Fate/stay night ZERO
プロローグ
「白旗を届ける使者を送るべきです」 四十代後半とおぼしき、鎧に身を固めた男が古代中央スコッ トランド語で叫んだ。同様の装束の、巨大な円卓に座す七人の 一人であるその男は、握りしめた拳を円卓に叩きつけながら、 声を張り上げて提案に力を込めた。 周りの者たちは全員、かなりの時間討論をしていたらしく、 その顔の憔悴が議論の行方が見えないことを物語っていた。 「何をバカげたことを言い出すのだ、フィアクラ卿っ。我が軍 は西の地においては最も怖れられているのだ。その我々がなぜ 降伏を…」 金属杯をドンッと円卓に叩きつける音がその言葉をさえぎっ た。中身が辺りに飛び散り、円卓を見回して一同を睨むその男 は、今にも誰かの首を引きちぎらんばかりだった。 「カデル卿!バカげたことを言っているのは貴公だ。敵はすで に我が国に達して以来いくつもの地を奪っておる日の出の勢い だというのに、貴公はまだ見栄を張るのか?他の諸君がどうか は知らぬが、儂は我が一族と同胞全てを守るために、この戦に 挑んでおる。この国の名誉を守るがための理由のみで、無辜の 者たちを苦難に追い込むつもりはない!」 そう言った男は、円卓につく人々の中で一人際立ったある人 物に顔を向けた。 その人物はただ一人、ここ数日徹夜だった他の者たちに比べ て多少は睡眠がとれていたようだった。その甲冑は品質でも重 量でも他の者を上回っていた。周囲を圧する力があり、周りに 座っている者たちにとって、そして皆が議論する「国の安全」 に関して、王としてふるまっていた。 「われらが王も、儂と同じように感じていると思うが、いかが か?」 「よろしい、諸君。これは我らや我が国に関して極めて困難な 刻だ。我らがすでに18時間以上もぶっ通しで席に座していた のは、この場におられる諸公の中の誰よりも戦をしてきたこの 儂すら見たことの無いほどの戦力と戦術を備えた、この恐るべ き敵の進軍を阻止せんとするためだった。だが、我が親愛なる ギルロイ卿が述べたとおり、我らが戦うのは国と民のため。我 らは二隊を前線に残している。彼らがあと二昼夜持ちこたえて くれれば、ここに残る三隊が最後の決戦に向けられる。我ら残 った七人も、最後の軍と同道し、勝利を祈ろうではないか」 王がそこで口を閉じ、いきなり立ち上がった。円卓の全員が 王を注視した。 「いや、違うな」 言葉を続ける王の目は、いつもにもまして決意に満ちていた。 「勝たねばならぬ。そのためにも、大いなるエクスカリバーを 抜く者が現れるなどという偽りの希望は捨てねばならぬ。この 国の男は老いも若きも、あの約束された勝利の剣を台座から引 き抜こうと試みたが、誰一人成功はしなかった。ゆえに、我が 友たちよ。エクスカリバーのことは忘れよ。そして我らの手で この国の平和を守る戦いをするのだ」 拳を宙に突き立てた王に、その統率力への畏怖を込めて拍手 と、そして足が踏み鳴らされた。 人々が喝采する中、突然一人の人物が優雅に咳払いをして入 室を知らせた。室内の全員がその咳払いの方を向いた。 夕闇が降りたが、窓は何枚か開いていた。見通しの悪い部屋 の一隅からその人物はやって来た。 「何者だ?」 一人が剣を引き抜こうとする構えで問いただした。王以外の 他の五人も身構えた。だが王はこれを予測していたようだった。 影のようなその人物が、部屋の隅からランプの灯りの下にと 姿を現した。頭からフードをかぶり、杖のようなものを手に持 っていた。 その姿を見るや、人々は一様に安堵の息を漏らし、剣を持つ 手を弛めた。 「マーリン、マーリンでございます、王よ」 誰何した男が皆に聞こえるように言った。 「我が良き友、マーリンよ、なにゆえにここに?どうやって敵 を追い払うかについて議論をしていたゆえ、貴殿の助言が欲し かった。残念なことに全ては手遅れ。我ら息が止まるその時ま で戦うことを決めたところだ」 マーリンと呼ばれたフードの男に王は歩み寄り、その手を握 った。マーリンは王の手を握りかえしながら、手にした杖でフ ードを外した。 マーリンは王と同年代のように見えたが、実は何百年も生き ているのだった。マーリンは魔法使いとして広く知られていた。 「王よ、喜ばしい知らせを伝えるのは実に幸福というもの。何 あろう、救世主が現れたのです。この母なるスコットランドに 勝利をもたらす者が。私がいつものようにあの石の台座のそば で、剣を抜こうとする者が来るのを待っておりますと、一人の 者が丘を登ってくるのが見えました。最初は私も信じられませ んでした。こやつ、何を考えているのかと、ね。されど何年も 生きてきて、マーリンよ、お前は忘れたか、人を見かけで判断 してはならぬ、エクスカリバーをその手にせんとする者を何人 たりと拒んではならぬ、と思い返しました。ゆえに、私が儀式 をいたしますと、その者が歩み出て剣を手にしました。すると、 剣はまるで泥の中から拾うが如くに、たやすく台座から抜けた のです」 マーリンが首を振った。今でもなお信じがたいという風情で。 全員がそろうこの部屋に通じる、二対の扉にマーリンが顔を 向けた。その扉が開き始めた。 「さあ王よ、あれが我らがチャンピオンたるアルトリア・ペン ドラゴン。最悪の敵から我らの地を救い、そして王たるべき者 でございますぞ」 扉が開き、中に進み出た者…。 「女だと!気でも狂ったのかマーリン!?まさか女が…」 「黙らっしゃいっ」 ピシャリと王に言い放ち、マーリンは中に入ってきた人物に 目を向けた。 それはまだ「女」と言うにも早いほどの幼い少女だったが、 そんなふうには扱えないほどの風格を備えていた。その身には 銀の甲冑をまとい、腕には長い籠手をはめている。胸には鋼の 胸当て、腰にはスカート。甲冑の下には王者にふさわしい青い 服を着込み、鞘に収められた剣を手にしている。 それこそは「約束された勝利の剣」エクスカリバーである。 それを目にして、一同が、いや、アルトリアと呼ばれた少女 すらも含めてマーリンの言葉を否定しようとしたその時、王が 少女の前で膝を屈した。 「我、ラムゼイ王は、汝アルトリアを約束された勝利の剣を持 つ者と認め、今よりスコットランドの新たなる王であることを 認めます」 王は右手を振って配下たちに跪くよう促すと、一同は王の言 葉に従った、と言うより従わされた。 眼前の少女を見上げた王は、居心地の悪さを感じつつも言葉 を続けた。 「私は敵を撃退することに失敗した上、最後の戦力を帰還のか なわぬ戦いに送り出そうとしておりました」 王は不意に、恥じ入り疲れ切った顔になった。 「お願いです、我が最後の願いを、この地を守るために。アル トリア王よ」 今は静かでもいずれ予想される全ての異議申し立てを封じる かのように、王は最後の言葉に力を込めた。 今やアルトリア王となった少女の目は、大いなる戦への決意 を固めたかのように、この灯火の中で海のような紺碧に輝いた。 決断を下すべく、今や少女の振る舞いは王のものに変わった。 アルトリア王はラムゼイ元・王を見つめて微笑んだ。 「ラムゼイ卿、私は両親を戦いで殺された幼い頃から、この地 に平和をもたらしたいと心を決めていました。しかし、平和を もたらすには私だけではなく、あなたの力が必要です」 その言葉は、とても少女のものとは思われなかった。しかし そのわずか17歳の少女の肉体には、力強いものが宿っていた。 その目の奥底に秘められた力。それはまさに「龍」のごとく。 『約束された勝利の剣を持つ者にふさわしい、龍のごとき存在 を、儂はいま目の当たりにしている…』 ラムゼイ卿は思った。 思わず口元をほころばせ、ラムゼイ卿は王の手をとって立ち 上がった。 「マーリンの話では、敵の軍勢は増大の一方。我らが軍は明朝 には壊滅してしまうでしょう。今すぐに戦場に赴き、できる限 り多くの兵を救わねばなりません。ここに残った軍は不要、と どめておきなさい。勝利を持って帰還することを約しましょう。 許してもらえるなら、今すぐ出陣しますっ」 アルトリアは元・王に頭を垂れるや、すぐに出て行こうとし たが、ラムゼイ卿に押しとどめられた。 「我が王よ、ここの者から幾人かお連れを。役に立つ者たちで…」 最後まで言い終えないうちに、王が振り返って手を振ると、 訳を言った。 「ラムゼイ卿、ここから戦場まで二昼夜。言ったとおり、敵は 増大の一途、我が軍は明朝には壊滅。それよりも早く戦場に着 かねばなりません。単騎で行けば4時間は早く到着できましょ う。貴公らももちろん負傷者を救うためにおいで下さい。しか し私は一人で行きます」 驚きと疑いを顔に浮かべたラムゼイ卿に、アルトリアが再び 笑いかけた。そして納得させるように言い添えた。 「ラムゼイ卿、この剣には多くの恩恵が与えられています。説 明しているひまはありませんが、そのうちの一つが『速度』な のです」 そう言って、キリッと顔を引き締めると、アルトリアはずっ と黙ったままだった他の者たちを見渡した。 「用意できる限りの薬や手当ての道具を準備し、負傷者を救え るようにせよ。西に向かう道を確保し、帰還に備えよ。一両日 中には帰還する。さあ、行くのです!」 アルトリアがそう言い残して出て行くと、マーリンと何事か 相談しているラムゼイ卿を除いて、全員が後に続いた。 しばらくして、アルトリア王は医薬品を確認して皆が自分の 作戦に従っているのを見ると、コクンと頷いて振り返った。 「忘れるなかれ、西に向かう道であるぞっ。神が汝らと共にあ らんことをっ」 兵たちが敬礼する中、アルトリアは目を閉じ、剣の力を召喚 した。周囲の目からはアルトリアは目を閉じて静かに祈りを捧 げているようにしか見えなかったが、ギルロイ卿を始めとして 新たな王を見ようと押し寄せた町中の人々は、混乱と驚異に包 まれてしまった。まるで翼が羽ばたいたかのように思えた刹那、 少女王は消え去ってしまったのだ。 しかし実際には地上から飛翔したアルトリアが、あまりの速 度のために消えたように見えたのだった。 ギルロイ卿は何とか理性を保ち、人員を選んで医薬品を運ぶ よう促した。 戦場にて、その十時間後、大きな爆発音が響き、炎が燃え上 がり、そして敵の総大将とおぼしき者が配下に退却を命じ、敵 は潰走していった。炎上する戦場に残った者の中に、アルトリ ア王が立っていた。 鞘に戻されたエクスカリバー。その持ち主は、はるか見果て ぬ方を見つめていた。 血に染まった鎧と顔、しかし殺戮者にあらずして、そは地獄 の天使。 スコットランド王アルトリア。 スコットランドを総べる、最も強く最も賢明なる王の中の王。 *** 第1話 わたしは喘ぎながら目を覚ました。 今までこんな夢は見たことがなかった。いつも見るのは愛し いお父さんの夢なのに、今日は…。 わたしは必死で仰向けになると、天井を見つめた。 どうして、はるか昔の王様の夢なんか…?それに女の子だっ たわ、なぜ? じっとしたまま心臓の鼓動が収まってくると、家じゅうの時 計がカチコチと鳴る音がいつものように聞こえてきた。 まったく、この家じゃそれでも足りないんだから。お屋敷な んだもの。7人分の寝室があるんだから。 あ、今はわたし一人よ。わたしはここで十年、一人で住んで いる。この家のことなら、全てわたしの手のひらの上。 寝床から起きて、洗面所で身繕いして、いつもならこれで学 校に行く準備。でも、今日はいつもと違う。歯磨きしてシャワ ーを浴び、それから制服を着てから、学校に行く。でも今日は まず朝のお楽しみから。そう、知っている人なら、わたしのお 茶好きは誰にも負けないほど。冬木で一番のお茶マニアを自称 したいくらい。 冬木は、わたしの住む町。他の町は知らないけど、こうして お茶を楽しめることができれば、それでOK。 さ、ここが肝心。毎日、しかも時間がかかることを、こうし てやらなきゃならないなんてね。でも、与えられた時間は一時 間前に時計が決めている。 ヘンな夢を見ただけじゃなく、もっとおかしな事が起こりそ う。まあ、何が起こっても驚かないわ。君子危うきに近寄らず、 で行こうっと。 今日の紅茶はレディ・グレイに決めて、ポットに入れる。用 意ができて、わたしはテーブルに腰を下ろし今日の予定を考え る。 お茶を済ませて、洗い物を片付け、「掃除」の呪文を唱え、 さらに家に「安全」の魔法をかけてから、学校に行く。 冬木市は赤い橋で二つの地区に分けられている。一方は簡単 に言えば市街地で、洋風の建物やビルが多い。わたしの家もこ っち側。もう一方は田舎っぽくて、伝統的な日本家屋とかばか り。有名な柳洞寺もこっち側にある。 わたしの名前は、遠坂凜。16歳。 わたしの一族は冬木の有名な旧家で、素封家でもある。でも、 いくら財産があってもそんなのどうでもいい。一番肝心なのは、 わたしが学校一の美人だってこと。もっとも、あんなデレデレ した連中がわたしを狙ってるとしたって、こっちは何とも思っ てないけど。堅物ってわけじゃないわ。気になるヤツはいるし、 同じ学校に通ってるし。 でも子供の頃から、まともに話したこともない。その気にな れば好きなようにできるけど、わたしは帰宅部の部長だし。う ん、そういう事に関しては怠け者なのよね。 わたしには二つの顔がある。そしてそれはその二つのうちの 一つ。 もう一つの顔は、誰も知らない。父の死後ずっと面倒を見て くれてきた保護者である言峰綺礼神父以外は。 わたしは魔術師。 わたしの一族はこの街で代々秘かに魔術師の血統。今までわ たしは、魔術師となるべく訓練を重ね、「戦争」への準備に備 えてきた。皮肉にもその戦争は今日、遅くても明日までには始 まる。 戦争と言っても銃や戦車とかじゃない。14の存在の間で争 われる戦い。 「マスター」たる7人の魔術師と、それを守護する「サーヴ ァント」たる霊的存在。 一人のマスターと一体のサーヴァントが、たった一つのもの の所有を巡って戦う。 聖杯。 それを勝ち得た者の願いを叶えるというもの。 参加者からすれば「戦争」なんて大げさだけど、実際に戦う 7体の霊的存在は、こんな町ぐらいひっくり返すほどの桁違い な能力をもった、過去現在の英雄の「英霊」。戦争と言ってお かしくない。 言うまでもなく、マスターもこのルールは曲げられない。 わたしはこの「聖杯戦争」で戦わなくてはならない魔術師で ありマスターの一人。 前回の聖杯戦争は10年前。それに参加した父は命を失った。 そのためにこののどかな冬木市の一部は廃墟になった。 わたしが聖杯戦争を戦うのは、報酬のためじゃない。父がな し得なかったことをやり遂げたいから。そのために聖杯を遠坂 の家にもたらさなくてはならない。そのために、わたしは今日 という日のために10年間も準備してきた。聖杯を勝ちとるた め、共に戦うパートナーを。 校門で、親友が待っているのが見えた。手を振ってあげると、 向こうも手を振り返してくれた。 サーヴァントを召喚するには、まずどんなタイプを選ぶか決 めなくてはならない。 サーヴァントには七つのクラスがある。 剣を武器とする最強の「セイバー」 投擲武器の使い手「アーチャー」 敏捷性に優れた「ライダー」 最もパワーを備えた「バーサーカー」 魔術を駆使する「キャスター」 隠密行動に秀でた「アサシン」 そして長距離兵器を使いこなす「ランサー」 でも、わたしが召喚したいのはただ一つ、最強のサーヴァン ト。だから自動的に「セイバー」クラスが狙い。今までの人生 を賭けて、この時のために準備をしてきた。そして間違いなく、 わたしはセイバーを手に入れる。絶対に。 だって、わたしは遠坂凜だもの。 わたしはニッコリ笑って親友に駆け寄った。 「おはよう、綾子」
完
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