サード・ジェネシス

 

(最終話までのあらすじ)

 エヴァ弐号機の新パイロットとして選ばれたのは、洞木ヒカ
リだった。
 ヒカリは弐号機を操縦する訓練を開始したが、それが完了す
る前に、六分儀ナオの砂漠基地への攻撃が開始されてしまった。

 しかしナオはすでにエヴァ拾四号機を発進させ、奪取したエ
ヴァ輸送機を使ってネルフ本部へと向かっていた。ヒカリは弐
号機でたった一人、レイの零号機とアスカのアークエンジェル
が戻るまで必死で持ちこたえ、拾四号機を叩きのめした。

 ついにナオと霧島マナは、N2を自爆させることで、自分た
ちもろともエヴァを殲滅しようと特攻攻撃をかけたが、エヴァ
零号機、弐号機、そしてアークエンジェルが三機で合体させた
ATフィールドによって阻止したのだった。

 だが、その混乱は碇ユイにある決断をさせるのに十分な時間
を与えてしまった…。


最終話:エンドゲーム(第50話前後に相当)


 痛みに呻きながら、ミサトが目を覚ました。コントロールパ
ネルに突っ伏していたミサトの耳に、ネルフ本部の地下構造建
築全体に響き渡る警報音、そして館内から逃げだし第3新東京
市へと脱出していく職員の足音が聞こえた。

 ミサトが中央司令室に入った時、凶事は起こったのだった。

「気がついたわね」
 落ち着いた声が聞こえた。
「銃で殴ったから怪我をさせてしまって、心配したわ」

 振り返ったミサトは、頭にかかった靄を振り払おうと目をし
ばたたかせた。
「ユイさん?!」
 少年の肉体に囚われた女性を、ミサトは困惑して見つめた。

 碇ユイは手に銃を持ち、気味の悪いほど冷静に、奇妙なほど
温和な目で言った。
「貴女を殴ったのはお詫びするわ。ただ、セキュリティを解除
するには貴女の指紋が必要だったから」

 まだ目まいでふらふらしつつも自力で立ち上がったミサトが、
厳しい声で言った。
「ユイさん、何をしているんですか?」

「私の畢生の仕事を、この世から消し去るんです」
 肩をすくめたユイが、ふいに声を高くして言った。
「マギ、準備は万端?」

 赤木ナオコの人造ボイスが冷静に答える。
『爆弾および生体兵器モジュール準備完了。爆破20分前』

「こちらへ」
 ユイがミサトに緊急避難エレベータに行くよう促す。
「脱出する時間です」

 ミサトは割れるような頭の痛みに考えがまとまらないまま、
司令席からよろよろ押し出されるように歩き出した。
「なんてこと、ネルフを破壊するつもりなの?」
 二人で移動しながらミサトが言った。

「そうです」
 そう言って、ユイは銃口をミサトに向けたまま一緒に歩く。
「私の仕事は、結局、死と破壊をもたらしただけでした。ミサ
トさん、今こそそれを終わらせる時です」

 ミサトは憐れみの眼差しで振り返った。
「貴女のせいではありませんっ、シンジ君のことも、あの六分
儀ナオのことも」

「私のせいでないなら、誰のせいだと?」
 そう答え、ユイはミサトにエレベータに入るように促した。
そして静かに言った。
「私に飛びかかって押さえ込もうなんて考えないでくださいね、
ミサトさん。私は貴女を本当に撃ちたくはない」

 ミサトはユイの目を見て、本気だと悟るしかなかった。
「お願いだからこんなことはやめて」
 エレベータに入りながらも、ミサトは落ち着いて言う。

「…ごきげんよう」
 ユイは一言そう言うと、ボタンを押して扉を閉めた。

 碇ユイはネルフの中央司令室に戻った。退避する職員の物音
以外、館内は驚くほど静かだった。司令席に深々と腰を下ろす
と、マギが再び話し出した。

『ユイ、まだ貴女を脱出させることはできます』
 マギが、いや、ナオコが静かに言った。
『ここで貴女が死ぬ必要は無い』

「いいえ」
 ユイも静かに答える。
「私が全てを終わりにしようと決めたのです。覚悟はとっくに
できているわ」
 寂しげに笑うユイ。
「たとえ使徒のサンプルが失われても、私がいればエヴァンゲ
リオンを、そして類似した何かを再構成することが可能になっ
てしまう。それではダメ。全てを終わらせるためには、私自身
が一緒に去るしかないの」

『貴女を、死なせたくない』
 ナオコが寂しそうに言う。

「私もよ」
 そう言うと、ユイは手を伸ばしてコントロールパネルをそっ
と叩いた。
「でも、いい連れ合いが一緒の旅になってよかったわ」

『…自爆装置はオフのまま?』
 しばらくしてナオコが訊く。

「威力が強すぎるわ」
 ユイが答える。
「地上の人々に多くの犠牲者が出てしまう」

『では爆破でネルフが封鎖され、生体兵器が作動した後に、マ
ギは全機能を停止します』
 ナオコが静かに言う。
『ここへのアクセスが回復したとしても、有用なデータは一切
入手できないでしょう』

 ユイはコントロールパネルをねぎらうようにそっと叩いた。
「ありがとう。…ごめんなさい、貴女にこんなことをさせて」

『これ以上この状態を続けることはいけない、と合意したこと
です』
 ナオコはそう言って、しばらく沈黙したが、やがて静かに言
った。
『爆破15分前』

***

 脱出エレベータが超スピードで地上に向かう中、ミサトは携
帯電話をかけようとした。電波が通じることにホッとする。急
いで通話をかけ、返事がするやいなや叫んだ。
「リツコっ!」

 赤木リツコが安堵に息を詰まらせ、応えた。
「ああよかった、どうなったのかと…」

「今ネルフから脱出する緊急高速エレベータの中よ」
 ひどくなる目まいと戦いながら、冷静に応えるミサト。
「全員脱出した?」

「未確認なのは貴女と、ユイさんだけよ」
 リツコは静かに言った。
「ユイさんを見かけなかった?」

 ミサトはホッとして息を吐き、後頭部の鈍痛が波のように押
し寄せるのを感じつつも、首を横に振った。
「警報と避難の引き金を引いたのはユイさんよ」
 一瞬の間を置いて、
「ユイさんはネルフを壊滅させるつもり」

「何ですってっ?」
 叫ぶリツコ。

「リツコ、そこからマギにアクセスできない?」
 エレベータの壁に弱々しくもたれかかりながら、ミサトが訊
いた。
「今どうなっているのか知らなきゃ…」

 避難場所の一つになっている建物の二階で、リツコとマヤは
顔を見合わせ、そしてリツコが応えた。
「ミサト、私のPCすら持ち出せなかったの。ここにはまとも
な機材もなくて、手も足も出ないわ…」

 ミサトが扉に拳をドンッと叩きつけたと同時に、エレベータ
が停止し始めた。
「っ何てこと!」

 扉が開き、ミサトはリツコたちがいる場所からほど近い地上
に現れた。数人のネルフ職員が駆け寄ってきて手を貸した。
「司令、血が!」
 ミサトの頭の流血を見た女性職員が叫んだ。

「道理で、頭が痛いわけだわ」
 呟いたミサトはすぐさま運び出され、継承者担当の看護師の
元に移された。

「司令、司令っ!」
 人々が即席の本部テントにミサトを運び込むと、大和ヒミコ
が悲鳴を上げた。
「大丈夫ですかっ!?」

「頭が痛いんだから」
 顔をしかめるミサト。
「あんまり大きな声を出さないで」

 看護婦がミサトに手当てする様子を、衣島アオバは不安げに
見守る。
「誰がこんなことを?」
 アオバは冷静に訊いたが、その拳はギュッと握りしめられて
いた。
「私がそいつを…」

「ユイさんよ」
 ミサトはあっさりそう言うと、リツコとマヤに顔を向けた。
「状況はどう?」

「ダメね」
 リツコが答える。
「ただ、本部地下との通話リンクは開けたわ。ユイさんの応答
はないけど」

 看護師が後頭部の血をぬぐう一方、ミサトが通話機でユイに
呼びかけた。
「まだ脱出に間に合うわ、お願いよっ、ユイさん…」

『手遅れよ』
 ユイが穏やかに答えた。
『もう5分を切ったわ』

「そこで何をしているんです?」
 訊かねばならぬことを知るために、リツコが横から割り込ん
だ。

『細工は流々よ』
 ユイが満足げに呟いた。
『爆弾数発でネルフを地下に封印する』
 さりげなく言うユイ。
『そして中期間持続する生体兵器を爆破させる。それが自動封
印システムの引き金になり、少なくとも20年間は外部から一
切のアクセスを遮断するわけ』

 伊吹マヤが恋人リツコの横で顔をしかめた。
「そんなことではエヴァンゲリオンもアークエンジェルも傷一
つつきませんっ」

『そっちも手抜かりはないわ』
 ユイが続ける。
『生体兵器は特別仕立ての食肉バクテリアよ。私の死とネルフ
のコンピュータの破壊とともに、エヴァは終焉を迎えるの』

「20年後はどうなるの?」
 リツコが憤然として訊く。

『その頃にはエヴァ関係の技術は大半が時代遅れか、さもなけ
ればボロボロになっているでしょう』
 ユイが答える。
『でも、万一に備えて、ここの監視は怠らないように提案する
わ』

「決して目を離しません」
 そう言い切ったマヤが、決然と頷くリツコの顔を見上げた。

「ユイさん」
 少し茫然としたミサトが必死で伝える。
「お願い、やめて。他に方法があるわ」

「私には他に道はないの」
 ユイは寂しく言葉を続ける。
「レイとアスカが退院したら、こう伝えて…。ごめんなさい、
貴女たちに別の人生が待っていますように、って」

「シンジ君はどうするの、ユイさん!?シンジ君を初号機の中
に永遠に閉じ込めておくつもりっ!」
 リツコが訊く。

 一瞬ためらったユイだったが、心残りいっぱいに言った。
『実質永遠の存在になって、誰一人行こうにも行けない広大な
宇宙をどこまでも行けるんだもの。いつかは許してくれると思
うわ』

「ユイさん…」
 アオバが呟いた。

『ごきげんよう』
 そう言うと、ユイは通信を切った。

***

 ユイの耳に爆発音が届いた。
 ネルフの各所で爆弾が連鎖的に爆発し、基幹システムを切り
裂き、通路を遮断していく。ユイはターミナルによじ登り、は
るか下のマギ・コンピュータを見下ろした。

『私の真似をするつもり?』
 しばらくしてナオコが訊いた。

「食肉バクテリアの攻撃対象は人間も例外じゃないわ』
 そう言ったユイの白衣が風でパタパタと閃く。
「その経験は遠慮したいもの」

『そうね』
 ナオコは静かに言った。またしばらくして、コンピュータボ
イスが言った。
『貴女と一緒に仕事ができて、光栄だったわ』

「私もよ」
 そう言って、ユイは一歩踏み出し、落下に我が身を委ねた。

 ベチャッという落下音がして、今やネルフには赤木ナオコた
だ一人。これから自分のすることに一瞬後悔の念がよぎったが、
ネルフの人々が全員生き残ったことに心の慰めを得た。
 マギの各セグメントが一つ一つ消去されていくのが、まるで
自分の魂が一片ずつ消えていくようにナオコには思われた。そ
して、最後のコンピュータが消去を開始し…。

『ユイ?』
 自分に向かって降りてくる光り輝く姿に、ナオコは目を見開
いた。

「正確にはそうではないのだけど」
 それはニッコリ笑った。
「さあ、行きましょう」

***

 それから数日、街は復旧に悪戦苦闘だった。六分儀ナオの特
攻攻撃で受けた損害に加え、ユイの果たしたことへの見通しは
見当が付かない。ネルフの最高の技術陣はすぐに、地下基地が
放射性廃棄物のドラム缶よりも厳重に封印され、内部の生体兵
器が外部に漏洩する可能性は無い、と結論づけた。ネルフ本部
は近未来に渡って封印されることになったが、第3新東京市の
繁栄は維持されるのだ。

「で、現状はどうなのよ」
 惣流アスカ・ラングレーは病院のベッドで身を起こしながら
訊いた。赤毛の美少女はまたもや包帯でぐるぐる巻きだった。

「ネルフは公式に閉鎖になったわ」
 ミサトが告げた。
「もちろん調査はこれからあるけどね。山のような指示があれ
やこれやでもう、てんやわんやよ。でも、どれもすんなり行く
と思うけどね」

 綾波レイはアスカの横に座って、手を取った。色白の少女は
不安そうな顔になる。
「じゃあ、戦いは終わったの?」
 困惑げに尋ねるレイ。

「そうね」
 ミサトはレイに穏やかに笑いかけ、そして心の中で呟いた。
『とりあえず当面はね。明日に何がやってくるか誰にもわから
ないもの』

「これでたぶん、二人だけの時間がちゃんと取れるってことよ」
 アスカはそう言って、レイにそっと微笑みかけた。

 レイはアスカの手をギュッと握りしめて、微笑み返した。
「…うれしい」
 
 

 

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