髪は、 シンジがここで寝たきりになった数ヶ月前より少し伸びた。そ の表情は妙に穏やかで、顔に刻まれていた深いストレスのしわ も、眠りの安らぎで消え去っていた。点滴で栄養を補給してい るおかげで、身体的には健康で、呼吸も順調だったが、それ以 外の生命活動の徴候は何も見られない。 その時、微かな動きがあった。 まぶたの下の眼球が動いた。ほんのちょっとだが、その直後、 シンジは目を開いた。ためらいがちに天井を見上げていたシン ジは、起きあがろうとしたが、寝たきりで腕が弱っていたため、 その手で両目をこすった。 「ここは、どこ…?」 眠り続けていたせいですっかり涸れてしまった声で、シンジ は言った。白い部屋を見回し、訝しげに眉を寄せ、自分自身を 見下ろした。最初は寝ぼけまなこだったが、次の瞬間にはそれ は狼狽に変わった。 「これはっ…!!」
続く
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