アレーレ「みんなはどうだか知らないけど、あたしはもうドキ ドキですう!
「アレーレとファトラの大冒険」!
主演は、エルハザードの愛しき姫君ことファトラさ ま!そしてファトラさまの愛しきアレーレです!」 (注:ファトラ王女についての評判は、ロシュタリアの民から の抽出調査に基づいて得られたもの。…剣を突きつけてのもの だったらしいだが) ファトラ「おぬしら、またもわらわの寝所にノコノコやってき おったか」 アレーレ「ここは甘い愛のカフェ。ファトラさまが店長で、あ たしはただのウエイトレス」 ファトラ「ん、何じゃ?…ああ、そういう設定か、忘れておっ たわ。ときに、前回以来、すっかりあの話にのめり 込んだ読者どもから無数の手紙を受け取ったのじゃ。 どうやら、このエルハザード随一の完全無欠カップ ルであるわらわ達から、助言を求めているようなの じゃ。アレーレ、ひとつ読んでくれい」 アレーレ「…『ファトラさま、アレーレさん、こんにちは。お 二方の愛は今まで知られた最高のひとつに数えられ ると思います。私どものような凡人には到底及ぶも のではないと存じますが…』」 ファトラ「やれやれ、何とも口が上手いのう!じゃが、わらわ はこういう言い方、嫌いではないぞ。手紙からも騎 士道精神が感じられるのう」 アレーレ「あれ、お説教じゃないんですね、どんな風の吹き回 しなのかなあ」 ファトラ「アレーレ、この手紙の主は、その、男か?それとも 女か?」 アレーレ「女性の方です」 ファトラ「ならば、結論は簡単じゃ。わらわの宮殿に来るがよ い!さすればわらわ達が手取り足取りでねっちり教 えてやろうぞ…ふふふふふ。じゃが、この結論は万 人向けではないからな!もし男ごときがわらわの寝 所に忍び込もうと企んだりしたら、即座に打ち首じ ゃぞ!じゃから、おぬしらには別のごく最近の話を して助言としてやろう。おぬしらは信じないかもし れんが、わらわ達の関係が危機に瀕したのじゃ…」 アレーレ「ところでファトラさま、座り心地はいかがです?」 ファトラ「…最悪じゃ!わらわは王女じゃぞ!アレーレ、おぬ しは立っているべきなのじゃ!それがどうじゃ、王 家への敬意はどこに行ったのじゃ。なんぴとたりと も、このファトラの前で座れる者などないのじゃ!」 アレーレ「もちろんです、ですからこうして横になっておりま す…」 ファトラ「ふふふ…アレーレ、それはつまりこういうことじゃ な…」 (カット!)
「第2話:マインド・ゲーム」
人混みの中に数人知った顔が混じっている中、菜々美は正式 の開店を控えて忙しそうに再点検していました。もちろん、レ ストランは開店時間前ですっかり準備万端なのですが、藤沢先 生の結婚式にまつわる大混乱のために、菜々美は今日この時ま で開店の延期を余儀なくされていたのです。 出席の顔ぶれを見渡したところ、目に入ったのはアフラ・マ ーンに藤沢先生と新妻のミーズ。 でも、他の面々は? 菜々美はアレーレと、それにイヤイヤながらといえシェーラ・ シェーラやファトラにも招待状を出していましたのに。 どうやら準備は全て整ったようで、菜々美に思わず笑みがこ ぼれました。 しかし、もっとも目立ってしまう欠席者の存在を、菜々美は あえて考えないようにしていました。 そう、誠です。きっと、間に合ってくれると信じて。 *** 「目標Bが、目標Aに接近中。見えるか、アレーレ?」 ファトラとアレーレは、バルコニーに身を伏せながら、端か ら下を覗き込みました。 そこにはシェーラ・シェーラが誠をつかまえて、ひどく緊張 気味に話しかけていました。ファトラには切れ切れにしか聞こ えませんでしたが、それでも何とか目を凝らして様子を微に入 り細に入り窺っています。その隣で気がコロコロ変わりやすい アレーレは、もうもっと楽しい事が無いか考え出していました。 「ファトラさま、もう飽きちゃいましたよお。菜々美さんのお 店に行きましょ」 「もうちっと、我慢できんのか」 叱りつけるファトラ。 「あれを見い。見えるじゃろ?あの、好感度の天才の腕前をと くと観察するのじゃ」 アレーレには自分たちが何をやっているのかさっぱり見えて きませんでした。アレーレにとっては、誠が女性たちに、特に シェーラや菜々美に好かれているということに過ぎません。 ですがファトラは、誠が女性の心をつかむとてつもない秘密 のテクニックを隠している、と確信していて、最近では誠のこ とを注意深く観察して、そう言って良ければ、誠の謎に包まれ た才能を真似ようと思っていたのです。 「まったく理解できん」 ファトラは何度も繰り返して呟きます。 「あんな面白みのない平凡でひ弱な男が…、確かにわらわに瓜 二つ、というのは取り柄じゃろうが…。何故じゃ?」 「そうですねえ」 考えるアレーレ。 「あたしの気がついたところだと…」 「ん?何じゃ?」 「何て言うか…誠さまにはオーラがあるっていうか…。『いい 人オーラ』って感じかなあ…」 「いい人オーラ、のう」 鸚鵡返しのファトラ。 「いや、そんなはずはなかろうっ。わらわとて『いい人』じゃ ぞ」 「それはもちろんですわ。愛しいファトラさまっ」 安心させようとするアレーレ。 「ただ、誠さまは誰かを嫌ったりする事が無いんです。ファト ラさまの事も。ファトラさまに捕まえられて服まで取られまで したっていうのに」 「くだらん」 ファトラは言い切ります。 「そんなことで誠が女性に好かれるなど…、…そ、そういうも のなのか?」 「わかりません、ファトラさま」 溜め息のアレーレ。 「人生には、あたしたちにもわからない事があるということで すねえ」 *** 誠とシェーラは王宮の門に向かって歩いています。 「ところで、誠…」 シェーラが口を開きました。 「何をやっていたんだ?てっきり菜々美の店に行ってると思っ てたけど」 「ええ、シェーラさん。すっかり時間を忘れてもうて」 笑う誠。 「王宮の図書館にカンヅメになってましてん。博士が見つけた 『神の目』に関する古代の遺物のことで。おかげで店の事をす っかり忘れてもうて」 「そっか、ずいぶん忙しそうなんだな」 「ホンマに」 誠も頷きました。 「ただ、『神の目』の秘密に一歩一歩近づいている、って手応 えはあるんや。きっともうじき、イフリータを連れ戻す方法も わかるはずなんや」 「そっか」 シェーラは溜め息をつきました。 「イフリータ、か」 当然ながら、誠はシェーラが気落ちしたことに気づきません でした。誠は確かに頭はいいのかもしれませんが、勘が鈍いの は弱点でした。誠の目を開かせ、もっと誠と親密になりたいと いう自分の戸惑いをちゃんと見てほしいシェーラにとって、そ れは大きく立ちふさがる困難そのものでした。さらに本音では、 誠がイフリータを取り戻すことに倦み疲れ、忘れ去ってくれれ ばいいとすら思っていたのです。 でも、たとえ万が一そんな事になったとしても、シェーラは 誠に対してどうすることもできなかったでしょうが。 誠とシェーラが「東雲食堂」に到着すると、菜々美の記念日 気分はたちまち台無しになってしまいました。 何よ、誠ちゃんったらシェーラと何してたのよ、と菜々美は カンカン。しかしシェーラは菜々美の怒りを目にして小馬鹿に するように手を振ったのです。 「悪いな、そこをどいて!通してくれ!」 そこにファトラ王女が近づいてくる気配を、誠もシェーラも 振り返るより前に気がついてしまいました。ファトラは気軽に 通行人を罵倒しながら広場を横切り、その後ろをアレーレがぴ ったりくっついてきています。意気揚々と店内に登場したファ トラでしたが、それに気がついた人があまりいなかったことに はガッカリしました。 「のう、シェーラ」 ファトラがよこしまな笑みを浮かべます。 「何のつもりか知らないけど、ほっといて」 ムッとするシェーラ。 「ほお、大神官シェーラ・シェーラともあろう者が、わらわの ことをそんな邪険に言って良いのか?」 ファトラは無頓着に尋ねました。 「ファーストキスで頭が少々のぼせておるようじゃな。しばら く暇を出した方がいいかもしれん。その方が物事もうまく運ぶ というものじゃ」 言い返そうとしたシェーラでしたが、返事をするよりも先に ファトラとアレーレはとっくに店内の奥、菜々美のところに突 き進んでいました。 「ファトラさま」 心配そうなアレーレが囁きました。 「本気でシェーラ姉さまをクビにするおつもりなんですか?」 「ちょっとの間じゃ」 ニヤリとするファトラ。 「わらわ専用の燃えにくい服を仕立てるまで、な。それに、我 らの趣味に改宗させるにはもう少しかかりそうじゃし。お、あ れを見よ…。陣内菜々美じゃ」 アレーレに背後から抱きつかれて、菜々美は完全に虚を突か れてビックリしてしまいました。 「菜々美!誰かと思っちゃった!」 アレーレが嬉しそうに叫んだ。 「ふうっ、誰だったかしらね〜」 イヤミっぽく菜々美が答えた。 「菜々美、景気はどうじゃ?」 ご挨拶のファトラ。 「上々よ、ねえ、アレーレを引っぺがしてくれる?いま忙しい から」 「アレーレ、みなの菜々美を独り占めするでないぞ」 ファトラがそう言ったので、アレーレはやっと離れてまたフ ァトラの背中にしがみつきました。 「いい場所に店を出したな」 中を見まわしながらファトラが言いました。 「なかなかなものじゃ。じゃが…」 菜々美に顔を寄せるファトラ。 「王室御用達の紋章を加えればもっと良くなるじゃろうの」 「へえ、そーですかねー?」 と、菜々美はすげない返事。 「で、御用達の栄を受けるためには、あの悪趣味な王女さまの レズパーティに参加するのが条件、ってこと?」 「おい、聞き捨てならんぞ!」 異議を唱えるファトラ。 「おぬしとて楽しめること請け合いじゃぞ!」 「ぜっっったいに」 アレーレも同調。 「満足しますよっ!保証します!」 「うむ」 ファトラが続けます。 「菜々美も実業家なら、これもひとつの契約と考えてみるがよ い」 「あのね、ファトラ」 溜め息の菜々美。 「万が一にもわたしがその…それに…参加したとして、あなた とやらなきゃならないんでしょ、それとも全員と?冗談じゃな い!」 「やれやれ…」 ファトラが呟きます。 「女心のつかみ方をこれほど熟知している人間がいるというの に」 「わたしの話を聞く気があるんなら、もっと魅力的な女の子に なりなさいよっ、その…高慢ちきでいけ好かない性格を何とか して」 「高慢ちきでいけ好かない、じゃと!?」 憤然とするファトラ。 「それは王室への不敬罪じゃ!わらわが寛大な者でなければ、 即刻…」 「ほら、それ!それが高慢ちきでいけ好かない、ってのよ」 菜々美が叫びました。 「それに、わたしだけじゃないわよ。誰かに訊けばみんな同じ 意見よ」 「そうか、それならば…」 ニヤリと笑うファトラ。 「誰かに訊いてみることにしよう。…わらわが信じるに足る意 見の持ち主にの…」 そしてファトラが目をつけたのは、待ってましたとばかりに 手を挙げていたアレーレでした。 「アレーレ!わらわは高慢ちきでいけ好かない人間か?」 「アレーレはダメ!」 菜々美がぴしゃっとダメを押します。 「どうして?」 ガッカリ顔のアレーレ。 「だって、アレーレは何があったってファトラの味方じゃない のよ!アレーレにファトラがどう見えてるかなんて知りたくも ないわ」 「もうよい、アレーレ」 愚痴をこぼすファトラ。 「こんな心得違いな者は料理がお似合いじゃ」 二人は店の隅っこの方に行ってしまいました。ふとファトラ が肩越しに振り返りました。 「菜々美、店に閑古鳥が鳴きだしたら、わらわの申し出を思い 出すがよいぞ!」 *** 夜です。 ファトラとアレーレは闇の中、二人で並んで横になっていま す。 「菜々美のやつ、わらわの申し出を呑むかのう?」 考えるファトラ。 「さすがに今夜は無いですよ」 アレーレが言います。 ファトラはアレーレの顔を見つめました。窓から差し込む月 明かりに照らされて、半分光り輝いているように見えます。 「アレーレ、わらわはどうすべきなのかのう?どうしたら…も っと人に好かれるようになるのか…」 「でも、ファトラさまは今のままで完璧ですっ」 アレーレが断言します。 ファトラは溜め息をつきました。アレーレも溜め息をつきま した。アレーレの言葉がファトラの求めている答えでないこと は明らかだったからです。 ふと、アレーレが思いつきました。 「ファトラさま、こんなのはいかがです?菜々美さんと、シェ ーラ姉さまの共通点は何でしょう?」 「さてな。男勝りなところか?用心深いところか?それとも、 堅物で性的欲求不満なところかのう?」 「二人が共通で、気になる人、と言えば?」 ニッコリ笑うアレーレ。 「…誠か!」 ファトラも気づきました。 「それがどうしたというのじゃ?」 「つまりですね、ファトラさまが菜々美さんやシェーラ姉さま にことさら親切な態度を取らなくても、二人との関係を改善で きるってことです。二人ともファトラさまのことを腹に一物あ ると思い込んでます。でも、ふたりとも誠さまのことが好き。 だから、ファトラさまが誠さまの手助けをしてさしあげたら、 ふたりともファトラさまのことを見直して、本当は温かくて情 け深い方だと理解する、というわけですう!」 そう言うとアレーレは、くるっと振り返ってファトラをひし と抱きしめました。 「素晴らしいアイデアじゃな、さすがはわらわのアレーレじゃ」 ファトラはニンマリです。 「じゃが、誠の手助けと言っても、わらわにできることと言え ば?」 *** 「まさかファトラが自分から申し出てくれるなんて思いもせん かったわ。僕が必要だったのは、まさに君だったんや」 誠はいつもの朗らかさでそう言いました。 「よろしい」 そう言ったファトラでしたが、自分が何の役に立つのか自分 でもよくわかっていません。ただ、もし自分にできることがあ るなら何でもする、と言っただけだったので。 「ファトラはあの『神の目』の働きについて多くのことを知っ ているやろ?実際、前に一度作動させてるわけやし」 誠はそう言いながら、ファトラを図書室から別の一室に連れ て行きます。 それはそうじゃが、とファトラは思いました。 わらわにあのイフリータをこの世に連れ戻す助けになると、 誠は本気で思っておるのかのう…。 その部屋はストレルバウ博士の管轄の一部で、誠の研究の本 拠としてあてがわれているのでした。中はゴチャゴチャです。 古代技術の断片や部品やら机上や床の上の大半を覆い尽くし、 まるで地震直後の博物館の人類学セクションのようでした。あ る品物は誠が通りすぎるたびに途切れ途切れに光を明滅させた り、カチカチと音を立てたりしていました。 真っ暗闇の中で歩く時には便利かもしれぬな、とファトラは 思ったりしました。 「ファトラ、そこに座って」 誠が言いました。 「あ、ええと、それはどけて」 ファトラは椅子の上に乗っていた三つの釣り鐘形の品を持ち 上げ、空いている床の上に置きました。ファトラが椅子に座る と、誠は資料の山に目を通しました。 「話せることがどれほどあるやら、わらわは保証せんぞ」 ファトラが釘を刺します。 「神の目を使った、というだけなんじゃから。テスト以外はな」 「テスト?」 誠が興味をそそられました。 「そう、テストじゃ」 ファトラが続けます。 「以前、何回か、な。テスト的に神の目を動かして、われらの 制御下にあるかどうかを確認したのじゃ。まあ、軍事力の誇示 じゃな」 「なるほど、核実験みたいなもの?」 「そういうことかの」 頷くファトラ。 「もっとも、誠が何のことを言っているのか、よおわからんが」 「ほんなら」 誠は何かを書いています。 「テスト時には神の目を実際に発射したの?」 「まさか」 声を強めるファトラ。 「封印をしたまま、位置を上昇させただけじゃ。王女のうち一 人だけが『天空の回廊』を上がって…」 「なぜ一人だけで?」 「制御の確認作業は一人でじゅうぶんだからじゃ」 説明するファトラ。 「発射する時には二人必要じゃがな。じゃが神の目のさほど重 要ではない機能を動かすのには、わらわかルーン姉さま一人で もできるのじゃ」 「なるほど…」 そう言った誠の脳裏にアイデアがすでに浮かんでいました。 *** 「こら、そんなにまとわりつくな!」 後ろから踊るようにぴょんぴょんとついてくるアレーレを、 シェーラが叱りつけました。 「ひっつくなら愛しの姫さまがいるだろうがっ」 「言ったでしょ、シェーラ姉さま」 ニヤニヤ顔のアレーレ。 「ファトラさまは誠のところ。これから会いに行くの!」 「誠の?」 ふと見ると、中庭に誠がファトラを連れて出てきたのが見え ました。アレーレがワクワクしてファトラに駆け寄って行った ので、シェーラも後に続きました。 「ま…誠…」 口ごもるシェーラ。 「元気だったか?」 「最高や」 誠がニッコリ笑顔を返しました。 「いま、ファトラと神の目のことについて話をしていたところ なんや。明日、二人で中枢部に入って、ファトラの制御能力を 使ってもらうことになったんやで」 「ファトラさま!」 恒例の慶賀モードでアレーレが声を上げました。 「王女としての貴重なお時間を割いてまで、誠さまの研究にご 助力なさるなんて、なんてお心の広い!これでまた、ファトラ さまが慈愛深く、真にご立派なお方だと知らしめすことになり ます!」 「ファトラ」 シェーラが苦虫を噛みつぶしたような顔で言いました。 「言わせてもらうけどな」 シャーレがファトラを隅に連れて行きました。当然ながらそ の後をアレーレも追います。 「そっちが何を企んでるか、魂胆なんかお見通しだぞ!」 シェーラが吐き捨てるようにそう言うと、ファトラはムッと しました。 「どういう意味じゃ?」 「お前が誠に手を貸し、神の目に上がるのも…イフリータを連 れ戻させるためだろ!」 「それが誠の願いじゃろ。どこに問題が?」 問いただすファトラ。 「とぼけるな!」 激昂してシェーラが言いました。 「イフリータが戻ってくれば誠はイフリータのもの。誠のこと を諦めざるを得ないアタイをそのまま自分のネコにしようって いう腹だろうが!ふん、その手には乗るもんか!」 「やれやれ、邪推もいいところじゃな」 さすがにビックリ顔のファトラ。 「何とも悲しいくらいにずさんな考えじゃ。わらわは純粋に心 から誠の手助けをしたいだけなのに」 「ハっ!」 シェーラは鼻で笑って、行ってしまいました。その後ろ姿を 見て、ファトラは困惑しました。三時間も誠にあれこれ質問責 めにされたあげくに、シェーラの寝室からはますます遠ざかっ てしまったように思えたからです。 「アレーレ、想定外のトラブルじゃ」 「そんなことありません」 アレーレが言いました。 「シェーラ姉さまの言うとおりなんですから。イフリータが戻 ってくれば、シェーラ姉さまも菜々美さんも誠さまのことを諦 めるしかありませんから、そうなれば…その『代わり』が必要 になりますでしょ?」 ファトラの目がキラーンと光りました。 「アレーレ、おぬし天才じゃな」 喜びに溢れてアレーレがお辞儀をします。 「何もかもファトラさまのお導きですわ」 「おい、誠!」 アレーレに全力全開で抱きしめられて動きの取れなくなった ファトラが、誠を手招きしました。 「おぬしがどんなつもりか知らんが、わらわは明日までなんぞ 待てぬ。今すぐ、イフリータ救出作戦開始じゃ!」 *** 「神の目」に唯一通じる巨大な円柱状構造物「天空の回廊」 の頂きに、二人の影が立っています。神の目はさらにそのはる か上に浮かんでいます。 ファトラにとっては珍しいものではなく、全方向とも足を踏 み外せば命はない、という凄まじい圧迫感が押し寄せてきても、 それを気にしないようにすることをすでに身につけています。 しかしアレーレはこの経験に完全に圧倒されてしまっていま した。天空の回廊の頂点にやってきたのも生まれて初めてのア レーレは、ほんのそよ風に吹かれただけでも顔色を真っ青にし てファトラの腕にしがみついてしまうのでした。おかげで右腕 がすっかり痺れてしまったとファトラが言おうとしたところに、 三人目の人影が上空から降下してきて、数メートル離れたとこ ろに着地しました。 風の大神官、アフラ・マーンが無頓着にアレーレとファトラ のそばに歩み寄ってきました。その飛行能力は、神の目にまで 人を運ぶのにうってつけだったのです。 「誠は、上にいますえ」 アフラが静かに言いました。 「ファトラ、うちの背中におぶさって。アレーレは抱っこして あげます。二人とも、一つだけあんじょうわかっておいてな」 「何を?」 尋ねるファトラ。 「へんなとこ、さわらんように。でないと落っことしてしまい ますえ」 ファトラは目を丸くしてアフラを見つめました。 目がマジじゃな。やれやれ、いいチャンスだと思ったのにの う。 *** 「ここがこんなに暗いとは思わなんだ」 神の目の内部通路を進みながら、ファトラが言いました。 アフラが先導し、誠がその後を歩き、ファトラとアレーレは 少し間を置いて続きます。誠が通りすぎるたびに壁のパネルが 発光するのが、研究室で古代遺物が光るのとそっくりでした。 一行は大きながらんどうの部屋に入りました。誠が入った途 端に、天井が一面に光りました。 「ここは神の目にアクセスする末梢部やね」 アフラが言いました。 誠は神の目の内部通路図が何を示しているのかを確かめます。 「アフラさんの言うとおりみたいや」 同意する誠。 「じゃ、ここを神の目の二次システムへのアクセスポイントに しよう」 誠とアフラが壁一面に描かれた古代文字を解読する一方で、 アレーレはその会話の声も耳に入らないほどでした。本当にこ んな驚異的な体験は初めてだったからです。この部屋はおそら く神の目の建造以来、歴史上誰一人として足を踏み入れたこと はないのでしょう。幼いころにこの神の目に近づくことを夢見 て、最近これが異世界への通路であることもわかって、アレー レの好奇心は高まるばかりでした。 アレーレの母が語ってくれた神の目のお話…神の目は二つの 異なる世界の交叉点なのだ、というのを、恐るべき事実から幼 い娘を守ろうという親の気まぐれに過ぎないと思って長いこと うち捨てていたアレーレでしたが、あに図らんや、実は根拠の あることだったのです。 アレーレはファトラに一緒に連れて行ってくれと頼み込んだ あげく、こうしてここにやって来て、子供のころにあれこれと 様々に空想したその内部を歩き回っているのです。 大きな正方形のパネルが、アレーレの気を惹きました。誠が 入室した時に緑色の光を放ちだしたパネルです。その光がどこ か変わっていました。パネルは全くの平面なのに、その光には どこか奥行きがあって、どうにも見逃せないのです。 思わずアレーレは手を延ばして、光に触れようと…。 「アレーレっ!」 ファトラの叫びが聞こえました。はっとあたりを見まわした アレーレは、茫然としていて、まるで夢から覚めたかのようで した。 「触るでない!何が起こるかわからんのだぞ!」 ファトラが叱責します。 「何をしているかわかっておるのか?死にたいのか!」 「大丈夫だよ、ファトラ」 誠が図面を見ながら言いました。 「そのパネルは、どこかに接続しているわけやなさそうだから、 安全や。ファトラ、それに触ってみて」 ファトラが恐る恐る手を伸ばしました。そして手をパネルの 上に置きました。 奇妙な感触でした。まるで温かい液体に手を浸したかのよう です。 「どうということも無さそうじゃが…」 ファトラが言います。 「変な感じじゃな。何だか…」 ファトラの言葉が途切れたので、誠が顔を上げました。 パネルの光が移動して、ファトラの腕に伝ってきていたので す。ファトラは恐怖に駆られて見つめるしかできず、光はその ままゆっくりと胸の方に…。 「ファトラ、どうなっていますのえ?」 アフラが訊きます。 しかしファトラには返事をする暇もありませんでした。緑の 光がファトラの胸に達した途端、何かがファトラをはじき飛ば したのです。 ファトラは空中に放り出され、そのまま床の上に沿って滑る ように吹っ飛ばされ、ついに壁に激突してしまいました。転倒 したファトラは目を閉じ、一言の声も発しませんでした。 アレーレが悲鳴を上げました。横たわるファトラに駆け寄り、 昏倒した恋人を抱きあげて、必死に息を吹き返させようとしま した。 「ファトラさまっ!死なないで、ファトラさま!ファトラさま がいなくちゃ、あたし、生きていけな…」 ファトラが声を漏らしたのがアレーレに聞こえました。 「ん……んん…」 「ファトラさま、だいじょうぶですか?何をおっしゃりたいん ですか?」 アレーレが呼びかけました。 「う、ううん、…誠、このうつけ者めが、安全だと言ったでは ないか!」 ファトラはどうやら全くの無事のようでした。アレーレが安 堵したのが傍からでもよくわかりました。 「ああ、ファトラさま!愛しい愛しいファトラさま!心配した んですよ、よかった、ご無事で!ああん、ファトラさまがいな くなったら生きていけません、わたしの全て、わたしの…」 「わかった、アレーレ、わかった!おぬしの気遣いには感謝の 極みじゃが、その前にわらわは無事じゃから安心せい。誠には 何もいわんでよいぞ」 「あれは何だったんですやろ?」 アフラが考え込みながら、さっき光っていたパネルを調べ、 その下に書かれていた古代文字を解読しようとしました。 「ほんま、すまん、ファトラ」 誠がトレードマークである誠実さをこめて、そう言いました。 「まさかこんなことになるやなんて…」 「あっちへ行け!」 アレーレの抱擁から逃れようともがきながら、ファトラが噛 みつくように言い放ちました。 「ケガがなかったか見たげるで」 誠がファトラの肩に手を置きました。 「ええい!その汚い男の手を離さんか!」 拒むファトラ。 「わらわに男の手が触れるのは許さん!それに、おぬしが…」 その時、ファトラの罵倒に重なって誠の脳裏に第二の声が響 いてきて、思わず凍りつきました。不思議なことに、その第二 の声もまたファトラの声に聞こえました。しかし、奇妙なこと に複雑な方言のようにも聞こえました。 『詳細。神の目は九層の亜空間に存在する。そして二十六以上 のサブドメインから混沌のエネルギーを抽出する。エントロピ ーのバランスは周期的な次元転換によって維持される。中心核 の構成は…』 ファトラも、誠も一緒に固まってしまったのを、アレーレは 見つめるしかありませんでした。ただ、似た光景を見たことは ありました。禁断の島で誠とイフリータが初めて意識を交感さ せた、あの時です。 アフラは気づきませんでした。パネルの文字を読むのに夢中 になっていたのです。 「最初の記号は…模様?いや、これはデータや。誠、これを読 んでくれへん?」 誠とファトラの精神リンクがいきなり切れました。二人とも 座り込んでしまい、互いの顔を不思議そうに見つめ合いました。 「これ、アーカイブ(圧縮情報書庫)や!」 誠が言いました。 *** 「すばらしいっ!」 ストレルバウ博士が声高らかに言いました。 「姫さまはどうやらご自身の内部に神の目の機能を詳述する精 神アーカイブを取り込んだ、ということのようですな」 「運が良かった」 ファトラは博士の研究室を歩き回りながら、誠の期待に満ち た顔を見ていました。 「だがどうしてこれらの品物にはわらわはアクセスできんのじ ゃ?」 「おそらく、ファトラさまは『容器』なのです」 博士が推論します。 「データは姫さまの潜在意識に保存されましたが、それにアク セスするには別の者が必要なのです。誠はこの世界に来て多く の能力を得たゆえ、アクセスする能力も持っているのでしょう」 「冗談ではないぞ!」 ファトラが言いました。 「わらわの精神がズタズタになる危険を冒してまで、誠の調査 を少し早く終わらせる義理はないっ」 「手順は全く安全です」 ストレルバウ博士が言います。 「私もこのタイプのアーカイブは見たことがありませんが、た いていこの手のシステムは、古代エルハザード文明の所産で、 優れたデータ交換技術が使われております」 「申し訳ない、ファトラ」 誠が声をかけました。 「あれは僕の責任や」 「あんなのは、もうこりごりじゃぞ」 ファトラがキツイ声で言います。 「でも、これこそ僕の探していたものや。イフリータを連れ戻 す鍵になるはずや」 しばらくの間ファトラは、誠がめでたくもイフリータと再会 を果たす光景を想い描いていました。そして、用意万端整えて いた自分とアレーレの元に失恋の傷を癒そうと菜々美とシェー ラが駆け込んでくる光景も…。 ま、そうなれば失恋の痛みなんぞ三十分ももたんじゃろうが な。 *** 「で、どんな感じだったんですか、ファトラさま?」 アレーレが無邪気に訊きました。 ファトラには説明不可能でした。凄まじく退屈だろうとは思 っていましたが…どうせ、誠の精神の中で肥大した時間が刺激 的なものになるはずはない、と。 しかし不思議なことに、その経験は実に愉快なものでした。 最初は、少々厄介そうでした。テレパシーだと人の内面の思考 や感情も丸見えになって、相手にすっかりわかってしまいます。 もちろん、ファトラも自分の本音が知られてしまうわけですが、 ファトラはまた自分を偽ることにも長けていました。ファトラ にとって最も重要だったのは、他人とは距離を取ることであり、 真に心を許せる人はほとんどいなかったということです。 ですが、テレパシーのリンクを漂っていると、自分と誠との 間の障壁が一切存在しません。実に奇妙な経験でした。何と表 現すればいいのでしょう? 「…まあまあ、面白かった…」 ファトラには、最もピッタリの言葉はこれしか見つけられま せんでした。 「正直言って、ファトラさまが誠さまと精神リンクすることを 承知なさるなんて思いませんでした」 二人で宮殿内のファトラの寝所に向かう回廊を歩いていきな がら、アレーレが言いました。 「これも、愛のなせるわざじゃな」 笑うファトラ。 「ところでアレーレ、ただの好奇心じゃが…わらわが幻影族か ら救い出されるまで、おぬしは誠のことをどう思っていたのじ ゃ?」 あれ、珍しい質問、とアレーレは思いました。誠についての ファトラの考えは確固たるもので…せいぜいがこの世に無益な 存在である男の一人にすぎず、ヘタをすれば恋の道における究 極のライバルですらありました。 しかしファトラは、アレーレが誠に対してずいぶん共感を抱 いた態度を取っていることにも気づいていました。ファトラを バグロムから救い出す作戦を立てたのも誠だし、ファトラの不 在の間は独りぼっちだったアレーレにとって最も頼れる友人だ ったのも誠でした。 「ファトラさまのご存じの通りです」 アレーレが答えました。 「あたしにファトラさまを取り戻してくださった誠さまには、 感謝してもしきれません」 ファトラは考え込んでいるようでした。 「そうか、アレーレ…。わらわは誠のことを誤解していたのか もしれん」 まさに、驚き以外の何物でもありません。ファトラが自分の 考えを変えたこともそうですが、自分の間違いを認めたことも …実に極めてまれなことで、それがアレーレに微かな不安を呼 び起こしてしまいました。 「ファ、ファトラさま?あの…だ…だいじょうぶですか?」 ファトラは笑いました。 「わかっておる。奇妙に聞こえるじゃろうな。じゃが、誠と精 神リンクがつながってから、ずいぶんあやつのことがわかった ような気がするのじゃ。たしかに、悪い人間ではないな」 アレーレは何も言えませんでした。その精神リンクが自分と ファトラに通じていて、それで誠についての意見が一致したの なら、アレーレには何の異論もなかったのですが。 しかし、ファトラは最初この精神リンク実験に参加するのは 一回だけと言っていたのに、誠に対する態度がコロッと変わっ たファトラはそんなことをすっかり忘れていました。 まもなく、ファトラと誠は精神リンクを一日最低一回、しか も一回につき何時間もつなげるようになりました。 今や誠はファトラとアレーレの二人と大半の時間を(実際に はリンクしていないのに)リンクしているも同然になっていま した。 アレーレは喜ぶと同時に困惑もしていました。ファトラと誠 がこれほどシンクロしてしまうとは想像もしていなかったから です。 *** 東雲食堂の、ある日の午後。 ファトラとアレーレと誠は三人で小さなテーブルを囲んでい ます。誠は最新の「神の目」に関するデータを持参し、昂奮の 面持ちでペラペラと書類をめくっています。 「先週だけでこんなに新しいことがわかったんや」 誠が言いました。 「これもみんな、ファトラのおかげや」 「どうということはないぞ」 ファトラはニッコリ笑いました。 「人助けは王家の者の使命じゃからな!」 食堂の反対側で二人の客に応対していた菜々美が、ふとアレ ーレの視線に気づきました。 どうかしたのかな、アレーレ。 「ねえ、ファトラさま」 アレーレが囁きかけました。 「菜々美さんとケンカしてからもう何日か経ちましたね」 「そうか?」 ファトラが眉を上げました。 「そんなになるか。今週はすっかり時間感覚が狂ってしまった」 「お気にせずに、ファトラさま」 アレーレが目にイタズラっぽい光を浮かべて言いました。 「ファトラさまの才能に刺激されて、あたしも完全無欠の菜々 美さん誘惑作戦を考えてみたんですけど」 そう言うとアレーレは詳細な図表まで書き込んだ計画書の束 を取り出しました。 「で、あたしたちは変装して、長さ15メートルのロープを用 意して…」 「面白そうな計画じゃが」 遮るファトラ。 「しかし今夜は、わらわは誠とリンクすることになっておる。 計画は別の日にじゃな」 アレーレはガッカリして、椅子に深く体を沈めました。 で、でも、恋には我慢も必要です、よね…? *** 王宮のバルコニーに一人で座っていたシェーラの背後で、日 が沈みかけています。 もうすぐ、誠が戻ってくる。 誠に会ってほしいとシェーラが勇気を出して申し出たのは、 今までならまずありえそうもないことでした。 誠はまず間違いなく、単に友人の一人が用事があって会いた いとしか思っていなかったでしょうが、シェーラの方は、今夜 こそ気分の想いをハッキリさせるつもりでした。 誠がどんな反応をするかはわからない、たぶんうまくいかな いかも、とシェーラは思いましたが、それでもそうしなきゃな らないのです。 *** 寝所に戻る途中のファトラが、ハッとして振り返りました。 精神リンクから伝わった奇妙なイメージが鮮明に脳裏に残った まま、ファトラが扉を開けると、アレーレが見慣れない顔つき でベッドに腰掛けていました。…どこか、悩んでいるような顔。 アレーレは怒っているわけではありません。少なくともファ トラに対しては。 「アレーレ、どうかしたのか?」 「どこに行ってらしたんですか?ファトラさま」 そう訊いたアレーレの声は震えていました。 「そ…それなら知っておるじゃろう」 ファトラが恐る恐る答えました。 「わらわは誠と…」 「戻るって約束した時間はもう3時間も過ぎてますっ」 遮るアレーレ。 3時間じゃと? ファトラはまた時間感覚を失っていたことに気づかされまし た。 そう言えば、いつの間にこんなに暗く…? ファトラはアレーレの顔を見直しました。 そうか、アレーレはずっとわらわの帰りを待って…。 「アレーレ、すまなかった」 困惑して、ファトラが言いました。 「おぬしを待ちぼうけにさせるつもりなど、毛頭無かったのに」 ファトラはベッドに腰掛けると、両手を広げました。 「さあ」 アレーレが、しょうがない人、というような苦笑をこぼしま した。ベッドに座ったまま身を寄せ、アレーレはファトラを抱 きしめました。 「それじゃ、これで遅刻の埋め合わせです」 そう囁くと、アレーレはファトラにそっと口づけしました…。 ファトラがちょっと顔を離しました。 「アレーレ、わらわは少し疲れてしもうた。すまぬが…」 アレーレはキスを止めて、目を逸らしました。 「お眠りになりますか?わかりました」 二人は一緒にベッドに入りました。ファトラはあっという間 に眠り込んでしまったようです。アレーレは天井を見あげて、 何も問題なんかない、と自分を納得させようとしていました…。 ファトラが何かもごもごと言いました。 あれ、ヘンだな。ファトラさまが寝言を言うなんてなかった のに…。 また、何か言いました。 「ん…まこと…」 衝撃的な恐慌の荒波がアレーレを木っ端微塵に打ち砕きまし た。 弾かれたようにアレーレはベッドから飛び起きると、部屋を 出て回廊を駆け出しました。 ファトラは、眠り続けていました。 *** 菜々美が一日の売り上げを勘定し終えたところに、食堂のド アを半狂乱に叩く音が聞こえてきました。 「ちょっと、もう閉店よ!」 菜々美は席を立って叫びました。そして扉を開けたそこには、 なんとアレーレが下着姿のままという想像もしない格好で、必 死な表情を浮かべた顔を上げて立っていました。 「ちょ、あ、アレーレ」 何と言っていいのかわからず、菜々美が声をかけました。 「お誘いに来たわりには、ちょっと露骨すぎない?」 アレーレは無意識に菜々美の腰にしがみつき、胸に顔を埋め ました。 「菜々美さんっ」 涙で声が詰まっていました。 「お願い、助けて」 *** 「ファトラと誠ちゃんが?」 あり得ない話に、菜々美は思わず笑い出しそうになるのを押 しとどめました。 「アレーレ、そんなはず無いわよ、気のせいでしょ。だってど う考えたって…あるはずないじゃない、そんなこと」 「わたしも、最初はそう思ってました」 アレーレは菜々美の向かいに座っています。今は菜々美の制 服の茶色のブレザーをはおっています。アレーレにはちょっと ぶかぶかでしたが、今のアレーレの格好を隠すにはちょうど良 かったのです。 「ファトラさまと誠さまが仲良くなって、良かったって思って たんです。それが、まさかこんなことになっちゃうなんて…」 「あのねアレーレ、一足飛びに話を持って行かないで…、でも、 ファトラってすごく移り気だもんね。他の人にちょっかいかけ るのも初めてじゃないでしょ。だいたい、アレーレだっていつ も一緒になってけしかけてたじゃないの。それととこが違うの よ?」 アレーレはキッパリと首を横に振りました。 「ファトラさまが今度みたいにあたしまで見捨てるなんてあり えないです。いつも二人でガールハントばかりしてましたけど、 それだって必ず一緒だったんです」 アレーレは菜々美の目をまっすぐ見すえました。 「ファトラさまは、あたしを、愛してくださってるんですっ。 …でも、菜々美さんにはわかってもらえませんよね」 菜々美が椅子から腰を浮かせました。 「アレーレ、そんなことないわっ」 「菜々美さんがファトラさまを快く思っていないことはわかっ てます。だから、ファトラさまがどれほど愛情深い方か信じて もらえないですよね。ううん、菜々美さんだけじゃなく、誰も…」 「絶対、そんなことないっ!」 菜々美が言い切ります。 「確かに、アレーレとファトラの関係は理解できないけど、フ ァトラがアレーレのことを本気で好きだっていうのはハッキリ わかるわよ」 菜々美は言葉を切って、自分がファトラと会ってからずっと 気になっていたことをこの際訊いてみようと思いました。 「ねえ、アレーレはどんなふうにファトラと出会ったの?」 アレーレはパッと表情を明るくして、自分でも大好きな物語 を話し始めました。一切の省略もなく、ファトラへの賞賛も忘 れず、アレーレは愛する王女がどのようにして自分をあの邪悪 なフラン公の陰謀から救い出してくれたかを語りました。 物語が終わったころには、アレーレはすっかりくたびれ果て、 そして菜々美はすっかり感動していたのです。 「アレーレってば、すっごい…大ロマンスじゃないの。二人の 間にそんなステキなことがあったなんて思いもしなかった」 「でも…」 溜め息をつくアレーレ。 「もう、おしまいです。あたし、捨てられちゃったんです」 「しっかりしなさいっ、アレーレ!」 菜々美が励ますように応じます。 「そんなのアレーレらしくないわよ!そんなに簡単に諦めちゃ ダメ!」 「だけど、勝ち目がありません」 アレーレが言い返しました。 「相手が、手強すぎます」 菜々美が困惑しました。 「どういうこと?」 「精神アーカイブです。あれが、ファトラさまの精神をおかし くしているんだと思います。でなければ、あたしのファトラさ まが、男の人を好きになるなんて絶対にあり得ない…」 「それが、アーカイブの仕業だっていうのね?だとすれば、ど うすれば…」 菜々美の熟考が、いきなり外で鳴り響いた爆発音に遮られま した。 菜々美とアレーレはすぐに窓に駆け寄りました。通りの向こ うで半分炎に呑み込まれそうになっていたのは、怒り狂った様 子のシェーラでした。やり場のない怒りを爆発させていたので す。 「シェーラ!」 菜々美が窓を開けて呼びかけました。 「いったい何やってるのよ!ここを火の海にするつもりなの!」 声は聞こえていたようですが、シェーラは相変わらずメチャ クチャな方向に炎を放ち続けました。 アレーレも菜々美の呼びかけに加わりました。 「シェーラ姉さまっ!お願い、やめて!」 アレーレの声を聞いたシェーラが凍りつきました。ゆっくり と、シェーラは振り返って、恐ろしい怒りを顔に浮かべながら 窓に近づいてきました。 「アレーレ!」 絶叫するシェーラ。 「おまえのファトラが!あの女、誠に何をした!?」 アレーレと菜々美は困惑して顔を見合わせました。 「誠は今夜、アタイと会うはずだった」 続けるシェーラ。 「なのに、誠が戻ってきたのは約束から2時間も後で、おまけ に話すのはファトラのことばかりだ!あの精神リンクが二人を どれほど近づけてくれたか、だって!二人の間に『特別の絆』 が生まれた、だって!いったいファトラは何をしたんだ!?」 「そんな」 呟くアレーレ。 「そんな、ばかな…」 「ちょっと待ちなさいよ」 菜々美が横から割り込んだ。 「誠ちゃんと今夜会う予定だったって、何のためによ?」 「お前には関係ない!」 言い返すシェーラ。 「聞き捨てならないわ」 菜々美も言い返す。 「誠ちゃんに会いたいって言ったのもシャレにならないけど、 問題は誠ちゃんがノコノコと…」 「文句があるなら腕ずくで来な!」 この時点で二人の会話は罵りあいと意地の張り合いになって しまっていました。 「いいかげんにしてくださいっ!二人とも!」 アレーレの超真剣な顔つきに驚いて、菜々美もシェーラも黙 ってしまいました。 「シェーラ姉さまが言った誠さまの様子も、さっきのあたしの 話と一致してますっ!精神アーカイブがファトラさまと誠さま の精神に影響してるんですっ!みんなの力を合わせて、何とか して止めなきゃなりませんっ!二人とも、いいですね!?」 菜々美とシェーラは、アレーレの剣幕にまだ驚いたままでし たが、納得して頷きました。 「なあ、アレーレ」 シェーラが恐る恐る言いました。 「お前もちょっと落ち着け、な」 *** 午前中で人の多い王宮の中庭を、三人は行進していました。 三人の目的は、誠とファトラ。そして最初に見つけたのはシェ ーラでした。 「いた、あそこだ!おい、訊きたいことがあるんだ!」 菜々美も見つけましたが、二人の様子を目にしたとたんに胸 の動悸がおさまらなくなってしまいました。 「あ、アレーレ、ちょっと待った方が…」 手遅れでした。アレーレもその光景を見てしまっていました。 「手…、手なんかつないじゃって…っ!」 「そういうことか」 シェーラが唸り声をあげます。 「もういい、もうじゅうぶんだ」 誠とファトラのそばに駆け寄って、シェーラは前に立ちはだ かりました。 「ファトラ!いったい何様のつもりだ?何だってアタイの邪魔 ばっかりするんだ!なぜだ?最初はあのアレーレと一緒になっ て隙あらば私をベッドに引きずり込もうとして、その次にはア タイのファーストキスを奪って…そして今度は、アタイから誠 を奪い取りやがって!」 この後の修羅場を見たくなかったので、菜々美はアレーレの 手を取りました。 「行こう。こういう場合にいい助言をしてくれる人の心当たり があるわ」 *** ミーズはアレーレと菜々美の話に耳を傾けました。話が終わ ると、ミーズは藤沢先生に向き直りました。 「ダーリン、どうにも不思議な話ね」 「先生、どうしよう?」 菜々美が訊きます。 「うーん、そうだなあ」 藤沢先生は口ごもりました。 「俺が口を出せるような話じゃなさそうだ。こういう場合の生 徒へのカウンセリングなんてわからないし。最後まで見守るし かないだろ。誠やファトラみたいな若者は性同一性障害とかに なりやすいしな」 「でも、センセイ」 アレーレが言います。 「あたしのファトラさまが、誠さまのものになっちゃう!お願 い、なんとかして!」 「俺から見たら、悪い話じゃないなあ。教え子が王女と結ばれ る、なんて、いい話じゃないか」 「真理!」 ミーズが言い返します。 「かわいそうなアレーレの気持ちを少しはお考えになったら! ごめんなさい、二人とも」 ミーズはアレーレと菜々美に身を寄せました。 「ダーリンてば、ちょっと飲み過ぎてるの」 それを耳にした藤沢先生。 「酔ってないぞ!いいかい、ミーズ!子供の前じゃないんだ。 俺は生徒の模範じゃなきゃならないんだから!」 「それにしても、どうしたらいいかしら」 考え込んでしまったミーズ」 「精神アーカイブのことは聞いたことがあるけど、こんな影響 が起こるなんて初耳だし。こうなったら、ストレルバウ博士に 会いに行くしかないわ」 *** 今や中庭にはほとんどひとけが無くなっていました。王宮の 者は炎の大神官の有名な癇癪のことをすっかり承知で、怒りに 駆られたシェーラが一声発したとたんに、あっという間に蜘蛛 の子を散らして逃げ去ってしまったのです。 シェーラは困惑顔の誠とファトラを追い詰め、激しく詰問し ていました。 「シェーラ!死人が出る前に頭を冷やして!」 中庭に菜々美の声が響きました。 炎の大神官が肩越しに振り向くと、菜々美が走ってくるのが 見えました。その後ろにはアレーレとアフラ・マーン、そして ストレルバウ博士がお年相応のスピードで駆けてきます。 「姫さま!」 博士が呼びかけました。 「至急、話ししたいことが!」 「博士、どうしたんですか?」 のんきに尋ねる誠。 「精神アーカイブに深刻な脆弱性があることは、間違いない」 やっと傍までたどり着いた博士。 「誠、お前とファトラさまの間に明確な変化が起こっているこ とを友人たちが目にしている」 「それはただ、精神リンクが働いているからで」 言い訳する誠。 「おかげで僕らはすごく互いの距離が近くなって…」 老博士が首を振りました。 「そうではないのだ。私は長年、古代文明の精神アーカイブの 研究をしてきたが、こんな事例は聞いたこともない。データの 交換・共有…それだけのはずだった。それが行動にまで影響を 与えているということは、アーカイブに何らかの問題が生じて いると思われる。精神面に深刻な副作用を引き起こしているの だ」 「博士、何を言っておるのじゃ?」 ファトラが訊きました。 「姫さま、この精神リンクはあなた様にも誠にも害を及ぼす恐 れがあります。リンクを絶ち、アーカイブをあなた様から削除 する方法をとるべきです。今すぐに!」 「いかんっ!」 ファトラがさらに誠に身を寄せました。 「何の問題も無さそうやし…」 誠も抗弁します。 「リンクは残すべきや」 「でも、誠」 アフラが口を出します。 「どう見たかて、あんさんはおかしな行動をしてはりますえ? わかるやろ?ファトラにすっかり心を奪われてますやんか!」 「そうかもしれんけど」 誠が応えました。 「それはただ、互いの心がつながっているからや」 アフラが追い打ちします。 「ほんなら、イフリータのことはどうしますえ?」 誠の言葉が停まりました。顔面は蒼白。 「それに、ファトラさま」 アレーレがおずおずと訊きます。 「あたしを、まだ愛してくれていますか?」 ファトラの顔も誠と同様でした。やっとの事で、ファトラが 言いました。 「アレーレ…、わらわは…、おぬしのことは大切な…」 この、あまりにも粗雑に装った拒絶の言葉にショックを受け て、アレーレはたまたま傍にいたアフラにしがみつくと、激し く泣き出してしまいました。 この様子を見ていた菜々美は、もう我慢できなくなりました。 「もういいわ、ファトラ、あんた自分が何をやったのかわかっ てないっ!」 菜々美は怒りに駆られてファトラの腕をつかみました。 次の瞬間、菜々美は驚愕にとらわれました。 『連鎖反応における活性化の結果。連鎖レベル1。低レベル多 次元連結の安定。8−7−グリーンセクターにおけるエネルギ ー導線をポジションCに移動。継続して…』 菜々美は慌てて手を引っ込めました。 「い、…今のが、リンクなの?」 ストレルバウ博士は菜々美を凝視しました。 「陣内どの、精神アーカイブにアクセスしたのか?」 「た、たぶん」 頷く菜々美。 「想定外だ」 博士が眉を上げて、言いました。 「私のもともとの仮説では、アーカイブにアクセスできるのは 特殊能力を持っている水原誠のみだと思っていたが、間違いだ ったのだ。おそらく次元を越えてやって来た人々ならばアクセ ス可能なのだ」 「おい!二人が逃げる!」 混乱に乗じて逃げ出す誠とファトラに、シェーラが気づいて 叫びました。 シェーラとアフラと菜々美が追いかけましたが、一足遅く、 誠とファトラは王宮内に駆け込んでしまい、追いかけた面々は 回廊内の人混みに遮られてしまいました。 「手遅れになる前に、二人をさがさんと」 アフラが苛立ちました。 *** ようやく、二人きり。 自分の研究室で、誠はすばやく扉に鍵を掛けると、ファトラ に向き直りました。 「何が悪いんだか、さっぱりわからへん」 「あやつらは何も見えておらぬのじゃ」 ファトラはそう言った途端、いきなり目の奥に血流が一気に 押し寄せてくるような感覚に襲われました。そして、めまい。 「リンクが…」 「ファトラ、大丈夫か?」 不安そうに訊く誠。 頭がガンガンして、次の瞬間、目の前に迫ってくる床。 「ファトラ!」 誠が傍に跪きました。 「だいじょうぶじゃ」 言い張るファトラ。 「ちょっとめまいがしただけじゃ。リンクが…大きくふくらみ すぎて…」 そのまま二人はじっと目と目で見つめ合いました。そして、 ゆっくりと、取り返しのつかない距離にまで、二人の顔が近づ いて…。 扉が、爆発しました。 「間に合ったあっ!」 叫んだのはシェーラでした。 誠とファトラはビックリしてシェーラを見あげました。その 背後には菜々美とアレーレ、アフラにミーズと藤沢先生、そし てストレルバウ博士が二人を驚愕の目で見つめていたのです。 「姫さま!」 ストレルバウ博士が叫びました。 「問題点がわかりましたぞ!アーカイブは王家の者だから操れ るわけではないのです。あなた様の霊的遺伝子がアーカイブに 反応し、効果を何倍にも高めていたのです!すぐにアーカイブ を削除しないと、反作用で二人とも木っ端微塵ですぞ!」 「誰にもわからぬ!」 叫ぶファトラ。 「誰一人として、わらわたちの絆を理解できぬのじゃ!」 「そんなたわごと、聞いてられるか!」 シェーラが叫びました。 無我夢中で、シェーラは手近にあった遺物をつかみ上げまし た。誠が調査していた、立方体の古代遺物です。それをシェー ラは二人に向かって投げつけました。 遺物がファトラのお腹に命中しました。 「シェーラ・シェーラ!」 ミーズが叱りつけました。 「そこまでする必要は…!」 「見て!」 菜々美が息を呑みました。その古代遺物が、ファトラの身体 から緑色の光を引き出しているのです。 「アーカイブや」 アフラが言いました。 「身体から出てきたんや」 誠とファトラが同時に崩れ落ちました。アーカイブは遺物の 上にしばらく浮いていましたが、やがて一同の頭上、およそ6 フィート上空まで浮上して停止しました。 誠とファトラが寝ぼけたように目を開けました。…そして、 互いの顔を見合わせた途端、いきなり恐怖と嫌悪感の入り交じ った感情が押し寄せました。そして二人はまた気を失ってしま いました。 「どうなってるんだ?」 藤沢先生が尋ねました。 「アーカイブはまだ安全に使える」 ストレルバウ博士が応えます。 「王家の者以外の人物の中に収まるのならば。問題は…誰が引 き受けるか、だ」 菜々美の脳裏に素晴らしいアイデアが浮かびました。自分が アーカイブを手に入れれば、誠とずっと一緒にいられて、しか もデータも手に入る。そうすれば二人の仲ももっと親密に…。 菜々美が進み出ました。 「わたしが引き受けるわ」 「そうはさせるか!」 シェーラが立ちふさがります。 しまった、と菜々美は思いました。シェーラも同じ事を…! 「アーカイブはわたしがいただくわっ!」 けんか腰で言い放つと、菜々美は光の球に向かって駆け出し ました。しかしその襟首をシェーラがつかんで引き戻します。 「誠は、アタイのものだっ!」 逃れようとする菜々美に、シェーラが言い返しました。 「シェーラどの」 ストレルバウ博士が厳かに言います。 「普通に操作すれば、精神リンクはアーカイブのユーザー間に 愛情などの精神的影響を起こしたりはしません。ですから…」 「そうよっ、シェーラ!」 菜々美が嗤いました。 「博士の言うとおりだわ。だからわたしがアーカイブを取り込 んでも問題なしっ」 菜々美がまた駆け出しました。しかしシェーラも炎を巻き上 げながら突っ込み、菜々美に体当たりして突き飛ばしました。 シェーラがアーカイブに触れようとした寸前、誰かがシェーラ を引き留めてしまいました。何とそれは藤沢先生です。 「こらっ、大神官ともあろう者が」 藤沢先生がカンカンになって言いました。 「俺の教え子に乱暴しくさって。菜々美くんに謝れっ」 「やっかましいっ!」 叫んだシェーラが藤沢先生をぶっ飛ばすと、今度は藤沢先生 も逆襲に出ます。やがてバトルは最高潮に達し、対戦する両者 はこの小さい部屋の四壁いっぱいに跳びまわりました。 今がチャンス。シェーラと藤沢先生が戦っている隙をついて、 菜々美はこっそりアーカイブに接近し、真下にたどり着きまし た。そして両手を伸ばして、今にも手が届きそうになった、そ の時…。 「ふ・じ・さ・わ、キーーーーック!」 藤沢先生の渾身の蹴りがシェーラを吹っ飛ばし、アーカイブ に衝突しそうになったのです。飛んできたシェーラを叩き落と そうとした菜々美ですが、手遅れでした。シェーラが光球を吸 収し、向かいの壁際に完璧な着地を見せたのです。 シェーラは菜々美に歩み寄ると、勝ち誇って呵々大笑しまし た。 「残念だったな、菜々美!」 えびす顔のシェーラ。 「どうやら精神リンクはアタイにつながったみたいだ」 「しかしそれは誠に、ではありません」 ストレルバウ博士が重々しく言いました。全員が博士に視線 を集中させる中、話が続きます。 「私はもう誠に精神リンクを再び使わせる気はありません。最 近の誠の行動を見れば、どうなるのか予想がつかないからです」 「じゃあ、神の目の情報はどうやって手に入れるのですか?」 ミーズが訊きます。 「神の目にアクセスできるのは誠だけじゃありませんの?」 「そうともかぎりません」 ストレルバウ博士が指さしました。 「菜々美どのも神の目にアクセスできるはずです。誠に代わっ てシェーラどのから、菜々美どのに情報を引き出していただき たい」 シェーラは愕然としました。 菜々美がニヤリと笑いかけます。 思い知らせてやるわ! *** アレーレとファトラは一緒にベッドに腰を下ろしました。ア レーレはファトラの頭を両手で抱きかかえています。 「誠め、こともあろうに男になぞ!キスする寸前だった!ええ い、汚らわしい!」 ファトラはアレーレに嘆願するかのように見あげます。 「アレーレ、また元の通りにわらわを崇めてくれるか?」 「ファトラさまっ!」 アレーレが感極まった声を上げました。 「ファトラさまがよろしいのであれば、喜んで!」 アレーレがファトラの上に飛び乗ったのが、どうやら何より の答えだったようです。 誰かが寝所の扉をノックしました。ムッとしてファトラが顔 を上げました。 「アレーレ」 ファトラが命じます。 「そのままにしておれ」 ファトラが立ち上がって、扉を開けました。そこにいたのは 誠。 「ファトラ、アレーレ」 引きつった笑みを浮かべる誠です。 「どうしても謝りたくて。お互いにちょっとヘンな行動を取っ てもうたけど、あれは…」 「よくもおめおめと顔を出せたものじゃ!」 ファトラが吼えました。 「王家への性的侮辱で追放処分にされなかっただけでも、あり がたいと思うがいい!さあ、とっととここから立ち去れ!わら わはアレーレとの甘い関係を元通りにする繊細な仕事に没頭す るのに忙しいのじゃ!」 そしてファトラは、誠の鼻先に扉をバタンッと力いっぱいに 閉じました。 「アレーレ」 ファトラが相好を崩します。 「何をしておる。早くそんな服は脱いでしまえ」 アレーレが命令にそそくさと従おうとしたその時、部屋の外 からシェーラの声が聞こえてきました。ファトラがちょっと扉 を開けてすき間から外を覗くと、シェーラが必死の形相で誠に 向かって走ってくるのでした。 「どうしたんや、シェーラさん」 誠が訊きました。 「あいつ、ヘンになっちまった!」 シェーラが息を切らしています。 「たった30分精神リンクしただけで、あいつのぼせ上がっち まったんだ!博士はこんなことにはもうならないって言ってた のに!」 「ど、どないしたんです?」 誠はますますわけがわかりません。 「もう行く!追っかけてくる!」 シェーラはさっさと駆け出して行ってしまいました。 そこに、菜々美の声が近づいてきました。 「シェーラお姉さま!」 声は明らかに菜々美ですが…。 「ん、もうっ、恥ずかしがっちゃって!もっとシェーラお姉さ まのことを知りたいだけなのにっ!」 菜々美が誠に駆け寄りました。 「誠ちゃん、シェーラお姉さまを見なかった?鬼ごっこが得意 みたいだけど、でも最後に勝つのはわたしなんだから!」 誠の返事も待たず、菜々美は回廊を駆け出していきました。 「やれやれ」 誠が言いました。 「なんのこっちゃ」 外の出来事をまだ覗き見していたファトラに、アレーレが歩 み寄りました。 「何があったんですか、ファトラさま」 「ふふ〜ん」 ファトラがほくそ笑みました。 「100%確かではないがな。しかしどうやら王族の義務とし て真相を明らかにせねばならぬようじゃ。時と場所を選ばず、 な」 その言葉とともに、ファトラとアレーレは一緒に寝所を飛び 出して、新たな二人の冒険へと向かって行ったのでした。 おわり …ファトラさまの、ご教訓。 「自分の性癖に悩むでないぞ。異性への愛なんて、そんなもの ただのクソゲーじゃ」
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