サード・ジェネシス
第26話
「何をやる、ですってぇっ!?」 ビックリしたアスカが目を丸くした。 せわしない日々が続くある日のこと。アスカとレイは、やっ とミサトのあとに追いついた。 「格闘技のトレーニングよ」 あっけらかんとそう言って、ミサトはオレンジの髪の美少女 を何か思うところがあるように見つめた。 「数日後には最初の講習があるからね」 ヤレヤレと首を振ってアスカが言う。 「そういうことをする目的がよくわかんないわよ。アタシたち がエヴァで発揮できる力には、そういうたぐいの技能は不必要 でしょ」 「レイ、わかる?」 興味深げにミサトはレイを見やった。レイがどんな反応を見 せるか楽しみだった。 青い髪の少女は、紅い瞳を伏せて考えこんだ。 「これから私たちが非合法エヴァ1機、もしくはそれ以上を相 手にするかもしれないという可能性は続いているから」 レイがやっと言った。 「身体能力が勝負の分かれ目、になるのね」 「よくできました」 ミサトがニッコリと笑った。 アスカも苦笑しつつ頷かざるをえない。 「そういうこと、か」 レイは微かに頬を赤らめ、俯いてしまった。 「…ありがとう」 口元にほんの少し笑みを浮かべ、レイはそっと呟いた。 三人を取り巻くネルフの状況は、市街の地下にある施設を駆 け回るスタッフで、相も変わらず慌ただしいものだった。三人 を乗せた動く歩道はすごい速さで科学部局を通って、リツコ直 属のスタッフが慌ただしく行き交うブロックへとまっすぐ進ん でいった。 さらにそのはるか地底には、「アークエンジェル」システム のプロトタイプ建造が着々と進行中で、システムは新エネルギ ーによって起動を開始しつつあった。 「で、トレーニングのスタッフには誰が?」 アスカが訊いた。歩くたびに黒のスラックスがキュッと衣擦 れする。その横のレイはいつもの女子制服姿で、二人はなんと も風変わりなカップルになっていた。 「新しい人をね」 ミサトが言った。 「とっくにネルフと雇用契約してるんだけど、うちのスタッフ じゃなくて守備隊に配属されてたの」 いきなり、ミサトが口ごもった。 「…今日、水野教授が来て、ユイさんの検査をするんだけど… アスカ、あなたのことも調べたいって」 胡散臭そうな目をしたアスカの白い顔に、黒のアイパッチが ひどく目立った。 「何のために?」 「あなたの目のことで」 少し腰が引けた声で、ミサトが言った。 「セカンドオピニオンを役立てたいの。水野教授は一般薬学同 様に神経学にも造詣が…」 ミサトの目に微かに罪悪感がよぎったのを見て、アスカは少 し驚かされて、ため息をついた。自分の目のケガのことは誰の せいでもない、とミサトには明言していたが、明らかにそれは 浸透してはいなかった。 「わかったわ」 アスカは渋々言った。 「行くわよ」 「ありがとう」 ミサトが微笑んだ。 地下基地を地表からの攻撃から守るための装甲区域を三人で 抜けると、ミサトが続けた。 「今夜は遅くなるから、二人は出前でもとってくれる?」 「わかりました」 穏やかにレイが言った。 興味深げにアスカがミサトを見つめる。 「残業?」 「ちょっと違うわ」 ミサトは明らかに頬を少し紅くしていた。 「…デートなの(笑)」 アスカもレイもビックリしてミサトを見上げた。疑わしげに アスカが訊く。 「まさか、リツコさんとマヤさんが、三人でしましょうよ、と か言ってきたんじゃないでしょうね?」 ショックを受けてミサトが目を白黒させる。 「そ、そんなわけないでしょぉ!」 ミサトとレイの冷たい視線に、アスカも赤面した。 「な、何よ、みんなで温泉旅行したときにさ」 また頬が紅くなる。 「…ずいぶん二人で良い感じだったじゃない」 「え?」 興味深そうにレイがアスカを見つめた。 アスカの言葉に記憶が呼び起こされて、ミサトは文字通りに ゆでだこのようになった。 「ち、違うわよ、あの二人は関係ないのっ」 必死で体面を繕いながら、ミサトが言った。 「本当はね、あなたたちの新しいトレーナーに会うのよ」 「カッコいい人?」 あまり関心無さげに、レイが訊いた。 自走通路から降りながら、ミサトが言った。 「…けっこう美人なのよ」 *** その日の後半。 アスカは居心地悪げにテーブルの席に座り、その前で水野ア ミ教授がアスカの正常な方の目をライトで照らし、さらに光を 失った側の目に移った。 「何か見える?」 アミが聞いた。青い髪の女性の手が、アスカの頭を優しく固 定する。 「…あんまり」 アスカが言った。 ライトを消して、アミはアスカの横に座り、色々調べながら 考えこんだ。教授は年の割に若く見えたが、おそらく20歳代 で、その目には慈愛の光が宿っている。 「貴女もけっこうな謎を提供してくれるわね」 とうとうアミが言った。 「ユイさんと同じくらい?」 尋ねるアスカ。 「まあね」 アミが苦笑した。 アスカが神経質そうな息をついた。 「で、治り具合は?」 カルテを手にとったアミの顔は深刻だった。 「貴女がシンジ君と意識不明で発見された直後に受けた、CT スキャンと神経検査で、その時から視力喪失の徴候が出ていた のは知ってるわね」 「で?」 じれったそうにアスカが訊く。 「外傷による身体的要因は、やはり発見できなかったわ」 アミが言い切った。 一瞬虚をつかれてアミを茫然と見ていたアスカだったが、何 か口を滑らせる前に何とか気を取り直した。 「で、これからどうなるの?」 「葛城司令とユイさんとで相談しながら、有効な方策を考えて みたわ」 アミが穏やかに言う。 「あなたのエヴァは、量産型エヴァとの戦いで、同じ目を突き 刺されてしまった。そうね?」 あの時感じた苦痛と、弐号機を八つ裂きにされ破壊されたあ の出来事の記憶に、アスカは顔を歪めた。喉を詰まらせながら、 アスカは答えた。 「うん」 「エヴァからあなたの脳へのフィードバックがあまりにも強す ぎたために、自分の目が潰された、と文字通りすり込んでしま ったということね」 アミが説明する。 黒いズボンの上に指をそっと広げて置いたまま、アスカは訊 いた。 「で、どう治すの?」 「わからないわ」 正直にアミが言った。 「これは単純な症状じゃないから。神経面だけじゃなくて精神 病理面もあるから、…たやすいものじゃないでしょうね」 アスカは目を閉じて、深く息をついた。 「そういうことね」 アスカが言った。 「本気で何か期待してたわけじゃないから」 「この情報はそちらの医療スタッフに回しておくわ」 アミが言う。 「葛城司令はずいぶんこの問題の解決について熱が入っている みたいだから」 「勝手に的はずれな罪悪感抱えて、やる気に拍車がかかってる のよ」 二人で廊下に出ながら、アスカが吐き捨てるように言った。 廊下で待っていたレイが、嬉しそうな微笑みを浮かべてこっ ちを見上げた。 「そうかもね」 アミはそう言いつつも、ぎゅっと抱きしめてきたレイに目を 白黒させるアスカの様子に、どこか楽しげだった。 「ユイさんの報告書を持っていく時に、葛城司令には伝えてお くわ」 そう言ってアミは、二人だけにしてあげようと思って、その まま立ち去っていった。 「どうだったの?」 アスカを固く抱いたまま、レイが訊いた。 「アタシの目のどこが悪いかはハッキリしないって言うんだけ ど…」 なぜか前向きな気分に変わっていることに、アスカは自分自 身に驚いていた。 「…でも、物理的なダメージは無いみたいだって」 「よかった」 アスカを優しく抱くレイ。 病院の窓際を二人で歩いていくと、太陽が第3新東京の高層 ビルの向こうに沈みかけていた。 『ミサトはもうデートしてるのかな?』 アスカは思った。 *** そのころ、街の反対側ではミサトがジリジリしながら腕時計 を見ていた。ぴちぴちの真っ赤なドレスに身を包んでいる。 自分がこんな往来で、デートの相手が自分を拾いに来てくれ るのを待っているなんて、正直ミサト自身も信じられなかった。 しかし、数日前にその女性と初めて面会して以来、その端正な 美貌をミサトは自分の脳裏から振り払えなくなってしまってい た…。 黒いヨーロッパ製のスポーツカーが曲がり角のカーブを優雅 に回って、停車位置に滑り込んできた。運転席のドアがバタン と開いて、その女性が降りてきた。黒のショートヘアはボーイ ッシュなカットで、パリッとした黒のスーツ姿がスリムな身体 にぴったりフィットしている。 ニッコリと微笑み、その褐色の瞳をきらめかせ、その女性は 言った。 「お待たせしました、葛城司令」 「お願い、ミサトって呼んでね」 ミサトが言った。 「…私も、アオバって呼んでいいかしら?」 衣島アオバはクスッと笑って、ミサトのために助手席のドア を開けた。 「喜んで」 『それに、紳士的ね』 ミサトはウキウキしていた。 『…今夜は、楽しめる夜になりそう…』 *今回のゲスト:水野亜美(美少女戦士セーラームーン)
衣島青葉(栗橋伸祐「まにぃロード」
メディアワークス刊)
続く
How did you like about this story? Please tell me in my LOUNGE BBS.