非MEの世界
第40話・おまいらおちけつ (o ̄∇ ̄)=◯)`ν゜)・;'
顔を上げた神崎黎人が見たものは、自分を睨みつける冷たい エメラルドの瞳だった。その目を窺った黎人には、恐るべき、 しかし恍惚としているような憎悪の渦しか見いだせなかった。 いま目の前に立ちはだかっている少女が、自分の身に加えた いと思っていることを実行するパワーを持っていることを、黎 人は十分に知っていた。…それも、何の苦もなく。 それは、どうしようもないほどの恐怖だった。 玖我なつきは一瞬動きを止め、黎人を注視した。 黎人は身動き一つできずに固まっている。それは今自分が殴 りつけたダメージのせいなのか、それとも恐怖にすくんでいる のか。どっちにしても、なつきにとっては爽快で、口元に笑み が浮かんだ。こうなったのは全て黎人の自業自得、となつきは 思った。 どんな結果になるかも知らずに、身の程知らずめ。こともあ ろうに、わたしの静留への想いを云々するなど、何様のつもり だ?静留が貴様など愛するわけがないんだ! そう思った途端、なつきの怒りはあっという間に沸騰し、頂 点に達した。黎人がかつて静留に結婚を強要した時ですら、こ こまでの怒りには駆られなかった。 「く、玖我っ…」 やっと黎人が絞り出すように呟いた。 だがその声もなつきを怯ませはしなかった。なつきは再びゆ っくりと右手を上げ、黎人の心臓に狙いを定めた。 たった一発、それでオシマイ。自分の中で渦巻く混乱も怒り も、それで全てケリがつく。ためらいなんか、あるはずがない。 なつきは歯を食いしばったままだったが、その顔には笑みさ え浮かんでいた。 何て簡単なんだ、わたしの、力…。 なつきの思考が、いきなり中断させられた。なつきの首筋に 冷たいものが突きつけられたのだ。 「玖我さん、エレメントを収めてください」 聞き覚えのある、冷静でゆっくりした声が命じた。 ハッと我に返ったなつきは、動けなくなってしまった。少し たってやっと自分の状態を理解できたなつきは、自分のエレメ ントを手放し、それが床に落ちながら消えていくのを見つめた。 ゆっくりと振り向いたなつきだったが、声の主が誰なのかす ぐには頭に浮かばなかった。その刺すような紅い瞳を見つめて、 なつきは何がどうなっているのか困惑した。 深優・グリーアを人間にした、と舞衣は言っていたのに…。 なつきの視線が、首筋に押し当てられた武器に向かった。 長剣…だが今のそれは、深優の腕の一部ではなかった。 「これはどういうことです?」 なつきが口を開こうとする前に、沈着冷静な少女が問いただ した。 目の前の青い髪の少女から目を背けたなつきは、すぐ背後に ももう一人だれかが立っていることに気づいた。だが、なつき がいま一番会いたい人であるはずはない…それに、自分が黎人 にしたことを見てほしくもなかった。 「わ、わたしは…」 言い出したなつきだったが、 「…ヤツが…」 なつきの声は喉につかえてしまった。言い訳をしてもしかた ないことは、自分でもわかっていた。全身の血が冷めていくと ともに、自分が何をしでかしてしまった現実が見えてきた。そ して、信じられないほどの強烈な負の感情に自分は敗れてしま った、ということも。 なつきがもう銃を手にすることはない、と確認して、深優は 黎人の傍に屈み込んだ。 「大丈夫ですか、神崎さん」 黎人は軽く頷いたが、それでもその程度のことでも苦痛に呻 いた。見かけはタフでも、さすがに度が過ぎていた。深優は顔 を上げ、行動の選択肢を考慮した。素早い判断の結果、なつき に黎人を保健室に運ばせるのは得策ではないし、ましてやその 様子を奈緒が見かけた日には状況はさらに悪化するだろう、と 考えた。 しかし、自分はアリッサを迎えに行かなくてはならない。初 等部の授業がもうすぐ終わるのだ。 深優は自分のエレメントを消し、黎人の腰に手を回して立ち 上がらせた。 「では行きましょう。奈緒、私の代わりにアリッサを迎えに行 ってくれませんか?」 赤毛の少女はコクンと頷くと、スタスタと教室を出て行った。 深優もその後に続き、深優にもたれた黎人は、足を引きずっ ていた。 なつきは数歩遅れて二人の後を追って、やはり保健室に向か った。だが、いましがたの出来事と、青い髪の少女がHiMEであ ることを知ったことで、なつきは心ここにあらずだった。その せいで、なつきは深優に衝突しかけた。深優が廊下の途中で立 ち止まり、なつきを見やったのだ。 「玖我さんは奈緒と一緒に行ってください」 意味ありげになつきを見つめる深優。」 「奈緒に話さなくてはならないことがあるのではないですか?」 そう言うと深優は再び背を向け、階段に向かって歩き続けた。 なつきは立ち止まったまま、後ろ姿が見えなくなるまで見つ めるばかりだった。イヤだったが、深優の言うとおりだった。 奈緒とはできるだけ早く話をつけなくてはならない。 踵を返し、なつきは駆け足で奈緒を追ったが、追いつく前に 初等部に着いてしまった。 奈緒は正門の傍で、壁に寄り掛かって待っていた。もうじき 子供たちが出てくるのだろう。 なつきはできるだけさりげない風情で歩み寄り、奈緒のそば に立った。 気まずい沈黙が過ぎる中で、沈黙しながらうつむいている奈 緒の様子を、なつきはまじまじと見つめた。だがあからさまに 視線を向けてくるなつきに、奈緒は目を合わせることができな かった。 「ごめん」 奈緒がやっと言った。 なつきはぷいっとそっぽを向いた。 ほんの数時間前のなつきなら、奈緒からそんなことを言われ ようものなら、跳びかかって喉笛を噛みちぎってやりたいほど だった。だが今のなつきは奈緒と同じだった。実際、黎人が挑 発してきてもなつきは奈緒のように行動はしなかったものの、 さらに黎人が自分が静留のことを心配していると言ってきた時 には、もし深優が止めに入らなかったら果たしてどうなってい た事やらわからない。 なつきは深く溜息をついた。 謝るんなら、まず静留にだろうがっ。 互いに言葉を探しているうちに、子供たちの歓声が耳に飛び 込んできた。 「奈緒おねえちゃん!」 ちっちゃなブロンドの髪の女の子が嬉しそうに笑いながら駆 け寄ってきた。 奈緒はなつきから視線を外した。 「おかえり、アリッサ」 奈緒は優しく声をかけ、しゃがみ込んで視線を同じ高さにし た。 赤毛の少女が女の子を抱き上げるのを、なつきは見つめた。 こんなに心からの笑顔を見せる奈緒を見るのは初めてだった。 奈緒にギュッとしがみついた女の子の視線が、なつきに向か った。そして何度か目を瞬かせた。 「深優お姉ちゃんは?」 訝しそうに訊くアリッサ。 「ちょっと訳があってね。一緒にお姉ちゃんのところにいこう、 ね?」 奈緒はアリッサの髪を指で梳いて、半分ほどけかけたリボン を直した。 アリッサが頷いたので、奈緒は嬉しそうに振り向いて舞衣や 深優のもとに行くことにした。 なつきは後ろから付いて行くことにしたが、その間、アリッ サがきょう一日のことやら、子供たちの髪にへばりついたチュ ーインガムを先生が取ってあげるのにどれだけ大変だったか、 などを奈緒に話すのを見つめた。 アリッサの話が終わった頃には、目的地は目の前だった。奈 緒は歩調をやや落とし、なつきが追いつくのを待った。 「悪かったわ」 奈緒が静かに繰り返した。 「…さっきも聞いた」 なつきが嘆息し、そのまま追い抜いて前に出た。そして立ち 止まったところに背後から歩み寄る足音を耳にすると、黒髪の 少女は振り向いて、奈緒をじっと見つめた。 「…本当に、マジなんだから」 赤毛の少女はいつもとは違う本気の、しかし強い口調で言っ た。奈緒はアリッサをぎゅっと抱きかかえ、訴えかけるような、 鮮やかな緑の瞳をなつきの黒い瞳と視線を合わせた。 「あそこまでやる気はなかったのよ。あんなふうに藤乃静留を …傷つけるつもりなんか…」 「あんなふうに、だと?」 憤然となるなつき。 「じゃあ次はどんなふうに静留をいたぶる気だ?」 「…先に手を出したのは向こうの方よっ」 奈緒が再び歩き出したのは、その場になつきだけと一緒にい たくなかったからだった。 「静留が?」 なつきはあきれたように目を回し、赤毛の少女のあとを追っ た。昨夜に静留から聞いた話が心の奥で引っかかった。奈緒の 気持ちと、そのせいで奈緒が二人を襲った理由を、ちゃんと言 ってやるべきか、なつきは逡巡した。 奈緒は、抱き上げていたアリッサの髪をそっと撫でつつ、黙 ったまま歩き続けた。 「ただの言い逃れにしか聞こえないな」 言葉をぐっとこらえて、なつきはそう呟いた…が、奈緒はな つきの言葉を無視するかのようにただ歩き続けた。 「静留が、お前に手を出すわけがないだろうがっ」 さらにダメを押すように、なつきが言い加えた。 奈緒の答えが無いのが、なおさら癪に障った。 唇を噛みしめたなつきの苛立ちが一気に膨れあがった。それ でも奈緒はそんななつきを相変わらず無視していた。 「私だって被害者なんだぞっ」 抑えようとする前に、言葉がなつきの唇からこぼれてしまっ た。 とうとう奈緒がなつきを見やった。なつきは気づかなかった が、スタスタとなつきの目の前までやって来た奈緒の目は怒り に満ちていた。 「じゃあ、アンタが他人のこと言えるってのっ!?」 吐き出した言葉一つ一つに毒がこもっていた。 「人を見下すような言い方やめなさいよっ!アンタだって、ア タシと同じじゃないのよ!なのに偉そうにアタシを非難するわ けっ?」 奈緒はさらにアリッサを抱きしめながら、激しくなつきを睨 みつけた。 「…わかってるわよ、アンタと同じじゃないってことぐらい。 神崎がケガしたって玖我は半分も気にしてないだろうけどさ。 でも、アタシだって藤乃なんか知ったこっちゃないのよ!でも 神崎がアンタにやったことを、藤乃はアタシにやったのよ!」 二人はしばらくにらみ合っていた。何とか落ち着きを取り戻 そうとする奈緒に対して、なつきは奈緒の爆発に茫然とするば かりだった。 「それと…憶えといて…アタシはね、自分のやったことの埋め 合わせをちゃんとしようとしてるわよ。アンタは何様よ、そん なふうにアタシを上から見下ろしちゃってさっ」 そう言うと、奈緒は再び医務室に向かって歩き出した。 罪悪感と、少しの当惑を抱えて、黒髪の少女は廊下の真ん中 で突っ立っていた。 何だ、奈緒のやつ…大人ぶって。 *** 青い髪と紅い瞳の少女が神崎黎人に手を貸してベッドに寝か せるのを、藤乃静留は黙って見つめていた。何が起きたのかは 一目瞭然だった。気になったのは、黎人がいったい何をなつき に言ったのか、今のなつきはもう落ち着いているのか、という ことだけだった。 だが、この騒動が単なる偶然の一致として見過ごされること はないだろう。今回こそ「奇妙な武器」を振り回していた人物 について、人の口に戸は立てられまい。 起き上がろうとした静留を、深優が一瞥して眼鏡をくいっと 上げた。 「ご心配なく。玖我さんは無事です」 自分の挙動がそんなにあからさまだったのか、それともこの 寡黙な少女には人の心が読めるのだろうか、と静留は訝しんだ。 静留の視線は、そのまま黒髪の若者の方に移っていった。 …黎人はひどい状態らしかった。そして静留には顔を向けな いようにしているようだった。 よかった、と静留はほっと安堵の息をついた。 静留自身も今は黎人と言葉を交わすことは、たとえどんな事 だろうと避けたかった。実際、なつき以外の誰かと言葉を交わ したいとも思わなかった。 続いて奈緒が、胸にアリッサをしっかり抱きかかえながら部 屋に入ってきた。 奈緒は静留をちらっと見やったが、すぐに目を逸らし、そっ とアリッサを深優の隣に降ろしてやった。 「お姉ちゃん!」 アリッサが深優の脚にぱっと抱きついた。 深優は微笑を浮かべて膝をつき、アリッサの頭をぽんぽんと 叩いた。だが、アリッサを抱き上げたりはせず、そのまま急い で立ち上がり、黎人の傷の手当てに取りかかった。陽子先生は 実験室に行っているが、呼びに行くほど黎人の傷が重いとも思 えなかった。とは言え深優は同時進行で、唇に笑みをたたえな がらアリッサとおしゃべりをし始めた。今日一日の出来事やら、 どんな事があったのかを。アリッサは、さっき奈緒にしゃべっ たことを事細かに話し出した。 赤毛の少女自身は隣の部屋に行った。舞衣と命と一緒の方が、 静留と同室でいるよりも気が楽だったから。 奈緒に遅れて何分もしないうちに、なつきがやって来た。憂 鬱そうだった表情が、目を覚ましてベッドで身を起こしている 静留を目にして、たちまちパッと明るくなった。そそくさと静 留の隣に腰を下ろすと、なつきはそっと口づけした。 「気分はどうだ?」 「えろう良おなりましたわ」 穏やかな笑みを浮かべる静留。 「…なつきは?」 静留は黎人をちらっと見やった。 黎人の今の状態はなつきに責任がある、ということを、静留 がすでに察知しているのは明らかだった。居心地悪さを感じ、 なつきはうなだれてしまった。だがその頬に温かなたなごころ を感じると、なつきは再び優しいキスを受けとった。 「気に病まないでおくれやす…。うちは怒ったりがっかりして るんやおへん…」 静留はなつきにだけ聞こえる小声で囁いた。 「…何があったのかも、なつきの気持ちもわかってますえ…」 「…」 なつきは目を閉じ、このまま静留をぎゅっと抱きしめたい衝 動を必死で抑えた。静留はずいぶん回復しているが、爪に引き 裂かれた傷は深く、まだ痛むはず。今はこうして傍にいてくれ るだけで、少しは気が晴れるというものだった。 なつきは目を開け、恋人の深紅の瞳を覗き込んだ。 「今日はずっと起きてたのか?」 「いえ…つい30分ほど前に目を覚ましたばかりどす」 静留が答えた。 頷いたなつきが、また目を閉じた。 「だと思った。寝起きで息が臭いからな」 なつきがクスッと笑った。 「いけず」
続く
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