サード・ジェネシス
第27話
碇ユイは、ぎこちなくとまどったような会話をレイとアスカ と交わしながら、マンションの部屋へと足を進めていた。ユイ の肉体は十代の少年なのに、その精神は成人女性のものであり、 そのアンバランスな組み合わせにどう対処したらいいか、正直 あまり簡単なことではなかったのである。 「そ、それで、検査ってどうだったの?」 水野アミ博士とのやりとりを思いおこしながら、アスカが興 味をそそられて訊いた。 「よかったわよ」 少年の顔に微笑を浮かべ、ユイが顔を上げた。 「身体検査と心理検査、それと総合有機科学技術による小テス ト」 「面白そう」 レイがそっと言った。 ユイとレイの会話を目にして、アスカはクラクラした。どこ がとははっきり言い難いが、しかしどこかこの二人のたたずま いが奇妙なほどにそっくりなのだ。それは、二人がただ遺伝子 情報を共有しているというだけでなく、まるで一人の人間が異 なった経験で分割されて異なった存在になった二人のように思 えたのだ。 「私、水野先生のこと、初めて会った時から好きです」 「私もよ」 ユイが言った。 「あの人、自分の分というものをよくわかっているわ」 苦笑するユイ。 「もっと何年も早くあの人に会っていれば、エヴァのことでも 助けになってもらえたのに」 「そんなふうに考えちゃダメだってば」 アスカがそう言ったのは、三人がミサトと同居するマンショ ンに着いた時だった。 中に入りながら、室内の散らかりようをはじめて目にした時 のユイの顔を思い出して、レイが微笑した。確かに学校に通う ようになってアスカとレイは、ミサトの出勤後に部屋を掃除で きなくなったのがあたりまえになってしまったのだが、しかし 部屋の汚れ具合を見たユイのショックは並大抵ではなかった。 『それとも、私たちもミサトさんに毒されているのかな』 口には出さなかったが、レイはついそう考えてしまった。 「出前でもとろうか?」 アスカが訊いた。 「私が何か作ってもいいけど」 ユイが静かに言う。 ビックリしてユイを見上げたアスカだったが、この「少年」 が見た目通りでないことを思い出した。 「あ、ああっと…」 アスカが言う。 「冷蔵庫に何か入っていたっけ…」 冷蔵庫を開けて、三人は中を覗き込んだ。中にあったのは酒 のつまみが載った皿、ソーダ、缶ビールに、調味料ばかりだっ た。 「何ともスリムな中味」 カビの生えた何かをつまみ上げて、ユイはそう言うしかなか った。 「料理の腕を見せるのは、また今度ね」 「それじゃ、何かお好きなものをとってください」 レイが電話を差し出した。 愉快そうな顔で電話をとりながら、ユイがクスクス笑う。 「あのね、第三新東京市の主なレストランの番号登録、この家 ほど多いところ無いかもね」 「そうかな、リツコとマヤの家とどっこいどっこいだと思うけ ど」 アスカは思わずミサトを弁護してしまっていた。 *** マンションの外に停車して、車から降りてきたマヤとリツコ は一緒に中に入っていった。 「ま、けっこうマヤのご両親も良い感触だったじゃないの」 リツコがマヤに陽気に言った。 マヤは複雑な顔で背の高い美女を見上げた。 「ええ、まあ…」 マヤは首を振った。 「お母さんは私が偉い先生と結婚するのが嬉しいみたいでした けど」 「お父さんだってこれから徐々に話をしてくれるようになるわ よ」 ため息をつくマヤ。 「その、私、自分のこと親にはあまり話をしてなかったもので すから…」 自分たちの部屋に戻って、リツコが扉に鍵を掛けた。 「そういえば、マヤに訊いたこと無かったわね」 リツコがそう言ってコートを脱ぐと、下からはシックな黒の ドレス姿が現れた。 「え?」 自分のコートを脱ぎながら、マヤはキョトンとした。マヤは ボーイッシュな黒いパンツと白いシャツ姿に、個性的なイヤリ ングが燦めいていた。 「いつカムアウトしたか、とか」 リツコが優しく微笑んで、カウチに腰を下ろすと、横のクッ ションをポンポンと叩いた。 「例えば、ネルフにいた頃にはもう、マヤがそういう人間だっ てわかってたけど」 リツコの横に座って、マヤはふうっとため息をついた。 「私が先輩に夢中だったこと、何人気づいてたか考えたら」 マヤが言った。 「そりゃあ、わかっちゃいますよね」 「そのせいかな、かえって噂の方がしばらく伝わってこなかっ たな」 リツコが言った。 「ふふっ」 マヤが苦笑した。そして小首を傾げて思い出した。 「そうですねえ、大学の時の友達はほとんど知ってますね。私、 けっこうイケイケだったから」 「そうなの?」 リツコが眉を上げて驚く。 赤面してマヤが呟いた。 「大学にビアン仲間の会があって、けっこう大きいサークルだ ったんです。で、私もちょっと参加してて…」 「それじゃ、その会の女の子たちに、マヤをその道に引き込ん でくれたお礼をしなきゃね」 リツコにそう囁かれて、マヤは顔を真っ赤にしたが、その顔 を見てリツコはますます嬉しくなった。 ふと気がついて、リツコがマヤを見やった。 「東京でのお友だちは?」 「何人かは知ってます」 頷くマヤ。 「でも、東京ではかなり慎重でしたから、私…」 マヤは口ごもった。 「先輩、誰かに話しました…?」 「マヤが私の恋人で、婚約してるって?」 リツコがニッコリ笑った。 「この指輪のことを訊かれたら、ね」 あっさり言い切ったリツコ。 マヤはリツコの手をとって、幸せそうに微笑んで見上げた。 「私もです」 そっとマヤが言った。 「私、先輩と結ばれたこと、誇りに思ってますから」 リツコはマヤの髪をそっと撫でた。 「さて、今夜の夕食は何にする?」 マヤはゆっくり顔を上げて、唇をリツコの口に押し当て、何 かを求めるように微笑した。 「私の食べたいものは…」 ハスキーな声で囁くマヤ。 「…メニューには載ってません」 「悪い娘ね」 笑いながら、リツコはマヤをさっと抱き上げた。 「きゃっ!」 ビックリして悲鳴をあげたマヤを、リツコはそのまま寝室ま で運んでいった。そして、笑いながら訊いた。 「ミサトのデートは、こんなふうにうまくいったのかしらね」 リツコはマヤをベッドに寝かせると、服を脱がせ始めた。 「明日、根掘り葉掘り訊いてみましょう」 マヤが言った。 リツコは微笑みを浮かべながら、脱いだドレスを足元に落と した。 「さ、おしゃべりの分だけ、もっとキスして」 「はい、先輩」 頷いて、マヤは嬉しそうにリツコにキスをした。 *** ズギューーーン! 市内某所。 罵声を放ちながら身をかわしたミサトの頭の上を、銃弾がか すめていった。 ミサトはペイント銃を構えながら、相棒を横目で睨んだ。 「アンタってば、ロマンチックなディナーの後に女の子をサバ イバルゲームに誘うのがお決まりのデートコースなの?」 衣島アオバは無言でニヤリと笑っただけで、防弾ゴーグルを 目にかけた。 「アンタ、これって普通じゃないってば!」 黒髪の美女が指弾する。 ヤレヤレと首を振ったミサトだったが、着込んでいる迷彩服 はまだ少しの汚れも付いていない。 「これでも食らえっ」 サッと身を起こし、すばやく狙いを付けて、ミサトは前面に いた若い男数人に弾を命中させた。 再び身を屈め、ミサトがまた言った。 「で、どうやったら勝ちなの?」 アオバがしげしげとミサトを見つめる。 「基本的にはフラッグアタック、敵の旗を奪うんです」 ミサトは弾倉を開け、残弾を確認すると、再び弾倉を戻した。 「私ってね、どんな時でも、負けるのは大キライなの」 ミサトの目がアブない光を放って吊り上がった。 「じゃ、付いてきてください」 その言葉と共に、陰から飛び出したアオバは、接近していた 敵たちがびっくりするほどのスピードで駆けだし、ビシビシと 痛いペイント弾を浴びせていった。 ミサトはアオバの真後ろで、離れた敵を排除した。ネルフで 身に着けた何時間もの射撃訓練が役に立った。 力を合わせて、二人は防御陣地から前進して、立ちふさがる 敵を掃討しながら樹林地帯を抜け、徐々に敵の旗に接近し、そ こで守っていた若い男を倒した。 *** 「あのね」 更衣室に戻ってから、ミサトが微笑を浮かべながら言った。 「これ、ちょっと面白かったわ」 「よかった」 使っていた拳銃をしまいながら、アオバがクスクス笑った。 そしてなつかしそうに昔を思い出した。 「高校生の頃、大工のサバゲーチームと一緒にプレイしたんで す…。最初は全然好きじゃなかったんですけど、そのうちやみ つきになっちゃって」 「それじゃ、どうして始めたの?」 自分たちのロッカーに戻って、安全装備を外し、もとの服に 着替えなおしながら、ミサトが訊いた。 「姉さんのボーイフレンドに、むりやり引き込まれちゃったん です」 アオバが言った。 ゲーム場を出ながら、アオバがミサトを見つめた。 「じゃ、これからどうします?」 「今夜は堪能させてもらったわ」 ミサトが言う。 「でも、そろそろあの子たちのところに帰った方がいいみたい」 そしてミサトは、アオバにイタズラっぽく笑いかけた。 「だけど、今度また一緒にプレイしたいわね」 「私もです」 アオバがコクンと頷いた。 *今回のゲスト:衣島青葉(栗橋伸祐「まにぃロード」
メディアワークス刊)
続く
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