サード・ジェネシス

第24話

 
 
 オフィスに駆け込んできたヒミコに、顔を上げたミサトはビ
ックリした。はずみでその黒髪が目にかかってしまった。

「どうしたの?」
 ネルフ総司令である美女は、だらだら書類を仕分けながら訊
いた。

「病院から緊急連絡がありました」
 大和ヒミコは灰色の髪を乱したまま、息も継がずに報告した。
「碇シンジが目覚めたそうです」

 しばらく茫然自失でヒミコを見上げていたミサトだったが、
いきなり弾かれたようにデスクから跳び上がった。
「一緒に来てっ」
 怒鳴るように言いながら、ミサトは赤いジャケットを引っ掴
んでオフィスを飛び出し、廊下に出た。
「行くわよっ」

「しかし、オフィスを空にするわけにはいきません」
 後を追ったヒミコのカジュアルな青い服は、その瞳の色と同
じだった。

「運転してる間に誰かを電話で呼んで」
 そう言いながら、ミサトはエレベータを出て、地下駐車場に
向かった。
「はいこれ」
 ミサトは携帯電話をポケットから取りだし、滑らかにヒミコ
に手渡した。

「わかりました」
 ミサトの固い決意のさまを見ては、ヒミコも観念せざるを得
ない。小型のポップなスポーツカーのドアが自動で開くと、二
人は近寄って乗り込んだ。
 タイヤをキーッと軋ませながら、ミサトが発進させた車は、
スピードを上げて陽光の下に走り出た。

「まず、リツコとマヤに連絡して」
 第3新東京市の街路を疾走しながら、ミサトが命じた。
「病院で落ちあうように伝えて。何か変なことがあれば、原因
をつきとめるのにリツコの手が要るから」

「いまダイヤルしました」
 頷くヒミコ。
「レイさんやアスカさんも学校から呼び寄せますか?」

 コーナーを急角度で曲がって悲鳴をあげるヒミコに、ミサト
が言った。
「いや、まだそこまで切羽詰まってないわ。二人を会わせるの
は、シンジ君がどうなっているのか確認してからよ」

「わかりました」
 道路のこぶに車が跳ねたのと同時に、ヒミコの電話がリツコ
に繋がった。
「碇シンジ君の意識が戻りました。葛城司令と私は病院に向か
っている途中です。司令は病院でお二人と合流したいと」

『わかったわ』
 きびきびとリツコが答える。
『シンジ君の精神状態で何かわかっていることは?』

「奇妙な言動をしていると、医者は言っていました」
 リツコだけじゃなくミサトにも聞こえるようにヒミコが言っ
た。
「でも、それ以上のことは…」

『いいわ』
 リツコが言った。
『マヤをつかまえてから、現場で落ちあいましょう』

『どうやってマヤちゃんをつかまえるつもりなんだか』
 ミサトは苦笑してそう思いながら、危険たっぷりにコーナー
を急角度でぶっ飛ばした。

「ひいっ!」
 赤信号すら突っ切っていくミサトに、そばにいた他の車まで
キーッと急ブレーキをかけ、ヒミコは命大事とばかりダッシュ
ボードにしがみついた。

「イやっほーっ!」
 ミサトはさらにアクセルをふかし、ハンドルをきって、車を
病院の駐車場の停止ポイントに滑り込ませた。舗装された歩道
に降り立ったミサトが振り返ったが、ヒミコは身動きもとれな
いままだった。
「どしたの?」

 ヒミコはおそるおそる車から降りて、安堵の息をついた。
「すみません、ちょっと呼吸が…(汗)」

「ひ弱ね〜」
 ミサトはクスクス笑い、そして二人は病院の中に入った。

 エレベータに乗り込んで上に向かいながら、ミサトは焦れっ
たそうにブーツを履いた足をコツコツ鳴らしていた。ガランと
した廊下を、二人は駆けて病室に向かうと、リツコとマヤが向
こうから急いでやって来るのと出くわした。

 扉の前で若い医者がそわそわしながら立っていた。その茶髪
はぼさぼさで、白衣も少しよれよれだった。
「あ、みなさん」
 医者がこわごわ敬礼した。

「状況は?」
 一分の隙もない司令官然としてミサトが問い質した。みんな
も医者を取り囲んだ。

「そ、それが」
 居心地の悪そうな顔で、医者はネクタイをそわそわと直した。
大きく息をついて、医者は言った。
「中にお入りいただけますか?その方が、説明するよりも簡単
かと」

 眉を寄せるリツコ。
「あなたね、これは遊びじゃ…」

 ミサトが手を振ってリツコの言葉を押しとどめたが、ミサト
も同じように顔をしかめていた。
「わかったわ」
 きっぱりとミサトは言った。
「きっとその方がよっぽどカンタンなんでしょうよ」
 ミサトは扉を開けて、一見ごく普通の病室の中に先頭を切っ
て入った。

 窓の白いカーテンが静かに微風に揺れ、眩しい朝日の光が射
し込んで、ベッドの上で起きあがっている人の姿を照らし出し
ていた。
 黒髪を乱した碇シンジの、その目は警戒心に満ちていた。入
ってきた4人に顔を上げると、シンジは尊大にあごを突き出す
ようにして、4人をじっくりと観察した。

『まるで、私たちのことがわかっていないみたい』
 不安げに感じながら、ミサトも少年を見つめた。
『もしかして記憶喪失か何かかしら?』

「私が会いたいのは、ネルフの総司令です」
 ついにシンジが、冷淡に言いはなった。
「碇ゲンドウは、どこです?」

 ミサトは少し愁眉を和らげたが、すぐに毅然と言い返した。
「碇ゲンドウは死んだわ」
 ミサトが言う。
「私は葛城ミサト。今のネルフの総司令は私よ」

 その断片的な情報をかみ砕くのにシンジは少し時間がかかっ
たが、やがて静かに言った。
「それは、申し訳ありませんでした」
 シンジは苦笑を浮かべた顔を上げて、言った。
「私は、碇ユイ。貴女たちの助けが必要なのです」

「碇ユイ?!」
 戸惑ったように繰り返したマヤの声に、他の3人も驚愕を顔
に浮かべた。

***

 間もなくして、ほとんど流動食のような昼食を患者がとって
いる時間を使って、4人は病室の外で緊急会議となった。

「で、あれをどう思う?」
 ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、ミサトが訊
いた。

「妄想にしては、首尾一貫しすぎているわね」
 リツコが答えた。
「問い質してみた事柄も、全部一致していたし」

「私が葛城博士の娘だって見抜かれた時なんか、正直ゾッとし
ちゃったわ」
 ミサトが小声でつぶやいた。

「こんなことってあり得るんでしょうか…」
 おずおずとヒミコが口を開いた。

「碇司令は碇ユイの精神をエヴァ初号機から抜き出して、人間
の綾波レイのクローン体に移し替えようとしていた」
 リツコが言った。
「おそらく、そこにミスがあったのね」

「とんでもないミス」
 呟くマヤ。

「なぜシンちゃんが初号機の中に取り込まれてるかをレイが感
じとったのか、それで説明できるわね」
 首を振るミサト。
「レイの精神が同調していたからってわけ」

「かつての碇ユイのことを知っている人物を連れてくる必要が
あるわ。特に、冬月教授をね」
 考えこみながら、リツコが言った。
「碇ユイ本人であるかどうかを確かめるには、それしか手がな
いわ」

「彼が、碇ユイであると仮定して」
 少しおどおどして、ヒミコが言う。
「私たちはどうすればいいんでしょう?」

「まったくよ」
 ミサトはため息をついた。

「碇ゲンドウの暗号化されたファイルを掘り起こしてみること
から始めるわ」
 自分に言い聞かせるように、厳しい顔でリツコが言った。
「たぶん、もっと詳細が隠されている」

「それって、きっと『人類補完計画』のファイルですよ」
 マヤが口を挟む。
「私が見つけた会計データの中にも、碇司令は大量の資金を隠
してあったんです」

「じゃあ、やってみて」
 ミサトがきっぱり頷いた。

 そこに、廊下の向こうからパタパタと駆けてくる足音が響い
てきた。見ると、レイとアスカが廊下をまっしぐらに走ってき
た。二人ともまだ学校の制服姿のままで、アスカは学ラン姿を
かっこよく決め、レイはその脚にスカートを翻していた。

「司令部から連絡があったわよ、シンジが目を覚ましたって?」
 アスカはオレンジの髪を乱したまま訊いた。
「どうしてアタシたちを学校から呼び出さなかったのよっ?!」

「碇くんは、無事なんですか?」
 心配そうな顔を皆に向けながら、青い髪の少女が尋ねる。

「事態がかなりこんがらがっちゃってるのよ」
 ミサトが皮肉っぽく言う。
「それに、緊急事態ってわけじゃなかったから、学校が終わっ
てから呼ぼうと思ったの」

「シンジ君は、自分が碇ユイだと思っているのよ」
 リツコが簡単に説明する。
「と言うか、別の見方をすれば、シンジ君は碇ユイの精神に乗
っ取られているってことね」

「そんなバカな…」
 アスカは目を丸くするばかりだった。
 
     

続く

 

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