サード・ジェネシス

第28話

 
 
 碇ユイはミサトの自宅コンピュータのキーボードに指を飛ぶ
ように滑らせ、さまざまなウェブサイトを調べたり、さらに新
しいウィンドウをクリックして最大化した。ふっ!と強い息を
吐いて目にかかったシャギーの髪を払ったユイは、調査し分類
し結論を書き取るという作業を同時にこなしながら、キッと集
中した顔つきになっている。

「あのタイピング、リツコ並みの早さよね」
 惣流アスカ・ラングレーがオレンジのさらさらヘアを肩に靡
かせ、息子のシンジの肉体でタイピングしているユイの姿を見
つめながら言った。

「リツコさんの方が少し早いかな」
 綾波レイが、ダークブルーの髪が目にかかったまま物静かに
言った。

「そのうちタイピング早打ちコンテストでもしましょ」
 プリントアウトのキーを打ち、キーボードを押しやって疲れ
切ったため息をつきながらユイが言った。プリントアウトされ
てくる文書を横目に、ユイは二人の少女に向かって苦笑した。
「さすがにエヴァンゲリオンの技術情報は、インターネットに
も漏れてないみたいね」

「何だかがっかりしてるみたい」
 使っていたミニオフィスの床を覆っているゴミの山を三人で
かき分けながら、レイが言った。

「ネルフがこれほど機密維持ができてるなんて思ってなかった
からね」
 ユイが言った。三人は眠りこけているペンペンをまたいで居
間に移動した。

「あそこは国連と日本政府からちょっとした権限が与えられて
たもん」
 アスカが言った。

「確かにね」
 ユイが頷く。全員がカウチに腰を下ろす。

 玄関の扉がガタガタ鳴って、かちゃんと鍵が開く音がして、
少ししてから真っ赤なジャケットを肩にひっかけたミサトが部
屋に入ってきた。
 うきうきと弾むような足どりで、顔には笑みさえ浮かべ、そ
れが今夜のデートが上首尾だったことを窺わせた。

「たっだいま〜っ」
 三人に向かって朗らかに声をかけるミサト。

 目を覚ましてしまったペンペンがギロッと睨んだが、また目
を閉じるとすぐにカーペットのど真ん中でいびきをかき始めた。

「おかえり、ミサト」
 レイと二人で並んで腰掛けたカウチから、アスカが声をかけ
た。ユイはそばの一人がけに座っていた。

「みんな、晩ご飯はすんだの?」
 脇を通り過ぎ、コートを脱ぎ捨てて冷蔵庫から缶ビールを取
り出して、ミサトが訊いた。

「今夜はユイさんが出前を取ったの」
 微笑むレイ。
「冷蔵庫に残りがあるから、お腹空いてたらどうぞ」

「だいじょうぶ」
 笑って席につくと、そっとビールのプルタブを開けて一口飲
んだ。
「こっちもちょっと上等のディナーを堪能してきたから」

「ね、ね、どんなデートだったの?」
 アスカが身を乗り出し、勢い込んで訊いた。

「衣島アオバちゃんはね、すてきなディナーに連れてってくれ
て、それからドライブして…」
 意味ありげに言葉を切ったミサト。

「で?」
 我に返ったユイが訊く。

「…それから、サバイバルゲームを数ラウンドほど」
 そうミサトが締めた。

「サバイバルゲームぅ!?」
 三人が思わず口を揃えて叫んだ。

 ミサトはクスクス笑う。
「思ったよりも楽しいわよ、あれ」
 思い出すような顔のミサト。
「とにかく、今夜は楽しく過ごせたわ」

「ということは、また二人で出かける気ねっ?」
 勢い込んで訊くアスカ。

 ミサトがちょっと頬を赤らめた。
「そ、そういうことになるかしら」

「よかった」
 レイが嬉しそうにニッコリ笑って、それからちょっとためら
いながら言い添えた。
「ミサトさん、ずっと働きづめで、気晴らしが要ると思ってた
の」

 ミサトはのんきに手を振った。
「あんたたち二人だって、シミュレータやらエヴァ実機搭乗訓
練やらで、同じくらいハードでしょうが」
 ふと何かを思いだした様子で、ミサトがユイに顔を向けた。
「お願いしてたネット情報の検索で、何かわかった?」

「ええ、机の上にレポートを置いてあります」
 静かにユイが言った。
「でも、結果から言えば、エヴァンゲリオンの技術が外部に漏
洩した形跡はありませんでした」

「と言うか、まだ無かったってことよね」
 ミサトがホッと息をついた。

「やっぱり情報漏れがあるの?」
 眉をピクッと上げ、アスカが驚いて訊く。

 ミサトは重々しく首を横に振った。
「私の知る限りではまだ無いけど、ただ、今じゃたくさんの人
がエヴァに関わっているし」
 ユイにすまなそうな顔を向けて、ミサトが付け加えた。
「それに碇ゲンドウに関しては…。ごく少数に限られていた基
本的なエヴァンゲリオンのデータを、あの男は持っていたから」

「今ではデータは国連と安全保障委員会に抑えられているけど、
エヴァの再建のために新しく雇用されたスタッフや、現在アー
クエンジェル計画に関わっているメンバーはたくさんいるわ…」
 思慮深く語るレイ。

「それだけ人数が増えてしまうと、おのずとデータを流出させ
ようとする人間が出てきてしまう可能性も増えてしまうわね」
 ユイも同意して、ミサトを見やった。
「申し訳ないけど、この点に関しては、司令の貴女にもできう
ることはあまりないと思うわ」

 話題を変えようと、アスカがほくそ笑んだ。
「ね、知ってる?マヤがリツコを実家に呼んで両親に会わせた
んだって」

「そうしろって勧めたのは誰だと思ってんの?」
 笑いながらビールを飲むミサト。だがすぐに少し真面目な顔
になって続けた。
「あの二人、古風なスタイルの結婚式をやりたいみたいよ」

 レイがニッコリ笑う。
「それ、とっても楽しみ」

 目を白黒させ、困惑したような笑顔を浮かべるユイ。
「金髪の美人科学者と、あのボーイッシュな士官さんね…」
 苦笑まじりでユイは首を振った。
「当人たちは幸せいっぱいでけっこうだけど、正直言って今だ
にイメージするのが大変」

「まあ、ちょっとは工夫が必要でしょうね」
 ミサトが問題点を認めつつ、この女性の精神が偶然シンジの
肉体に入り込んでしまうまで何年間エヴァ初号機の中に取り込
まれてしまっていたかを考えていた。

 頷くユイ。
「今の時代に追いつくのには、けっこうかかりそうだわ」
 ユイはふとミサトを見やった。
「水野教授は私に関するレポートを寄こしてくれました?」

 ニッコリ笑うミサト。
「お望みの職に就いて全く問題ナシ、ですって」

「ありがとう」
 ほっと安堵の息をついて、ユイが言った。
「それが聞きたくて、ウズウズしてたのよ」

「もっと早く伝える気だったんだけど」
 ミサトが白状した。
「でも今日はてんてこまいだったから」

「ここ何ヶ月か、生まれて初めてのデートで頭がいっぱいだった
んだもんね」
 アスカが皮肉っぽく言った。

「ちょっとお!デートぐらい何回もしてるってば!」
 異議を唱えるミサト。

「私がここに来てから、ミサトさんがデートに出かけたのは初め
てですよね」
 レイがそう言って、アスカと意味ありげな笑みを交わし合った。

「まったく、たいしたツープラトン攻撃ね」
 ミサトが嘆息した。

「三人がかりでも行けるわよね」
 アスカがユイに視線を向けた。

「勘弁して」
 すぐさま両手を上げてユイが抵抗した。
「そういう話題にはノータッチだから」

「ノリが悪いですね」
 レイが呟いた。

 ホッと安堵のミサト。
「こっちは孤立無援なんだから」

「それに」
 ユイが陽気に言う。
「私もミサトさんのデート日照りの日々を知っているほどまだ
経っていませんから」

「え、えっと、あのねユイさん?」
 口ごもったミサトが、ため息とともに立ち上がって空になっ
たビール缶を手にとった。
「戦術的撤退にさせてもらうわ」
 そして、アスカとレイに顔を向けた。
「あんたたちももう寝なさい。明日は学校でしょ」

「はーい」
 抑揚のない声を揃えてアスカとレイが返事をした。

 笑いをこらえて、ユイも部屋を出て行く三人に続いた。
「私も学校に行かなくていいのかな?」

「幸い、医学的理由によって、免除できるわ」
 ミサトが言った。
「シンジ君のふりをしてやっていくなんてしなくていいわよ」

「よかった」
 ユイがホッと息を吐いた。
 

続く

 

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