ダーティペアの大友情

 

 ダウンタウンの外れにある高層マンションの一画。

 ここはもともと新築のビルだったのだが、その北西の面は焼
けこげ、反対側に向かって傾いている。地球から来た者なら、
かつてイタリアと呼ばれた国の何世紀も昔の遺跡を思い出すか
もしれない。
 この明々白々な斜塔ぶりは、このビルにかつて住んでいた者
たちをも巻き込んだある不幸な事件の結果であるが、そのおか
げでかえって垢抜けて上品な改造がなされたとも言えた。実際、
ここの所有企業は保証金をかき集め、その莫大な資金を投入し
た結果、ビルは補強され、各階の部屋も改装されたのだから。

 このタワービルを傾かせた原因となった住人、その一人が、
22階の部屋の窓辺で片手にカクテルを持って腰掛けている。

 もう一人の帰宅を待ちながら。

***

 ケイはエレノア・シティのスカイラインから視線を戻し、キ
ューバ・リブレを味わいながら、もう何度目になるだろうか、
なぜ「キューバ」なのか、なぜ「リブレ」でなくてはならない
のか、と考えていた。

『星間社会学をもっと勉強しておくべきだったかな』
 ケイは一人思った。

 カクテルってヘンな名前のが多いわよね。マンハッタン、キ
ューバ・リブレ、トム・コリンズ、セックス・オン・ザ・ビー
チ、それにパンギャラクティック・ガーグルブラスター…。

 「キューバ」の意味を考えていたケイは、またいつの間にか
ユリのことを考え始めていた。

『あによぉ、たいした親友よね、ユリってば』
 ケイはムッとした。
『せっかくの三週間の休暇の、その初日に、ムギの世話をお願
いね、だって。自分一人のお楽しみのためにっ!』
 ケイはまたラム酒とコーラのカクテルをぐびっと飲んだ。
『まったく、せっかく有意義な休暇をちゃんとしたリゾート惑
星で過ごそうと思っていたのに、それが、ああああああ、アド
レスブック片手にこんなショボイ街でヤロー漁りに出かけるな
んて…』

「そっちがその気なら、不本意ながらアンタ、アタシを一生の
敵に回すわよっ!」
 窓ガラスに映った自分の姿に向かって思わず声に出してしま
ったケイは、恨みがましく苦笑したが、もちろん本気というわ
けではなかった。

 そして、ケイは嘆息した。

 アタシも遊びに出かけりゃよかった。これからの数週間、何
の予定もないって言うのに。でも何でか気後れしちゃう。ノン
ビリするのもリラックスするのもダラダラするのも、気が進ま
ないのに…。そう、ユリのせいよ。ユリがのぼせ上がるのに反
比例して、アタシは醒めるばかり、さっぱりその気になんかな
りゃしない。

『貴重な時間を24時間も無駄にしちゃった。…ったく、気が
滅入っちゃう!』

 その時、この22階の、かなり離れたところにあるロビーで、
エレベータのポーンというベルの音が聞こえた。

 ケイはハッとして振り返った。いま廊下から聞こえてくる足
音が、どうか、他で愉快な夜を過ごしてきた帰りのご近所さん
のものじゃないように、と願いながら。
 オートロックでガサゴソする音がする。…カードキーをきち
んとリーダーに通せないのだろう…そして、めちゃくちゃゆっ
くり、慎重に慎重に集中して、5桁のエントリーナンバーを打
ち込む音がして、鍵が外れた。

 玄関の扉がバタンと開いて、横の壁にまで全開になった。
 ユリのシルエットが、少しフラフラして立っていた。

「あによぉ」
 ケイが言った。
「そんなとこで一晩中フラフラ揺れてる気?」

「バカ言わないで」
 返事が返ってきた。
「私は、酔ってなんかいませんからね、ごらんの通り」
 そう言いつつ、ユリはハンドバッグをぶらぶらさせながら、
よろよろ中に入った(ちゃんと扉は閉めた)。
「ほんの、ちょっとだけ、酔っただけだってば」

「飲み過ぎてる、ってことはうまくいかなかったってことだと
思うけど。今夜の首尾は?」

 ユリはこわごわとカウチに腰を下ろし、ため息をついた。
「あ、ええと。お気に入りのお楽しみ用のおめかしして、19
時半に待ち合わせの場所に行って、バーカウンターで目立つよ
うに待ってたの。待って、待って、待ちまくって22時。さす
がの私もあのヤローにすっぽかされたって気づいた。…それで
もう、ギブアップ。『キャプテン・モルガン』の酒棚を漁りま
くっちゃったわ。…それ、キューバ・リブレ?」
 ユリが指さして言った。

 ケイはやれやれとため息をついて、グラスを手渡した。
 ユリは、らしくもなく一気飲みし、ぷはーっと大きく息を吐
くと、コーヒーテーブルにグラスを置いた。

「何でなのよ」
 ユリが言いつのる。
「この世の…この宇宙の、いい男はぜんぶホモになったか、絶
滅しちゃったのかしら?」

「まさか、そんなわけあるかい」
 ケイが嘲る。
「そこそこのなら山ほどいるけど、アホヤローを見分ける目が
ユリにないだけじゃん…」
 ケイの言葉が、ため息に遮られた。
「あ、あによぉ?」

「経験豊富な方の言うことは違うわね」
 ユリが背もたれにどすんと身を倒し、腕組みした。
「さ、教えてよ」
 むくれた顔でユリが言った。
「いい男を知り尽くしたイイ女の立場からいい男をつかまえる
方法ってやつを」

「な、何言ってんの!?そんなわけないじゃん!全然違うって!」

「そうでしょうが、ケイ!アンタなんか他の女と同じ、男のケ
ツばっか追っかけてるくせに!サイテー!アンタが自分の部屋
でどんだけ『一晩限り』の相手といいことしてる声を私が聞い
たかわかる?」

『あ、あれは一人エッチ…』
 ケイは真っ赤になったが、何も言い返さなかった。

「でもさ、ケイのやり方が一番マシなのかもね」
 口元をぎゅっと閉じ、ユリは自暴自棄の笑みを浮かべた。
「結局さ、私ってロマンチックすぎるの。いつも王子様みたい
な相手を求めてるのよ。…完全無欠のさ、私が全面降伏しちゃ
うような。今までそういう男は2、3人はいたけど、結局長続
きはしなかった…」

「ユリ…」

「そんなふうに思ってるとさ、やっとそういう男と出会うチャ
ンスがあったとしても、向こうははどう思う?私を安っぽいと
見るか、お堅いと見るか、どっちにしたって、私は相手にされ
ないの」
 いつの間にかユリは背を丸めて、漏らす言葉もくぐもってい
た。
「私はロマンチック過ぎだけど、ケイは全然ロマンチックじゃ
ないくせに…ケイなんか…ケイなんか気持ちよければいいだけ
のくせに!だ、だから私、こんなふうに右往左往して!積極的
に行けば、きっと、もう少し…そ、それに、あんまり肩肘張ら
なきゃ…きっと、って…わ、私なんか最低!」

 そして、ダム決壊。
 ケイもよく知っているが、最初は機嫌がよくても最後には泣
き上戸になってしまうのがユリの酔い方なのだ。

 ケイはどうしようもなくなり、親友をそっと両腕で抱きしめ
て、好きなだけ泣かせてやるしかなかった。

 それに、たぶん自分も同じように酔っているのだろうが、ケ
イはユリにどうしようもないほどに同情を感じていた。

 まったく、こんな不安や問題を抱えていて、なんで話してく
れなかったのよ?お互いに他人じゃないでしょうに。…互いの
信頼がなかったら、WWWAで成功なんかしなかった。トラ・
コンのチームを組んだんだから、任務の前にだってパートナー
ってものが一心同体ってわかるじゃないのよ!

 でも、ロマンチックかあ…。

 トラ・コンの相棒にすら自分の信念の一端をこうやって隠し
おおせてきたユリの能力に、ケイは驚くしかなかった。

 「ロマンチック」か。こんなバカげた宇宙のどこかに、そん
な言葉に似合うものがあるとすれば、ソウルメイト、かな。…
確かにそんなの、ちょっと非現実的かもしれないけど、すごく
ステキだな…。

『でも、ちょっと待ってよ!ユリに言われっぱなしじゃ不公平
じゃん!アタシがユリの唯一無二の恋人を探してやるのもロマ
ンチックでしょ!』
 ケイは思った。
『でも、どうしてやったらユリにとって一番いいんだろう?』

 すすり泣きがおさまってきて、ユリの泣き上戸の最終段階
(引きつけたような息づかいと涙目)にさしかかった。ケイは
元気づけるようにユリのほおをポンポンと叩き、ユリのシャツ
の襟をつまんで涙をぬぐってやろうとした。

「だ、だめだったらっ」
 ユリがあわてて、ケイの手を払いのけようとしたが、それは
しかし不快そうではない。
「こ、このシャツ…これ、ドライクリーニングじゃないとダメ
なんだから、あの、涙とかマスカラとか付いたら…っ」
 二人はつい笑ってしまった。ケイは今度は自分のシャツの袖
を使って拭ってやった。

「ねえ、聞いて」
 ケイがおそるおそる声をかけた。

「(ぐすっ)ん?」

「あのさ、ユリが本気でふさわしい人を見つけたいって言うん
なら…」

「本気よ。私のこと良くわかってるくせに」

「じゃ、アタシが手助けできそうな気がするんだ」

「何言ってんのよ、ケイ。(ぐすっ)アンタの知り合いの種馬
みたいな男なんか欲しいとでも…」

「違うって。そもそも、そんな知り合いなんかいないし」

「見たままに言っただけだもん」
 ユリはそう言って、ハンドバッグから使い捨てハンカチを出
そうとする。

「そんなの後でいいから」
 ケイはユリを押しとどめ、鼻を拭いてやった。
「アタシがユリのために、いい相手を見つけて、ステキなひと
ときを用意するって言ったら?」

 最後の涙を拭って、ユリがケイに笑いかけた。
「そう、いいわよ。さっきのヤローより最悪な相手なんていな
いだろうし」

「わかった」
 ケイが笑って言った。
「それじゃ明日の朝に起きたら、手配するから」

***

 言葉通り、ケイは土曜の朝から何本も電話をしていた。まも
なく、二人が朝食をすませると(ユリは目玉焼き、ケイはベー
コン。毛玉くんはトマトジュース)、ケイはベッドサイドのド
レッサーからアドレスブックを取り出すと、あっちこっちと電
話をかけた。その間ずっと、ケイは寝室から出てこなかった。

 正午近くなって、ユリがケイの部屋をノックした。
「ほんとにアンタの知り合いを探すだけでそんなに電話してる
の?」

「ちょっと待って!ユリ!今はダメ!」
 返事が返ってきた。
「細かいところを詰めてるところだから」

「細かいところ?どういうこと?」

「それは…」
 そう言って、ケイが扉を開けた。
「アタシ直々に、今夜のお楽しみを計画してるから」

「お人好し」
 ユリが鼻で笑った。
「私は自分の夢から脱却しようとしてるのに、アンタはわざわ
ざ私なんかの相手を探して…」
 ケイは何も言わず、ユリの顔の前で扉をぴしゃっと閉じた。

 15分後、ケイがやっと寝室から出てきて、出かける支度を
始めた。
「ちょっと急ぎの用があるから」
 そうユリに言うと、ケイは出て行ってしまった。

 ユリとしてはやむなく、昼間じゅうずっとテレビを見て過ご
す羽目になった。700チャンネルもあるのに、好きな番組は
一つもなかった。それでも、いったい今夜はどうなるのか、と
考えすぎてイライラしないようにしていた。

『もしケイが約束したとおりの相手だったとしたって』
 ユリは思った。
『きっとああいう最高の週末ってやつになるんでしょ。最悪の
相手3回、すっぽかし1回、電話もしてくれなかったの6回…。
どうせその程度よ、私たちなんて』

 その時かかってきた電話に、ユリが出た。研究室のDR.キュー
ベルシュタインだった。
『ケイから連絡が行ったかね?』

「いいえ、ケイは半日出かけたままだけど…、何か?」

『いや、食事で外出中にケイがここに来て、備品を持って行った
と、うちのスタッフが言ってたんでね。だが何を持って行ったの
かさっぱりわからない。何もなくなった形跡もないんだ…』

 ユリは嘆息した。ケイがドクの備品をどう扱うか、想像が付い
たからだ。
「だいじょうぶよ、きっとちゃんと戻すと思うから」

『だといいがな』
 ドクがうめいた。
『もしケイを見かけたら、何を持って行ったのか、いつまで借り
るつもりか、確かめてくれ。…ああ、頼むよ、それじゃ』

***

 午後にユリにかかってきたもう一本の電話は、ケイだった。
『アンタの理想のデート相手から、一番の服装で来て、だって。
すっごくいいところに連れてってくれるみたいよ』

 それを聞いてのぼせ上がったユリは、わくわくしてお気に入
りの一張羅を思い浮かべた。…サイドにスリットの入ったダー
クレッドのドレスに、毛皮の襟巻き、二の腕までの手袋、黒の
シューズ(ハイヒールでよろよろするんで、取っ払ってフラッ
トにした靴)…。

『今夜は、踊っちゃおっ』

 他に何か忘れていないか、ユリは少しの間考えた。…太もも
のガーター式ガンホルダーに小型銃を仕込んだ。ぴったりフィ
ットして、うまい具合にドレスに隠れてくれる。

 ケイが帰ってきたのは16時半だった。きちんと畳んだドレ
スバッグに、小さい段ボール箱をそれぞれ両手に持って。
「ドライクリーニング行ってきた」
 どこか言い訳めいた口調でケイが言った。

 ユリはケイが何をドライクリーニングに出していたのか思い
出せないまま、あいまいにうなずくばかりだった。ケイよりも
ユリの方が気づくべきだったのに。

 不安と期待でイライラする気持ちを熱いシャワーでやわらげ、
つやつやに磨き上げた肌を上気させながら、ユリはカミソリを
手にしてシャワーを出た。そこにケイが浴室のドアを叩いた。
自分もシャワーを使いたいという。自分が終わるまでもう少し
待って、とユリはやけにバカ丁寧にケイに言った。
 ようやく身体にバスタオルを巻いて、ユリは浴室を出ると、
すっかり向かっ腹を立てているケイを尻目にして寝室に戻った。

 メイク用のライトを点けたまま、ユリは金環のイヤリングを
着け、身を絞り込むようにしてドレスを着た。自分がナルシー
だなんていつもは思っていないユリではあるが、それでもたっ
ぷり一時間は鏡の前でおめかしや髪型の手直しを繰り返した。
そして、ほぼ完璧、と自分で納得するところまでこぎつけた。
太股に装着した銃も、ドレスの表面に目立つような膨らみの影
すら浮かんでいない。

 最後にもう一度時計を確認して、ユリは赤いベルベットの手
袋を両腕にはめた。
 18時15分。待ち合わせの場所に行くまで45分。…じゅ
うぶん余裕がある。

「ケイ」
 ユリが声をかけた。
「行ってくるからね」

 ケイの寝室からの返事はなかった。

『きっと自分も出かけちゃったのね』
 そう思って、ユリは肩をすくめると、外に出てタクシーをつ
かまえた。

***

 エレノア・シティパークは、公園と言うよりはむしろ大型の
歓楽街で、有名な時計塔が併設されている公園管理事務所ビル
からだと端まで見渡せる。小さな森の中を横切る道に沿って、
時計塔から並ぶようにたくさんの木製石製のベンチが置かれて
いる。
 そのうちの一つに、ユリは座りながら、今夜はどんなふうに
なるんだろうというロマンチックな空想と、どうせまたガッカ
リな結果になるんじゃないかという身を裂くような不安とに引
き裂かれていた。
 時計塔の分針がやけにゆっくりと動いて、19時ちょうどを
指すのを、ユリは見つめた。

 その瞬間、時間が止まった。
 …その時間が再び動き出したのは、「彼」が姿を現した時だ
った。

 少し離れたところの縁石に、黒の大型車が停まったことに、
ユリが気づいた。大きな、車体の長い、黒い車。

 リムジンで来るかも、とは言われてはいたけど…。

 ユリは立ち上がって車に近づいた。運転席の窓がすっと開い
て、いかにもお抱え運転手という風情の制服に身を包んだ、大
柄な男の肩と顔が見えた。

「あなたがユリ様で?」

「ええ」

「お待たせいたしました」
 運転手はそう言うと、意外なほど上品に車を降りてきた。運
転手は後部座席の扉を開けて、ユリを座らせると、扉を閉めて
運転席に戻った。

 車が発車して縁石から離れた。車の内装は真っ暗だった。窓
にスモークフィルムが貼られていたので、外の灯りもぼんやり
としか差し込まなかったからである。そのせいで、座席の向こ
う側にいる人物はシルエットにしか見えなかった。

「ようこそ、ユリ」
 深く、柔らかな声が聞こえてきた。

「こんばんは…」
 少しためらいがちに、ユリが答えた。

「こうして会ったのには、偶然じゃない」
 低い声が続けた。
「どうか怒らないでほしいけれど、でも、実はボクたちはすで
に面識がある。ユリもボクのことをよく知っているんだ」

「え?」

「もう何年も、お互いを知っている。一緒に遊んだりしたこと
はあまりなかったかもしれないけれど、ずっと一緒に仕事をし
てきてる。ユリのことをこの世で一番知っている、って言いた
いくらいに」

「…主任?」

「まさかっ」
 思わず笑い出しながら、その声が言った。
「グーリィでもないし、その上司でもないよ。ただ、今のユリ
が置かれてる状況に共感できる唯一の人間。だから今夜は、何
の心配も不安も抜きに、一夜を楽しんでほしい。…肩の力を抜
いて、心の底から愉快に。それがユリの願いだって知っている
から」
 声が一瞬とぎれた。
「こういうお膳立てをしたのは、ユリに喜んでほしいから。と、
いうわけで、一つだけ約束してくれる?」

「何を?」
 ユリが訊く。

「これからこの車内ライトを点けても、怒らないで…跳び上が
って家に帰るなんて言わないでほしい。なぜなら、これは悪ふ
ざけでも冗談でもないし、ユリをからかって笑いものにするつ
もりなんか一つもないから。…ただ、ユリを立派な淑女として
敬意を払って扱いたいだけなんだから」

「ちょ、ちょっと待って」
 どう考えてもあり得ない考えが頭の中に芽を出したのを感じ、
ユリが言った。
「…ま、まさか、そんなはずは…」

「あによぉ、そんなはず無いって?」
 忍び笑いを含んだ声と共に、いきなりカチャッと音がして窓
のスモークが消え、街の灯が見間違えようもないほど鮮やかな
赤毛を照らし出した。

「いったい何の…!」

 ケイがDr.キューベルシュタインから拝借したボイスチェンジ
ャーを外して、ユリの唇にそっと人差し指を当てた。

「つもりで…!」
 ユリが低い声で言いつのった。
「これがアンタのいい考え?どういうことなのよ!?」

「さっき言ったとおりよ」
 そう言ってケイはシートに身を沈めた。
「この街にユリと一夜を過ごすのにふさわしいイイ男がいない
って言うなら、アタシの出番だって思ったの」

 ユリは抑えきれない怒りで顔を真っ赤にした。
「あのねっ、ケイっ!!いったい何考えてるのよっ、ふざける
のもいい加減に…」

「違う」
 ケイが遮った。
「ふざけてなんかいない。はっきり言ったでしょ、今夜はユリ
に楽しんでほしいんだって。だからアタシも、ユリに今まで経
験したことないような最高の夜を用意したいって思ってる。信
じてもらえないかもしれないし、アタシもこれがイカれてる、
バカな考えだと思ってる、それに…それに、もしユリの気に障
ったんなら、謝るから…ユリ?」
 隣のシートが無言のままなことに、ケイが不安になり出した。

「わ…私、別に怒ってないから」
 ユリが噛み砕くように言った。
「ちょっと、ビックリしただけ、たぶん。…まったく、アンタ
本気で言ってんの?」

「100パー」
 ケイが微笑む。

「わかったわ。その気なら、私も話に乗ってあげる。で、これ
からどこに行くの?」

 ケイの笑顔が大きくなった。
「ハーニー&ブルームフィールド」

「何ですってぇ!??」
 ユリが息を詰まらせた。
「それって、超最高級のクラブじゃないの!予約できたの?ど
うやって!?」

「去年の冬のボーナスをかなり残してたから。予約の方は、知
ってるでしょ。一日中電話のかけっ放しだったじゃん」

「た、確かにレトロで、すごく良さそうなところだけど…ねえ、
ケイ?」

「ん?」

「文句はないけど、でもアンタのその格好は?」

「あ、これ?借りたの。ユリの理想のデート相手を演じるには、
せめて見た目だけでもって思って」

***

「ハーニー&ブルームフィールド」は他に類を見ないほどの
晩餐にふさわしい場所である。背景の壁は全面巨大なガラス窓
で占められ、ダウンタウンのパノラマビューのほぼ全景を一望
できた。それ以外の灯りは、深紅の壁に掛けられた金の燭台の
みで、チーク材のバーカウンターと赤い革張りのボックス席を
仄かに照らし出していた。ほの暗く、温もりがあり、快適で…
そして、メチャクチャ高そうな金の匂いがプンプンしていた。

 風変わりなタイプの客が入店してくるのを目の当たりにして
も、支配人はいつも通りの慇懃さで、自らそれぞれの客をテー
ブルやボックス席に案内するのだった。本音を誰かに口走るよ
うなことはない、と自認している。
 ゆえに、二人のうら若き美女が腕を組み合って…一方は黒髪
に透けるような白い肌に、ワインレッドのイブニングガウン姿、
もう一方の赤毛の美女は(よりにもよって)タキシード姿!…
で姿を見せたときにも、当然うろたえることなど無かった。

「20時15分で予約を入れたんだけど」
 赤毛の美女がそう言って、IDカードをジャケットの内ポケ
ットから取り出した。

 支配人は目をしばたたかせて予約リストと名前をチェックし、
笑顔を見せた。
「どうぞ、こちらへ」
 支配人は二人を居心地のいい少し離れた窓際のボックス席に
案内し、それからそそくさと待機のスタッフの元に戻ると、1
9番テーブルのタキシード姿の客には何がどうあろうと「お嬢
様」とはお呼びしないように、と言いつけた。

 メニューが差し出された。最初のページを開いたユリが、目
を丸くした。
「ちょ、ちょっとケイ、この値段…!」

「わかってるって」

「だって、前菜でさえこんなに…」

「いいから、わ・かっ・て・る」

「ほんとにこんなの払えるの?」

「払うわよ、ユリ。全てはアンタのため、でしょ?値段ぐらい
でびくびくしないで」

「う、うん…わかった」
 ユリは肩をすくめ、前菜のリストからクラブケーキに視線を
釘付けにした。

***

 ハーニー&ブルームフィールドの音楽は、異色のアンサンブ
ルが提供している。…ドラマーのピオトル・アンドリアコヴィ
ック率いるオムニプレゼント・ジャズ・オクテットである。も
っとも、ハーニー&ブルームフィールドのステージに実際に立
つバンドメンバーはピオトル一人だけで、後の7人はオクテッ
トが演奏しているそれぞれの七つの場所から照射されるホログ
ラフなのであり、ピオトル自身の姿がそれぞれに投影されてい
るのである。それぞれのバンドメンバーは各々の位置で、プロ
ジェクターに合わせて一晩に八回もの生演奏を一気に演じるの
である。

 ベーシストはチャールズ・ミンガスのヘビーな曲がたくさん
入ったリストを提示したが、彼自身も言うとおり、ミンガスの
音楽はダンスにはあまり向いてない。それでも何人かの客がト
ライしたものの、その様子にピアニストは声をあげて笑ってい
た。

 ハーニー&ブルームフィールドのダンスフロアは早い曲調の
ナンバーの間、閑散としていたものの、数組のカップルがスロ
ーな曲になるとワルツを踊ったりしていた。そんな様子を、片
隅のボックス席から二人の目が羨望のまなざしで見つめていた。

「もうちょっとスローな曲をやってくれないかなあ」
 ケイがフィレミニョン・ステーキを口いっぱいに頬張りなが
ら言った。

「え?もしかして踊りたいの?」
 ユリが訊く。

「そりゃあ、そうよっ!料理は思いっきり堪能してるけど、ち
ょっと…物足りなかったって言うか、わかるでしょ」

「知ーらない。このロブスター食べないの?」

「あのさあ、ユリは、踊りたくないわけ?」
 ケイがテーブルの向こうから身を乗り出した。

「そりゃまあ。でもあいにく、相手がいないもん」

「それじゃアタシがこんなペンギンみたいなカッコしてきたの
は何のためよ」
 ケイが言った。
「アタシと、踊らない?」

「私は食事に忙しいんです」
 ユリがフォークでロブスターを突き刺して言った。

「ふーん、満腹で動けなくなったとか?」

「どこがよっ!」
 ユリがニヤリと笑ってフォークを置き、席から立ち上がった。
「でもアンタ、さっき飲み干したマティーニのせいで、踊り方
なんかスコーンと忘れちゃったんじゃないのお?」

「ユリだって、コスモポリタンを二杯も飲んじゃってるじゃん」
 ケイが言い返して、手を伸ばしてユリの手をつかんだ。
「他人が踊ってるのを見てるだけで満足なの?」
 そう言われると、ユリは反対する気もなくなってしまった。

***

 オクテットがチャールズ・ミンガスの「ホーラ・ディキュベ
タス」を演奏し始めたとたん、バンドマスターのピオトル・ア
ンドリアコヴィックは半透明のバンドメンバーたち越しに誰か
が踊りに進み出てくるのに気づいた。
 今オクテットが演奏している曲は明らかに似つかわしくなく、
この二人にはスウィング系の踊りがふさわしい感じだった。だ
が今の曲が終わるまではたっぷり七分はかかるのだが、二人は
それをじっと待つばかりでなく、ジルバのリズムでかなりノっ
たところを見せたのだった。

 ピオトルはドラムの最後の一発を打ち終えると、ソフトな火
星訛りのアクセントで、演奏は20分休憩ですとアナウンスし
た。バンドメンバーはウィンクして姿を消し、ピオトルは自分
のステージを降りてカウンターに用意してあったスクリュード
ライバーに手を伸ばした。
 …そこに、肩を叩いて呼び止める者がいた。自分とアルコー
ルの甘い時間に割り込んできたのは誰か、とピオトルが振り返
ると、そこにはタキシード姿のダンスの麗人が立っていた。

「ステキなバンドね!」

「貴方がたも」
 そう言ってピオトルはベストのポケットからタバコを取り出
した。
「あえて言えば、熱いダンスでした。ああいうのは見ていて好
きです。…もしかして、曲が古くさかったですかね?」

「そうかなあ」
 麗人が言った。
「曲のリクエスト、いい?」

「ええ、もちろん。何にします?」

「そうねえ…次のセッションでは、もうちょっとだけスローな
のを」

 ピオトルは笑った。
「実を言うと、そうしようと思っていたんですよ」

「あは、ありがと!で、一曲だけ特別に、お願いしたいんだけ
ど…」

「わかりました。曲目は?」

***

 15分後、ユリが最高に美味しいバナナ・フォスター(この
ホワイトチョコレートのチーズケーキももちろんケイのチョイ
ス)を食べ終えると、バンドがワンツースリーとカウントして
「グッバイ・ポークパイ・ハット」を演奏し始めた。

 ユリはハッとして目を上げた。
「私、この曲ダイスキ!ケイ、もしかしてあれもケイが?」

 ケイはニヤリと笑って手を差し出した。
「シャル・ウィ・ダンス?」

「当然」

 二人は少し緊張気味にダンスフロアに歩を進め、他に踊って
いたカップルたちと合流した。もちろんケイが今までの流れ通
りにリード役で、二人は一気にフロアの華になってしまった。
「グッバイ・ポークパイ・ハット」の後半から始まり、続けて
3曲ぶっ続けで、二人はダンスフロアに陣取った。ケイは周囲
の目もさっぱり気づかなかったが、あまりにも我を忘れていた
のだ…、音楽とダンスに夢中になっていたのだった。

 二人はひたすら踊り続けた。

 ユリはふと思った。
『これって、お酒のせいかしら。ケイの目ってこんなにいつも
キラキラしてた?』
 ケイもふと思った。
『これって、酔っぱらっちゃったせいかな。ユリってこんなに
超イケてたっけ?』

「…今までこんなふうに考えたこと無かったけど」
 ケイが言った。
「でも、ユリって笑顔がステキ。笑えば笑うほどカワイく見え
ちゃう」

「…うふ、ありがと!」
 ユリが赤面した。
「お世辞なんて何のつもり?」

「何もない、何もないってば。ただ…灯りのせいかな、ユリが
すごくキレイに見える」

「…あのね、ケイ。アンタもよ」

 そして二人はクスッと笑って、頬を赤くしながらも、ぎゅっ
と抱きしめあった。二人の周りは、最高のワルツの調べととも
にグルグルと回っていた。

***

 夜0時52分。
 エレノア・タワービルに到着したタクシーが、二人の美女を
下ろした。

 ユリは手袋と毛皮の襟巻きを外し、片手に抱えている。ケイ
のネクタイも今はジャケットのポケットに突っ込まれ、パリッ
と糊のきいていた白いシャツも、首のところをはだけている。

 ケイが先に車を下りて、ちょっとフラフラ気味のユリのため
に正面ドアを開けた。そして手をつないで二人はよろめきなが
らロビーに入っていった。

「ねえ、ケイ。こんなステキな夜のお礼をしてあげなきゃね」
 エレベータのボタンを押して、ユリが言った。

 その言葉の意味が、ケイにわかるまで時間がかかった。
「え、…あ、いや、そんなのいいよ」

「いいのよ、じゃ…。こんなステキな夜を、ありがとう。…大
げさじゃなくて、こんなに楽しい思いをしたのは、ほんとに何
年かぶり…」

「アタシだって」
 ケイが言った。
「こんなにはしゃいじゃったの、前にあったかどうか思い出せ
ないもん」

 エレベータのベルがチンと鳴って、ドアが開いた。二人の美
女は中に乗り込むために、互いの視線を外さなくてはならなか
った。

「マジメな話」
 ドアが閉まると、ユリが言った。
「考えてみればケイが今夜私のためにやってくれたことは全部
…何もかも全部、ただ、私を励まそうってためなのよね?あれ、
何だかヘン、すごく意識しちゃう相手に向かって喋ってるみた
い。どう言ったらケイに感謝を伝えられるのかな…」
 ユリは一瞬黙り込んでしまったが、いきなり顔を寄せると、
ケイの頬にキスをした。

 ケイはすぐに思った。

 たぶん頭にお酒が残っているんだろうけど、でもこれって酒
の勢いでここまでしちゃったってことよね。なら…。

「ねえ」
 ケイがユリに向き直った。
「今のキス、どういう意味なのかな?今夜のアタシはユリの理
想のデート相手役なのよ。キスするんなら、せめてこれくらい
じゃないとね…っ」
 そして、ユリの反応も待たず、ケイはユリの顔を両手で包む
と、唇にキスした。

 ユリはビックリしたが、悪い気持ちではなかった。ユリは酒
の勢いに乗じて、一瞬でさらに賭け金を吊り上げた。ケイの口
に舌を差し込んだのである。
 ケイも反撃に出て、二人はエレベータが22階を表示するま
でたっぷりフレンチキスを続けた。

 到着のベルがチーンと鳴って、夢はたちまち覚めた。とてつ
もなく真っ赤になって、二人はあわてて身を離すと、大きく息
をのんだ。

「い、今、アタシたち、何を…?」
 口ごもるケイ。

「わ、わかんないわよ」
 答えるユリ。
「こんなことするつもりなんか無かったのに…」

「でも、ヘンなんだけど、何だかキモチよかった」

「…うん、私も。デートの締めくくりには最高だったかな」

 その言葉に、ケイの目がキラッと妖しく光った。
「デートの締めくくり?本気でここでオシマイにするつもり?」

「それって、どういうこと…。えええっ、それはムリよ、バカ
バカしいっ」
 ユリがますます赤面した。

「なんでさ?」

「それはさすがにどうかしてるわよ、ケイ」
 エレベータを下りて、ユリが言った。
「酔ってるって言ったじゃないの。もう、二人とも飲み過ぎて
るんだから、どうせ明日になれば覚えていっこないんだからっ」

「そうね、じゃあ失うものなんか無いじゃん」

 呻くユリ。
「だから、わかってるのっ、自分がどうかしてるって」

「何でさ?」
 IDカードをドアロックに通しながら、ケイが訊いた。

「だって、私までその気になりかかってるんだもん」

***

 ムギを外に追い出して、扉がピシャリと閉められた。部屋の
中には二人だけ。

 鍵をかけるやいなや、二人はまた腕を組んで、ユリの寝室の
扉にもたれかかりながら、互いに我を忘れてむさぼるようにキ
スを交わした。互いの舌が触れ合い、引っ込め、また触れ合っ
て、ぬるぬると絡み合った。

 ケイが喘いだ。ケイの手がゆっくりとユリのむき出しの肩を
撫で、そしてユリの滑らかな背中からお尻へと滑り下りて停ま
った。ユリは思わずヒッと引きつけ、身を引いて笑い出した。
「ケイったらそこまで本気で男役を?」

「あったりまえじゃん」
 そう言って、ケイも笑った。
「アタシの手にかかったら、もう二度と野郎なんか要らなくな
っちゃうからね」

「ま、マジ?」
 ユリがイタズラっぽくそう言って、手探りでドアノブを回し
た。
「保証する?」

「今にわかるって」

 扉が開いて、二人は身を寄せ合ったまま中に入った。またキ
スしようとするのを逃れて、ユリがベッドに腰を下ろすと、ふ
ざけたしぐさで靴を脱ぎ捨てた。ケイも靴を脱ぎ、ソックスを
下ろす。

 苦笑するユリ。
「そんな格好で一晩中じゃ肩が凝っちゃうでしょ。…ね、私が
脱がせてあげる」

「アタシにもユリのドレスを剥かせてくれるんならねっ」
 そう言って、ケイはディナージャケットを肩脱ぎした。

 次の瞬間、二人は半狂乱になってまた絡み合った。互いの手
がもぞもぞとまさぐりあい、ボタン、ジッパー、ベルトのバッ
クル、留め金に次々手を伸ばした。月明かりの差し込む部屋の
中を服が何枚も飛び交い、クローゼットの扉に向かって放り出
された。
 とうとう二人は月明かりの中、大きく息をしながら、ほぼ裸
同然の姿で立っていた。

 ケイがユリを見回し、大きく笑った。
「ユリったら、Tバック穿いてるんだ」

「だって、ドレスに下着の線が浮かんじゃうなんてイヤだった
んだもん」
 ユリが言った。

「それ、好きだな。銃にもマッチしてるし」
 そう言って、ケイはユリの太股に仕込んだガンホルダーのベ
ルクロを外した。
「さ、横になって」

 その言葉に従い、ユリはぱたんとベッドの上に仰向けになっ
て倒れた。ユリのロングヘアが青みがかった黒い光輪のように
頭の回りに広がった。ユリはこれからのことを思って、唇を噛
んだ。

「あのね、ケイ、好きにしていいから。ケイのしたいようにし
ていいから」
 息を詰まらせながらそう言うと、ユリは両腕を頭の後ろで組
んだ。ユリの肌が街の灯に照らされて、アラバスターのような
柔らかな乳白色に染まった。

 ケイはベッドによじ登ってユリの横に身を横たえた。そして
ゆっくりとユリの脇腹に指を這わせた。

「やん、やめてよ」
 ユリが笑い出した。
「くすぐられるの弱いって知ってるくせに」

 ケイの指は、ユリのパンティの腰ひものところで止まった。
「こうなったら、やるっきゃないよね」
 そう言うと、ケイは人差し指を腰ひもにかけ、そっと引き下
ろした。

 Tバックのパンティがずり落ち、ユリは気を遣って腰を浮か
せて、ケイがパンティをお尻から脱がせやすくしてやった。さ
らに最後の数インチをケイが脱がせる時には、両脚をベッドか
ら浮かせてやると、部屋の向こうにパンティがふわりと飛んで
いき、脱ぎ散らかした服の上に落ちたのが見えた。

「あのね、ユリ?」
 ケイがため息をついた。
「すごく、キレイよ」

 ユリはニコリと笑って身を反らし、自分の完璧な形の乳房を
見せつけた。ケイは上からのしかかって、再びユリにキスをし
始めた。ケイの手はユリの胸をまさぐり、優しく揉み出した。

 キスの合間からユリが喘ぐ。
「ケイ…んんん…私のしてほしいこと、みんなわかってるみた
い…」

 ユリの乳首が堅くしこり、ケイはユリの美しい身体の上を滑
るように下にずれて、乳首を弄びだした。最初に片方を舐め、
次に反対側をしゃぶる。
 ユリは敏感になっていた。喘ぎ、吐息を漏らし、囁くように
ケイの名前をまた呼んだ。ケイは少し身を起こし、ユリの胸の
谷間にキスしてから、さらにユリの胴に下りていき、1インチ
刻みに優しくキスをしていった。ユリは顔を真っ赤に染め、思
わず頭をのけぞらせ、股間で何かがゆっくりと膨れあがってく
るのを感じて両太股をぎゅっと閉じた。

 ケイはユリのお腹にキスすると、ユリの柔らかな肌の感触と、
その肌の下に隠した鍛え上げた筋肉の存在を唇から感じとった。
ケイはユリのおへそに手をやって、気まぐれ半分で舌で舐め、
ユリのお腹に優しくフレンチキスした。
 ユリはゾクゾクっとなって悲鳴と笑い声を半々であげた。

「くすぐったいのダメだって言ったでしょっ、ケイっ!私を殺
す気!?」

 ケイはくすくす笑って、ムードが台無しになる寸前で引き返
した。

 ユリは長い脚をぎゅっと閉ざしたままだった。ケイはそれを
そっと押し開き、その間に身を入れながら、ユリのお腹にキス
を続けた。ユリはこれからの予感に文字通り身をよじらせた。
「ああん、ケイ、お願い…」

「お願いって何を?」
 ケイがユリのヴィーナスの丘から見上げながら言った。

「も、もう、じらさないでっ!」
 嘆願するユリ。

 ケイが視線を下ろした。
「言ってよ、いつもこんなにキレイに剃ってるの?」

「うん、そうしておくのが好きだから、ね、ケイ、お願いいい
いい…っ」
 ユリは呻き、ケイの顔の下で腰をくねくねさせた。

 ケイは大きく息を吸って、それから顔を下ろし、舌を伸ばし
てユリの下の口に触れた。ぴりっと刺激があって、汗に似た味
だったが、予想したほど悪くはなかったし、ユリの反応も期待
以上だった。
 陰唇の上の肉芽に舌先が触れたとたん、引きつけたような喘
ぎ声がベッドの上の方から聞こえ、ユリの全身が一回、二回と
硬直した。ケイは両腕でユリの両脚を抱きかかえて、飛び込む
ように顔を埋めた。

 ユリは快感に飲み込まれた。…純粋な快感がプッシーから湧
き上がり、全身の隅々まで波のように広がった。顔はますます
赤みを増し、乳首がジンジンと疼いた。片手で自分の乳房を揉
みしだき、反対の手は下に伸びてシーツをギュッと掴み、食い
込んだ爪でシーツが裂けそうだった。
 ケイはとどまるところを知らず、ユリはとっくに我を忘れて
いた。ユリはベッドの上でのたうち、喘ぎ、呻き、吐息を漏ら
し、言葉の意味なんかユリ自身ももうわからないが「エクスタ
シーの長期連鎖」とでも言うものだった。

「ああん、ケイ…ああ、気持ちいいっ、ケイ…、うんん、あう
うっ、イイのっ、ケイ、もっと…あっ、すごい、もっと、ああ
ん…、んんっ、私、熱い…ああああん、ケイぃっ、あ、いいよ、
…はああ、ケイ、もっと、お願い、ひやぁん…んん、気持ちい
いよぉ、してええっ…んん、スゴイっ、ケイっ、私あああ、お
願いケイっ、イカせて、はああっ、いいの、お願いだから、イ
カせてえっ…あああああっ、好きっ、大好きなのケイ、イッち
ゃう、私イッちゃう、ああっ、わたし、イッちゃうううう…っ」

 そして、ユリの言葉が消失した瞬間、ユリの身体に渦巻いて
いた竜巻がついにタッチダウンした。プッシーが爆発し、究極
の至福の衝撃波が全身の神経をズタズタにしてしまったような
感じがした。それは少しも収まらず、収まる気配も無かった。
というのも、ケイがやめようとしなかったからだ。しかも、ケ
イの極上の口はユリのクリトリスをギュッと挟みこんで放そう
ともしなかった…。

 …!!! !!! !!! !!!

 永遠のような時間が過ぎ、ケイがようやく口を離した。

 ベッドにぐったり横たわったユリは、全身をふるわせ口もき
けないまま、汗がシーツをぐっしょり濡らし、ユリの全身をつ
やつやと光らせていた。
 這い上がって視線を同じにして横になったケイも、顔を紅潮
させ、大きく息をしていた。ケイの白いコットンのパンティの
前も濡れた痕がじわりと浮かんでいた。

「さっき、ユリのこと、キレイって言っちゃったけどさ」
 呟くケイ。
「冗談じゃない。ユリは最高のセックスの『女神さま』だわ。
アタシ、こんなに興奮しちゃったの、初めて」

 ユリはまだゼイゼイと息を切らしていたが、何とか弱々しく
も笑顔を浮かべた。
「ケイだって…すごい…魔法の舌…じゃないのよ…」

 ケイは思わず苦笑した。

「ねえケイ、…どこであんな舌使いを…?」

「簡単よ。想像すればいいの。…ユリがアタシにどんな事して
くれたら嬉しいかな、って」

 ユリはまた笑った。
「ふうん…じゃあ、そういうことなら…ちゃんとお返しをした
いんだけど…ちょっと…疲れちゃった…」

「だいじょうぶよ」
 そう言って、ケイは自分のパンティを脱ぎ捨てた。
「考えがあるの」

「またあ?」
 ユリが苦笑する。

「ユリはそのまま寝ててくれれば、あとはアタシがするから」
 ケイはゆっくりと身を起こすと、疲労困憊なユリの上から逆
になってまたがり、肩の上のところに両膝をついた。ユリもす
ぐに自分にも役割が与えられたことに気づくと、ケイが説明す
るより先に、顔を上げてケイの股間に近づき、スリットに沿っ
て大きくゆっくりと一舐めした。

「ああんっ、すごいっ!」
 ケイはたちまち崩れ落ちそうになったが、何とか持ちこたえ
て、何がどうなっているのか把握できた。攻守逆転し、今度は
ユリがケイの両脚を抱きかかえている…。
 突然、舌以外の何かがアソコに侵入してきたのをケイは感じ
た。ギョッとして、ユリを見下ろすと、ユリが舌で舐めるのに
合わせて指も使い出していたのが見えた。ユリが人差し指をケ
イのプッシーに挿し込み、内側からぐにゅぐにゅとこねくり出
すと、快感が一気に高まった。

 ケイが喘ぐ。
「ユリぃ…ああっ、いい、ユリ…」

 その声をきっかけにユリが指の動きを早めると、ケイはもは
や身体を支えられそうもなくなってしまった。ケイは身を反ら
して片手で身体を支え、もう片方の手で自分のしこった乳首を
捏ねくった。ユリがさらに指を増やすと、ケイの膣奥から湧き
上がる快感は二倍、二乗、三乗と膨れあがった。

 ケイは自分の身体の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感
じて、言葉にならない喘ぎ声をあげた。喘ぎはますます激しく
なっていく。

「あっ、ユリ、気持ちいい…いっ、イキそうっ…んんんっ、ア
タシもう…っ」
 ほとんど無意識に、ケイは腰を使い始めていた。
「ああ、すごいっ、熱いよ、ユリ、イカせて、あんっ、イクっ、
そ、そこおっ、もうイッちゃう、はあん、ユリ、好きなの、大
好きぃ…っ!」

 熱いものが湧き上がって、身体からあふれそうになり、ケイ
は天井に向かって叫んだ。まるで、ケイの小麦色に日焼けした
身体の中の全身の筋肉が、一斉に張り詰め、緩み、また張り詰
め、緩んだかのような、…そしてケイはイッた。
 プッシーがギュッと締まり、次の瞬間ユリの指を解き放つの
を、ケイは感じた。

 ケイはバランスを崩し、全力で身体を起こそうとしたものの、
ユリの横にどさっと仰向けに倒れた。二人は互いを見やった。
 ユリはペロリと舌なめずりした。まだ絶頂の高みから下りき
っていなかったケイは、息が切れて笑いかけることもできなか
った。

 二人はしばらく横たわったまま、はあはあと激しい息づかい
で、互いの瞳の奥に信じられないほどの喜びを宿して見つめ合
った。

「これで」
 沈黙を破って、ユリが言った。
「さっきケイが私にしてくれたことの、半分程度にでも気持ち
よかったらいいんだけど」

「こ…これは、これで…最高…」
 ケイは自分が酸欠になりかけてると感じた。必死で大きく息
を吸い、息を止め、そしてはあーっと吐いた。
「ふふふっ、さっきユリのことをセックスの女神さまなんて言
っちゃったけど、まさかホントにそうだとは思わなかった。あ、
つつっ、脚がジンジンする…」

 ユリは手の甲で顔を拭い、それをベッドシーツにこすりつけ
た。
「どこが一番よかった?」

「バカな質問、ユリ。でもあえて言えば…。指でしてくれた時
かな…」
 ケイは指二本を鉤形に曲げて、ユリの指の動きをまねた。
「あれ、変な感じだったけど…すごかった…。アタシのGスポ
ット直撃でさ。ねえ、いったいどこであんなテクを?」

「そ、それは、その…」

(バカね、なにやってんのよ、今さら恥ずかしがってどうすん
の?)ユリは思った。
(言っちゃえばいいのよ!)

「…ひ、一人エッチで、覚えて…自分にやったように、ケイに
してみたの」

「だと思った」
 ケイが言った。
「ふふ、ホントにあれ、効いた〜っ」

「ねえケイ?」

「ん?」

「私ね、ええと、もう再スタート準備OKだから」
 ユリはケイの目をじっと見つめた。
「だから、延長戦ナシなんて、絶対勘弁しないんだからね」

「心配ないって、アタシだってこれでオシマイなんて思っちゃ
いないから。だけど…」
 ケイはユリの唇に指をそっと当てた。
「これからはもう言葉は無用、ね?不言実行で行くわよ」
 ケイは身を起こして、ベッドの上に座る姿勢になると、ユリ
を引っ張り上げて起こした。

 これからどうなるのか訝ったユリだったが、ケイがまたキス
をしてくると、ためらうのはもう止めにした。キスしながら、
ケイは互いの姿勢を整え、これ以上ないほど優しく見つめ合っ
た。
 ケイはいったんキスをやめると、左脚をユリの右脚の下に滑
り込ませ、反対の脚をユリのお尻から左腰へと回し、ユリにも
同じようにさせた。

 ユリは自分とケイの体勢を見下ろしながら訊いた。
「ホントに…こんなんでイケるの?」

「だいじょうぶ、おまかせ」
 ケイが言った。

 室内に一瞬の静寂が訪れた。汗に輝く二つの裸体が寄り添い
合い、二人の瞳が互いを食い入るように見つめ合った。

「愛してるわ、ケイ」
 吐息と共に。

「アタシも愛してる」
 囁かれる想い。

 もう一秒だって待てなかった。二人は互いの背中に腕を回し、
固く抱き寄せ合った。抱き合った二人の互いの身体のありとあ
らゆる場所が触れ合った。
 口と口、乳房と乳房、お腹とお腹、脚と脚、そしてアソコと
アソコ…。何もかも密着し終えた瞬間、二人ともいきなり押し
寄せた快感の波にゾクゾクッと震えた。
 ケイが主導権をとって、ゆっくりと腰を使い始めると、アソ
コの薄いヘアがユリのアソコをくすぐりだした。ケイのヘアが
ユリのクリトリスを柔らかく払うたびに、ユリは笑いながら喘
いだ。
 やがてユリもケイのリズムに合わせて反撃の腰を使い出した。
ケイが上に動くと、ユリは下に動く、逆もまた同様に。二人は
固く身を寄せ、抱き合い、愛撫し、キスし、交わり合った。二
人は互いの口に喘ぎを漏らし、互いの舌をもの憂げに絡ませ合
った。二人のプッシーはぐっしょり濡れ、文字通りに蜜をあふ
れさせた。

 ユリはいきなり息を詰まらせ、腰をさらに早く使い出した。
「ケイ、私もう…っ」

「あ、アタシもぉっ」
 ケイも息を切らして、自分もユリに向かって動きを早めてい
った。

 二人は激しく上下し、とどまることも知らずに、互いのアソ
コをこすりつけ合った。クリトリス、お腹、乳首、舌と、あら
ゆるところを甘く絡ませ、動かし合った。一方が動けばもう一
方が動かないわけにはいかない。…どちらも立ち止まるつもり
など毛頭無いのだが。

「ああ、イッちゃう、ユリぃ…っ」

「ああ、イクぅ、ケイ…っ」

「愛してる…あああっ…っ」

「んんんっ、わ、私も愛してるぅ…っ」

 そしてダム決壊。二人は同時に迎えた絶頂の中で、ギュッと
抱きしめ合いながら、身をよじり、呻き、愛撫し、むせび泣い
た。その声は至福のハーモニーを奏でる歌になって響き、無限
の悦楽が二人を呑み込んでいった…。

***

 ユリは目を覚ました。
 そして寝室の天井に反射する朝陽の光をぼんやり見上げてい
た。しばらく頭がクラクラしたが、やがて我に返った。

『ああん、もう起きなきゃ。ここは?…私の部屋のベッドよね。
まだ午前かな、8時半ってとこか。ハダカで寝ちゃって……、
ちょっと待って。私、ハダカで寝たりしないのに。いったいど
うして…あああああっ!!!』

 昨夜の記憶が電光のように、寝起きの頭に一瞬でよみがえっ
た。振り向いたユリの目に飛び込んできたものは…。

「ふんふんふ〜ん」
 聞き慣れた笑い声。
「おはよ、ユリ」
 そこに横たわっていたケイは、今までユリが見たこともない
ような甘い笑顔でユリを見つめていた。

「ケイ…あ、ああ…」
 ユリはこめかみに両手を当てた。
「わ、私たち、昨夜、やっちゃったのね?」

「ユリの記憶がアタシと同じなら、その通り」

 ユリは少し困惑したが、やがて口元に微笑が浮かんだ。
「じゃあ、間違いないわね」

「あのさ」
 ケイが言った。
「もしユリが後悔しだしてるんなら、気持ちはわかるけど、ア
タシは全然後悔なんかしなからね。とってもステキで、夢みた
いで、一瞬一瞬が最高だった。でも…ユリがもし、今すぐここ
を出て行くって言うんなら、それは仕方ないと思う」

 ユリはその返答に、いきなり抱きつくやいなや、ケイの唇を
奪った。二人は目を閉じ、また互いに舌でまさぐり合った。

「さて、問題です」
 ユリがたっぷり1分は経ってから言った。
「私はどこに行きたいでしょうか?」

「あは、カンタン」
 ケイがニヤリと笑った。
「答えは、今日一日はずっとアタシとベッドの中で過ごしたい、
でしょ」

「残念、正解は、休暇いっぱいずっと、でした。私、もうこの
ベッドから一歩も出るつもりはないからね」

 その答えに、ケイは大笑いした。

「…ねえ、ユリ?」
 長く、心地よい静寂が過ぎて、ケイが言った。
「アタシ、本気でユリが好き。エッチしてたさいちゅうに好き
っ…て口走っちゃったの以上に」

「私もよ」
 ユリが答えて、ケイの肩をそっと抱き寄せた。
「…ケイの言うとおりになっちゃった」

「何のこと?」

「もう男なんて要らなくなっちゃう、って。ホント、もうそん
な気ゼロだもん…。私の欲しいものは、今ここにあるんだから」

 ケイが微笑んだ。
「ね、言ったでしょ」

 そして再び、二人は固く抱き合った。二人の間に、今までの
友情に以上の何かが生まれたのを実感しながら。
 …良きにつけ悪しきにつけ、それを「愛」と呼ぶのである。

***

「…ユリ?」

「ん?」

「昨夜ね、やり損ねたことがあったなあ、って」

「え、ホント?どんなこと?気になるわ」

「マジ?じゃ、あっち向いてみて」

「…」

「そうじゃないってば、ほら、こうするのっ」

「な、何を…あ、ふうん、そっか。わかっちゃった」

「わかった?ユリが上になってアタシのを舐めて、アタシが下
からユリのを…ね…」

「うふ、それ、良さそう」

「いいに決まってるじゃん……んん…」(くちゅ)

「あ…ケイ…」
 
 
*原作者Jacob Wicknessさんの原文改訂および日本語試訳提供
 に従い、これによって当翻訳も修訂いたしました。(2008/1/16)
 

 

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